『大阪経済大学教養部紀要』第18号(2000.12.31)に掲載。


清末翻訳小説研究周辺
――英国図書館における文献検索の実例



樽本照雄


1 はじめに
 ブリティッシュ・ライブラリ(THE BRITISH LIBRARY)、一般に「大英図書館」などと呼ばれるこの図書館が、新しく建設されたのは知っていた。英国博物館が、それまで分散所蔵していた図書を一箇所に集中統合したという。ユーストン・ロードの北側にキングス・クロス駅、セント・パンクラス駅のすぐ近くであることくらい、最近の観光ガイドブックにも掲載されている。
 研究者のための施設で、利用するには事前に使用目的などの申請をして許可を得る必要がある、とも説明されているから、そうなのだろう。市販のガイドブックには、それほど詳しい説明があるわけではない。
 ずっと昔、英国博物館図書部の所蔵する資料について、ロンドン在住の知人に依頼して複写をたのんだことがある。その返事は、係員が夏休みで休暇に入ったため作業には約2ヵ月ばかりかかる、とのことだった。一度でもそういう経験をすれば、新しい施設になって、利用申請からどれくらいの時間がかかって許可が得られるものなのか、まったく見当がつかない。
 英国図書館を利用した日本人の紹介文がないか、インターネットで検索してみた。予備知識を得るためだ。
 得られたのは、ほんの少数にすぎない。図書館報に掲載された報告書が、いくつかあるのみ。
 英文学研究者が、こういう珍しい資料が所蔵されています、と報告しているだけの文章だったりする。
 また、英国図書館の情報システムを紹介すると題する文章がある。好都合だと接続を試みたが、どういうわけかサイトそのものにつながらない。とうとう読むことができなかった。
 あるいは、日本文学研究者が、日本の古典作品を閲覧した経験を掲載している。読むのではなかった。気が重くなっただけ。読者パスを取得するため、日本を出発する前にその人が準備したのが、英文の身分証明書、学長のサイン入り紹介状、写真などだ。しかも、事前にそれらの書類を旅行社のロンドン支店へ送っている。それほどの労力を費やしなければならないのか。現地では、懇意のイギリス人係員の案内で読者パスを即日発行してもらった、帰国の日時が決まっているので、無理を聞いてもらう、という主旨のことを書いている。
 図書館に知人がいたからこそ、直ちに読者パスを入手できたのか、と思う。読者パスがどのように発行されたのか、具体的手続について詳しく説明されていない。その人は、特別待遇を受けたらしい。事実は異なるのかもしれないが、そのような印象を受けるように書かれた文章だと私は感じた。それでも、読者パスを入手するまでにヘトヘトになったという。文章の発表日時を見ると1996年だ。英国図書館の新築移転以前のことだとわかる。
 それらの文章は、新しいシステムに変更される前の情況を反映していると思われる。私が利用しようとしているのは、新しい英国図書館だ。事前に古い知識をいくらつめこんでも、役に立つとはかぎらない。
 どのみち英国図書館に知人のいない私には、実際に足を運ぶよりほかに方法はない。不安を感じはするが、その一方で、若い研究者も利用しているはずで、その全員が係員と昵懇だとも思えない。手続はそれほど繁雑ではない可能性を想像してみたりする。
 英国図書館についての日本語の紹介文が、私の目に触れないのは、私がそれらとは無縁の研究をしているだけかもしれない。また、英国図書館の利用方法など、周知のことで、ことさらに述べることではないという認識があるのか。たしかに日本国立国会図書館の利用法など、文章で紹介したものを(あるかもしれないが)あまり目にしない。それと同類ということか。
 英国図書館そのものが開設しているウェブサイト(つまりホームページhttp://www.bl.uk/index.html)も見てみる。内容豊富である。利用手続きの方法などについても説明がある。だが、ガイドブックと同じで、実際に行ってみて、自分で体験して、はじめて書かれている内容がよく理解できるたぐいのものであった、と今だからそう納得する。
 情報が不足していると私には思われた。くりかえすが、英国図書館の利用方法など、すでに周知のことかもしれない。ロンドンに長期滞在して英国図書館の蔵書をいつも利用した人にとっては、なにを今頃、と思われるだろう。しかし、私のまわりからは、必要な情報を入手することができなかった。どう手続きをすれば蔵書が閲覧できるのか、という初歩的な案内は、日本語では知りえなかったのだ。(帰国後、読んだ記事に英国図書館に触れるものがあった。「年数のかかったこの図書館合併計画は最近ほぼ完結したようである」<松井透「図書館の情景」『図書』2000年8月号 2000.8.1。21頁>これを見れば、新しい英国図書館とそのシステムを紹介するものは、なさそうに思える)
 英文学研究者にとっては当然ながら、西洋と中国の交渉史を専攻する研究者にとっても、欠かせぬものとして英国図書館はあるはずだ。ことにアヘン戦争以後の中国近代史を研究対象とする人には、そうだろう。だが、中国文学研究者にとって、一般にいって、英国図書館を利用する必要が頻繁に生じることになるとも思えない。思えないが、私の場合は、どうやら特別な事例となりそうだ。
 清末小説、それも翻訳小説に関係する英日中の比較小説研究の一例を、作品探索に的をしぼって紹介したい。
 あわせて、英文学関係者、あるいは歴史研究者ではないものから見た英国図書館のシステムの概要を報告する。図書館関係者の参考になれば、さいわいだ。

2 いきさつ
 英文学研究とはもともと関係の薄い私が、英国図書館に足を運ぶことになったいきさつを説明しておこう。
 日中の近代翻訳小説にかかわる。それも児童冒険小説翻訳の分野である。
 はじまりは、桜井鴎村訳『航海少年』(文武堂発兌、博文館発売1901.4.30世界冒険譚8)の英文原作探索だった。
 日本語翻訳そのものに、英文原作についての記載がない。ゆえに、日本の研究界でも、その英文原作は不明のままにしてある。桜井鴎村の翻訳が発行された日付を見れば、その不明時期の長さが理解できるだろう。
 さらに、該書には、日本語翻訳にもとづいた漢訳がある。
 (日)桜井彦一郎原訳、商務印書館編訳所訳『航海少年』(中国商務印書館1907.8 説部叢書八=5)という。
 こちらにも原作が何かについて述べるところはない。日本語からの重訳だから、日本語に英文原作に関する記述がなければ、言及のしようがない。
 原作不明のまま、長い時間が経過した。ようやく手掛かりを与えられたは、2000年2月のことだった。藤元直樹氏より、桜井鴎村の翻訳シリーズについて明治期の雑誌に言及があると指摘があった。以下の通りである(漢訳された作品の書名を示す)。

       1 金掘少年 THE BOY EMIGRANTS by Noah Brooks
       2,4 遠征奇談 ROUND THE WORLD by W.H.Kingston
二勇少年   3 二勇少年 ORANGE AND GREEN by G.A.Henty
       5 決志少年 THE BOY FROM THE WEST by Gilbert Patten
       6 漂流少年 ADRIFT IN THE WILDS by Edward S.Ellis
澳州歴険記  7 殖民少年 HARRY TRAVERTON?
航海少年   8 航海少年 JACK MANLY by James Grant
       9 不撓少年 TONY THE HERO by Horatio Alger,Jr.
朽木舟    10 朽木の舟 THE WANDERERS by W.H.Kingston
       11 侠勇少年 THE BOY EXPLORERS by Harry Prentice
海外天/青年鏡12 絶島奇譚 MASTERMAN READY by Captain Marryat

 今まで、作者名も原作名もわからなかった日本語翻訳小説群だ。探索の手をつけようにも、なすすべがなかった。しかし、調査のとっかかりが、出てきたのだ。うれしくないわけがない。
 漢訳のある5種類の原作(そのうちの1種類は、著者名が不明)を日本で閲覧できるのならば、問題はなにもない。
 これもだいぶ前のこと、「航海少年」の英文原作だと称する作品を調べることがあった。原本の所蔵を探索したところ、結局、日本のどこの図書館も所蔵していないことが判明する。児童冒険文学の原作は、どうやらそういう扱いであるらしい。
 大阪経済大学図書館をわずらわせて英国図書館の蔵書から一部を複写してもらった。連絡に時間はかかるし、どうしても隔靴掻痒の感じをぬぐうことができない。おまけに、結果として「航海少年」の英文原作ではなかった、というのでは、手間ヒマかけただけ落胆の度合いが強まるのもしかたがなかった。
 書名と著者名がわかったのだから、原本を入手する可能性も、わずかではあるが生まれてくる。
 日本には、英文原書を探索してくれる会社がある。そこに上記5種類のうち著者がわかっている4種類の書名を示し、探索を依頼した。しばらくして連絡があった。そのうち1種類しか入手できなかったのが事実だ。ほぼ1世紀前の原書であるから、それでも幸運だと思う。
 調べれば、著者のわからない一つを除いて、上のいずれもが英国図書館に所蔵されていることが、わかった。
 今回の英国図書館利用の目的は、上にあげた日本語翻訳、それも漢訳された作品について、その原作を確認することだ。さらに、作品名は判明しているが、作者のわからない“HARRY TRAVERTON”を調査することが加わる。というわけで、私は、ロンドンにいる。

3 入 館
 はじめての場所は、国の内外をとわず緊張する。
 英国図書館の入口を通り抜け、中庭というか玄関広場に進めば、目に入るのが巨大な銅像だ。前にかがみこみ、コンパスをあやつっている。この現代彫刻には、「ニュートン」と記されたプレートがある。レンガ色の新しい建築物は、全体に低く設計されている。一部に緑色の庇様のものがあり、東洋風に感じるのは私だけか。
 一人でウロウロするよりも入口すぐの案内係に質問するのが、一番、近道だ。大学図書館で発行してもらった英文紹介状を見せて、どういう手続をすればいいのかたずねる。「読者入場課(Reader Admissions Office)」で申請書に記入し、あわせて紹介状を見せるようにと指示がある。

4 入館手続――読者パスの発行
 それほど広くない事務所に4、5人の係員が、電脳を前にして利用申請者と対面している。
 入口に案内を兼ねた申請書があるのでそれを取り、ついでに銀行、郵便局でみかける例の番号札発行機で待ち番号札を引き抜く。番号が呼ばれるまでに申請書に記入する。
 「申請書(Application form)」には、新しく読者パス(reader pass)が欲しいのか、それとも既存の読者パスを更新したいのか、と質問することからはじまる。新しく発行して欲しい場合は、調査目的、何という資料を見たいのか、などを記入する。あとは、研究者か大学院生か、大学学部生なのか、その所属によって記入の欄が異なってくる。名前、住所、電話番号、ファクシミリ番号、電子メールなどを書き込めば終了だ。
 これらこまごまとした説明は、事前に読んでもなかなか実感できないだろう。実際に体験してはじめて、ああ、そうだったのか、と納得がいく。そういう種類の情報ではあるが、あるとナイとでは、大いに異なると思うからこそ、ここにこうして書いている。
 係員は、私に質問しながら、電脳に必要事項を記入している。つまり、実質は面接をしているわけだ。
 明確な利用目的を持っているのか、どんな資料が必要なのかわかっているのか、ただの見物はお断わりだよ、という姿勢を表わしていることが、私にも理解できる。
 すべての項目は電脳に入力された。最後に、身元を証明する書類を出せという。パスポートは、ホテルの安全箱に航空チケットと一緒に入れていて、ふだんは身につけないようにしている。盗難を恐れているからだ。そのかわりパスポートの複写を持っている。これを取り出すと、複写ではダメで、クレジット・カードかなにか、と要求してくる。クレジット・カードなら肖像写真を印刷したものを持っている。見せれば、よろしい、このカメラを見ろ、と電脳に直結したデジタル・カメラのことを言う。
 ものの1分もかからなかったのではないか。ジーコ、ゴトゴトと低く音をたてて出てきたのが肖像写真刷りこみのプラスチック・カードである。これが読者パスだ。5年間有効。しかも、無料である。拍子抜けするほどにあっけない。
 読者パスには、6桁の数字と3桁の英字で構成されたコード番号が印字されている。このコード番号が重要となる(後述)。
 私の持参した紹介状に中国文学研究者とあるところから判断したらしく、係員は、とりあえず必要としている書籍は、1階(イギリスでいうところの。つまり実質2階)の「人文(Humanities)1」の閲覧室に行けばある、もうひとつ、最上階にオリエンタルとインド室があるので行ってはどうかと助言してくれる。ご親切な応対に、感謝します。
 英国図書館は、大きく「Humanities」と「Science」に二分され、そのほかに手書き資料室、地図室、貴重書と音楽室、およびオリエンタル&インド室によって構成されている。文科系、理科系およびその他、というわけだ。

5 閲覧室
 読者パスが、すでに手にある。すぐに書籍を見たい気持ちがはやるが、だいたい図書館、博物館、美術館といった場所では、カバン、コート類は持ち込み禁止となっている。これが常識だ。そういう目で見れば、地下に荷物預かり場所があるのが見える。カバンとコート(7月末のロンドンは、時として、日本の晩秋、初冬なみの寒さだったりする)を係員に手渡し、必要な書類を透明ビニール袋に入れて閲覧室に行く。ロッカーではなく、係員が対応しているのが、印象に残る。
 読者パスを示して入室すれば、そこは自然光をとりいれ、ゆったりした机と椅子の並ぶ閲覧室である。
 ここでも案内係に聞くのが決まりだ。英文紹介状(これには閲覧希望の書籍名を列挙している)を見せて、どうすればいいのか質問する。
 新しい図書館らしく、すべてを電脳で処理しているのだそうだ(Online Catalogue)。ただし、私が訪問した初日に限って、検索用の電脳がシステム・ダウンしている(その後は、いつも動いていたから、あくまでも珍しいことだったのだ)。とりあえず印刷された蔵書目録を見て、原物が所蔵されているかどうか確認しておくように、と指示がある。それは大阪経済大学図書館ですませているのだが、電脳が使えないのなら、しかたがない。
 周囲の壁は、参考図書で埋められている。参考図書を見学しながら、室内を見てまわる。
 吹き抜けとなった部分もあって、全体が落ち着いた明るさのなかにある。しかも、全約300席(検索用電脳25台を除く)のうちのほぼ半分ちかくは、個人が持ち込んだ電脳が利用できるように電源がついている(プラグの形はイギリス特有の3本足)。実際、多くの人々が電脳を利用しており、ある人など原書本文をそのまま入力していたりする。英国図書館でもテキストの電子化が完成している部分もある。しかし、自分に必要な本文を自らが電子化しておけば、研究に役立つことはいうまでもない。
 私も、この閲覧室を利用した期間中、持参したノート電脳がずいぶんと役立った。電圧の違いは、私の電脳そのものが世界対応だから、心配せずにすむ。

6 図書検索
 蔵書の電脳検索は、珍しいものではない。
 しかし、私が驚いたのは、蔵書のすべてが電脳に入力されていることだ。当然のことに驚くほど、身の回りの電脳情況は、整備されているのとは遠い状態にあることが理解できる。書籍データすべてが電脳で検索できるのと、一部分は、カードで調べなければならないのとでは、利用勝手が格段に違ってくる。
 さらに、英国図書館では、英語以外の言語でも、たとえばロシア文字も同時に表示している。やろうと思えば、できる見本だろう。ロシア文字はどうの、ハングルが、などというのは、電脳技術者のいいなりになったただの言い訳であることがわかる。
 電脳検索を利用するためには、まず、読者パスに記載された番号を入力しなければならない。読者パスが、すべての場合の鍵となる。閲覧室入室にも、電脳検索にも必要だ。また、電脳を利用しなければ閲覧請求もできないように設計されている(後述)。
 検索画面が表示される。
 書名からと著者から以外にも、いくつかの検索方法がもうけてある。
 とりあえず必要なのは、書名と著者からの検索だ。
 たとえば、上に掲げた日本語翻訳名「殖民少年」、漢訳名「澳州歴険記」の原作らしい“HARRY TRAママVERTON”を入力し検索する。日本では、書名だけをたよりに著者を調べることはできなかった。検索の手段をもたなかったからだ。
 書名を入力して実行キーを押す。瞬時にして1冊の書籍が弾き出された(実際の記述は、もっと詳しい。ここでは簡略化して示す)。文字通り瞬時なのである。検索に時間がかからないのがよろしい。

 “Harry Treverton”edited by Lady Broome, George Routledge & Sons, London 1889。

 “Harry Treverton”が正しい書名らしい。入力したもとの書名が間違っていたのだが、あいまい検索にしていたので正しく捜し当てることができた。これこそ電脳ならではの機能だろう。
 必要な4種類の原本も検索ができた。英国図書館に所蔵されていることをすでに調べているのだから、当たり前だ。
 必要な書籍のコード番号(shelfmarc)が判明した。さて、閲覧を請求しようと思うが、ここでは、日本の国立国会図書館で必要とされる請求カードが見当たらない。
 国立国会図書館では、入館カードを差し込めば請求カードが出てくる装置が、あちこちに配置されている(そういえば、入館カードを手渡すにも2人の人員を配置していた。人手がかかるやり方だといえる)。機械の中のロール紙を切り離すカッターの音が、そのたびにゴトンッ、ゴトンッと賑やかなのだ。
 蔵書目録(あるいは電脳)で検索したのち、図書番号、書名などを請求カードに書き写す。そのたびに自分の名前を記入するのがめんどうだ(以前は、ゴム印を持参したことがあった)。窓口で正確に記入してあるかどうかいちいち確認をしてもらって、受付が完了する。必要な書誌データを利用者が転記するのだから、間違いが容易に生じる。それを防ぐためには、ここでも人手が必要となる。
 本が出て来るまで、その時の混み具合にもよるが30分とか45分とかの時間がかかる。入館カードの番号がディスプレイに表示されるのを待てばよい。これでも昔に較べれば便利になった方だ。以前は、名前が呼ばれるのをその場で待たなくてはならなかった。ごった返して、およそ図書館という雰囲気ではない。新館を建設する時、電脳化を進めて、今の状態にまで改善されたということができるだろう。
 つい、日本の国会図書館とこの英国図書館を比較してしまう。
 両国の条件が異なるから、単純な比較は意味がないといえば、そうなのだ。だが、隠れたシステムは、使用するときシステム構築者の考えがあらわになるとだけいっておこう。
 英国図書館では、図書請求カードが見えない。もう一度、案内係に質問する。図書の閲覧請求も電脳で実行するという返答である。

7 閲覧請求
 ふたたび電脳の前にもどる。
 読者パスの番号を入力し、図書の検索をはじめる。
 複数の書籍が検出されると、そのうちの必要なものを選択する。上の例でいえば、“Harry Treverton”と表示された部分を割り当てられたファンクション・キーで反転させればよい。
 選択した書籍についてリクエスト情況を見ることができる。閲覧可能か、誰かが借り出しているかの表示がある。
 閲覧可能なものは、これも割り当てられたファンクション・キーを押せば、閲覧請求の手続きがはじまる。
 その時、質問されるのが、閲覧する場所だ。いくつかの閲覧場所があるから、それらのうちのひとつを指定できる。つまり、書庫から取り出した書籍を、いくつかある閲覧室のどの窓口に配達しようか、という発想なのだ。
 その背景には、図書をその閲覧室から持ち出させない、という保管上の理由があるのだろう。
 電脳上でさらに請求されるのが座席番号だ。閲覧する時の座席が必要だとは、知らなかった。
 なぜ座席番号が必要なのかといえば、書籍が書庫から出てきて窓口に到着した時点で、その座席前のパネルに「受け取るように」と表示される構造になっているからだ。閲覧者は、決まった座席に腰を落ち着けてじっくり書籍を検討する、という前提があるらしい。だからこその座席番号の要求なのである。
 座席を適当に選んで入力すれば、その瞬間に図書の閲覧請求は完了する。私が閲覧希望したその他の書籍についても同じ操作をくりかえして、作業が終わった。
 (パンフレットによれば、新聞図書館では資料請求はカードに記入する必要があるという。すべてが電脳請求ではないらしい)
 システムに疑問がないわけではない。
 自分で決めた座席にしか資料が出てきた案内が表示されないのは、便利なようで不便な場合もあるのではないか。席をはずしていたら通知を知ることができない。ちいさなことだが、私は、そう思った。
 もっとも、自分の書斎がわりに英国図書館を利用しようという人にとっては、座席を決めるやり方は、かえってなじみやすい方法かもしれない。聞きかじった有名な逸話からそう思う。

8 図書が出て来るまで
 図書の閲覧準備をしながら待つこと約1時間(パンフレットでは、本を読者に届けるまで50分を目標にしているともある)、机の前の小窓に“PLEASE CONTACT ISSUE DESK”と緑色の字で表示が現われる。情況に応じて本が出てくるのが、もっと早い場合も、当然ある。
 読者カードを持参して窓口に行けば、そこで原物を渡してくれる。
 各書籍に大きなカードがはさんである。見れば、書誌情報および利用者、利用閲覧室、座席番号などが印字されたものだ。電脳で閲覧請求したデータが、そのままプリンタで印刷されている。こうすれば誤記する余地はない。誤記がないから、目的のものではない書籍が、利用者に配達されることもない。電脳による省エネルギー化だといえよう。
 閲覧室を見る限り、係員の昼休み時間は、設けられていない。国立国会図書館では、閲覧請求は、昼休みの何分前に締め切るとか、1時からあらためて午後の閲覧請求を受け付ける、などと細かく時間が区切ってある。英国図書館では、それらが一切ない。
 電脳による閲覧請求だから、それだけ表に配置する人員が少なくてもすむのだろうか。利用者にしてみれば、こまかく時間に縛られず、必要なときに閲覧請求ができるのは、とても使い心地がよく感じる。

9 図書閲覧
 私が閲覧希望した書籍は、いずれも約百年前のものばかりだ。
 国立国会図書館にかぎらず、天理図書館でも明治時代の出版物は、原物では見せなくなりつつある。破損の危険を避け、保存をするための必要措置なのだろう。マイクロフィルムで読むことになる。内容が知りたいだけだから、利用に不便を感じるわけではないが、書籍そのものが持つ、本としての手触りなどは、わからない。
 英国図書館では、百年前くらいの書籍は、原物で提供する。本の造作、紙の質ともに堅牢であるから可能なのか、あるいは、それほど貴重書の部類には入らないのか、と私は勝手に判断してしまう。
 同じ作家、たとえばコナン・ドイルの作品でも、貴重書室で見るように指示される書籍がある。その基準は、よくわからないが、それなりの理由があるのだろう。また、マイクロフィルムで読むことを要求される種類のものもあることは、いうまでもない。
 出てきた英文原書と、持参した日本語翻訳を対照した。それらが、間違いなく桜井鴎村翻訳の原本であることを確認したのだ。われながら、手間のかかる事をやっているな、とあきれる。だが、これが私のやり方なのだからしかたがない。

10 図書返却、その他
 利用しおわった書籍は、随時、返却すればよい。座席番号を告げれば、これらは取り置きにして後日の閲覧を続けるか、ほかに請求している本はないか、などと聞かれることもある。
 持参荷物の点検を受けて、閲覧室を退室する。
 ついでに紹介すると、読者パスを必要としない展示室、書店兼売店、食堂がある。

11 おわりに
 英国図書館は、研究者用に特化限定して運営されている。広さと人員に限りがあるから、やむをえないことだろう。というよりも、広さと人員に限りをもうけて、できる範囲内に規模をしぼりこんだということもできよう。
 しぼり込みの一つが、利用者と一人ひとり面接してから読者パスを発行するかどうかを決定する、という時間と労力のかかる作業であるといえる。
 所蔵資料は、電子化を推進し、なればこそインターネットを利用してのより広い利用を可能にする。
 利用者を限定するかわりに、来館した読者には徹底して便利になるように助言がある。限定したからこそそれが可能になったのだ。
 英国図書館の資料を実際に利用してみて、現地での体験がこのうえなく貴重であることを感じた。所期の目的を達成することができたという成果があったから、なおさらそう思うのかもしれない。

【附記】
 本文に関連する文章として、以下のものを書いた。
樽本照雄「包天笑翻訳原本を探求する」『清末小説から』第45号 1997.4.1
 ―― 「「航海少年」原作探索」『清末小説から』第59号 2000.10.1