『大阪経大論集』第51巻第6号(通巻第260号)2001.3.31に掲載。
コナン・ドイル作「唇のねじれた男」の日訳と漢訳
樽本照雄
コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle)の「唇のねじれた男 The Man with the Twisted Lip」は、雑誌『ストランド・マガジン The Strand Magazine』(1891.12)に掲載された。のちに『シャーロック・ホームズの冒険 The Adventures of Sherlock Holmes』(1892)に収録されている。
日本におけるホームズ物語の最初の翻訳は、ほかならぬこの「唇のねじれた男」であった。
題名を「乞食道楽」とし、『日本人』第6-9号(明治27(1894)年1月3日−2月18日)に連載されている。原作者および訳者の名前は、書かれていない。
一方、該当作品の漢訳で一番古いものは、「偽乞丐案」とするものが存在する。日本語になおせば、「偽乞食事件」になる。警察学生訳で『続包探案』(上海・文明書局 光緒二十八(1902)年十二月/光緒三十一(1905)年十一月再版)に収録された。漢訳では、ドイルの名前は、柯南道爾などと表記するのが普通だが、なぜかしら、日訳と同じくこちらも原作者の名前は、省略されている。
日漢両翻訳には、約8年間という時間の開きがあるが、ほぼ、同時代の翻訳だと考えてもいいだろう。
日本最初のホームズ物語である「乞食道楽」と漢訳「偽乞丐案」を比較して、両者の翻訳の質を検証するのが、本稿の目的である。記述の都合上、犯人を明らかにしているから読者は注意されたい。
◎1 導入部
まず、書き出しを比較してみよう。
ISA WHITNEY, brother of the late Elias Whitney, D.D., Principal of the Theological College of St. George's, was much addicted to opium.(聖ジョージ神学校の校長だった故イライアス・ホイットニー神学博士の弟にあたる、アイザ・ホイットニーは、阿片にふかく中毒していた)*1
[日訳]セントゼオーヂ大学にて地質学に名を得しエリァスホイトニイの兄弟にてアイサホイトニイといひしは甚しく阿片煙に耽り家をも身をも忘るゝに到れり
[漢訳]▲以撤▲名▲灰脱乃▲姓者聖▲局而奇▲道学書院監院。道学博士▲以利亜▲灰脱乃▲之弟也。嗜鴉片。(イサ・ホイットニは、聖ジョージ神学校校長、神学博士のイリア・ホイットニの弟で、アヘンに染まっていた)
日訳と漢訳を並べてみれば、こまかな違いが目につく。
英語の固有名詞について、日本と中国で翻訳するばあい、それぞれに違うのは、これはしかたがない。
日漢ともに、late を翻訳しない。
日訳で不可解ないのは、原文で D.D.すなわち Doctor of Divinity 神学博士を「地質学に名を得し」としている部分だ。誤解だろう。さらには、校長を削除するし、「家をも身をも忘るゝに到れり」は、原文にはないことだ。
もうすこし続けよう。
The habit grew upon him, as I understand, from some foolish freak when he was at college, for having read De Quincey's description of his dreams and sensations, he had drenched his tobacco with laudanum in an attempt to produce the same effects.(私のきいた話では、彼のこの悪習は、学生時代のばかげた悪戯からはじまったということである。彼は、あの有名なド・クィンシィの阿片の夢と官能の昂奮とをえがいた文章を読み、自分もおなじく効験を生み出そうとこころみて、たばこを阿片チンキにひたして飲んだのであった)81頁
[日訳]かゝる慣習を生せしももとはわけもなき戯よりのことにてかのクィンシイの人種談を読みてタバコをラウダニュムに取換て試みしに初り
[漢訳]当其在書院肄業時。偶読▲第坤散▲所著述等篇。謂人吸食鴉片。必感異夢。因取淡芭菰。和以鴉片油。大啖之。(彼が学校で勉強していた頃、ド・クィンシィの書いた、人がアヘンをのむと必ず不思議な夢をみるという文章をたまたま読み、タバコをアヘンチンキにひたして大いにのんだのである)
アヘンの習慣が、ばかげた悪さからはじまったのをいうのは、日訳が原文に忠実だが、それでも学校時代のことだというのを省略する。作家名ド・クィンシィは、漢訳のほうが正確だ。日訳にいう、「クィンシイの人種談」とは何のことか不明。また、「ラウダニュムに取換て」という箇所も、英語の意味がわからなかったのだと想像する。訳者が説明しないから、読者はなんのことか理解できない。
ドイルは、作品の時間設定を1889年の6月(it was in June '89)にした。漢訳は、「一千八百八十九年六月」と原文通りに翻訳している。しかし、日訳では、「頃は八十九年七月」とわざわざ変更している。June と July は、間違いようがなさそうに思う。日訳者には、別に考えがあったのだろうか。後述する。
One night―it was in June, '89―there came a ring to my bell, about the hour when a man gives his first yawn, and glances at the clock. I sat up in my chair, and my wife laid her needlework down in her lap and made a little face of disappointment.
“A patient!”said she.“You'll have to go out.”
I groaned, for I was newly come back from a weary day.(ある晩――一八八九年の六月のことであったが――そろそろあくびでもして、時計を見あげようとする時刻に、玄関のベルが鳴った。私は椅子にすわったまま体をおこしたが、妻も膝のうえに編物をおいてちょっとがっかりした顔をした。/「患者さんらしいわ」と妻はいった。「また往診ね!」/私はちょうど一日の疲労から解放されたばかりだったので、ううむとうなった)82頁
[日訳]頃は八十九年七月の夜のことなり。表に鈴のなる音して人の入来るけはいす。予は第一に欠しなから時計に目を属するに早十時を過たり。妻は傍にありていまた針仕事をやめす。(注:原文に句読点はほどこされていない。読む便宜を考えて、句点をつける)
[漢訳]一千八百八十九年六月某夜。予方兀坐。忽聞門鈴響。時約人将睡之候也。予妻置針線膝上。略睨予曰。其病人乎。子必往視。予不禁〓口頻}蹴<顰蹙>而嘆。蓋是日診視頗労。歸尚未久也。(1889年6月のある夜、私が座っていたとき、玄関のベルが鳴るのを聞いた。ほかの人ならそろそろ寝ようかという時刻だった。妻は、針と糸を膝のうえにおいて、私をちょっとにらむようにして言った。「患者さんよ。往診に行かなくちゃね」私は、思わずしかめ面をしてため息をついた。その日の診察に疲れて、帰ったばかりだったからだ)
日訳に誤訳が多い。「予は第一に欠しながら時計に目を属するに早十時を過たり」という部分を見ると日訳者は、アクビをするのがワトスンだと誤解していることがわかる。そうではなくて、ここは、一般論を述べている。普通の人なら、まずアクビをして時計を見るくらいの遅い時刻だというのだ。おまけに、原文にない「十時」をつけ加える。原文には存在する、そのあとの、妻のがっかりした表情と、患者ならば往診するのもやむをえない、という医者の妻としての責任感を表現したセリフを省略してしまう。
この部分についていえば、漢訳の方が、日訳よりもはるかに、よい。
こまかいことをいうようだが、床の「リノリュウム linoleum」が出てくる。当時の英漢字典*2にも、英日字典*3にも収録されていない単語だ。日訳では、無視して訳さない。漢訳では、「絨毯(地毯)」をあてている。リノリュウムと絨毯では、異なる。誤りといってもいいのだが、なんとか翻訳しようという漢訳者の積極的な姿勢を感じることができる。
ジョン・ワトスンの妻が夫のことを「ジェームズ」と呼んだことについて、現在では、いろいろな説がとなえられているという。それはそれで研究の対象になるのだろうが、ここは、日訳で「ゼームス」、漢訳で「▲及姆斯▲(華生之字)」となっているというだけでいいだろう。
夜遅く訪問して来た女性がいうには、夫が2日も帰宅していない。たぶんアヘン窟に入り込んでいるのだろうという予想である。
アヘン窟のあり場所と屋号を説明して、the“Bar of Gold,”in Upper Swandam-lane(アッパー・スワンダムレインにある「金の棒」という家)とある。普通名詞の lane だが、ハイフンでつないであるとひとつの地名のように見える。単行本になったとき、大文字のLに変更して分割し Swandam Lane と表示する。そのばあいは「小路」「横町」と訳すのもひとつの方法だ。
日訳では、「上シツンダンレーンの黄金亭」とする。このままでは意味がわからない。「シツンダン」とは、なにか。「ツ」は、「ワ」の誤植だろう。「シワンダン」とすれば、原文に近くなる。事実、すこし後に「スウアンタンラン」という表記で出てくる。「スワンダムラン」というのもある。すべて、同じ場所だ。先の「レーン」を「ラン」と変える。同じ場所なら、おなじカタカナにしてほしいものだ。
漢訳では、「▲▲史渾藤▲▲巷」つまりスワントン横町となる。こちらは揺るがない。屋号は省略してある。
妻の友人の夫であると同時にワトスンの患者であるアイザ・ホイットニーをつれもどすために、アヘン窟に踏み込んだワトスンだった。
日訳は、アヘンで気抜けしたアイザがワトスンに気づいて「ワツトトソン先生か」という。「ワツトソン」の誤植である。
原作では、時間設定が1889年6月19日になっていることは述べた。金曜日 Of Friday, June 19 だと書いてある。
漢訳は、英語原文通り「金曜日の6月19日」とする。しかし、日訳は、「火曜日て七月の十九日」になっている。問題の所在は、1889年6月19日は、実際のところ金曜日ではないところにある。
アイザは、驚いて「え、なんだって!水曜日のはずなんだがな。いや、たしかに水曜日にちがいない。驚かさないで下さいよ。Good heavens! I thought it was Wednesday. It ▲斜体is▲ Wednesday. What d'you want to frighten a chap for?」と答える。
ところが、新旧暦一覧によって調べれば、1889年6月19日は、実は、水曜日である。金曜日ではない。
だから、アイザが水曜日というのは、表面上は正しいことになる。だが、2日間意識を失っていた状態だったのだから、さかのぼって月曜日にアヘン窟に足を入れたことにしなければつじつまが合わない。ゆえに、アイザのセリフは、「月曜日のはずなんだがな」に訂正すれば、正しい年月日と曜日を表わすことになる。
もうひとつの可能性として、金曜日が正しいとしよう。そうなれば、7月19日が、まさに金曜日に当たる。6月19日を7月19日に直せば、こちらも整合性を保つことができる。どちらにしても、ワトスン、つまりドイルの書き誤りということになろう。
ならば、日訳に見える日付を聞かれて「火曜日て七月の十九日」はどうなるか。今、説明した6月19日にするならば、水曜日に書き換えなければならないし、7月19日ならば金曜日にしなければならない。どのみち正しいことにはならない。原作にない曜日と日付なのが、不思議だ。
アイザが答えて「ハア水曜かとおもつた一日ひろつたありがたし」と不思議なセリフを言わせている。たしかに、水曜日と思ったところが、実際には火曜日ならば、「一日ひろつたありがたし」にはなろう。だが、それは日本語翻訳者の勝手な書き換え、というよりもこの場合は、加筆となろう。日訳のおかしなところだ。
アヘン窟で、ワトスンは、不思議な老人から声をかけられた。
As I passed the tall man who sat by the brazier I felt a sudden pluck at my skirt and a low voice whispered, “Walk past me, and then look back at me.”The words fell quite distinctly upon my ear. (火鉢のかたわらを通りすぎようとしたとき、ふいに服の裾を引かれ、「通りすごしてから、振りかえってごらん」と低い声で話しかけられたような気がした。いや、私は自分の耳でたしかにそう聞いたのだ)84頁
[日訳]かの炭火を盛れる銅器の傍にはたれはそこにある背高き老人は予か裾を引てわしにかまはすといふかことくきこえたれとも声低けれはよくもわからす。されと正しくかの老人より来れる声なり
[漢訳]行過銅爐旁之老人忽覚有人拉予衣襟。並聞細声語予。曰。試過予前。然後回視。聞之頗詳。(火鉢のかたわらの老人を通り過ぎたとき、服の裾をひかれ、「私の前を通り過ごしてから、ふりかえってごらん」という低い声が私に語りかけるのを聞いたような気がした。いや、はっきりとそう聞こえたのだ)
日訳の「わしにかまはす」だけにしてしまうと、ふりかえって見ろ、が抜けてしまう。加えて、「声低けれはよくもわからす」ならば、話しかけられた内容がわからない、という意味になる。いずれも英語原文から、はずれる。その点、漢訳の方は、ほぼ原文通りの翻訳になっているということができる。
導入部分の終わりに、アヘン窟についての説明がある。ここでは、殺人など日常茶飯事なのだ。
We should be rich men if we had a thousand pounds for every poor devil who has been done to death in that den. It is the vilest murder-trap on the whole river-side(あの阿片窟で人ひとり殺されるごとに、千ポンドずつもらうとすれば、富豪になれるだろう。あそこは、河岸でももっともけがらわしい、呪われた家だ)85頁
[日訳]こゝに一の金持かあつてそれか千ポンドの金を持てあの貧乏神ともにとられておまけに殺されたのだが中々巧なころし方てうまくわなにかけた物と考へるが僕か方にもわなかある
[漢訳]使我有金千磅。将設法免彼閭閻死此煙窟中。此蓋為河旁諸謀害機械中之最隠秘者。(私に千ポンドあれば、方法を講じて民間人がこのアヘン窟で死なぬようにするだろう。ここは、河岸のあらゆる謀殺装置のなかで最も秘密の場所なのだ)
原作の、殺人事件ひとつにつき、かりに千ポンドずつもらうとすれば、大金持ちになることができるだろう、というのは、言葉のアヤである。それほど頻繁に殺人が行なわれているという意味だ。日訳は、殺人事件がひとつ、実際に発生したと誤解している。また、trap を「わな」に固定してしまったから、「僕か方にもわなかある」などと奇妙な作文を付け加える結果になった。漢訳も、前半部分の意味が理解できなかったらしい。ただし、後半は正しく翻訳している。
このアヘン窟には、ホームズに対して恨みをもつ水夫あがりのインド人がいる。日訳では、「ラスカル(東印度人を卑しむ名目)」と割注をほどこす。訳語としては、水夫あがりのごろつきインド人、などが考えられる。
ところが、漢訳ではその箇所を「▲雷斯揩▲鴉片煙鋪主為此案要犯詳見下」と訳す。すなわち、傍線を引いているところかもわかるように、ラスカルは人名であると考えている。さらに「アヘン窟の主人。この事件の重要犯人。以下に詳しい」と説明する。この部分は、余計だ。
英漢字典には、「Lascar 水手(東印度人水手之称)」と解説されているのに、漢訳者は気づかなかったのだろうか。
漢訳者は、なぜ人名だと考えたのか。それは、『ストランド・マガジン』初出では、Lascar と大文字のLで綴っているからだ。
ここで、それぞれの翻訳者が拠った版本の問題に言及しておこう。すなわち、雑誌初出(1891.12)か、のちの単行本(1892)か。
日本語訳が掲載された『日本人』(1894)の発行年を見れば、雑誌初出と単行本の、両方の可能性がある。漢訳の場合も、同様だ。
この判別作業は、思うほどには簡単ではない。雑誌初出と単行本の文章に大きな書き換えがなく、区別がむつかしいからだ。
私の見るところ、1ヵ所の表記が雑誌初出と単行本で異なる。これがわずかな手掛かりだ。
地名の Swandam-lane(雑誌)が Swandam Lane(単行本)に変更される箇所である。ほんのわずかな違いにすぎない。しかし、その意味するところは異なる。すなわち、-lane はハイフンでつないで地名の一部分を構成するとみる。Lane は普通名詞の小路、横町に翻訳可能だと解する。
翻訳する際の訳者のクセがあるかもしれない。通りの名前の例をあげておく。
Baker Street ベーカ町 ▲▲盤克▲▲街
Bow Street 弓(ボー)町 ▲▲把▲▲街
Cannon Street 大砲(カノン)町 ▲▲開能▲▲街
Fresno Street フレスノ町 ▲▲弗蘭士拿▲▲街
Threadneedle Street 糸針(スレートニータ)町▲▲色来特尼特▲▲街
Waterloo Bridge Road ウオートルロウ橋× ▲▲華〓心弋}路▲▲橋×
Wellington Road ウエルリングトン町 ▲▲衛霊敦▲▲街
−−−−−−−−−−−−
Swandam-lane スウアンタンラン
Swandam Lane ▲▲史渾藤▲▲巷
Street および Road ともに、日訳では「町」に、漢訳では「街」に翻訳していることが上の例から理解できる。
そうなると、Swandam-lane と Swandam Lane の場合は、どうか。
日訳は、「シツ(ワ)ンダンレーン」「スアンタンラン」「スウァンダムラン」「スウアンタンラン」になっている。翻訳者は、地名の一部分だと考えている、と理解してもいいのではないか。日本語の翻訳傾向に照らせば、小路、横町という把握はなされていない。ならば、雑誌初出が底本だ。
平山雄一氏のご教示によると、1895年にジョージ・ニューンズ社からでたスーベニア・エディションでは Swandam-lane と書いてあるという。日訳の「乞食道楽」は、その前年の1894年の公表だから、関係はない。とはいえ、単行本でも Swandam-lane とする可能性が残っていれば、上説は、成立しない。問題としておく。
一方、漢訳は、「▲▲史渾藤▲▲巷」のように「横町」と解釈している。Street および Road ともに、漢訳では「街」に翻訳している例にならえば、原文が Swandam Lane と綴ってある可能性が高い。そうならば、単行本の文章に拠ったのだろう。少なくとも、雑誌初出を底本にしたのではないことだけは、確かだ。
今のところ、私の意見としては、日訳は雑誌初出に、漢訳が単行本にそれぞれもとづいていることを示していることにしておく。
ついでにいえば、欧米の小説作品を漢訳した当時の翻訳のなかのいくつかは、日本語翻訳を経由しているものがある。
「唇のねじれた男」は、日訳の方が、漢訳にくらべて約8年も早く発表されている。ならば、漢訳は、日訳を参照したかといえば、その事実はない、と判断する。両者を比較すれば、漢訳の方がはるかに原文に忠実なのだ。単行本掲載の原文から、直接、漢訳したものだと推測ができる。
◎2 事件の発端
事件の内容というのは、ネヴィル・セントクレア(Neville St.Clair)が行方不明になっており、それを探し出すことだ。
セントクレアは、日訳では、いろいろな表記で出現する。ノイククライア(ノイクは誤植かと思う)、ウィルシントクライアル(ウィルはネヴィルのことだろう)、クライア、子ビルシントクライアなど。最後のものが、原文に近い。それにしても、これほどまでにマチマチなのは、なぜなのか。連載だからひとつに統一できなかったのかと思ってみたりもするが、訳者の不注意以外のなにものでもなかろう。
漢訳では、▲乃維而▲聖▲克来而▲あるいは、聖▲克来而▲で統一されている。
ホームズが、セントクレア失踪事件のあらましをワトスンに説明するなかに、セントクレアの負債に触れる部分がある。
I may add that his whole debts at the present moment, as far as we have been able to ascertain, amount to £88 10s., while he has £220 standing to his credit in the Capital and Counties Bank. There is no reason, therefore, to think that money troubles have been weighting upon his mind.(ついでにいっておけば、ぼくに分っているかぎりでは、現在負債が八十八ポンド十シリングあり、一方、キャピタル・アンド・カウンティ銀行に二百二十ポンドの預金があるから、金銭問題で頭をなやましていたと考えられる理由はない)86頁
[日訳]たゝ僕か気にかゝるのはその負債たかこれはたゝの八十八ポントと十シルリングといふのか此頃俄に二百二十ポントといふ数に上つてそれか銀行て受取越になつてゐるといふ丈たかそこの捫着から心か狂つたかも知れぬテ
[漢訳]且其現今所欠之項僅八十八磅十先令。而其存款則有二百二十磅。寄存▲克阿溌脱康旦▲銀行内。故其事頗与銀銭無干。(また、現在のその負債は、わずかに88ポンド10シリングにすぎない。しかも、預金220ポンドがキャピタル・カウンティ銀行に預けてある。だからそのことと金銭とはまったく無関係なのだ)
一読して、日訳が大きく間違っていることが、わかる。預金を負債の金額に取り違えたのだ。それに較べれば、漢訳は、ほとんど原文通りといっていい。
事件が発生した曜日が、また、問題だ。セントクレアがロンドンにでかけたのは、月曜日であった。日訳では、なぜかしらそれを「日曜日」にする。おかしなことだ。すぐ後ろに「月曜日はえらい暑さてあつた」とあるところを見れば、「日」は「月」の誤植だろう。
日訳には、小さな問題が、ほかにもいくつかある。
セントクレアが、早目にロンドンに出かけたのは大切な用事がふたつあったためで、それがすんだら子供に積み木をみやげに買ってくるということだった。それを日訳では、「そして市中て是非せんければならぬ用か一ツある。それは小さい男の児に鉄葉箱の玩具を土産に買ふてかへるへき約束かあつた。その為にいつもよりはすこし早く出かけた位の事てあつた」とし、子供へのみやげを外出の主目的にしてしまうのだ。
妻が市中で、夫らしき人物が二階(実質三階)の窓から手を振っているのを目撃した。カラーもネクタイもつけていなかった。日訳を見れば、「袖口と襟とはなかつた」になっている。collar を「襟」と訳すのは、妥当だ。だが、necktie を「袖口」とするのは、いかがか。英和字典にある「襟紐(エリヒモ)」なら、まだ、ましか。漢訳では、「領」と「頸結」に置き換え、後者については「西洋人が胸前につけるリボンのようなもの(西人穿於胸前若飄帯者)」と説明する。こちらの方が、わかりやすい。
アヘン窟にいた乞食のヒュウ・ブーン(Hugh Boone)が、セントクレアを窓から突き落としたのではないかと疑う。ホームズは、問題を整理して、セントクレアはアヘン窟で何をしていたのか、どんな事件に遭遇したのか、いまどこにいるのか、ブーンはどう関係するのか、とワトスンに語る。日訳では、その部分を、削除する。漢訳は、「セントクレアは、アヘン窟で何をしていたのか、そこで何に遭遇したのか、今、どこにいるのか。また、ブーンとその失踪とはどんな関係があるのだろうか(惟聖▲克来而▲至煙窟何為。在彼何遇。而今安在。且此▲何▲某与其失去有何関渉)」として、原文のままだ。
◎3 事件の追求
セントクレアの屋敷にやってきたホームズとワトスンは、夫人と事件について会話をはじめる。こうして事件の追求が開始された。
ホームズは、セントクレアは死亡したのだろうと予測したが、あにはからんや、妻宛に彼からの手紙が届いていたのだった。手紙の内容が、示される。
‘Dearest, do not be frightened. All will come well. There is a huge error which it may take some little time to rectify. Wait in patience.――Neville.’(心配することはない。やがて万事がうまくゆく。大変な手ちがいがあったから、なかなか手がかかるだろう。しばらく辛抱して待ってください。――ネヴィル)91頁
[日訳]削除
[漢訳]愛妻△粧次△幸勿憂懼。諸事平順。今雖稍有驚恐。不久将息。姑忍待之。下署▲乃維而▲聖▲克来而▲名(愛する妻へ。心配することはない。すべてが順調だ。少しばかり驚くことがあったが、もうすぐおさまるだろう。しばらく辛抱して待て。ネヴィル・セントクレア)
ホームズが死んだと考えているセントクレアからの手紙である。重要証拠だ。その文面を、日訳では削除するとはどういう考えなのだろうか。不可解といわなければならない。
日訳は、削除ばかりを実行しているのではない。原文をいささか別の形に書き換える場合もある。
ホームズが、あまりにセントクレアが死亡したという前提で話をするのを聞いて、夫人は、それに反論を試みる。夫人と夫との間には、強い心の交流がある、身の上になにかあればすぐに感じることができる、もし死にでもしたら気づかないはずがない、と。ホームズは、夫人の言葉に対して、つぎのように言う。
I have seen too much not to know that the impression of a woman may be more valuable than the conclusion of an analytical reasoner.(ぼくはいろいろな経験をしてきましたから、分析的な推理による結論よりも女性の直感のほうがたっとい場合もあるということを、知らないわけではありません)92頁
[日訳]いかなる論理学者の論辨も説破すへきホームスもこの詞には勝を制さられたかホームスは猶暫く思案の体なりしか
[漢訳]▲福▲見此婦心坎中所印。深牢不移。(ホームズは、この婦人の心に印されたものが、深く堅固で動かぬものであるのを知った)
この部分は、日訳、漢訳ともに、ホームズのセリフを、ワトスンの記述に変更してしまった。
夫人から事の次第をこまごまと聞き出したホームズは、その夜は寝ずにタバコを大量に消費して思考に没頭した。その明け方、事件の全体を組み立てることができたホームズは、ワトスンに話しかける。
I think, Watson, that you are now standing in the presence of one of the most absolute fools in Europe. I deserve to be kicked from here to Charing-cross. But I think I have the key of the affair now.(ワトスン君。君はいまヨーロッパ一の大ばかを前にして立っているのだ。ぼくは、ここからロンドンのチャリング・クロスまで蹴とばされたって当然なのだ。しかし、いまこそやっと、事件を解決する鍵を発見したつもりだ)93頁
[日訳]ワツトソン君。君は欧羅巴中此上もない馬鹿といふだらうがわしはこれから直にチヤリンコロスまでかけつけるには此位早くて相当だらうとおもふ。あそこで此一件の鑰はわしか手に入れる積だ
[漢訳]▲華生▲。爾将見一人。実為欧洲之大愚。予知其已得此案之要領矣。(ワトスン君。君は、まったくヨーロッパの大バカを見ているのだよ。私には、この事件の要点がすでにわかっているのだ)
原文の、ヨーロッパ一のバカだとか、チャリング・クロスまで蹴とばされるとか言っているのは、たとえ話であるにすぎない。それを日訳では、実際にチャリング・クロスまで出かけるために朝早く(4時25分)に起きたことにするのだ。おまけに、事件の鍵は、チャリング・クロスにあるというにいたっては、原文の意味が理解できていないといわざるをえない。ホームズは、この時、事件を解決する鍵を自らのカバンに入れているのだから。
漢訳は、チャリング・クロスうんぬん部分を省略してしまったが、原文の主旨は理解している。
◎4 事件の解決
ホームズとワトスンは、警察(the force)に勾留されている乞食のブーンに会いに行く。ブーンは、セントクレアが失踪した現場に居合わせたからだ。いよいよ事件の種明かしである。
寝ている汚れたブーンに細工をすれば、それが、事件解決になるという趣向なのだ。それはさておき、ここには、4人の人物が登場している。ホームズ、ワトスン、乞食のブーン、およびブラッドストリート警部(inspector Bradstreet)だ。記述者ワトスンとそのうちのたった2人が交わすなんでもなさそうな会話が、日訳と漢訳では、おかしな運びになっている。
The prisoner turned with the reckless air of a man who abandons himself to his destiny.“Be it so,”said he.“And pray, what am I charged with?”/“With making away with Mr. Neville St.――Oh, come, you can't be charged with that, unless they make a case of attempted suicide of it,”said the inspector, with a grin.“Well, I have been twenty-seven years in the force, but this really takes the cake.”(囚人は棄て鉢になった人間の向こうみずな態度で、くってかかってきた。「そうだとして」と彼はなじる。「ぼくは、なんの罪で引っぱられているんですかね」/「ネヴィル・セントクレア氏殺し――おお、そんなばかなことが!いや、自殺未遂罪ってことになるかな。でなければ告訴されないな」そういって警部は苦笑した。「おれは二十七年も警察のめしをくってきたが、こんな話はまだはじめてだ」)94頁
[日訳]囚人は最早覚悟をきめたるかごとく起直りて無頓着に/「でもござらうしかし此からいかにしなさる
――自棄になって、くってかかるのを「無頓着に」と翻訳するのも、まあ、よしとしよう。囚人は、反撃にでて、勾留されている理由をたずねているのだが、それを「此からいかにしなさる」では、訳が弱い。
「これからはいふまてもない子ビルクライア君の名前で埒をあけるてござらう/とホームスのいふを探偵は引とり
――原文はブラッドストリート警部のセリフにもかかわらず、これをホームズに書き換える。その必要があるのだろうか。「子ビルクライア君の名前で埒をあける」とは、乞食の名前であるブーンからセントクレアの名前にもどって、事件の詳細を解明するという意味だろうが、ややわかりにくい。
「クライア君とした所が何故に身をやつしたかこれは一吟味ものでござらう/と歯をむき出す
――英文原作では、殺されたと思われていた人物が目の前にいる。そうなると自殺未遂罪か。これでは犯罪が成立しない。警部の思考回路を文章にして見せた箇所だ。それを日訳では、偽乞食になった理由を明らかにしよう、と跳んでしまった。大いなる意訳である。
ホームスは/「さうてない/といはせも果てす/「わしは廿七年来この勤をしてゐる。罪のないものかこのざまをするものか
――原作に、「そうではない」とホームズが口をはさむ箇所は存在していない。
[漢訳]犯者驚定。徐徐言曰。然則予有何罪。(犯人は、驚きがおさまると徐々に話し始めた。「しかし私になんの罪があるというのですか」)
――原文の、自棄になって、くってかかる犯人を無視する。おだやかな犯人になっている。
▲福▲曰。爾罪在使聖▲克来而▲失去也。(ホームズは、「君の罪はセントクレアを失踪させたことにある」という)
――ここは、もともとブラッドストリート警部のセリフだ。それを日訳と同じくホームズの言葉にした。
犯者莞爾笑曰。爾不能以此罪予。欲罪予。当俟彼自〓爿戈}耳。然予居此下流者二十七年之久。要亦難逃其咎。(犯人は、にっこりとしていった。「あなたはそのことで私を罰することはできませんよ。罰したいのなら、彼が自殺しなけりゃね。しかし、私は27年の長い間乞食をしていましたから、そのとがめを逃れることはむつかしいかもしれません」)
――警部が27年間警察に勤めているのが原文にもかかわらず、セントクレアが乞食をやっていた年月に入れ替わってしまった。漢訳者の大きな誤解である。
セントクレアが、なぜ乞食をするようになったのかの説明が、始まる。英文原作では、ロンドンのある夕刊紙の記者になったとき、ロンドンの乞食を取材することがあった。取材のため偽乞食に扮したというわけだ。
しかし、日訳では、乞食の芝居(一狂言)にする。
[日訳]「わたくしかその乞食を勤めました時は大出来で厶りましてこの伎は独特だ本元だと三階(グリーンルーム)での賞(ホメ)ものになりました」
原文を示そう。When an actor I had, of course, learned all the secrets of making up, and had been famous in the green-room for my skill.(舞台生活をしていたころ、私は当然メーキャップの技術をいろいろ習ったのですが、それがなかなか上手なので、楽屋でもちょっと評判でした)96頁
昔、身につけていた技術を、新聞の取材のために乞食の扮装に応用したというのだ。日訳だと、新聞社で大評判になったと読める。「三階(グリーンルーム)」というのも不明。もともとは、壁が緑色に塗られていたから、楽屋というのだそうだ。新聞社に楽屋はなかろう。漢訳の方には、この部分は、削除してある。
日訳には、加筆もある。
新聞で乞食の取材をしたところ、扮装がうまく、もらいが26シリング4ペンスもあったことを述べたあとだ。
[日訳]皆様御考へ下さい。わたくしか毎夕新聞て社説を書たとて廿六シルリンクといふ高より多くは得られますまひ。それからこれはよい商売たと心つきました。
この日本語部分は、原文には、ない。翻訳者が、説明して付け加えたことになる。そう解説してあれば、理解しやすいことは確かだろう。そのすぐあとでも、もう1ヵ所の加筆を行なう。友人の借金25ポンドを肩代わりすることになり、それを10日の乞食稼業で返済したことを言ったあとだ。
[日訳]皆様にも御考へかつきませう。二周間に廿五ポンドといふ金か大概な骨折てとれるものては厶りませぬ。
2ヵ所ともに「皆様」で始めている。日本語翻訳者による勝手な加筆である。
日訳には、「ドルラル」という一見、理解不能の言葉がみえる。
[日訳]自尊の心と金ほしいといふ心とか戦つて居ましたかとうとうドルラルに勝を制せられまして
「ドルラル」についての説明は、ない。同じ箇所の漢訳を示せば、次のようになる。
[漢訳]於是心同轆轤。躊躇不定。而卒為貪念所勝。(そこで心はロクロのようにぐずぐずと決まりませんでしたが、とうとう貪欲が勝ったのです)
漢訳の方では、直訳ではなく「貪念」と意訳する。原文は、なにかといえば、It was a long fight between my pride and the money, but the dollars won at last,(それからながいあいだ、心の誇りと金とのたたかいがつづいたのですが、けっきょく、金が勝ちまして/96頁)なのだ。ドルというのは、当時のイギリスの俗語ではクラウン銀貨の意味だという。金、と翻訳していい部分だが、日本語の翻訳者は、原語のままに「ドルラル」としてしまった。はたして、一般の日本人に理解されたかどうか、わからない。
セントクレアが乞食として勾留されたが、妻を安心させようと手紙を書いた。ところが、投函されるのが遅く、1週間もかの妻を苦しませる結果となる。
“That note only reached her yesterday,”said Holmes./“Good God! What a week she must have spent.”(「その手紙は、やっと昨日奥さんの手もとにとどきましたよ」ホームズがいった。/「おや!それでは、妻は何というおそろしい一週間をすごしたことでしょう」)
[日訳]「その御手紙は昨日夫人の方にとゝきました/「届きましたか。ありかたい。それて落付ましたらう。さそ弱つてゐたらうとおもひ升
Good God! を、よいことのように誤解したからこそ「ありがたい」という日本語になったのだろう。続くは、感嘆文なのだが、それにも気づかなかったらしい。ついでに漢訳を示す。「▲福爾摩斯▲曰。是信彼昨日方接到。犯者〓口昔}曰。上帝乎。此一礼拝。苦彼矣。(この手紙は、奥さんは、昨日、ようやく受けとったのです、とホームズがいった。犯人が呻いて、神よ、この一週間というもの、あれを苦しませたことだろう、という)」簡潔に原文を翻訳していることがわかるだろう。
さて、結びの部分だ。
日訳が、もたついて、しようがない。
[日訳]「ブラツトストリー君今御聞の通りてモウこれてゆるしておやりなさい。わしもこゝに用はない。出かけませう。先生実にわしも考へは考へたかかううまく行ふとはおもはぬ。先生も心配したらう。/「さやうサ。五ツの枕の中て一玉の煙草をふかし/「さうさう先生行ませう。これからベーカ町まて行と丁度昼飯時た
最初の「ブラツトストリー君今御聞の通りてモウこれてゆるしておやりなさい。わしもこゝに用はない。出かけませう」は、いかにもホームズのセリフだが、原文にこのような文章は、ない。
次の「先生実にわしも考へは考へたかかううまく行ふとはおもはぬ。先生も心配したらう」は、流れから判断すれば、ブラッドストリート警部の言葉だ。かろうじて、それに似たような表現は、ある。I wish I knew how you reach your results.(ところで、どうやって真相に到達したのか、知りたいものですな)。だからといって、まったく同じというわけではない。
ホームズが、5つの枕の上に座って、タバコを1オンス吸って事件を解決したのは、原文の通りだ。
しかし、最後の「さうさう先生行ませう。これからベーカ町まて行と丁度昼飯時た」は、どうだろうか。前に出てくるブラッドストリート警部のいう「先生」がホームズならば、こちらの「先生」もホームズを指し、ならば、ワトスンの言葉になり、二人でベーカー街へ戻ろうという意味になる。
しかし、原文では、はっきりとホームズが「ワトスン君」と呼びかけているだ。I think, Watson, that if we drive to Baker-street we shall just be in time for breakfast.(ワトスン君。これからベーカー街にかけつければ、朝食の間にあうだろう)
ホームズ物語のきめセリフのひとつである。朝食を日訳のように「丁度昼飯時た」としたのでは、ホームズとワトスンの事件に対する勤勉さが出てこないと思うが、いかがか。ひとこと付け加えれば、漢訳は、原文に忠実に翻訳している。
日本と中国で、ほとんど同時に翻訳された「唇のねじれた男」は、日訳よりも漢訳の方が、訳者の英語力が勝っているように思われる。
あくまでも比較の問題ではあるが、漢訳は、簡潔な文言で翻訳しており、誤訳もそれほど多くない。なによりも訳者が勝手な加筆をほどこしていないのが、いい。人名、地名にしても、統一して漢訳しようとする姿勢が堅持されている。
日訳の方は、基本的に英語原文を大きく外れる箇所は、ない。登場人物を日本人に書き換えないから、翻訳の持ち味を保っているとは思う。だが、漢訳の翻訳姿勢を裏返した部分が見受けられる。つまり、いくつかの誤訳と省略、勝手な加筆がある。その分、漢訳と比較して、翻訳の質が劣ると判断せざるをえないのだ。
【注】
1)阿部知二訳「唇のねじれた男」『シャーロック・ホームズ全集』第1巻 河出書房新社1958.6.25/1959.5.20四版。81頁。引用は、以下同じ。頁数だけ示す。
2)『商務書館華英字典』上海・商務印書館 光緒壬寅(1902)三次重印
3)『(ウェブスター氏新刊大辞書)和訳字彙』日本・三省堂1888.9.19/1903.8.10四十六版
【参考文献】
Sir Arthur Conan Doyle“The Original Illustrated ‘STRAND’ Sherlock Holmes -The Complete Facsimile Edition”Wordsworth Editions Limited 1990,1998
“Sherlock Holmes: The Complete Novels and Stories”Volume 1, Bantam Books 1986
畑實「シャーロックホームズの訳「乞食道楽」について」『文学年誌』第6号1982.4.25
【附記】
平山雄一氏よりご教示いただきました。ありがとうございます。