漢訳ドイル医者物語
――包天笑+張毅漢、周痩鵑らの訳業
樽本照雄
漢訳されたコナン・ドイル Arthur Conan Doyle の作品は、シャーロック・ホームズ Sherlock Holmes 物語以外にも多数ある。この事実には、あまり言及されることがない。
ここに紹介する漢訳題名「紅燈談屑(赤ランプ雑話)」(『小説大観』1917-19連載)は、医学を主題とした作品をおもに集めたものだ。
原著“Round the Red Lamp being Facts and Fancies of Medical Life”は、15篇の短篇を収録して1894年にロンドンで出版された。“Round the Red Lamp”と略称されることが多い。「赤ランプ」とは、当時のイギリスでは、開業医のしるしだった。英文書名は、日本語になおせば、『赤ランプをめぐって』となろう。医学生活の事実と空想なのである。
本作品集の成立には、雑誌『アイドラー The Idler』の編集者ジェローム・K・ジェローム(「ボートの三人」で有名)の示唆があったという*1。作品のいくつかは、当時の読者には刺激が強すぎると判断されたため、雑誌には掲載されなかった。15篇のうち掲載誌の明示されていない作品が6篇ある。「生々しい」と考えられたというのだが、実際に読めば、そうとも思えない。雑誌不掲載の理由は、別のところにあったのではなかろうか。
短篇集だからといって、ホームズ物語のように全体を通じての狂言回しがいるわけではない。医学が主題だから、医者が多く登場するのは事実だ。だが、医者のほかに、医学生、患者、医者の恋人などなど、登場人物は変化にとむ。さらに、内容は滑稽だったり、恐怖もあるし、哀愁ただよったりもする。内容による雰囲気の違いを味わうのも、楽しみのひとつとなる。
該書が中国で翻訳されたのは、中華民国になってからの1917年だ。ドイルの作品が中国で最初に漢訳されたのが、上海の『時務報』誌上で1896年のことだった。それから数えて21年後である。
その間に、ドイルの作品は、主としてホームズ物語が読者の人気を博し、作品集もいくつか出版されている。1916年には、中華書局から『福爾摩斯偵探案全集』が刊行されるくらい、ドイルは、中国の読者にとってはなじみのある英国作家だった。
1 包天笑と翻訳
「(医学小説)紅燈談屑」は、シリーズの名称である。英文原著の表題にちなんでいるのは言うまでもない(以下、題名は日本語で「赤ランプ雑話」とよぶ。なお、紅燈は日本語では花柳界を意味するが、ここでは関係がない)。
翻訳掲載にあたって、なぜ「紅燈」なのか、その理由を説明しない。イギリスでは、「紅燈」が開業医を意味している、と述べた。この説明は、原著“Round the Red Lamp”のアメリカ版前言にドイルが追伸として書き加えたものだ。漢訳がもとづいた原著がイギリス版かアメリカ版かの手掛かりになるかといえば、そうはならない。漢訳では、前言を省略しているから判断のしようがない。
(英)科南達利著、其〓、天笑同訳と表示し、『小説大観』第11-14集(1917.9.30-1919.9.1)に連続掲載された。短篇小説のそれぞれを章立てにしての掲載だ。
日本で該書の翻訳が出版されたのは、桜井邦雄訳『赤ランプ』(金剛社1925.11)あたりが最初らしい。漢訳は雑誌での連載だが、日本語翻訳よりもかなり早いことがわかる。
科南達利は、いうまでもなくコナン・ドイルの漢訳名である。
包天笑(1876-1973)は、蘇州に生まれた。名を公毅、号を天笑という。清末から民国にかけて、創作、翻訳の両方面で活躍した多作の作家である*2。雑誌『小説時報』『小説大観』『小説画報』などを編集してもいる。多くの作品のなかで特に有名な翻訳をあげるとすれば、『迦因小伝』がある。ハガード(H.R.Haggard,1856-1926)作“Joan Haste”の英文原作を楊紫麟が翻訳し、包天笑が文章を整えた。つまり、外国語に堪能な人物と二人三脚で翻訳する方法である。これは林〓のやり方と同じだ。包天笑が理解したのは、日本語だった。自分で翻訳する場合は、日本語の書籍を利用することが多かった理由だ。それも、欧米作品の翻訳書が主であって、漢字を多く使用したもの、という条件がつく*3。漢字に頼って、なんとか重訳する。日本語が理解できない部分は、包天笑の筆で埋めたから、厳密な意味での翻訳にはならない。
包天笑とコナン・ドイル作品のかかわりとなると、すこし変則的である。
包天笑は、『時務報』に掲載されていた漢訳ホームズ物語、啓明社(あるいは啓文社*4)、文明書局、商務印書館、『新民叢報』の漢訳を読んでいたと推測される。それに刺激されて包天笑もホームズ物語の翻訳に手を染めた、というのなら普通の道筋だろう。
ところが、直接、翻訳には行かず、贋作ホームズ物語の執筆の方が先になる。
『時報』の同僚である陳景韓とふたりで、各自2篇ずつ短篇贋作を発表した。1904年から1907年にかけてのことだった。上海にやってきたホームズが、中国人にいいようにあしらわれ、おもいきり侮辱されるという、人をくった贋作である*5。
逆にいえば、贋作ホームズ物語を書くことができるほど、包天笑は、ホームズ物語を読んでいた。
中華民国になってから、包天笑は、ドイルの作品を漢訳しはじめる。
英語は得意ではなかった包天笑だから、ドイル作品を翻訳するには英語のできる人物が必要だった。それが其〓だ。
2 張其〓は、張毅漢
『小説大観』の漢訳連載に、包天笑と名前を並べている人物がいる。共同翻訳者だ。其〓という。其〓とは、誰か。まず、この問題を解明しておこう。
其〓とだけ示して、これが誰であるのか説明する文章は、現在のところ、どこにも存在しない。つまり、筆名録などを検索しても、捜し当てることができないのだ。
唯一残された道具は、『新編清末民初小説目録』となる。ここに収録されていない筆名、作家名は、ほとんどないといっていいだろう。見れば、当時、其〓という名前の人物は、小説関係においては張姓の人物しかいない。張其〓ならば、以下の作品を読むことができる。
「(短篇小説 一名印度蛇)両頭蛇」張其〓『月月小説』2年10期(22号) 戊申10(1908.11)*6
「(偵探小説)賊習慣」其〓『小説大観』第8集 1916.12*7
「(滑稽小説)吻縁」其〓『小説大観』第14集 1919.9.1*8
以上3点のなかの「双頭の蛇(両頭蛇)」前言には、張其〓自身が、インド人の著述をもとにして脚色したと説明している。
インドでの話。奇怪な死に方をした父の財産は、叔父に託された。叔父は、財産をすべて奪ってしまおうと残された兄妹を殺そうとする。女の入れ知恵で、双頭の毒蛇を訓練して使うのだ。兄は毒蛇によって殺されたが、妹は父の友人の力添えで助かる。叔父は、自らが放った毒蛇にかみ殺されてしまった。裁判の結果、女は罰せられ、後に妹と探偵役の父の友人は、めでたく結婚した。
毒蛇を「花紋帯」と表現する箇所がある。また、隣室から毒蛇を送り込んで兄妹を殺そうとするところからわかるように、ドイルの「まだらの紐」にもとづいて書き換えた物語にほかならない。インド人の著述が、本当にあったのかどうか疑わしい。インド人を隠れみのにして、「まだらの紐」を翻案したのではなかろうか。
興味深いのは、前言に著者の自己紹介が書かれていることだ。
「私は、とても窮乏している小学生です。虚弱で、おまけに父を失い、母によって養育され勉強をしています。近ごろ、西洋の学問をも学んでいますが、食費学費ことごとく母の著作に頼っているのです。夏休みの暇にこの小説を作りました。……広東新会十三歳張其〓自記」
張其〓は、わずか十三歳にして英文「まだらの紐」にもとづいて翻案するのだから、驚くべき早熟さだ。
広東新会の人、若くして英語が堪能なこの張其〓とは、誰のことなのか。張其〓について説明した文章を見ないから、いくつかの材料をもとにして推測するしかない。
包天笑とコンビで翻訳をしていた人物は、いる。張毅漢である。奇しくも同じ張姓だ。
鄭逸梅が、張毅漢を紹介して次のように言っているのが目を引く。
張毅漢は、広東新会の人。彼の署名は、毅漢のほかには、よく亦庵を筆名にしていた。清末に広東から上海に出てきて、工部局の西洋人が設立した華童公学で学ぶ。国語、英語の試験ではいつも成績上位にある優等生であった。ただし学費が高く、彼の家は困窮して、途中で退学せざるをえなかった。生活を維持するために江南製造局に職を得たが、絵画部にまわされ絵画を学ぶ。しかし、一日中座っているのに耐えることができず、鉄工場に配置換えを要求し、そこでの仕事を楽しんだ。彼は、種族革命思想をもっており、弁髪を切っている。武昌蜂起には、武昌に赴き学生軍に身を投じてもいる。辛亥革命後、上海にもどり製造局にありながら、一方で保衛団(警察機構)に参加し、社会秩序の維持につとめた。武装団体が解散されたのを機に、著作に従事することにした。包天笑、周痩鵑らと知りあい著作と翻訳の生涯を送るのである*9。
張毅漢と張其〓は、ともに広東新会の人だ。英語が堪能であったことも共通する。張毅漢は、1950年11月に五十六歳で病没した、と鄭逸梅は書いている。数え年だろうから、逆算すれば生年は、1895年だ。
前出「両頭蛇」の『月月小説』掲載が1908年、張其〓の前言によると十三歳だという。こちらも逆算すれば、生年は1896年だ。1895年と1896年というのは、わずかに1年しか違わない。かりに、作品を書いたのが雑誌掲載の1年前だったとしたら、鄭逸梅がいう張毅漢の生年と張其〓の生年は同じになる。
張毅漢と同僚、あるいは共作者の関係にある包天笑に、次のような証言がある。包天笑が、陳景韓と組んで『小説時報』を編集していたころのことを回想しての話だ。
ほかに何人かの女性作家がいた。覚えている一人は、張毅漢の母親の黄女士で、もうひとりは彼女の友人でたぶん同じ黄という人だった。彼女たちは、ふたりとも広東人で、英語小説を翻訳することができた。一人は寡婦、ひとりは未婚だ。その時、張毅漢(今は亦庵と改名)は十二三歳にすぎず、母親の翻訳原稿はいつも彼がもってきたものだ。後になって私はしばしば雑誌を編集したが、張毅漢は漢語英語ともに精通していたから、私の翻訳を助けてくれたことが、実に多かった。*10
張毅漢の母が、広東人で寡婦、おまけに著作をしていたというのは、張其〓の自己紹介と一致する。
以上の一致点がある以上、張其〓は、張毅漢であると断定していいだろう。
ちなみに、包天笑がいっている黄女士は、『小説時報』にその名前を見つけることができない。ただし、女士であるならば「緑衣女士」が、陳景韓と共同で翻訳作品を発表している。緑衣女士は、『小説時報』のほかに『中華小説界』『小説大観』にその名前を陳景韓と並べて見ることができる。この3種類の小説雑誌は、陳景韓と包天笑の編集するものだから、包天笑がいう黄女士の名前は緑衣ではないかとの推測が成り立つ。
さて、張其〓と包天笑の役割分担について触れておこう。
張其〓がドイルの英文原作を翻訳し、包天笑が文章に手を入れた、という分担であったと考えられる。それでいいだろうか。
『迦因小伝』については、包天笑自身が、楊紫麟と共訳したと証言しているからそうなのだろう。ただし、鄭逸梅の文章によると、張毅漢との場合は注意が必要となる。
張毅漢は、家庭経済が困窮していたから、売文によって生活をしたいと願っていた。しかし、無名だったから原稿を書いても採用されない。包天笑は、その才能を愛し、張毅漢の作品に包天笑の名前を添えて合作とした。単行本の『血印槍声記』は、ふたりが署名して出世の糸口をつかむや、評判は十倍もあがり、原稿料は、すべて張毅漢のものになった。張毅漢は、包天笑に感謝した。ある年、鄭逸梅が雑誌を主編していたとき、包天笑は張毅漢の作品を紹介してくれた。以後、鄭逸梅は、張毅漢ともさかんに行き来をしたのだ*11。
鄭逸梅は、実際に張毅漢と面識があった。貴重な証言だということができる。その鄭逸梅の言葉だから、張毅漢の作品に、包天笑の名前を貸し出すというような行為は、あったかもしれない。
だが、鄭逸梅の記憶違いだとしたらどうか。
鄭逸梅は、例として具体的に作品名をあげている。(張)毅漢、(包)天笑同訳「血印槍声記」(『小説時報』13-15期 宣統三年八月十五日(1911.10.6)-1912.4.5)がそれだ。
鄭逸梅は単行本だと書いている。しかし、単行本は、私の知る限り発行されていない。カッコに示したように、『小説時報』に連載されただけだ。それよりも、包天笑自らが編集する雑誌に掲載するために自分の名前が必要であったのか、という疑問が生じる。
目録を調べれば、張毅漢と包天笑の連名作品は、1917年までに限定すれば、50点をこえて存在する。その最初の作品というのが前出「血印槍声記」だ。これで有名になったのであれば、張毅漢は、それ以後の作品に包天笑の名前は必要なかったはずだ。しかし、事実は、包天笑との連名作品が多数ある。やはり、ふたりが協力して著作していたと考えるのが妥当だと考える。
3 漢訳の詳細
「赤ランプ雑話」の各作品について、それぞれを見ていきたい。医学をめぐる小説だから専門用語が出てくる。漢訳では、それらをどれくらいこなしているかも注目点となるだろう。
3-1 第1章 不入時之医士(時代遅れの医者)|『小説大観』第11集 1917.9.30
091 Behind the Times | 1894 ――時代遅れ*12
上に原題と右側に制作年を示している。制作年に掲載誌が書かれていないのは、「赤ランプ雑話」に収録されるまでは未発表だという意味だ。
英文原作と漢訳の書き始め部分を示そう。対照すれば、漢訳がどのような雰囲気をもっているか理解することができる。
My first interview with Dr.James Winter was under dramatic circumstances. It occurred at two in the morning in the bedroom of an old country house. I kicked him twice on the white waistcoat and knocked off his gold spectacles, while he, with the aid of a female accomplice, stifled my angry cries in a flannel petticoat and thrust me into a warm bath.(ジェイムズ・ウインタ先生とのはじめての面接は、劇的情況のもとに行なわれた。朝の2時、古い田舎屋敷の寝室でそれはおこったのだ。私は、彼の白いチョッキを2度けとばし、金縁メガネを叩き落した。いっぽうで彼は、女の共犯者の手助けをかりて、フランネルのペティコートで私の怒りの叫びを押さえ込むと、温かい浴槽のなかに突っ込んだ)
会う早々に殴りあった末に、主人公は浴槽に叩き込まれたのか、と身を乗り出すほどの緊張感を覚える。読んでいけば、微笑みに変わる。出産時の様子を説明しているだけなのだ。赤ん坊から見れば、助産婦は「女の共犯者」になる。それまでぬくぬくとなに不自由なく過ごしていた場所から追い出されたのだから、「怒りの叫び」も出ようというものだ。滑稽味をまじえた原文が、漢訳では以下のようになる。
吾第一次与傑黙司文脱医生覿面、尚在〓〓堕地時。其地為一旧村舎中、其時為上午二点鐘也。吾引小足蹴其白半臂、其金縁眼鏡、乃因以墜地。吾猶怒啼不止。文脱医生与一婦人力止吾哭、裹以仏蘭絨之襁褓、納諸温水而浴之。(私がジェイムズ・ウインタ先生と最初に会ったのは、オギャーと生まれたときだった。そこは田舎屋敷で、時は午前2時である。私が足でその白いチョッキを蹴ると、金縁メガネは地面に落ちた。私は、なおも怒りの泣き声をやめようとはしなかった。ウインタ先生はひとりの婦人とともに、私が泣くのをやめさせようとフランネルのおくるみでくるむと、温水に入れて湯あみさせたのだ)
漢訳では、最初から出産であることをバラしてしまっている。原文の意外さがなくなってしまった。読者にとっては、原文のもっている書き出しのおもしろさが、これで半減したといわざるをえない。単語でいえば、ペティコートをおくるみに書き換えている。チョッキ waistcoat は、漢語では「背心」でいいところを、古語の「半臂」にする。
出だしの雰囲気が、英文原作とは異なる。漢訳者は、医者物語だから笑いは必要ない、まじめに翻訳しなければならない、と勘違いしたのではなかろうか。
イギリス特有の事物が出てくるばあい、漢訳したり省略したり、必ずしも一定していない。
ウインタ先生の年齢について推測する部分で、例にあげてあるジョージ四世 George the Fourth は「喬奇第四」と漢訳する。しかし、もうひとつの例である摂政時代 the Regency は、漢訳では無視する。
あるいは、ウインタ先生が年をとって、昔のことにしか興味を示さなくなっていることを説明するのに、第一回選挙法改正 the first Reform Bill を出す。漢訳は、省略する。ただし、ロバート・ピール首相 Robert Peel とその穀物法廃止 the Corn Laws については、それぞれ「羅弼脱」「五穀法」を当てる。
ウインタ先生が医学を学んだ時代を表現して、「解剖学の研究が、しばしば墓があばかれるという方法を通じて行なわれていた時代 in the days when the study of anatomy was often approached through a violated grave」と遠回しだがいやに具体的に書く。墓荒らしをしなければ解剖のための死体も自由にならない、という時代だったと言いたいのだ。生々しい表現が、その印象を強くする。漢訳では、「はじめ医学校も設立されていなかったから、解剖については、おおいに危険視された(初無医学校之設、而剖割之事、則視為大危)」 と意訳した。その分、原文が表わしているウインタ先生が医学を学んだ時代の荒々しさが、薄れてしまうのはしかたがない。
昔の技術にしがみついている、だから「時代遅れ」なのだが、その医術にまつわる事例を箇条書きにして説明しよう。
1.種痘について
Vaccination was well within the teaching of his youth, though I think he has a secret preference for inoculation.(牛痘ウイルス接種法は、彼が若い頃には教わったはずだが、しかし、私が考えるには、彼は天然痘ウイルス接種法のほうを密かに好んでいた)
vaccination は、今、「牛痘ウイルス接種法」と訳しておいたが、普通には種痘という。ワクシニアウイルスを接種して免疫を獲得する方法だ。ジェンナーが1796年に導入したので有名だろう。一方の inoculation は、それよりずっと以前の1718年にトルコから伝えられた方法で、天然痘(医学用語では痘瘡)そのものを接種して免疫を作りだすやりかたをいう*13。
ジェンナーの種痘のはるか以前に、すでに同様の方法がトルコからイギリスにもたらされていたとは、知らなかった。種痘については、私には小学校の時の知識しかないし、病院に通って特定の治療を受ける以外は医学とは無縁だから、しかたがない。ドイルは、牛痘を接種するよりも、ずっと昔の方法を好んでいたことを「時代遅れ」の理由に使ったというわけだ。
上に説明したふたつの種痘方法のうち、昔の方法、すなわち天然痘ウイルス接種法というのは、天然痘そのものを植え付けるのだろう。これは、極めて危険ではないのか。危険きわまりないからこそ、毒性のはるかに弱いワクシニアウイルスを接種する方法がジェンナーによって開発されたのだ。その危険な手法を好んでいたウインタ先生は、猛毒を制御するだけの医学的力量を保持していたと推測される。
昔の方法が好きならば、実際に施していただろう、と漢訳者は想像した。
文脱医生学術雖不入時。然種痘之技独高出常医。於是人皆謂往古種痘之術、較勝近世。而我終疑文脱医生自有不伝之秘。(ウインタ先生は、学術は時代遅れだった。しかし、種痘の技術だけは並の医者よりも抜きんでており、だから、昔の種痘のやり方のほうが最近のよりもよほど勝っている、と人は皆いうのだ。しかし、私は、ウインタ先生は秘術をもっていると疑っている)
英文原作では、ウインタ先生が実際に昔ながらの方法で接種をしたのかどうかは、書かれていない。漢訳者は、実施したと考えたから、以上の書き方になった。英文を忠実に漢訳したものではない。だが、種痘の技術に新旧の違いがあることを知っている漢訳者は、たいしたものだ。ドイルの意図は翻訳されているように思う。意訳といってしまえば、そうなのだ。
2.瀉血について
Bleeding he would practise freely but for public opinion.(瀉血は、世論がなければ、彼は自由に実施するだろう)
瀉血は、ヒポクラテスまでさかのぼる古い手法である。古い方法を好む医者は、時代遅れである理由になる。漢訳では、省略する。
3.クロロホルムについて
Chloroform he regards as a dangerous innovation(クロロホルムについて、彼は危険な新考案物だと見なしていて)
クロロホルムは、1831年に発見された麻酔剤だ。漢訳では、省略する。
4.聴診器について
He has even been known to say vain things about Laennec, and to refer to the stethoscope as‘a newfangled French toy.’(ラエネックについては、つまらないことを言い、聴診器を「新流行のフランスのおもちゃ」といいつのることが知られている)
聴診器は、1819年、ラエネックによって考案された。
又詆蘭納氏不遺余力、笑斥聴肺器為新式之法蘭西玩具。(ラエネック氏をおもいきり悪く言うし、聴診器を新式のフランスの玩具だと笑いとばした)
この部分の漢訳は、原文にほぼ忠実だといっていいだろう。
漢訳において専門用語を省略するのは、無理もない。
最新のアルカロイド alkaloids、旧来のセンナ senna(緩下剤)と甘汞(かんこう 塩化第一水銀) calomel(下剤)、僧帽弁の雑音 a mitral murmur と気管支炎の水泡音 a bronchitic raleなど、いずれも漢訳していない。日本語に翻訳する場合も、注釈が必要になるだろう。
そのほか、気のついたことを書いておく。
勘違いがある。
主人公が、別の医者とふたりで州会議員の結石を手術したことがあった。ところが、結石がみつからない。手術したのに結石がでてこなければふたりの医者生命は終わりだ。あわてているところに、立ち会っていたウインタ先生が、切り口に指を入れた。すると指先に結石がくっついている。指先に目がある。すばらしい技量だ、とふたりは興奮するのだ。これには、種明かしがあって、「君のチョッキのポケットにいつも一個入れておくといいよ It's always well to bring one in your waist-coat pocket.」と笑うのである。ここでいう「一個」とは、結石である。悪くいえば、ペテンだ。よく言えば、機知である。
漢訳は、ほぼ原文通りになっているが、おかしなところがある。
まず原文は、こうなっている。「切り口に指を一本差し入れたが、興奮した私たちの感覚では9インチにも見えたのだ。すると、指先に結石が引っ掛かっていた introduced into the wound a finger which seemed to our excited senses to be about nine inches long, and hooked out the stone at the end of it.」
9インチは、約23センチだ。指がそれだけの長さに見えるくらい興奮していたということもできる。
これを漢訳では、「それでポケットから指のようなヒッカケをとりだすと、その切り口に入れて、ひと探りして取りだした(則嚢中出一探鈎如指者、入其傷口。一索而得)」と翻訳する。「ヒッカケ(探鈎)」という道具を先生がもっていて、それを取りだしたと理解したらしい。23センチもある指があるはずがない。道具だと考えても不思議はなかろう。だから、ウインタ先生がつづけて話す、「私たちふたりに笑いかけて言った。これをいつも身につけているといいよ(笑語吾二人曰。此物宜常備諸身畔)」の「此物」は、「ヒッカケ(探鈎)」になってしまう。結石をポケットに入れていたウインタ先生のとぼけた機知が、漢訳では伝わってこない。
ここでも漢訳者たちは、これはドイルの医学小説だから、とまじめに受け取ってしまったかと想像する。根がマジメだから、まさかウインタ先生がポケットに結石を入れておいたなどとは思いつきもしなかった。
最後の落ちについては、ここでは書かない。
病原菌についての知識があって医学的には最先端を行くが、病気を治してくれない医者よりも、病気をなおしてくれる、あるいは、その気にさせる「時代遅れ」の医者の方が、患者にとっては一番必要だ、という皮肉である。
漢訳は、医学用語を省略していたり、勘違いをした箇所もあって逐語訳ではない。だが、原文からひどくはずれたり、勝手な加筆をすることもない。ほぼ原文の意味を伝えているといってもいいだろう。ただ、生まじめに過ぎて、原作のもつホノボノとした味わいが減少しているのは否定できない。
3-2 第2章 割剖術展覧会(公開手術)|『小説大観』第11集 1917.9.30
092 His First Operation | 1894 ――最初の手術
トロン教会で12時の鐘が鳴りはじめる(漢訳は、なぜだか5時にする)。場所は、エディンバラということになる(ドイルは、エディンバラ大学医科を卒業している)。医学生たちが、大学の階段教室で行なわれる外科手術を見学するのだ。アーチャー先生の講義執刀による腫瘍の切開である。大勢の見学者と一緒にいた一年生が、はじめて見る手術に気を失うというのが粗筋だ。
話そのものは、別にむつかしくない。漢訳する際に困難なのは、ここでもやはり専門用語の頻出をあげなくてはならない。それらのいくつかを掲げてみよう。
英語 日本語 漢語
popliteal aneurism 膝窩動脈瘤 血脈瘤
Colles' fracture コリース骨折 外傷
spina bifida 二分脊椎 背骨傷
tropical abscess 熱帯性膿瘍 熱瘡
elephantiasis 象皮病 ×
carbuncle 癰(よう) 背疽
pemphigus 天疱瘡 水疱疹
cancer of the parotid 耳下腺ガン 耳下瘤
上の一覧を見れば、専門用語の漢訳は、かなり忠実なものだと理解していいだろう。
わずかな省略がある。
三年生がアーチャー先生の大動脈手術の見事さを一年生に話す箇所、耳下腺ガンを手術される婦人が麻酔をされて口にする歌の内容、手術の準備が整うまでの短時間に見学者とアーチャー先生が政府についての雑談をかわす部分などは、省略される。
また、わずかな勘違いもある。
外来患者で、背中に癰(よう)のできた老人と、手に天疱瘡ができているその付添人がいる。外来係の医学生は、そのふたりについて説明して次のようにいう。
‘It's on his back, and the passage is draughty, so we must not look at it, must we, daddy? ‘Pemphigus,’he added carelessly, pointing to the woman's disfigured hands.‘Would you care to stop and take out a metacarpal?’(「背中にできているんだが、廊下は隙間風がはいるから、診察できないんだ。そうだね、とうちゃん?」「天疱瘡だ」婦人の醜い両手を指さしながら、無神経につけくわえた。「掌骨を取ってみちゃどうだい」)
医学生同士だから、話題は自然と病気のことに落着く。多くの症例を自分の目で見ることが経験になる。だから、掌骨 metacarpal の表面にできている天疱瘡を見ておけ、と勧めたのだ。治療するためではない、ただの観察である。
此小背疽也。乃内服可治者。非剖割之症也。又漫指婦人之手曰、此水疱疹也。亦無須剖割者。然今日此間有割取掌骨之症。盍少住一観乎。(これは背中の癰で、内服で治すことができる。手術の病症じゃない。さらに婦人の手を指さして、いう。これは水泡で、手術はいらない。しかし、今日、ここで掌骨の病症を手術するんだが、ちょっと見ていかんか)
すべてを手術がらみに漢訳してしまった。水泡のできている婦人の両手を観察する原文が、漢訳では、別人の手術に変わってしまっているのは、勘違いである。
階段教室に待機している助手を説明しながら、当時の防腐方法の違いを明確に描写する箇所がある。
It's Lister's antiseptic spray, you know, and Archer's one of the carbolic acid men. Hayes is the leader of the cleanliness-and-cold-water school, and they all hate each other like poison.(リスターの防腐スプレーで、知っての通り、アーチャー先生は石炭酸派のひとりなんだ。ヘイズ先生は、清浄冷水派の指導者だから、ふたりともお互いに徹底的に嫌っている)
シャーロック・ホームズのモデルとなったエディンバラ大学のジョゼフ・ベル Joseph Bell は、このリスターの防腐スプレーを使っていたという。防腐についての、意見がふたつに分かれていたということがわかる記述だ。
漢訳を見てみよう。
防腐之薬水、噴射如霧。為里士脱発明。亜却則善用加布匿酸者。海司則冷水浴潔浄講習学校顧問也。此数人者、彼此相妬如仇相恨若敵。(リスターが発明した防腐薬を霧のように噴射するもので、アーチャーは、カーボリック酸をよく使っていた。ヘイズは、冷水浴清浄講習学校の顧問だ。このふたりはお互いを敵のように嫌っているんだ)
漢訳では、carbolic acid の carbolic 部分がわからなかったから、そこは音訳してしまった。しかたがない。だが、「冷水浴清浄講習学校の顧問」とは、理解を超えてしまう。種痘についての知識をもっていた漢訳者であるにもかかわらず、school は学校しかないと思い込んでしまったのだろうか。それにしても、前後の意味が通じなくなることに、なぜ気づかなかったのか、不思議だ。
3-3 第3章 割唇(口唇手術)|『小説大観』第11集 1917.9.30
086 The Case of Lady Sannox /The Kiss of Blood | The Idler 1893.11 ――サノックス卿夫人事件
医学小説シリーズだから、表題のような漢訳にしたのだろう。だが、医学をめぐる物語だとはいえ、実質は、恐怖小説である。原題のままにするのが、よかった。
この物語は、中国人にとってもよほど興味深く感じられたらしい。これより以前にすでに漢訳されている。また、以後も別人による漢語翻訳が発表されているほどだ。つまり、同一作品が、同時期に前後して漢訳者の異なる3種類の漢訳になっている。ほかの2種類を、以下に示す。
柯南達爾著、常覚訳「(短篇名著)桜唇」『礼拝六』6-8期 1914.7.11-7.25
柯南道爾著、(周)痩鵑訳「香桜小劫(英国名小説家柯南道爾紅燈瑣談之一)」『小説月報』9巻6号 1918.6.25
漢訳3種の比較研究は、稿を改める*14。ここでは『小説大観』掲載のみを見ていきたい。
まず、冒頭部分の英文原作と漢訳を掲げてみよう。
The relations between Douglas Stone and the notorious Lady Sannox were very well known both among the fashionable circles of which she was a brilliant member, and the scientific bodies which numbered him among their most illustrious confreres. There was naturally, therefore, a very widespread interest when it was announced one morning that the lady had absolutely and for ever taken the veil, and that the world would see her no more.(ダグラス・ストーンと悪名高いサノックス卿夫人との関係は、彼女が輝かしい一員である社交界でも、そして彼がもっとも輝かしい会員に数えられている科学団体においても、とてもよく知られていた。だから、ある朝、夫人が一生修道女となり、世界は彼女の姿を二度と見ることはないと告知されたとき、当然のことながらきわめて広範囲の興味をかきたてたのだった)
社交界の花形であるサノックス卿夫人に、なぜ「悪名高い」という形容詞がつくのか、出だしから興味深い。その彼女が、突然の隠遁生活を宣言するのだから、理由はなにか、と詮索せずにはいられない。
時間を逆転させて、まず結末を提示する。いわくありげな物語であるらしいとほのめかす。小説技法のひとつだ。
陶格拉司医生与山諾爵夫人有情愛上之関係、凡彼二人之友党、無不知之。一日忽盛傳夫人将従此永御絶厚之面羃、外人将永不能更仰玉容、於是聞者紛紛驚異。(ダグラス医師とサノックス卿夫人が愛情関係にあるということは、彼らふたりの友人仲間内で知らないものはなかった。ある日、突然、夫人が永遠に厚いヴェールをつけ、他人は二度とその美貌を見ることができないだろうと広く伝えられたため、聞いたものは驚きいぶかるのだった)
take the veil とは、文字通りベールをつけることのほかに、修道女になるという意味がある。ドイルは、二重の意味があることを利用している。漢訳者がそれを理解したかどうか、わからない。そのままヴェールをつけた、と漢訳しても間違いではない。冒頭部分は、逐語訳ではないが、それほど外れた訳ではないといっていいだろう。サノックス卿夫人の漢訳は、別の箇所では、「珊諾男爵夫人」として不統一である。
サノックス卿夫人は、雲隠れした。一方で、彼女の愛人である、学識、胆力ともに群を抜いていた才人外科医のストーンが、驚いたことに精神に異常をきたしたのだから、人々の関心を引かないわけがない。
多くの伏線がはられている。以下、それらを指摘しながら原文と漢訳を対照して説明することにしたい。
伏線1:外科手術の腕が抜群1 →下唇をメスふた振りで切り取る
In surgery none could follow him.(外科手術では、彼にかなうものは誰もいなかった)
其外科医学、亦非群医所敢望其項背。(その外科医学も、多くの医者のおよびもつかないものだった)
外科手術の技術がほかの医者よりも抜きんでていることが、要点のひとつだ。モタモタしていては、この物語は成り立たない。一気に患部を切り取る必要がある。また、そうできる技術をもって自信にあふれている主人公が必要なのだ。
伏線2:快楽追求の浪費による金欠 →大金を見せられると手術に赴く気になる
Large as was his income, and it was the third largest of all professional men in London, it was far beneath the luxury of his living.(彼の収入は莫大で、ロンドンの医者のなかでは3番目であったが、それでも贅沢なくらしぶりによってはるかに不足した)
所入至豊。為全国有学位者第三人。而揮霍無度、恒不能敷。(収入は豊富で、全国の医者のなかで3番目であったが、並外れた浪費によりいつも不足していた)
原文のロンドンが、漢訳では「全国」に拡大している。話を大きくしたのだ。
才能を高く評価されていたストーン医師だが、もっていた多くの美点に劣らぬ欠点があった。快楽追求嗜好とそのひとつである好色だ。収入は驚くほど多かったが、快楽追求に費やすために、それでも不足していた情況がここで説明されている。だから、大金が手に入ることがわかると、無理をしてでも手術に行こうとする。
さらにサノックス卿夫人も劣らぬ好色だ(だから「悪名高い」のである)。夫人の行状によるのかどうか、サノックス卿は、まだ36歳だが見た目はすでに50歳だった。夫人と医者は出会って情熱が燃え上がる。ところが、サノックス卿は、ふたりの振る舞いについては知らん顔である。
伏線3:サノックス卿は目立たない →変装してもストーン医師に気づかれない
He was a quiet, silent, neutral-tinted man this lord,(卿は物静かで、無口で、どちらともなく目立たない人物で)
男爵者世襲也。為人沈黙寡言。(男爵は世襲である。その性格は物静かで寡黙だった)
目立たない男が、底知れぬ恐怖のわざを仕掛けるところに、この小説の凄さがある。しかし、この段階で、読者に気づかれてはならない。あくまでもさりげなく、サノックス卿が物静かな人物であることに触れるだけだ。
伏線4:サノックス卿は演劇好き →変装がうまい
He had at one time been fond of acting, had even rented a theatre in London, and on its boards had first seen Miss Marion Dawson,(かつて演じることを好んでいたことがあり、ロンドンに劇場を借りてすらいた。その舞台ではじめてマリオン・ドースン嬢と知り合ったのだ)
曩日酷好観劇、嘗在倫敦自賃劇場。識一女伶曰媚里痕者。(かつて観劇をとても好んでいたことがあった。ロンドンに自ら劇場を借り、マリオンというひとりの女優と知り合った)
サノックス卿は、演劇が趣味で、ロンドンに劇場を借りていたことがあった。劇場を借りていたといっても、観劇のためではない。自らが演ずるためである。それが女優マリオン・ドースン嬢(のちのサノックス卿夫人)と知りあうきっかけになっている。舞台でマリオン嬢と知りあったというのは、そういう意味だ。演技を好んで舞台に立ったほどだから、サノックス卿にとって変装をするのはお手のものとわかる。他人の目には物静かに映り、しかも変装ができるからこそ、策略を実行するのに何の支障も生じない。
漢訳では、観劇だと誤解したから、この部分をのちに出てくる変装の伏線にすることができなくなった。
伏線5:サノックス卿は見かけによらず大胆 →結末がいかに悲劇になろうともやり通す意志をもっている
He had seen him break in a horse at the University, and it seemed to have left an impression upon his mind.(この人物は、卿が大学で荒馬を仕込んでいるのを見たことがあり、強い印象を受けたらしい)
漢訳では省略する。
サノックス卿は、目立たない風貌で物静かだったから、自分の妻が医者と浮き名を流すのを見てみぬ振りしているのを、とかくウワサのたねにされてしまった。ところが、荒馬を仕込むくらいだから、その性格は大胆なところがあるらしい、と読者にさりげなく説明しているのだ。巧みだ。卿と荒馬の組み合わせは、平生の卿の物腰とは異なる姿だったからこそ、強い印象を残した。サノックス卿のこの目立たないが大胆という性格描写は、この物語においては重要な意味をもっている。そうでなければ、恐ろしい結末は出現しなかっただろう。漢訳者は、この部分は、重要ではないと判断した。だから、原文のままに翻訳せず省略してしまった。うかつである。
愛人関係を隠そうとしないストーンに対して、慎重に振る舞うように忠告するひともいたが、ストーンは無視した。40ギニー(漢訳では40ポンドとする)もする腕輪を夫人に捧げた。
そうして仕掛けられた運命の事件にむかって、ストーンは足を踏み入れるのだ。
伏線6:外科手術の腕が抜群2
against the advice of six colleagues, he had performed an operation that day of which only two cases were on record, and the result had been brilliant beyond all expectation.(その日、6名の同僚の忠告にさからって、過去にわずか2例しか記録のない手術を実行し、その結果は予想をはるかにうわまわる輝かしいものだった)
蓋是日嘗有両解剖之症、諸医束手、陶格拉司自信能為、其同僚六人勧阻不聽、毅然赴之。竟安然了其事。(その日、ふたつの解剖があったが、医者たちは手をこまねいていた。ダグラスにはできるという自信があったから、同僚6名が止めるのもきかず、果敢に赴いた。結局、無事にやりおえたのだった)
「過去にわずか2例しか記録のない手術」について、漢訳では誤解がある。1日にふたつの解剖と勘違いしている。
大きな成功があるから、そのあとに発生する悲劇が絶望的な色合いをより濃くする。ドイルの原作は、この明暗のつけかたが、すばらしい。
サノックス卿夫人と密会の約束があるストーン医師のところへ、トルコ人が往診を依頼してくる。小柄で老いぼれたトルコ人は、実は、サノックス卿が変装している。たくらみがあるから、そうしているのだ。密会の時間を気にするストーンだが、金貨百ポンド(one hundred pounds。漢訳では、「数百〓」と金額が増える。また後で出てくるが、そこでは「百金」とする)を見せられると、行く気になったのも日ごろの浪費で手元不如意だからだ。
骨董商をいとなむトルコ人がいうには、その妻が毒を塗った短剣で唇を傷つけた。その毒の治療法はない。昏睡状態になって30時間後には死亡する。ただし傷口に毒が残っている。ストーン医師は、命を救うためにはその部分を切除するしかないと助言する。こうして、運命の場所にふたりは赴く。
伏線7:トルコ人はイスラム教徒で酒は禁じられている →クロロフォルムの使用禁止
寒い外に出るのだからワインを1杯(漢訳ではブランデーに変える)でも、と勧めたことに対して、トルコ人は宗教を理由に断わる。その延長線上にクロロフォルムを置いて、その使用もかたく禁止するのだ。これは麻酔薬なしで唇の切除手術を行なうことを意味する。
雨のなかを馬車を走らせ、みすぼらしい家に到着する。寝椅子には女性が横たわっていた。
on which lay a woman dressed in the Turkish fashion, with yashmak and veil. The lower part of the face was exposed,(そこにはトルコ衣裳にヤシュマクとヴェールをつけた婦人が横たわっていた。顔の下の方は出ている)
一婦人服土耳其服臥其上。面羃厚網及絲巾、僅露其唇以下。(ひとりの婦人がトルコ衣裳を着て寝ている。顔は厚いヴェールと絹のハンカチで覆われており、わずかにその唇以下が出ている)
ヤシュマクとは、イスラム教婦人がつける二重ヴェールを意味する。ヤシュマクとヴェールは、重複しており書き間違いかと思われるかもしれない。書き間違いではない。婦人の顔全体は、この段階でストーン医師に見えてはならない。目の下方を隠すのがヤシュマクで、顔全体をヴェールで覆うと考えれば矛盾しない。唇を露出させているのだから、ヤシュマクを折りたたんでいるのだろう。漢訳では、2種類のヴェールだとは理解せず、片方をハンカチに変えた。
婦人の傷口を見た医師は、手術は緊急を要するものではないと考えた。それに対して依頼主は、主張する。
伏線8:メスだけが救うことができる →二重の意味
‘Oh! sir, sir,’he cried.‘Do not trifle. You do not know. It is deadly. I know, and I give you my assurance that an operation is absolutely necessary. Only the knife can save her.’(「ああ、先生、先生」彼は叫んだ。「時間をムダにしないでください。先生はわかっていない。命取りなのです。私にはわかっているんです。私が保証します。手術は、絶対に必要なのです。メスだけが彼女を救うことができるのです)
土耳其人怒曰。先生休矣。多延一分鐘、其毒散〓逾広。如沈舟於海、救護不可須臾緩。緩則沈淪逾下。至不可救。嗟夫。吾何忍坐視吾妻之沈淪乎。[此言深意](トルコ人は怒って言った。先生、やめてください。一分のばせば、それだけその毒はまわるんです。舟が海に沈むように、助けるには少しものばすことはできません。のばせばますます沈んでしまいます。ついには救えなくなるんです。ああ。妻の沈んでいくのをどうして座視できましょうか[この言葉は意味深長である])
唇のところで留まっている毒を取り除くためには、唇を切除するよりほかに方法はない。だから、婦人を救うにはメスしかない。読者は、そう読んでいる。また、そう思うようにドイルは書いている。まさか、「メスだけが彼女を救うことができる」という言葉に別の意味が隠されているなど、普通に読んでいてはわかるはずがない。
漢訳では、言葉を付け加えて説明した。すなわち、毒がまわるのを舟が沈没することにたとえるのだ。「沈淪」には、沈むことと堕落する意味がある。妻の堕落を座視できない、と二重の意味をもたせる。割注で読者の注意を喚起して念押しする。やや、やりすぎだと思わないこともない。
英文原作と漢訳では、二重の意味のもたせ方が違うが、ほぼ同方向になっていると判断する。
結末は、悲惨だ。ストーン医師は、外科手術の名人だ。メスの動き2回だけで手術を終了した。婦人の下唇をV字型に切り取ったのである。そのとたん、悲鳴をあげて寝椅子からとびあがった顔は、ストーン医師にはなじみのものだった。カツラと付け髭をとったトルコ人が、かたわらで笑っている。そして言うのだ。
結末:口唇切除の意味
‘It was really very necessary for Marion, this operation,’said he,‘not physically, but morally, you know, morally.’(「マリオンには、この手術が本当に必要だった」とサノックス卿は言う。「肉体的にではなく、道徳的にね。いいかね、道徳的にだよ」)
足下勿怪此挙之無益。非此無以療吾妻之病。其病非在生理之不善、乃道徳之不良也。(この行ないが無益だと責めないでくれたまえ。こうしなければ妻の病を治すことができないのだ。この病は生理的によくないというところにあるのではなく、道徳的によくないことなのだ」
治療法のない毒を除くために唇を手術したのではなかった。もともと毒とは無関係だったのだ。アヘンで夫人の意識をモウロウとさせておき、そこに作り話を信じたストーン医師を案内した。女優をしていたマリオンにとっては大事な顔、その中でも特に唇を切除することによって、人前に出ることができないようにさせた。それが、サノックス卿が考える、肉体に施したと同時に道徳上の手術――ちょっとした見せしめ a little example、だった。
唇以外では、どこか適当な部分がないかと考えてみても、鼻くらいしか思いつかない。だが、鼻を削ぐのは「ちょっとした」程度を超えるだろう。
サノックス卿夫人に与えた「ちょっとした見せしめ」は、その愛人であるストーン医師によって実行されたところに、この復讐譚が同時に恐怖小説である理由である。ああ、恐ろしい。
3-4 第4章 一八一五年之遺老(1815年の生き残り老人)|『小説大観』第11集 1917.9.30
045 A Straggler of '15 | Black and White 1891.3.21 ――1815年のはぐれ者
1815年とは、この作品においては、ウォータールーの戦いをいう。Waterloo は、ベルギーの首都ブリュッセルの南東だから、ワーテルローと言った方が理解されるかもしれない。だが、イギリス人の物語だからウォータールーとしておく。イギリス・オランダ連合軍とプロイセン・ザクセン連合軍が、ナポレオン率いるフランス軍を撃破した記念的戦闘である。
straggler とは、仲間からはぐれた者を意味する。ウォータールーの激戦で幸運にもひとり生き延びたことを、仲間から取り残されてはぐれてしまった者と表現している。屈折した書き方になっているのは、主人公の老人が、残りの人生60年以上を、ウォータールーの戦いの記憶で塗りつぶされて生きているからだ。ひとりの人間を、その記憶から逃れることのできぬ存在にしてしまうほど、激しい戦闘であったことをも示唆する。
実は、この作品、医者とはあまり関係がない。出てくるのは、戦闘の記憶にとりつかれた老人と、その世話をする気のいい親戚の娘、年取った退役兵士を敬う現役の兵隊たちだ。
医者といえば、健康診断に1度、臨終の場に出てくるだけにすぎない。なぜに「赤ランプ雑話」に収録されたのか、不思議に思われるかもしれない。だが、原作の題名は『赤ランプをめぐって』だから、患者の立場の物語だと考えれば矛盾はなかろう。
医者の影が薄いから漢訳から作品そのものを削除してもいっこうにかまわない。だが、そうはしない。律儀な漢訳者である。
漢訳で気づいたことを書いておく。
‘It's eighty-one now,’said the original speaker, checking off the years upon her coarse, red fingers,‘and that were fifteen. Ten, and ten, and ten, and ten, and ten−why, it's only sixty and six year, so he ain't so old after all.’(「今は1881年さ」最初に話をはじめた女が、あれて赤い指を折りながら年を数えて言った。「あれが1815年だった。10年、また10年、そして10年、もひとつ10年、おまけに10年――おや、たったの60と6年だよ。あの人、そんなに年寄りじゃないんだね」)
指を折りおり10年を加えるのは、引き算のできない人であることを表わしている。下町の教育が行き届いていない階層の人間であることを表現するために、ドイルがわざわざそう書いているのだ。計算がろくにできない無教養な人、などとドイルがあからさまに書かなくても、英国人読者なら読めば理解する。それを、漢訳では、次のように書き換える。
今為一千八百八十一、而其時又在本世紀之十五年後。今以八十一減去十五。已六十又六年矣。然則此公尚非老。(今は1881年で、あれは今世紀の15年だった。81年から15を引けば、もう66年だね。あの人、それほど年寄りじゃないんだ)
文章の意味からいえば、漢訳のようにしても同じだ。しかし、表現が異なる。異なれば、伝えられる情報も違ってくる。
引き算をするのが、中国人にとっては普通のことだ。指折り数えるという教養のなさは、漢訳者には想像できなかったかもしれない。しかし、それを書き換えたのでは、せっかくのドイルの工夫を無効にしてしまったことになる。文学作品を翻訳する場合、意味が通じればよい、というものではないはずだ。
戦争の記憶にとりつかれて、老人は、今も夜中に歩哨勤務だとかいいながら、歩き回る。下のシンプスン夫人は、足音で眠ることができないと不満タラタラだ。老人に対して決してよい印象を抱いていない。そこに、老人の親戚の娘が世話をしに田舎から出てきた。
‘You're Norah Brewster, I s'pose,’said Mrs. Simpson, eyeing her up and down with no friendly gaze.(「あんたはノラ・ブルースターかね」シンプスン夫人は、彼女を上から下まで友好的とはいえない凝視でもって見ながら言った)
施姆生即為和藹之容曰、想君即為娜拉白柳士脱矣。(シンプスンは、おだやかな様子で言った。あなたはノラ・ブルースターなんでしょう)
老人の行動に悩まされているからこそ、また、見知らぬ人間に対する警戒心から「友好的とはいえない」目つきをする夫人だのに、漢訳のようにやさしくしてしまうと、人物像と周囲の情況が変わってしまう。
ちいさな誤解があると同時に、逆に感心する箇所を示そう。
老人が若い頃、彼の働きにより戦闘に打ち勝ったことを記念して勲章が与えられた。その勲章には、ラテン語で‘dulce et decorum est’と刻まれている。娘はそれを見ても、当然ながらラテン語の意味を理解しない。ドイルも、なぜだか最後までその意味を説明しない。「気持ちよく、また正しい」である。何に対してか、という後半部分は省略される。それは‘pro patria mori 祖国のために死ぬこと’*15だ。漢訳では、「此時娜拉猶注視勲章中所鐫法文『為国之栄』而未得其解(この時、ノラは勲章にフランス語で「祖国の光栄のために」と彫りつけてあるのを注視したが、その意味はわからなかった)」と書いて処理した。フランス語とするのは誤りだ。そのラテン語の漢訳は、本来の意味通りではないが、それらしくなっている。中国人読者には、意味が理解できて、作品の女性にはわからない状態にしておく、これはうまいやり方だ。
老人の言葉には、強いなまりがある。少女のおじであるジョージ(老人の弟)について、老人は次のように言っている。原文は、外国人にとってはなかなかに理解しがたい。
‘Lor', but little Jarge was a rare un,’he continued.‘Eh, by Jimini, there was no chousing Jarge. He's got a bull pup o' mine that I gave him when I took the bounty. You've heard him speak of it, likely?’(「おやまあ、ちっちゃなジャージはいい奴じゃった」と彼は続けた。「おお、ふんとに、ジャージを欺くことなんかできゃしなかったな。わしが賜金をもらったとき、わしのブルパップ銃*16をやったんじゃ。たぶん、そのことを話すのを聞いたことがあるじゃろ」)
ジョージがなまってジャージになっている等々。漢訳では、この部分は、あっさりと省略してしまった。省略しても大した影響はない、という判断だろう。
ドイルが、表題を「1815年のはぐれ者」としたのは、作品の終わり近くの‘Better, surely, had he died under the blazing rafters of the Belgian farmhouse,’thought the colonel.(「たしかに、この老人は、ベルギーの農家の燃える垂木の下で死んだ方がよかったのだ」大佐は思った)という箇所に関係している。大佐の感想こそが、本作品の要なのだ。死んでいった仲間からたった一人だけはぐれた――死にそびれて生き長らえてしまった悲哀が、ここには残酷なまでにあふれている。
ところが、この部分を漢訳では、つぎのように翻訳する。「復念此老頽唐狼狽極矣。与其強持於世。何如速歸彼土。(この老人が元気がなくひどく困り果てているのに、無理矢理この世にしがみついているのを見ると、どうして早くあの世へ行かないのかと思う)」老人を訪問した大佐が、今その場で感じたままを述べていることにした。老人の生存を憐れむ点では、同じように見える。しかし、過去の戦闘の時点での死亡を言わなければ、表題との関連がなくなってしまうことに漢訳者は気づいていない。作品の最重要部分を取り逃がしたと言わざるをえない。惜しいことだ。
3-5 第5章 遺伝病(遺伝病)|『小説大観』第11集 1917.9.30
093 The Third Generation | 1894 ――三代目
本作品は、祖父から孫に伝えられた病気が主題となっている。ゆえに、三代目まで病気が続いたことを意味するのが原題だ。
もうひとつの隠れた問題は、医者と患者の信頼関係である。同一傾向の作品には、「時代遅れ」がある。医学の技術よりも、人格的に信頼できる「時代遅れ」の医者の方が、患者にはよほど必要だという内容であった。
こちらは、その信頼関係を築くことができなかった例だ。というよりも、医者の手にあまる事例ということができる。
ホレイス・セルビィ医師が専門とするところは、あからさまに書かれていない。そのかわり、いくつかの箇所でそれをほのめかす。
ほのめかし1:人里離れた場所
それほどにぎやかでない場所で開業していることについて次のように説明している。
It is a singular street for so big a man, but a specialist who has an Europian reputation can afford to live where he likes. In his particular branch, too, patients do not always consider seclusion to be a disadvantage.(このような大物、ヨーロッパで評判の専門医であるだけだが、にとって、好きなところにはどこでも住めそうなものなのに、これは奇妙な通りであった。もっとも、彼の特殊な分野では、患者たちはかならずしも人里離れた場所に不便を感じるというわけでもなかった)
著名な専門医であるのに、にぎやかではない場所に開業している。しかし、患者にとっては、かえってそのほうが好都合だ。ということは、セルビィ医師の専門が、いわば人目をはばかる病気に関してのものだと想像することができよう。ところが、漢訳は、別の方向に翻訳している。
以如是名人、居此陋巷、人将謂其不称。然英雄豪傑多学多能之士、毎毎随遇而安。初不計広宅安居、而病家亦不以医士所居之陋、而藐忽其人。人生既有名誉為之保障、則無論所居在淵泉、其価値声望、絶不因而少減也。(このような有名人が、裏通りの小路に住むとなると、人はほめはしないだろう。しかし、英雄豪傑多学多能の人は、境遇に適応するものだ。広大な邸宅は問題ではなく、患者もまた医者の住んでいるところが狭いといってその人を軽んじるということもない。すでに名誉があればこれが保障となり、静かなところに住もうが、その価値声望は、そのために減少するということは決してないのである)
医者の住居と名誉の話になってしまっている。患者が、人目をはばかって診察に訪れるには、寂しい場所であってもかまわない、いや、その方が好都合であるという原文の意味が把握されていない。ほのめかし1は、漢訳では伝わっていないのだ。
ある雨の夜、セルビィ医師のところにやってきたのはフランシス・ノートン准男爵(baronet。漢訳では男爵と誤る)だった。部屋で待たされている間、隣から聞こえてくるのはカード遊びをしている声だ。漢訳では、「貿易のことらしく、医薬には関係がないようだった(似為貿易之事、而非有渉医薬者)」と誤解した(ただし、あとの場面に出てくるときには正しくカード遊びをしていると翻訳する。一貫していない)。すでに、夜の10時をすぎており診察時間は終わっている。医者が、友人たちとカード遊びをしていてもかまわない。ノートン准男爵は、そこに無理矢理診察を頼み込んでいるのだ。文句をつける筋合いのものでもない。
ほのめかし2:痛く恥じ入る
セルビィ医師は、大柄でかっぷくがよく、容貌は肥満していた。信頼するに足る態度の医者だから、患者は何でもしゃべる気になる。
He was clean shaven, for his mouth was too good to cover, large, flexible and sensitive, with a kindly human softening at either corner, which, with his brown, sympathetic eys, had drawn out many a shame-struck sinner's secret.(彼がヒゲをきれいに剃っているのは、その口が隠すにはあまりにもすばらしいからだ。大きくてしなやか、さらには敏感で、両端には優しく人間的な柔らかさをともなっており、おまけに彼の茶色の思いやりのある目とあいまって、多くの痛く恥じ入っている罪人の秘密をしゃべらせたのだった)
引用した箇所のなかでも、特に「多くの痛く恥じ入っている罪人の秘密 many a shame-struck sinner's secret」という部分は、きわめて重要である。ほのめかし1の不便な場所でも患者は気にしない、と合わせてこの「痛く恥じ入っている」を見れば、それだけで患者の病気が何か、すぐに推測がつく。性に関する病気だ。それならば、ひとつしかない。
不蓄鬚髭以掩其美観之口。口巨而唇薄、闔時作湾曲之線、唇角陥微窩。此以見為人和藹、雙瞳棕色、若能深知人之疾苦、有慈憫哀憐意。故凡有疾病、一為此目所視、莫不傾誠盡吐其隠。(その美しい口が隠れるヒゲはたくわえていない。口は大きく唇は薄く、とじた時には曲線になって唇のすみはかすかにくぼむ。人となりが穏やかなように見えることと、両目がとび色で、人の苦しみを深く理解することができ、やさしくいとおしむようだ。だから病気をもった人は、その目で見られると、全部の隠し事を吐きださずにはいられなかった)
漢訳は、原文のほぼ忠実な翻訳となっている。ただ1ヵ所を除いては。あのキメテである「痛く恥じ入っている」だけを、漢訳は無視しているのだ。不可解だとしかいいようがない。
ほのめかし3:非難されること、後悔すること
准男爵は、自分の足に現われた病症を見せて、医者に断言する。該当部分の原文と漢訳を示す。
‘I have nothing in my life with which to reproach myself.’(私自身が非難されるべきことは、私の生涯において一度もありません)
吾一生初未嘗有自汚之事。(私は一生においてはじめから自分を汚すようなことはありませんでした)
‘Once for all, I have nothing to regret.’(一度たりとも、私は後悔するようなことはしていません)
漢訳はこの部分を省略している。
ここも重要な箇所である。いずれもが、ただひとつの病名を指し示している。しかし、漢訳は片方しか翻訳していない。
ほのめかし4:「遺伝病」
病名は明らかにしないが、それが遺伝であることが医者により宣言される。
In broad terms I may say that you have a constitutional and hereditary taint.(広い意味において、あなたの場合は、体質的かつ遺伝的汚染であるということができましょう)
此蓋瘰癧之預徴、為血質之遺伝病。得諸其先人者也。(このシコリの症状から見て、血質の遺伝病でしょう。祖先から受け継がれたものです)
原作では病名をほのめかしているだけだから、漢訳者は、それが理解できなかった。「血質の遺伝病」ということにして、かつまた「祖先から受け継がれたものです」部分をつけ加えた。漢訳者が、これを補足したくなるのはわからないわけではない。次には、病気の源をさかのぼって祖父に行き当たるからだ。
ほのめかし5:祖父が道楽者
You have heard of Sir Rupert Norton, the great Corinthian.(サー・ルパート・ノートン、あの卓越したコリント人――道楽者のことをお聞きになったことがあるでしょう)
足下當亦聞露北那頓公者、即先大父也。吾非敢斥辱先人、顧其一生縦情酒色。(ルパート・ノートン公のことをお聞きになっているでしょうが、私の祖父なのです。先祖を侮辱するわけではありませんが、その一生は思いのまま酒色にふけったのです)
古代ギリシアのコリント人は享楽的生活で知られていた。それと同じことを行なった道楽者という意味である。漢訳は、正しく把握している。原文にはない「先祖を侮辱するわけではありませんが」を挿入したのは、先祖のことを悪く言う時には、当時の中国では、そうせざるを得なかったことがわかる。
准男爵が心配しているのは、この病気が自分の子供にも遺伝するかということだった。医者は、三代、四代までもという聖書の言葉を引用してそれを肯定する。
医者がぞっとしたのは、准男爵が、火曜日に結婚することになっていると話したときだ。
‘How could you?’cried the doctor severely.‘It was criminal.’(「どうしてそんなことが?それは言語道断じゃ」医師は激しく叫んだ)
是安可者、是安可者。我公以有疾之身、行此婚事、実為有干法律也。(どうしてできよう。どうしてできよう。公が病気の身で結婚をすることは法律に触れますぞ)
漢訳者は、It was criminal を文字通り犯罪だと解した。誤解である。
「遺伝病」をかかえたまま、結婚式を直前にひかえている。いまさら婚約を破棄することは婚約者に恥をかかせることになる。しかも、自らの名誉も守らなくてはならない。過去の例では、故意に犯罪を犯して婚約を解消したとか、提案として外国へ調査をしに行くとかが出されるが、いずれも適当ではない。せっぱ詰まった患者がとった行動というのは、事故に見せかけた自殺である。
セルビィ医師の専門、あるいは研究対象としている病気については、ドイルは最後までほのめかしているだけで病名を明らかにしていない。しかし、上に見たように、専門が梅毒であると直接的に言わなくても、読者にはわかるようにドイルは書いているのだ。しかし、漢訳者は、最後まで理解しなかった。「血質の遺伝病」としか書いていないところから、それがわかる。英語は、よく読めているはずなのに、肝心な箇所をはずすのは不思議といわなければならない。
ドイルがこの作品を書いたころには、梅毒の治療法はなかった。ついでに触れておけば、1885年、ドイルが医学博士号を取得したときの論文は梅毒に関するものだった*17。
梅毒のスピロヘータが発見されたのは、1905年のことだ。また、梅毒スピロヘータだけを攻撃する化学物質サルバルサンが見つかったのは1909年だった。ペニシリンが1940年代に登場するまで、このサルバルサンは、梅毒の唯一の治療薬だったという。
物語の時間設定について明らかにされていない。作品の執筆が1894年だから、サルバルサンが発見されるまで15年を待たねばならない。1894年時点で患者の若者が25歳として、15年後ならば40歳……などと架空の計算をしたところでムダなことだ。問題は、そこには存在しない。
梅毒が「遺伝病」だと考えられていた時代の物語であることを頭に置く必要がある。しかし、それだけでかたづけることのできない主題だ。梅毒を、現在治療法が開発されていない別の病気に置き換えれば、現代でも十分に通用する題材だということができる。治療法がない病気にかかったとしたら、それはもはや医学とは関係がないとする考え方もあろう。その場合は、宗教の問題に属する。宗教にまかすことはできない、とするならば、治療をほどこしながら、精神面の援助を行なう広い医学となろう。
宗教家ではないドイルは、患者を自殺させることで物語を終えた。それが、いちばんよい方法だと考えた結果だと思われる。
主題を考えれば、漢訳者が病名がなにか知らなかったとしても、別に問題ではないように思われるかもしれない。しかし、ドイルは、病名が推測できるように文章に工夫をこらしていることを無視してはならない。
3-6 第6章 名誤(名前違い)|『小説大観』第12集 1917.12
056 A False Start | Gentlewoman 1891 Christmas ――出発点失敗
開業したばかりの若い医者ホレイス・ウィルキンスンが、出発点でひどい失敗をしてしまう。ところが、その失敗がのちの成功のはじまりになったという物語だ。漢訳では原題を「名誤(名前違い)」に変更しているが、それは、失敗となる原因が人違いだからだ。原作の内容を反映した題名ではある。
物語は、逆転を主題にする。文章の色彩はといえば、滑稽味をおびている。
たとえば、開業3週間で最初の客が来た時、医者自らがドアをあけて案内する場面がある。案内人もいないくらいに小さい、あるいは雇えないくらいに繁盛していない開業医だと患者に思われかねない。開業早々なのだから、それはしかたがない。だが、医者としては、その場をとりつくろう必要がある。
He bowed, therefore, waved his visitor in, closed the hall door in a careless fashion, as though his own presence thereat had been a purely accidental circumstance, (そういうわけで、彼はお辞儀をして客に入るように手振りをし、玄関のドアを無頓着な様子で閉めた。あたかも彼がそこにいたのは、まったく偶然の情況であったかのように)
あくまでも医者の主観的な感じ方によるのだが、そうしなくてはいられない。だからこそおもしろみが出てくる。漢訳では、それがこうなる。
即鞠躬延客入、信手闔門、一若此為尋常之事者。(お辞儀をして客を招き入れ、それがいつものことのようについでにドアを閉めた)
原文の「まったくの偶然」を、漢訳で「いつものこと」にしたのでは、ドイルの意図を無視することになる。なんでもないような箇所なのだが、漢訳者はおかしな取り違えをした。ただし、小さなことだ。
サットンの町に病人はいないはずはないのに、自分のところにくる患者がいない。来るのは、ガス集金人だったり物乞いだったり、金は出ていく一方で、いくら節約しても限度がある。かといって、玄関の前に立って通りがかりの人間の袖をひっぱって耳元にささやくこともできない。
Sir, you will forgive me for remarking that you are suffering from a severe attack of acne rosacea, which makes you a peculiarly unpleasant object. Allow me to suggest that a small prescription containing arsenic, which will not cost you more than you often spend upon a single meal, will be very much to your advantage.(もしもし、こう申し上げては何なんですが、あなたはバラのようなニキビの激しい症状に苦しまれておいでですね。そのために特別に不愉快な存在になっておいでですよ。思い切って提案もうしあげますが、ヒソ入りのちょっとした処方で、それはあなたがお支払いになる食事1回分の費用にもならないんですけど、大いにあなたのお役に立つものとぞんじますが)
言葉は丁寧である。バカをつけてもいい。例の、鼻にかかった妙に高い音調で口先から発音される英語でしゃべられた日には、腹をかかえて大笑いするよりしかたがない。あんたのニキビがひどくて醜いから、ヒソでも飲んで死んだら、なんて言えないよね、といっているのだ。あくまでも、冗談であるから誤解のないように。
足下患某病、不治将劇。盍容下走為足下一診之、投以方薬、其値不及尋常一飯所費、而於足下為益無窮也。(あなたはある病気にかかっており、治療しなければひどくなりますぞ。私が診察して処方するのをお許しになれば、いつもの食事の費用にも及ばぬ値段で、あなたの利益は限りありませんぞ)
arsenic には、清末期の英漢辞典にも「信石、砒霜」と見え、ヒソという訳語がついている。漢訳者が、単語の意味を知らないはずがない。それを知りながら漢訳していないということは、ドイルの書いた冗談が通じなかったことを意味している。包天笑と張毅漢は、それほどまでに真面目なのだろう。マジメなのは結構なことだ。しかし、原文の色調を自分たちに勝手に引きつけて書き換えるのは、翻訳の態度としてはよろしくないのではないか。
勝手な書き換えばかりしているかといえば、当然だが、そうでもない。英文についての深い理解を示している箇所もある。
ジプシーの赤ん坊を診察した時のことだ。母親の片目のまわりにアザがある。てっきりその治療に来たものだと早合点して手当をしたところが、そうではない、という。赤ん坊のはしかを証明してほしいのだ。薬はいらない。
‘I just wanted you to see him, sir, so that you could signify.’/‘Could what?’/‘Signify, if anything happened.’/‘Oh, I see--certify.’/……‘Oh, now you've seen it, it's all right. I'll let you know if anything happens.’(「先生には診てもらうだけで、表示ができるようにね」/「何ができるって?」/「表示ですよ、なにかあった時にね」/「ああ、わかった。証明だね」/……「ああ、先生に診てもらったから、もういいんですよ。なにかあったら知らせるから」)
赤ん坊の診察だけで薬はいらない、というのは、理解しがたい。おまけに「表示 signify」だ「証明 certify」だと言葉の勘違いを問題にもしている。当時のイギリスにおける医療事情が不明だから、この部分は、一般の外国人にとってはむつかしい。ジプシーのいう「なにかあったら」というのは赤ん坊が死亡するということだ。その原因がはしかであることを医者に証明してもらわなければ、ややこしいことになるのか、と想像できるくらいだ。
漢訳では、以下のようにしている。
婦人曰、吾但請先生一観之、以明其確為疹症否耳。……中略……先生観之已足。可無須薬。苟有他変、再告先生。請先生為保症也[意謂児死則請書病状](先生に診てもらって、たしかにはしかかどうかをはっきりさせたいだけなんで。……先生に見てもらったので十分です。薬はいりません。もしも変わったことがありましたら、先生にお知らせしますよ。症状をうけあってもらうためにね。[その意味は、子供が死亡すれば病状を書いてもらうことをいう])
訳者による注釈がつけられている。正しい判断だということができよう。
ろくな患者が来ないのにくさっているところに、往診の依頼がきた。町の有名人にして富豪のミルバンク夫人を診てもらいたいという。ウィルキンスン医師は、早合点してはいけないと町に同名の医者がいないことを確認する。
ミルバンク夫人の主治医は、老人のメイスン医師だった。彼が到着しない前に、単独で診察することは職業上よろしくないことはウィルキンスンも理解している。だから、そう申し出た。だが、ミルバンクは短気だから、ともかく夫人を早く楽にしろという。しかも、接触診察は禁止するのだ。ウィルキンスン医師は、怒った。診ずに治療しろというのは無礼というものだ。帰るといえば、主人は引き止める。それまで、強く出た医者はいなかったらしい。自由に診察してよい、と部屋を出て行くと、娘ふたりが飛び出してきた。父に歯向かってよく言った、と喜ぶのだ。
‘Don't let him bully you, doctor,’said the other.‘Oh, it was so nice to hear you stand up to him. That's the way he does with poor Doctor Mason. Doctor Mason has never examined mamma yet. He always takes papa's word for everything. ……’(「先生、パパをいばらせてはだめよ」もうひとりがいう。「まあ、先生がパパに抵抗するのを聞いて本当に素敵だったわ。パパは、気の毒なメイスン先生にいつもああするのよ。メイスン先生は、ママを診察したことが一度もないんだから。いつもパパの言いなり。……」)
医生此挙何勇也。少者曰。必得医生如此方佳。医生乎。若万勿為阿父所摂、若但崛強、彼反屈而従爾。今茲君之所為、実大快人意。美〓雖名為診視、其実従未得阿父允許、一検験阿母病状。美〓屈於阿父事事曲従。薬剤濫投、故迄未見效。……(「先生のこの行動は、なんて勇ましいんでしょ」若いほうがいう。「先生はこうじゃなくっちゃね。先生。パパの言いなりに絶対にならない、ただ強情をおしとおせば、パパは先生に負けちゃう。今の先生のやったこと、本当に気持ちがスッキリしたわ。メイスン先生は診察といいながら、本当はパパのお許しがでないものだから、ママの病状をちょっと調べるだけ。なんでもパパの言いなりなんだもん。薬をやたらにあたえるもんだから、いまだに効かないの。……」)
漢訳は、英文原作を大きく踏み外しているというわけではない。ただ、薬をやたらに出すから、症状がよくならない、というのは漢訳者の書き加えである。翻訳者の筆がすべった、あるいは付け加えたほうが読者の理解を深めるという判断だろう。
夫人の診察を終えたウィルキンスン医師は、メイスン医師ともうひとりのウィルキンスンと顔を合わせる。メイスンの知人もウィルキンスンといい、彼と間違えられたのだ。ところが、富豪も太っ腹で、診察について言いなりにならなかった若いウィルキンスン医師の方に信頼を寄せた。以後は、主治医として駆け出しのウィルキンスンの方を雇いたいという。しかし、ウィルキンスンはそれを断わる。「職業上の道徳に反する行為です It would be a most unprofessional act.足為我業羞」というのがその理由である。
のち、富豪の誘いを断わったことがメイスン医師の耳に入る。その結果、ふたりは共同で病院を経営することになるのだ。
職業上の道徳を守り、痩せ我慢をしたのは、たしかに出発点における失敗だった。だが、その失敗が、人の信頼を得ることにつながり、のちの成功の原因になった。めでたしメデタシ。
3-7 第7章 娩前(出産前)|『小説大観』第12集 1917.12
094 The Curse of Eve | 1894 ――イヴの呪い
「イヴの呪い」とは、イヴが禁断の果実を食べたことに対して神が生みの苦しみを与えたことを意味する。漢訳が採用した「娩前(出産前)」である。
劇的な展開があるわけではない。初産を迎えた夫が、右往左往する。その様子を描写するだけだ。赤ん坊を取り上げる医者は、2名登場する。途中で母親の容態が変化したため、経験豊かな老医師が応援に参加したから合計2名なのだ。
こみいった医学用語が出てくるわけでもなく、ごく普通の文章だ。
漢訳の違いを指摘しておく。
ロバート・ジョンスンの職業は、ニュー・ノース・ロードでの紳士用装身具商であった(By trade he was a gentleman's outfitter in the New North Road)。漢訳では、どうしたわけか「生業は紳士服の裁縫工だった。ウデはよかったが、時に雇い主から長短不揃いでなければ、原料不良だとかといわれて責められた。(所業為男服之縫工。藝雖精、猶時為雇主呵責。非謂修短不合、則謂質量不佳)」になっている。店のある場所がない。ジョンスンは独立しているにもかかわらず、漢訳では雇用人にするばかりか、職種が違っている。
結婚して5年間、商売に精を出していて子供ができなかったが、とうとうさずかった。生まれるとわかると、赤ん坊の衣類を準備するのは当然だ。
as time stole on, many little packets of absurdly small white garments with frill work and ribbons began to arrive among the big consignments of male necessities.(時間が過ぎるうちに、フリルとリボンのついた、白くばかげているくらい小さい衣類のはいった多くの小さな包みが、男性必要品の大きな貨物にまじって到着しはじめた)
フリルとリボンがついた小さな衣類は、これから生まれてくる赤ん坊のために用意されたものにほかならない。ジョンスンは、紳士用装身具商なのだから、シャツ、帽子、ネクタイ、カラーといった日常の商売用品と一緒に赤ん坊用品を買い入れたということだ。この原文に当たる箇所を漢訳は、次のように翻訳した。
喬翰生輒抽餘閑、製襁褓及児衣。(ジョンスンは、暇をつくってはおくるみと子供の衣服をつくったのだった)
漢訳はジョンスンを裁縫工だと誤解したから、それとつじつまをあわせるために、英文原作をねじ曲げてしまったといわざるをえない。
夜、急に産気付いたといわれて、医者を呼びに出るが、あいにくと往診に行ってしまっている。追いかけて往診先に着けば、医者は、また別のところに出かけてつかまらない。もどって医者を待つ。家をでてからすでに1時間15分が経過している。ジョンスンは、気がきでない。だが、初産は時間がかかる、と経験から知っている医者は、急がない。イライラとのんびりの対比を示して微笑を誘うのである。
ようやく来てくれた医者は、妊婦の様子を診て薬を使った(I have given her a draught.)。漢訳は、この部分を省略して翻訳しない。
ややこしい箇所なのだ。draught= draft というのは、水薬の一口などと辞書に掲載されている。ここでは痛み止めのコカインなどを含んでいる*18。
漢訳が誤解しているのは、ジョンスンの職業だけで、ほかにはちょっとした省略があるくらいだ。それほどひどい誤訳があるわけではない。逆に感心する場合もあることを指摘しておかなければ不公平になるだろう。
なかなか出産しない夫人を相手にしながら、医師は、のんびりとジョンスンの店のまわりが発展していく傾向があることを話題にする。夫としては、それどころの気分ではないのだが。
You have a lease of your own little place, eh?(あんたのこの狭い土地には賃貸借契約が結んであるんじゃろな、ええ?)
爾此屋已与屋主立有租據否。(この家には家主と賃貸借契約が結んであるんじゃろな)
lease を正しく理解している。place には、土地も建物も含まれているから、よしとしよう。
妊婦の容態が急変し、別の医者に応援を依頼することになった。A.C.E.混合物(A.C.E. mixture)を取ってきてほしい、という。漢訳は、「A.C.E.の調合剤(A.C.E.之調合剤)」とそのままに翻訳している。なにも説明しないのは、やや不親切だ。ものの本によれば、A.はアルコール1 alcohol、C.はクロロフォルム2 chloroform、E.はエーテル3 ether の頭文字である。数字の割りあいで調合した麻酔剤という。必要だから、ここで登場している。
応援を頼む医師の家に伝声管がある。ヴィクトリア朝時代に、玄関のドア部分に設置されていたという。英文では、つぎのようになっている。「それではじめて、ベルのちょうど真上に伝声管の端がのぞいているのにジョンスンは気がついた。Then for the first time Johnson saw that the end of a speaking tube hung out of the wall just above the bell.」
これを漢訳して、興味深い書き加えを行なっているのに注目してほしい。
「ジョンスンは、このときはじめて伝声管の端に気づいた。形はラッパ管のようで、鈴の上にある。それが便利で、不思議にうまく作ってあることにおもわずひそかに感心したのだった(喬翰生至此、始見伝話之筒端。状如喇叭管、適当鈴上。又不禁竊嘆其設備之便、而製作之神奇)」
漢訳の後半部分は、訳者の独自の判断による加筆である。なるほど、その形状と便利さがよくわかる。だが、考えるまでもなく、この説明は余計なことだった。伝声管は、イギリスでは当時ひろく使われていた装置である。しかし、それを知らない漢訳者は、いかにも便利に思えた。だから、突然、ドイルの文章のなかに中国人の感想を挿入してしまったのだ。訳者の率直な感想は、手に取るように理解できる。だが、翻訳とすれば余計以外のなにものでもない。
言葉を付け加えただけでは読者に理解してもらえないかもしれない、と編集者は心配した。挿絵を添える。ラッパ状の管が玄関の柱から出ており、それを右手で掴んだ、帽子とオーバーを身につけたジョンスンを示す。視覚的に誤解のないような配慮をしている。これだけで十分だった。
応援の医師が二階にあがって二人の足音が響いてしばらくすると、異様な物音がする。
There was silence for a few minutes and then a curious drunken, mumbling sing-song voice came quavering up, very unlike anything which he had heard hitherto. At the same time a sweetish, insidious scent, imperceptible perhaps to any nerves less strained than his, crept down the stairs and penetrated into the room. The voice dwindled into a mere drone and finally sank away into silence, and Johnson gave a long sigh of relief for he knew that the drug had done its work and that, come what might, there should be no more pain for the sufferer.(数分間沈黙があったのち、奇妙な酔っ払ったような、つぶやくような抑揚のない声が震え出てきた。彼がそれまで聞いたなにものにもまったく似ていない。同時に、甘く潜行性の、たぶん彼ほど緊張していなければ感知できないほど微細なにおいが、階段から這いおりてきて部屋にしみこんだ。声は、だんだんと小さくまったくの単調な低い音になり、最後には沈黙に沈み込んだ。あの薬が効いて患者にはこれ以上苦痛がなくなったことを知って、ジョンスンは、ほっとして長いため息をついたのだった)
「あの薬 the drug」とは、すなわち「A.C.E.混合物」にほかならない。かすかにそのにおいがする麻酔剤だ。妊婦は、麻酔剤によってようやく痛みから解放された様子を描写している。
寂然有頃、忽聞有声含糊如醉人唱歌。喬翰生殊不解此声何自而発。又覚香気一縷、芬郁奪鼻、若隠隠自楼梯而下者。歌声漸低、以至於没、已乃寂然。喬翰生大釈、蓋深知此気為麻酔薬所発。其妻已受麻酔、當不復知痛楚矣。(しばらくひっそりとしていたが、突然、酔っ払いが歌を歌うようなぼんやりとした声が聞こえた。ジョンスンは、その声がどこから出てくるのかわからなかった。さらに一筋の香りが、芳しく鼻を襲い、しずかに階段から降りてくるかのようだ。歌声はようやく小さくなって、なくなった。ひっそりしている。この気体は、麻酔薬が発するものだとジョンスンは理解した。妻は麻酔を受けて、もう痛みを感じなくなったのだ)
「唱歌」と漢訳したのは、勘違いしたのだろう。原文が sing-song となっているからだ。ハイフンで繋いであるのは、ひとつの単語としてとらえているので、「単調な、抑揚のない」と考える方がよろしい。まあ、わざわざいうほどの事でもないか。
ジョンスンは、神経過敏になっているからこそ、ごくかすかなにおいを感じることができた。漢訳では、ニオイというものは、鼻を襲うくらいの強いものである、という固定観念があるように感じられる。英文原作とは離れてしまうのだ。
残念なのは、ジョンスンが運ばされた例のA.C.E.混合物が、自分の妻に使用されたことを漢訳者が理解していないのではないかと思われる点だ。なぜなら、単なる「麻酔薬」とだけ言っており、原文の「あの薬 the drug」に該当する漢語を見いだすことができないからだ。普通のお産には必要ではないから、医者は、A.C.E.混合物など持ち歩かない。妊婦の容態が急変したからこそ、ジョンスンに持ってくるように依頼したのだ。
ジョンスンにしてみれば、妻のお産には何事も手助けできないところに、麻酔薬を持ってくることと救援の医者を呼びに行くという仕事ができて自らの存在理由を見つけることができた。妻と夫をつなぐものが、あのA.C.E.混合物なのだ。自分が運んだという意識があるからこそ、微細なにおいを感じることもできたと理解すべきだ。漢訳では、その間の情況が伝わってこない。単なる麻酔薬が、それもすでにそこにあったかのような書き方なのだ。いま一歩の理解、あるいは読者に伝える努力が不足しているように感じる。細かいところにこそ、理解力が要求されることをわかってほしいのだ。
3-8 第8章 痴(愛情ボケ)|『小説大観』第12集 1917.12
089 Sweethearts | The Idler 1894.7 ――恋人たち
漢訳が表題として採用した「痴」は、語感がよくない。熟語を挙げれば、痴呆、痴愛、痴肥、痴漢、痴情、痴人説夢などなど、負の評価をともなう。夢中になる、血迷うという意味を生かし、負の評価を付け加えれば「愛情ボケ」となろう。英文原作の「恋人たち」が正負の価値判断を含まない表現であるのに比較すれば、訳者の考えを反映させた訳語ということになるかもしれないが、訳文を読めば、そうではない。
もうひとつ、同じ原作で時間的に少し早く漢訳されたものがある。
(英)科南達利 Sir A.Conan Doyle 著(周)痩鵑訳「纏綿(原名 Sweethearts 名家短篇言情小説)」(『礼拝六』57期1915.7.3)である。のち、周痩鵑訳『欧美名家短篇小説叢刊』(上海・中華書局1917.2/1931.8四版 懐蘭室叢書)に収録される。
こちらの「纏綿」は、愛情の深いようすをいうだけだ。どちらかといえば、好意的な解釈だといえる。漢訳者が違えば、受け取り方も異なる。包天笑+張毅漢の漢訳とあわせて周痩鵑の翻訳も見てみよう。
物語は、短い。散歩途中の医者が、岬で老人を見かける。彼がその最愛の妻と会うのを見る。それだけのことだ。話が単純な分だけ、人物描写、風景描写を楽しむ作品だといえよう。
原作冒頭を漢訳2種で見れば、包天笑らの文言が簡潔に、周痩鵑の口語が言葉をつけくわえていることがわかる。
It is hard for the general practitioner who sits among his patients both morning and evening, and sees them in their homes between, to steal time for one little daily breath of cleanly air.(朝から日暮まで患者に囲まれ、その合間に往診しなければならない一般の開業医にとって、毎日少しの時間を割いて新鮮な空気を吸うことはむつかしい)
【包+張】凡為医者、自晨及夕、非周旋於病者之榻、即奔走於病家之閾、欲得片〓清閑少吸清新空気、殊不易。(おおよそ医者といえば、朝から夕方まで患者の寝台で相手になっていなければ、往診に走り回っているという具合で、新鮮な空気を少しでも吸うためのわずかな時間を得ることは、特にやさしいことではない)
【周痩鵑】看官們。天下凡是做医生的人、好算得是個可憐虫。一天従日出到日落、只和那些病人們厮混、按脈捫心、忙得甚麼似的。有時還像蒼蝿殺了頭、往来乱串、一会児ー到東家、一会児又ー西家。〓要偸閑吸一些児新新鮮鮮清清爽爽的空気、簡直是難上加難的大難事。(みなさん。この世の中で医者というものは、おおよそ憐れなものである。一日中、日の出から日没まで、あの病人たちとごちゃまぜになって、脈をとり胸に手を置き、忙しいといったらない。時には、ハエが首をなくしたように、あちこちを走り回り、東の家のつぎは西の家という具合だ。もし暇をつくって新鮮で爽快な空気を吸おうとしても、それはまったく難しいうえにむつかしい大難事である)
周痩鵑の翻訳は、「看官們」と旧小説の書き出しを使っている。時代がかっていて、やや奇妙な印象を受ける。医者を評して「可憐虫」だとか、忙しすぎる医者の比喩としてハエを取りだすのは、翻訳のしすぎである。
こういう漢訳を見ると、包天笑たちの翻訳が原文に忠実であることがわかる。ただし、いくつかの省略がある。
たとえば、新鮮な空気を吸うためには、早朝の散歩をする、という場面だ。
ありふれた風景でさえ、新鮮さを感じる。「歩道やガス灯、そうして看板までも新しい日に目覚めるようだ。as though causeway, and lamp, and signboard had all wakened to the new day」
包天笑たちは、この具体的事物を無視する。削除している。
周痩鵑が、「あの歩道、街灯、店の看板などみなすでに目覚めたようだ。那砌道〓街灯〓店肆的招牌〓彷彿都已醒回来」とそれぞれを余すところなく翻訳しているのと較べれば、その違いがわかる。
老人は、視力が弱っているようだ。出会わせた医者は、その容貌を見て想像する。よく見えていた目は堤防工事の人夫を見ていただろう。「その唇は、「ピックウィック」のはじめの数号に微笑みかけて、これを書いた前途有望な若者について雑談したのだ。Those lips had smiled over the first numbers of‘Pickwick.’and had gossiped of the promising young man who wrote them.」
包天笑たちは、堤防工事も「ピックウィック」も省略して、ただ単に「年おいた目は、見えなくなっていたが、しかし昔は生き生きと光っていたはずだ。唇は弛んでいたが、昔はよく微笑み巧みにしゃべっていたに違いない。老目雖昏蒙。然当日必精光奕奕者。唇雖委弛。当日亦必善笑工言者」とだけにまとめた。具体的事物をあげないことにしたらしい。
一方の周痩鵑は、堤防工事もそのまま翻訳している。また、「ピックウィック」も省略していない。「あのふたつの唇は、たぶん最新何号かのピックウィック新聞を見た時、いくどか微笑んだことがあったろう。またそれを書いた若者(訳者が考えるに、すなわちチャールズ・ディケンズである)について評論したことがあるかもしれない。那両片嘴唇大約曾経在〓那最先幾号的辟克恵克報紙時、笑過幾笑。並且曾経評論過那個做報的少年人的(訳者按即却爾司狄根司氏)」
周痩鵑が注記する通りだ。ディケンズの出世作である「ピックウィック・クラブ遺文録 The Posthumous Papers of the Pickwick Club」は、毎月32ページの小冊子を20回で完結させた長篇小説であるという。この出版形態を理解していなければ、この部分を正確に漢訳することはできない。上の漢訳を見るかぎり、訳者は新聞だと理解しているのかと思う。前出『欧美名家短篇小説叢刊』に見える周痩鵑の「却爾司狄根司小伝」には、1836年3月下旬に最初の「辟克恵克報 Pickwick Papers」が出た、と書いている(上巻133頁)。これだけでは、本当のところ周痩鵑がどのように考えていたのかわからない。周痩鵑は、正しく把握していたとしても、それが読者に正確に伝わっているわけではない。そういう疑問はあるにしても、翻訳という側面から見れば、これは包天笑らのものよりも正確だということができる。
具体的事物をいちいち漢訳して挙げることをやめている包天笑らの翻訳だから、つづいて老人の顔の皺の一本一本に英国70年の歴史を見る部分も、省略する。セポイの乱 the Mutiny、クリミア戦争 the Crimean winter、ゴードン将軍の死 the death of Gordon などである。周痩鵑は、省略せずそれぞれを「印度的叛乱」「克利米亜的大戦」「戈登将軍的死事」と漢訳する。
医師が同じ場所で老人に会うたびに、その老人は、急激に衰えていくのが目に見える。どんどん衰弱していくのだから、もはや再会できるとは考えなかった。どのみち外出できるような状態ではなくなるだろう。ところが、いつものように散歩に出てみると、あの老人が、元気になって岬のおなじ場所にいるではないか。衰弱して哀れな表情はどこにも、ない。急激に衰えていたのが、また急に元気になったのには、理由があった。スコットランドへ旅行に出ていたその妻が、帰ってくるからだ。結婚して50年近くなるその夫婦は、一度も離れたことがなかった。それにしても、わずか4日間離れて、あの衰弱ぶりであった。不思議に思わないはずがない。
‘I have been so driven inwards during these few last days! Ah, what a nightmare it has been! Perhaps it may seem strange to you that an old fellow like me should feel like this.’/‘It is charming.’(「ここ数日、私はとても落ち込んでおりましてな。ああ、なんという悪夢だったんだろう。私のような老人がこんな風に感じるなどとはあなたには不思議に見えるでしょうな」/「おもしろいですよ」)
【包+張】数日来吾焦思幾欲病。即使長處悪夢之中、亦無是苦。君視我以暮年老夫、猶纏綿至此、将無竊笑其痴。曰年老多情、大是情天韻事。(「数日来、私は恋い慕って病気になりそうでした。たとえ悪夢のなかに長くいたとしても、この苦しみはなかったでしょうな。私のような年寄りが、こんなに愛情深く感じているなど、その愛情ボケを笑わんでください」「年取って情愛が深いというのは、風流じゃありませんか」)
包天笑らの漢訳題名が「痴」というのは、ここの部分からきている。他人が老人を指して「愛情ボケ」と言えば、非難軽蔑になるだろう。しかし、老人自らが自分のことをやや自嘲気味に謙遜していっている。その前にある「愛情深い(纏綿)」と同じ意味に使っていることがわかる。
周痩鵑の漢訳は、例によって長くなる。
【周痩鵑】前幾天吾真好似落在一個無可奈何天的境界裏。寂寞也寂寞到了極点。悲痛也悲痛到了極点。這一回別離、直是吾好夢中的夢魘。相思之苦、教人如何受得。不想吾這様一個老頭児、還在此中討生活。〓聽了可不詫異麼。吾道、這倒是一件韻事。吾並不覚得詫異。(「数日まえは、私は本当にどうしようもないところに落ちているようでした。寂しくて、本当に寂しかった。悲しくて、本当に悲しかった。今回の別れは、まったく悪夢にうなされるようなものでした。思いあう苦しみを、なんで受け止めることができましょうか。私のような老人が、まだこんなに生きようとしているのを、あなたは奇異に思われるんじゃありませんか」「風流ですよ。私はちっとも奇異には感じませんね」)
寂寞、悲痛と言葉を付け加えて説明しているところは、前と同じだ。そのほうが読者に理解されやすいという周痩鵑の判断なのだろう。英文原作の簡潔さは、やや失われるのはしかたがない。
老人は、その妻を形容して50年前に結婚したままに若いという。ただ、すこしふとったかもしれない。もともと痩せすぎていたのだ。
そこに老人の妻が、近づいて来る。老人は、急いで迎えに行く。医師が見た老人の妻というのは、背は高かったが、太っていて不格好だった。洋服、装身具の趣味も悪い。これが老人にとっては、いつまでも愛らしい少女なのだ。
主観と客観の落差を痛烈に描いた作品である。
美しく若い妻がいつまでも存在すると老人は思っている。しかし、他人から見れば、それは幻想である、というのでは、あまりにも残酷な作品で終わる。ドイルの原作は、最後のさいごに次のような文章を置いて全体を救いあげる。
Then, as they came together, looking discreetly out of the furthest corner of my eye, I saw that he put out both his hands, while she, shrinking from a public caress, took one of them in hers and shook it. As she did so I saw her face, and I was easy in my mind for my old man. God grant that when this hand is shaking, and when this back is bowed, a woman's eyes may look so into mine.(ふたりは一緒になった。私が目のはしでひかえめに見ていると、老人は両手を出した。彼女のほうは人前でのキスにしりごみをしながら、片方の手をにぎってそれをふった。彼女がそうしているとき、私はその顔を見て、老人のために心がくつろいだのだ。神よ、私の手がふるえ、背中がまがったときには、女性の目がそのように私をみつめるようにさせたまえ)
この部分こそが、締めくくりとしてふさわしい。他人の目には不格好な夫人ではあるが、彼女も夫である老人にたいしてやはり厚い愛情を持ち深く信頼している。夫を見つめる眼差しのなかにそれが込められている。そばにいた医者は、見たのだ。感動した医者は、自分もそういう女性に恵まれるよう神に祈った。祈りの言葉にこそ、小説の主題と作者の考えが表現されている。
他人の目にはいかに年取って不格好であったとしても、当人同士が信頼と愛情で結ばれていれば、ほかに必要なものは何もないのである。
ふたつの漢訳を見てみよう。
【包+張】老人将両手抱之於懐、婦人亟亟却避、若恐為人見者。但握其一手。吾於此時、乃得細審其顔、不禁又竊為老人釈然。蓋婦人之美処無他、以其雙目能流波送媚。乗老人之不見、乃向我斜睨弄姿也。(老人は両手で妻を懐に抱こうとしたが、彼女はさっとよけた。人に見られるのをいやがったのだ。しかし、片方の手をにぎった。私はこのとき、その顔を子細にながめて、思わず老人のために理解したのだ。彼女の長所は、ほかでもなく両の目で秋波を送って媚びることができるところなのだ。老人が見えないのに乗じて、私にむかって横目で外面を飾るのである)
ア然とするのは、こういう場合だ。前半は、原文の通りで、よい。「彼女の長所」あたりもよしとしよう。だが、締めくくりの漢訳は、なにであろうか。原文にみえる神に祈る言葉を、彼女が実際に医者である自分に行なったことにしてしまった。誤解であり誤訳である。老夫婦にとって、赤の他人など眼中にないのだ。人前での抱擁はしないかもしれないが、眼差しでお互いの信頼を確認しあっている。だからこそ、この作品がすがすがしい終わり方をするのである。それが、包天笑たちの漢訳では、他人に秋波を送る老年の女性になる。これでは恐怖譚だ。最後の最後にドイルの原作をぶち壊したとしかいいようがない。
一方の周痩鵑はどうか。
【周痩鵑】吾等他們倆走近時、就把眼珠児斜到眼角盡頭処、偸偸的〓他們。只見那老人伸出両隻手来、那婦人却似乎不肯在這所在表示他的親愛、只取了一隻手、冷冷的握了一握。在這一握手間、吾又〓見他那紅宝石似的玉容〓。(彼らが歩み寄ったとき、眼球を目の端に斜めによせてこっそりとながめた。老人は両手を差し出すと、彼女はその場で彼に親愛の情を示すのをいやがったようで、片方の手を取っただけで冷たくちょっと握った。握手をする間、私は彼女のルビーのような美しい容貌を見たのだ)
ここにも「冷たくちょっと握った(冷冷的握了一握)」などと書きくわえる部分がある。だが、結末部分を見るとどうか。不細工なはずの夫人が、突然、美貌の主に変化している。これもおかしな漢訳だ。他人には不細工にしか見えない夫人であろうとも、夫を見る目に重要な意味が込められている。神に祈る言葉と合わせて読んではじめて全体が理解できるようになっている。この部分を翻訳しないで終わるのは、包天笑らと同じく周痩鵑もドイル原作の意味を理解していないことになろう。
3-9 第9章 生理学家之妻(生理学者の妻)|『小説大観』第12集 1917.12
039 A Physiologist's Wife | Blackwood's Magazine 1890.9 ――生理学者の妻
登場人物は4人。エインズリィ・グレイ教授 (professor Ainslie Grey)、その妹ミス・エイダ・グレイ(Miss Ada Grey)。グレイ教授の婚約者でのちの夫人ミセス・オジェイムズ(Mrs. O'James)、エイダの婚約者ジェイムズ・マックマード・オブライエン博士(Dr. James M‘Murdo O'Brien)だ。
グレイ教授とミセス・オジェイムズの一組、およびミス・エイダとオブライエン博士の一組でちょうど円満な組み合わせのように見える。最初は、そうなのだ。ところが、最後にどんでん返しがある。
堅物の生理学教授グレイの人物像が、おもしろい。
発表したふたつの論文は学界で高い評価を与えられ、43歳にして名声の基礎をきづいている。その論文を漢訳するのも翻訳者の知識の有無が問われる。あとで出てくるオブライエン博士の論文もここに並べておく。
1.On the Mesoblastic Orgin of Excitomotor Nerve Roots(運動刺激性神経根の原中胚葉細胞の起源について)
感動神経之根原本論(感動神経の根の起源論)
漢訳は、簡潔にしているが、誤りというわけではない。いくら詳しく翻訳したところで、中国の読者にとって重要な部分であるとはいえないからだ。生理学に関係あるような題名であれば、可とすべきだ。
2.Upon the Nature of Bathybius, with some Remarks upon Lithococci(深海生物の特質について、およびリソコッキにいくらか関連して)
赫胥黎獲於大西洋底之軟骨動物原態及化石論(ハックスレイが大西洋の底で採取した軟骨動物の原形態と化石論)
漢訳がハックスレイを持ち出すなど、デタラメもいいところだ、と早合点してはならない。ドイルの原作を漢訳するにあたって、包天笑と張毅漢の二人は、いい加減な態度で取り組んでいない。まじめすぎるほどの翻訳姿勢を貫いている。原作が喜劇であるのを無視するくらいマジメであることを思いだしてほしい。勘違いで間違うことは、ある。しかし、わざとデタラメをするとは思えない。
ハックスレイが漢訳に登場するのには、理由がある。そもそもバシビウス Bathybius という単語そのものが、ハックスレイによって1868年に命名されている。ゼリー状の物質で大西洋の海底で発見された。この事実を漢訳者は知っていた。だから、解説を含めて上のように訳した。正確で高度な翻訳技術だということができる。ただし、Lithococci を化石としたのは、根拠がない。litho は石の接頭辞だ。リソグラフ(石版)のリソだ。cocci は、coccus の複数形で丸い形のバクテリアを指す。ただし、実在しない*19。ドイルが創作したものだと考えられる。だから、化石とするのは訳しすぎということになる。
3.Remarks upon the Bile-Pigments, with special reference to Urobilin(胆汁色素についての意見、および特にユロビリンに関連して)
胆汁与容色(胆汁と容色)
ユロビリンとは、胆汁の色素のひとつで1868年に分離されたという。漢訳では、ユロビリンという単語を無視して簡潔にしすぎた。
こうして作中の論文題名を見れば、ドイルは、学界における動向をよく追跡しているといえるだろう。専門知識を根底に藏して文章を書いているというわけだ。
さて、妹のエイダが家事を担当して12年間というもの、教授が日課の時間に遅れたことは一度もない。彼は、研究一筋で時間厳守の性格であった。それだけなら、特異というほどではない。普通でないのは、そのしゃべる内容である。この教授には、自分の専門にしている生理学の解説と一般の会話の区別がつかない。
たとえば、その朝、食事に遅れた原因を説明してこういう具合に言う。
I slept badly. Some little cerebral congestion, no doubt due to over-stimulation of the centres of thought. I have been a little disturbed in my mind.(よく眠れなかったのだ。いささかの大脳充血であって、疑いもなく思考中枢の刺激過多によるものである。ちょっとした心中不安だったのだよ)
単に「気になることがあって考えすぎた」といえばいいものを、生理学風に説明しなければ気がすまない。それが、自分にとっては普通の表現方法であって、他人には異様に聞こえることに気づかない。そこにおかしみが生じる。
吾夜来睡殊不寧。少有脳筋血聚之病。此為人身集中之点、過受激刺所使。蓋心中頗有煩擾也。(私は昨夜よく眠れなかったのだ。大脳充血の病がすこしあってね。人間の身体の中心が刺激を過度に受けることにより生じるのだ。心中ひどく煩わしいことがあったのだよ)
漢訳は、原文に忠実であるということができる。
眠れなかった原因は、結婚を考えていたからだ。グレイ教授の結婚についての考えと求婚の言葉を抜き出してみよう。
Matrimony is the natural condition of the human race.(結婚生活は、人類の自然な状態だ)
婚姻者、人類自然必経之境界。(婚姻は、人類が自然に経なければならない境地だ)
結婚するのが当たりまえだ、といいたいのだが、そこに人類を引っ張ってこなければ気がすまない。
I ventured yesterday to indicate to the lady that I was prepared to submit to the common lot of humanity.(人類共通の運命に従う心構えができている、と昨日彼女に思い切って指摘しておいたよ)
吾昨已告以意、俾知吾将行此人類所不可免之事。(昨日、思い切って私は、人類の免れえぬことを私が行なおうとしていると知らせたよ)
まわりくどい。結婚して欲しい、が「人類共通の運命に従う」という表現になる。はたして、これが相手に理解されたかどうか。理解する能力がある女性だから、グレイ教授は彼なりの言葉で求婚したともいえる。
もうひとつ話題になるのが、妹とオブライエン博士の仲である。オブライエン博士は、グレイ教授の学生で優秀にして将来が約束されている。オーストラリアに5年間いたことがあり、メルボルンで生理学の席を用意されているのだ。グレイ教授は、妹との仲を取り持とうとする。妹のエイダは、オブライエン博士から話してもらっていないと答える。博士がオーストラリアで生活をしていたことが、重要な伏線となっている。
‘He has not spoken to me,’murmured the lady./‘Ah, there are signs which are more subtle than speech,’said her brother, wagging his head.(「あの人、私にはおっしゃっていません」彼女はつぶやいた。「オウ、ことばよりももっとほのかな徴候があるのだよ」彼女の兄は頭を振りながら言った)
オブライエン博士は、言葉には出さないけれども、エイダに向けて自分の好意を態度で表わしている、とグレイ教授は妹に説明している。
愛特曰、渠固未与我言。博士曰、言者、進化未完全之表示法耳。由言語更進則為容態。若但観其容態、実較言詞為詳。(彼はまだ私におっしゃっていません、とエイダ。博士がいう。言葉は進化の未完成の表示法なのだ。言語からさらに進めば態度になる。その態度を見ているだけで、実は言葉よりも詳細なのだ)
ドイルの文章は、言葉にしなくても、表情態度に心の中の真意が表出する、と書いているだけだ。漢訳をみれば、英文原作よりも詳しい。「言葉は進化の未完成の表示法」うんぬんは、いかにもグレイ教授がいいそうな言葉だ。これは漢訳者が創作して押し込んだ。中国人読者には、もう少し詳しく説明しなければ理解してもらえないと考えたためだろう。すこし、筆がすべっている。
教授が求婚した相手は、ミセス・オジェイムズといい32歳の未亡人である。研究しか眼中にない教授がミセス・オジェイムズと交わす会話というのが、ヘイル Hale の『物質と生命 Matter and Life』(漢訳:事理与生命)、またグレイ教授自身の『自然年代記 Nature's Chronicle』(漢訳:天演史記)についてだったりする。後者について英文原作では、次のように説明する。
Nature's Chronicle was one of the many books in which Professor Ainslie Grey had enforced the negative doctrines of scientific agnosticism.(『自然年代記』は、エインズリィ・グレイ教授が科学的不可知論の否定的学説を強く主張する多くの著作のなかのひとつであった)
何やら難しそうな内容であるらしい。高尚な議論を教授と交わすことのできるくらい知識と見識をそなえた女性だといいたいわけだ。
漢訳では、「天演史記者、亦為博士著作、乃以科学之説理、力排宗教者(天演史記というのは、博士の著作である。科学の理論で宗教を強く排斥するものだ)」とする。宗教を持ち出してきたのは、原文からいえば離れるかもしれないが、誤りというわけでもない。別の箇所で教授は信仰心がない、と妹に言われているからだ。
教授は、ふたりの気が合うというのを、「私は感情的な人間ではありませんが、あなたという存在に、男女を異性の補充物とさせる偉大な進化の本能を意識するのです。I am not an emotional man, but I am conscious in your presence of the great evolutionary instinct which makes either sex the complement of the other.」という風にしか表現することができない人間なのだ。
ミセス・オジェイムズは、そういう教授をよく理解して「あなたは愛情を物理学の水準まで引き下げるおつもりなのね。you would draw love down to the level of physics」とからかう。堅物の教授は、なんと、「あるいは、物理学を愛情の水準まで引き上げるかですね。Or draw physics up to the level of love」とシャレたことをニコリともしないで口にするのだ。まあ、ふたりで会話を楽しんでいるのを、ドイルは楽しんで書いていることがわかる。
ミセス・オジェイムズは、生理学者のグレイが会話に熱中することができるほどの教養を持っている。なぜなのか。伏線のひとつだ。その理由は、あとで読者は自然に理解するようになっている。
漢訳は、会話の妙をよく翻訳している。ただし、「愛情と物理学」の箇所を「情愛と生理学」に置き換える。生理学者が、突然、物理学をいい出すのは唐突だと判断したためだろう。誤解である。
求婚を受け入れたミセス・オジェイムズが目に涙をうかべて感動しているのを見て、教授のいうセリフ。
……Your nerves are shaken. Some little congestion of the medulla and pons. It is always instructive to reduce psychic or emotional conditions to their physical equivalents. You feel that your anchor is still firm in a bottom of ascertained fact.(あなたの神経は動揺している。骨髄と脳橋のわずかな充血です。心あるいは精神の状態を肉体的等価物に従わせることは、常に有益です。あなたの錨は確認された事実の底にしっかりと静止している、とあなたは感じますよ)
もってまわった表現だ。感激しているのは、頭に血がのぼっているからだ。頭にのぼった血を下げることにより、精神は落着く。これは生理学的にすでに証明されていることで、婚約者の肉体もその例外ではない。こう言いたいのである。
爾神経大動矣。是為少有血聚之状。人能以生理勝於心理者,為益莫大。吾知爾此時尚深沈其錨於迷海之底、未能自抜。(あなたの神経は大いに動揺している。血が少ししか集まっていない状態です。人は心理よりも生理が勝っていて、有益であることはとても大きい。あなたは、今なお、迷いの海の底に錨を深く沈めて、自ら抜くことができないでいる)
血が少ないと誤る。また、錨についての漢訳も原文から離れてしまった。かろうじて心理よりも生理を勝ったものとしている箇所が、まだ、ましといえる。中国の読者は、ここを読んでも何が書かれているのか、ほとんど理解できなかっただろう。あるいは、わけのわからないことをいうのがグレイ教授である、という認識にとどまっていたかもしれない。
生理学、あるいは物理学の用語を会話に使用する例は、このほかにもある。だが、もう十分だろう。以上の発言内容を見てみれば、グレイ教授は、やはり、「変わり者」だ。読者がそのような印象を抱くように、ドイルは描写している(後述)。
「変わり者」の求婚を受け入れたミセス・オジェイムズも、同様であるという見方も成り立つ。もっとも、ミセス・オジェイムズは、教授に向って「恐ろしくロマンティックでない dreadfully unromantic」と述べてはいるのだが。
エディンバラにむけて発つ前にオブライエン博士は、あいさつをしにグレイ教授を訪れた。
愛弟子として、また将来の義理の弟となるオブライエンをグレイ教授は、賞賛する。彼の書いた論文「胆汁色素についての意見……」をほめるのだ。英文原作では、再度、論文名を出しているが、漢訳では、省略した。
オブライエンが予定している研究も同時に明らかにする。「虫垂の比較解剖的構造について On the comparative anatomy of the vermiform appendix」という。進化論哲学の根本をなすテーマであるという。
漢訳では、オブライエン博士の論文を出さないことにしたのであれば、上の研究テーマについても省略してもよかった。だが、どういうわけだか、こちらは翻訳する。すなわち、「虫類解剖学(漢語も同じ)」と解釈している。これは、誤訳だ。だいたいオブライエン博士は生理学専攻である。胆汁色素についての論文を書いている。それが、なぜ虫類の解剖学になるのか。前後関係を無視した翻訳である。ちなみに、漢語で虫垂は、「闌尾」という。
出発前のオブライエン博士がグレイ教授に告白したのは、彼自身の過去であった。
オーストラリアでしばらく結婚をしていたという。ところが、妻は、夫にたいして誠実ではなかった。昔から知っていた男と駆け落ちし、しかも二人が乗った船が沈没して死亡した。
オブライエン博士が、死亡した元の妻を次のように表現しているのが、同時にこの物語の伏線のひとつとなる。
Poor Jinny was the best of women, but she was open to flattery, and liable to be misled by designing persons. She was untrue to me, Grey./Poor girl!/God help me, I love her still!(かわいそうなジニーは、最高の女性でした。しかし、彼女はお世辞に無防備で、たくらみのある人間に誤誘導されやすかったのです。彼女は、私には誠実ではなかったのです、グレイ教授。/かわいそうな人だ!/ああ、いまだに私は彼女を愛しているのです!
吾前妻金尼者、容貌堪称絶佳。為人非悪、顧性情易動、喜受人諂、遂為不肖之徒所媚惑。故対我殊鮮真情。/吾憐之至今。愛彼之情如昨。(私の前の妻ジニーは、容貌が非常によいといってもよかったのです。性格は悪くはないのですが、動かされやすい性質で、人のおべっかを喜んで受け入れ、ついには愚かなやつに惑わされてしまいました。私にたいしては真心が足らなかった。/私は今も愛しています。彼女を愛する気持ちは昔のままです)
自分を裏切った元妻でありながら、今も愛している。彼の気持ちが、この物語では重要な意味を持っている。なぜなら、死んだと思っていた元妻が生きていたことが判明するからだ。
英文原作では、「最高の女性 the best of women」とあるが、これはオブライエン博士にとってよき話し相手にもなるし、一緒にいて楽しい存在であったことを意味している。彼女が美人であったことは事実だが、博士は必ずしも容貌のみを問題にしていない。漢訳は、それを容貌のいいことに理解した。オブライエン博士にとって、女性の性格が重要であるとするならば、漢訳の容貌重視は、原文にない分、少しはずれる。
グレイ教授とミセス・オジェイムズの結婚は、登記するだけで、ひっそりと行なわれた。いくつかの学術的討論にも二人で参加する。妻は、生理学に関する正確な知識を持っており、それは夫グレイ教授をも驚かせるほどのものだった。
2週間の大学休みを終えて、学期が再開するので二人はもどった。授業(session)を休まないのも教授の誇りだったからだ。漢訳は、授業を科学会の集会と誤解する。
その二日後、オブライエン博士がエディンバラから帰ってきた。漢訳が「二ヵ月後の朝(両月後之清晨)」としているのは、誤訳に見える。しかし、ここは英文原作(a couple of days later)のほうが誤っている。なぜなら、オブライエン博士はエディンバラに2ヵ月の予定で旅立っているからだ。「二日後」では、大学の休暇が2週間だから、まだ1ヵ月も経過していない。ドイルの書き間違いであろう。だから漢訳者は、勝手に訂正したものと思われる。
オブライエン博士は、グレイ教授の妻を見て、卒倒しかける。その女性は、ほかの男と駆け落ちし船の遭難で死んだとばかり思っていた元の妻だったからだ。
彼女は、生理学上の話題に関してグレイ教授が驚くほどの理解を示していた。それは、彼女自身、もともとが聡明であったからだろう。だが、オブライエン博士と結婚していたこともひとつの要因であることが、これで理解できる。彼女は、生理学者とよほど馬があうらしい。元妻は男との駆け落ちを中止したため船の遭難を免れた。しかし、もどるにもどられずイギリスに渡って生活することにしたのだった。
グレイ教授の妻が、義理の弟になるはずの人物の元妻であったなどとまったく信じられないような話の展開になる。話を端折れば、オブライエン博士が、今も元妻を愛しているという言葉通りの状態だったし、元妻の方も忘れていないというから、グレイ教授が身を引く結果となった。その後、取り残された教授は、学生の指導と自らの研究に今まで以上の情熱を注いだ。ついには、昼夜分かたぬ研究のために衰弱死してしまう。
オーストラリアでの出来事がイギリスで発生する事件の原因になっている。シャーロック・ホームズ物語によく見られる種類の因果物語のひとつだ。
ドイルは、グレイ教授という人物を注意深く創造している。読者の目には、教授が女性差別者で「変わり者」と見えるように描写しているのだ。
グレイ教授の理解によると、人類の進歩は、言語能力の獲得から、その能力の制御へむかうところにある。しかし、女性は、まだ言語能力を制御する段階に到達していない。これが教授の女性蔑視のひとつ。
もうひとつは、女性の大脳は、男性のよりも平均して2オンス軽い、と発言しているところに見える。
グレイ教授に女性蔑視があったというのは、ドイルの思想とは直接には関係しない。ドイルが、グレイをそのように設定しているだけだ。誤解のないように願いたい。
一方の「変わり者」の内容を検討してみると、そこには違ったグレイ教授が出現する。
グレイ教授は、研究一筋で、感情を表わさず、会話は生理学の講義のようだ。彼の言動の基礎には、生理学がすべての人間の基礎となっているという思想が置かれる。肉体と感情の関係は、肉体の構造、機構、働きが、一方的に感情を支配するとする。反対に、感情が肉体に影響を及ぼすとは考えない。
心理より生理を重視する思考傾向、人間の行動は証明ずみの生理によって決定される、という抜きがたい科学信仰がグレイ教授にある。このことを認めた上で、なぜ読者が教授を「変わり者」だと考えるかの原因をさぐれば、発言の内容、というよりも表現法が主な要因となっていることに気づく。
日常生活は、規則正しく学校の講義を休むこともない。大学での仕事は無難にとどこおることなくこなしている。研究一筋だからほかの趣味を持たない。「結婚生活は、人類の自然な状態」だという認識はある。まったくの普通の生活から遊離した存在ではない。
ただ、女性とのつきあいを普通にすることができない、あるいは女性との意思疎通がやや欠ける。その原因は、教授が、自分の感情を他人に伝える方法をもたなかったからだ。奇妙な印象を与えるのは、発言する際の言葉選びだけだといってよい。つまり、中身は普通の人物である。
グレイ教授が感情をもった普通の人間である証拠を一瞬であるが、表示している箇所がある。教授が、オブライエン博士と元妻に別れをつげる場面だ。
‘Good-bye!’/Their hands met, and for one short moment their eyes also. It was only a glance, but for the first and last time the woman's intuition cast a light for itself into the dark places of a strong man's soul. (中略)‘James, James!’she cried.‘Don't you see that he is stricken to the heart?’(「さようなら!」教授と彼女は握手した。一瞬、目が合った。一瞥にすぎなかったが、最初にして最後に女性の直観が強い男の暗黒の場所に光を投げかけた。(中略)「ジェイムズ、ジェイムズ!教授が心のなかで苦しんでいるのがわからないの?」と彼女は叫んだ)
三人乃彼此以手相接。且博士与夫人目光亦相接。博士生平接人目光而情大動者、以此第一遭。(中略)呼〓王其}麦曰、〓王其}麦、汝亦見博士状乎。其心欲砕矣。(三人はそれぞれ握手をした。博士は夫人と目が合った。博士は人と目を合わせて感情が動かされたのはこれが始めてだった。(中略)ジェイムズに呼びかけた。ジェイムズ、博士の様子を見て。悲しみで彼の心は砕けそうよ)
自分の妻が、教え子の元妻である事実を知る。そればかりか、妻は教え子のジェイムズ博士をずっと愛していたというのだ。教授は、自分から身を引いた。彼は、表面的には何の変化も見せない。だが、その心の奥底では感情が激しく起伏していた。彼の心の奥底を、妻が目によって探索し探り当てたという場面である。
漢訳が握手を三人でするとしたのは、間違い。オブライエン博士は、教授に気の毒で握手をする気になれなかった。握手をするのは、教授(漢訳では博士とする)と妻のふたりだ。握手したから、目が合った。教授は、妻に見られて感情が動かされたわけではない。心の暗い場所で、もともと感情がひどく起伏していた。それが表面には出てこないだけだ。
死亡診断書を書くことになった医師らは、死因を何にするかで困ってしまった。
If he were not such an unemotional man, I should have said that he had died from some sudden nervous shock--from, in fact, what the vulgar would call a broken heart.(もし教授があんなに無感情な人でなかったなら、なにか神経的な衝撃――実のところ、通俗的にいえば、失恋のために死亡したといいたいところだね)
若其為人非不動情如鉄者、則我将謂其神経震動深、至於死。此即世俗所謂心砕者。(もしも鉄のように無感動な人でなければ、神経がひどく衝撃をうけて死亡したというだろう。俗にいう失恋だよ)
ここにこの物語の核心が書かれている。グレイ教授は、その言動から周りの人々から無感情な人間だと考えられていた。まさか失恋で衰弱死するなどとは思いもしない。だから、死因は心臓病にされてしまう。だが、事実は、失恋が原因の死亡なのである。
肉体の生理現象が感情を発生させる。これがグレイ教授の持論である。ところが、失恋病という感情によって肉体が滅びる、すなわち死亡するのだ。グレイ教授の信念を教授自身が実験台となって否定したことになる。
いってみれば、二重の意味で悲喜劇である。ひとつは、今いった。感情によって肉体が滅ぼされるという逆説。もうひとつは、男性よりも大脳の重量が不足する女性に、いいように弄ばれたことだ。身勝手な女性になすがままにされた屈辱といってもいい。女性蔑視の教授が、劣っていると考えている女性によって逆襲されるのだ。皮肉以外のなにものでもない。ここがドイルのねらい目でもあった。
教授にしてみれば、きまぐれ女性に振り回される屈辱にして悲劇、他人から見れば喜劇となる。まことによく作られた作品だ。
3-10 第10章 外交家之妻(外交官の妻)|『小説大観』第13集 1918.3.30
067 A Question of Diplomacy | Illustrated London News 1892 Summer Number ――外交の問題
冒頭から訳語の問題が発生している。
原文にある Foreign Minister は、外務大臣だ。しかし、漢訳では「外国公使」とする。「公使」では、大使の下位になってしまう。そのためか、つづく原文で、二度も欠席した閣議 Cabinet Councils を、単に「外交秘密会議」と漢訳せざるをえなくなる。Minister を当時の英漢辞典で見れば、たしかに「大臣、公使」などと出ている。しかし、一方の Cabinet Councils には明らかに「内閣」と漢語が当てられているのだ。ならば、当然、「大臣」としなければならない箇所である。間違いようがないように思うのだが、なにか勘違いしたらしい。包天笑も張毅漢も、気がつかなった。最初につまずいたため、首相 Prime Minister が出てくるのにもかかわらず、これを「外交大臣」に取り違える(あとで「外務大臣」と書かれている箇所もある)。この間違いは、最後まで続く。物語の規模が、原作と比較して漢訳では一段と小さいものに変化した。
その外務大臣が、痛風のために自宅にこもっている。緊急に解決を要するいくつもの国際案件が渋滞する。漢訳の様子を見るために、それらを箇条書きにしてみる。
1. that question of the Dobrutscha and the navigation of the mouths of the Danube(ドブルツシャ問題およびダニューブ河口の航行権)
陶白魯士〓案、丹諾比海口航業一案(ドブルツシャ事件とダニューブ河口の船舶運輸事業事件)
2. the blockade of Crete(クリート島の封鎖)
克莱脱封港之案(クリートの港湾封鎖事件)
3. the British fleet lying off Cape Matapan(マタパン岬の沖を遊弋している英国艦隊)
馬他賓角有英国海軍(マタパン岬の英国海軍)
4. three unfortunate Macedonian tourists(不運なマケドニアの旅行者三人)
三英人游於眉司當(マケドニアを旅行していたイギリス人三人)
4は、マケドニアで誘拐されたことを言っている。わかりやすい漢訳だといえる。いずれもほぼ正確に漢訳していることが理解できるだろう。
だが、外務大臣が抱える問題は、実は以上に示した国際事件ではなかった。真の重大問題は、家庭内において、自分の夫人とくりひろげている外交交渉なのである。その議題は、一人娘アイダ(Ida 愛岱)とアーサー・スィブソープ卿(Lord Arthur Sibthorpe 阿特西道蒲)の結婚だった。大臣は、結婚に反対し、夫人は賛成する。二人の意見は衝突している。国際問題よりも面倒な事態だというのだ。
大臣は、アーサーの家系、経済状態、将来性を問題視し、さらに外国(タンジール)へ赴任する形でイギリスから追い払おうと首相に画策する。
しかし、夫人は、ただちに対抗策を考え出した。アーサーのタンジール赴任を逆手にとったのである。医者を巻き込んで娘をタンジールへ転地療養に向わせることにする。すなわち、アーサーの任地へ娘を同行させる――結婚させるということだ。巻き込みだから、医者の出番は、ほんのわずかだ。
大臣と夫人の関係は、夫人が言いはなつつぎの言葉に要約されている。
If he can manage the British Empire, I think that I can manage him, Ida.(アイダ、お父さんが大英帝国を管理することができるのでしたら、私もお父さんを管理できると思うわ)
渠既能治理一英国、則我亦能治理一丈夫耳。(お父さんが英国を管理できるのなら、私も夫を管理できます)
ドイルの原作は、題名に工夫がこらされている。外務大臣の話だから外交の問題 A Question of Diplomacy というわけではない。たしかに、国家の外交問題も含まれてはいる。しかし、この物語の主眼は、くりかえすが外務大臣の家庭内における、娘の結婚をめぐる夫人との外交問題なのである。敏腕家の大臣が、夫人との外交ではまんまとやられてしまう。それが、同時に物語のオチにもなっているのだ。
3-11 第11章 古楼屍怪(古塔のミイラ騒動)|『小説大観』第13集 1918.3.30
068 Lot No.249 | Harper's New Monthly Magazine 1892.9 ――競売番号二四九
ミイラにまつわる怪奇恐怖小説である。原題の「競売番号二四九」は、オークション会場でミイラにつけられていた競売番号だ。ミイラは、当時、売買されていたらしい。現在も英国博物館には、多数の棺が展示されているのを見ることができる。だからこそ、このようなミイラ物語がイギリスで生まれてくるのだろう。
事件は、オックスフォード大学にある古塔で発生した。1884年5月、その古塔に三人の若者が住むことになる。階上からアバークロンビー・スミス、エドワード・ベリンガム、ウィリアム・マンクハウス・リーの順だ。
その中のひとりエドワード・ベリンガム(Edward Bellingham 哀滑徳貝令咸)は、うす気味悪い印象を与える人物だったが、東洋言語に関しては、オックスフォード大学始まって以来の優秀な学生といわれる。また、リーの妹と婚約していた。
Eastern languages. He's a demon at them. Chillingworth met him somewhere above the second cataract last long, and he told me that he just prattled to the Arabs as if he had been born and nursed and weaned among them. He talked Coptic to the Copts, and Hebrew to the Jews, and Arabic to the Bedouins, and they were all ready to kiss the hem of his frock-coat.(東洋言語だ。それについてやつは悪魔のようにできるんだ。チリングワースが、この前の休暇に第二瀑布の上流あたりで彼に会ったんだが、やつはアラブ人とぺちゃくちゃしゃべっていたらしい。まるでアラブ人のなかで生まれ育ったようにね。コプト人とはコプト語で、ユダヤ人にはヘブライ語で、ベドウィンとはアラビア語でしゃべるので、彼らはみんな、やつのフロックコートの裾に今にも接吻しそうだったそうだ)
東方語言学耳。渠操東方言語、嫻熟如鬼。g林華去歳遇彼於第二瀑布之上、見渠与亜刺伯人対答如流、若生長其間者。又与埃及土人言埃及土語。与猶太人言希伯来語。咸若夙習。土人聽其言、罔不動容、幾欲膜拝而親其衣裾。(東洋言語だ。やつは東方言語を中毒者のように習熟しているんだ。チリングワースが、去年、第二瀑布のあたりでやつに出会ったんだが、やつはアラブ人と流暢に話していたのを見たらしい。まるでアラブ人のなかで生まれ育ったようにね。エジプトの土着民とはエジプトの土着語で、ユダヤ人とはヘブライ語で。みんな早くから習ったようにね。土着の人はそれを聞くと表情を変えないものはおらず、ひれ伏してその裾に接吻しそうだったそうだ)
漢訳は、ベドウィンだけを省略し、あとは原文の通りである。コプト人は、エジプトの土着民と言い換えている。これで正しい。大きな書き換えもせず、まじめに漢訳を行なっている。
喜劇を普通の物語にしてしまうほどに基本的にまじめな包天笑と張毅漢だ。このふたりが、ミイラ奇譚をどのように漢訳しているのか興味がわく。
物語の筋は、複雑ではない。東洋言語に詳しいベリンガムが、入手したミイラを甦らせたらしい。その事に気づいた同じ古塔の住人スミスが、ミイラに殺されそうになる。それだけの話だ。
スミスが医学生である、というだけで「赤ランプ雑話」に収録する。医者物語とは、少し隔たった内容であることを言わなければならない。前述したように、その時代の雰囲気を反映していれば、医者とは関係が薄くても、別にかまわないのだが。
この物語のひとつの焦点は、ミイラは本当に甦ったのか、それとも勉強に疲れた医学生の妄想にすぎないのか、事実は最後まで明らかにされないところにある。
漢訳は、細かいところまで英文原作に忠実に翻訳している。ただし、勘違いは避けられない。
ミイラは、その埋葬の仕方によって生前の身分がわかる。高貴な人物は丁寧に、そうでない場合はぞんざいに扱われるからだ。部屋に置いてある不気味なミイラを見て、ピラミッドの石を積んでいたんだろう、と友人がいう。それを否定して、ベリンガムは次のように説明する。
No fear. This fellow has been pickled in natron, and looked after in the most approved style.(心配無用。この男は天然炭酸ソーダに漬け込まれ、もっともよいやり方で世話をされているんだ)
此可決其非。蓋其葬〓之礼至豊。棺以外又覆炭酸蘇打、彼邦人之過其墓者、輙加敬礼。(とんでもない。その葬儀の礼は、おそらくとても立派だった。棺の外は炭酸ソーダで覆われているし、墓の前を通る人はそのつど敬礼しただろう)
漢訳で atron を炭酸ソーダと翻訳したのは正しい。だが、ミイラの製造法までは知らなかったようだ。原文にない棺と墓を持ち出してきた。
翻訳には英語の能力が関係するのは当然だが、結局のところ西洋の事物についての知識の有無が問題となる。包天笑たちは、西洋事情にはかなり詳しい知識を持っていた。これまで見てきた漢訳でもそれは理解できる。しかし、不足する部分が、それでもまれにあることがミイラの例でもわかる。
また、会話部分にクリケットが出てくる。包天笑らはゲームそのものの仕組みを知らないらしいから、漢訳も不十分にならざるをえない。
さらには、テムズ川上流でのボート競争も漢訳者にとっては未知のものであったらしい。
he saw Hastie pulling a steady thirty-six, while his opponent, with a jerky forty, was a good boat's length behind him.(ヘイスティが、安定した三十六掻きで漕いでいるのが見えた。一方、相手は速めの四十掻きだったが、たっぷり一艇身は遅れていた)
即遥見海士梯操三十六尺之穩舟、平射如矢。其敵手所乗為四十尺之快艇。相距於後、可一舟之遥。(ヘイスティが三十六フィートの低速艇を操って矢のように走っているのが遠くに見えた。その相手は、四十フィートの快速艇に乗っているが、遅れて一艇身は離れている)
漢訳では、36、40をボートの長さだと解釈した。しかし、数字の前に置かれた steady と jerky を見れば、艇の長さではないだろうとわかる。さらに、漕艇ならば動詞 row を使うのが普通だから、pull といえばオールを漕ぐことだ。
間違いもあれば、その逆もある。たとえば、次の正しい翻訳の例を見てみよう。ミイラを蘇生させた、といっても小説のこの段階ではふせられているが、その恐怖を感じながらのベリンガムのセリフだ。
Well, I must have a nerve tonic or a course of electricity.(そうだな、神経強壮剤を飲むか電気療法を受けなきゃならんな)
然則當服補血之剤、或以電気自療。(それじゃ、補血剤を飲むか、あるいは電気で治療をしなけりゃならんな)
電気療法は、19世紀にはよく使用されていたという。この部分を最近の日本語翻訳が「電気学でも専攻すべきだろうね」と誤訳するのを見れば、83年前の中国人の方が原文をよく理解していたことになる。
階下から聞こえる不可解な物音、叫び声、棺からいなくなったミイラ、人間ではない何物かに襲われた事件(首しめ強盗 garrotter 、漢語では剪径者、の仕業ともされる)、学生が川に投げ込まれた事件、見た時はそこにいなかったミイラが棺にもどっているなどなど、すべての事柄がミイラの蘇生とそれに関連しているように見える。当事者は、そう考えている。だが、すべては状況証拠にすぎない。確証はどこにもない。巧妙な話の進め方だといえるだろう。
この物語の最高潮は、医学生のスミスが、えたいの知れぬ者に追いかけられる場面だ。
スミスには、習慣としていることがあった。週2回、兄の親友を訪ねおしゃべりの時間を過ごすのだ。身辺に奇妙な事件が起こるものだから、スミスは、気分転換をかねていつもの道に入る。
He stood with his hand upon the iron latch of the swinging gate, and he glanced back at the road along which he had come. Something was coming swiftly down it.(彼は自在門の鉄の掛け金に手をかけて立ち、来た道をちらっと見た。何かが、すばやくこちらへやってくる)
乃立柵前、支手柵上之鉄鎖、回顧来路。似有物疾行而来。(柵の前に立ち、柵の錠前に手をかけ、来た道をふりかえった。何かが、すごい速さでやってくるようだった)
追いかけてくるのは、何か something であって somebody 誰かではない。漢文翻訳は、その部分を「有物」と的確に把握している。簡潔に、しかも不足なく十分に漢訳しているということができる。
It moved in the shadow of the hedge, silently and furtively, a dark, crouching figure, dimly visible against the black background. Even as he gazed back at it, it hard lessened its distance by twenty paces, and was fast closing upon him. Out of the darkness he had a glimpse of a scraggy neck, and of two eyes that will ever haunt him in his dreams.(それは生垣の影のなかを、音もなくひそやかに移動した。黒ずみ、かがんだ外観が、黒い背景にぼんやりと見える。ふりかえって凝視すれば、それは二十歩ほどの距離をもっとつめており、さらに近寄っていた。暗やみのなかで彼がちらりと見たのは、やせこけた首とそれ以後夢のなかで出没するようになるふたつの目だった)
是物行於籬陰下、隠約僅辨。其体黝黒、若傴僂而行。行乃無声、相去不過二十歩、行且近矣。黒暗中微見其領項長痩、雙目怖人、為平生所未見。(それはまがきの影のなかを移動しているが、ぼんやりとはっきりしない。その身体は黒ずんでおり背をかがめているように動く。音もなく、わずかに二十歩離れているだけで、さらに近寄ってくる。暗やみのなかでほのかに見えるのは、その首が痩せており、平生見たこともないほどの恐ろしいふたつの目だった)
人間ではなく物だから英文は、it で指示する。漢訳も物として描写しており、原文通りになっていることが理解できよう。
「赤ランプ雑話」に添えられた丁悚の挿絵は、読者の理解を助ける役目をはたしている。物語の舞台がイギリスだから、登場人物もそれらしく描かれているのは、さすがだと思う。物語の一場面を切り取って示した絵柄を見れば、丁悚はおおむね正しい理解をしていると私は考える。ただ、夜道にミイラに追いかけられる場面の挿絵には、違和感があると率直に書いておきたい。山高帽子にステッキをついたチャップリン風の黒服の男性が歩いている。その直後にいるのが、腰を布で巻いて両手を伸ばして迫っている大男なのである。容貌は凶悪だが、普通の人間であるところが、あくまでもミイラを暗示しているだけの原作とは異なる。やや滑稽に過ぎ、恐怖譚にはにつかわしくない。丁悚は漫画家なのだから、それでいいのだ、という意見もあろう。それにしても、この物語にはあわなかった。
恐怖にかられたスミスは、屋敷のなかに突進した。兄の親友に事情を説明しても、理解を得ることができない。蘇生したミイラが一連の事件を引き起こしたなどと、普通の感覚では信じることなどできるはずがない。勉強のしすぎから神経が衰弱している、とスミスは言われてしまう。
医学生のスミスは、ミイラの復活を信じ込んだ。だからこそ、ベリンガムを脅迫してミイラそのものを破壊させ、関連文書のパピルスまでも焼却させたのだった。
以上が、スミスの証言による、1884年の春、オックスフォード大学で起こったことだ。
ドイルの原作がすぐれているのは、ミイラが甦ったかどうかは、最後まで謎のままに終わらせているところだ。
結末は、次の言葉で締めくくられる。
But the wisdom of men is small, and the ways of nature are strange, and who shall put a bound to the dark things which may be found by those who seek for them?(だが、人間の知恵とはけちなもので、自然のやり方は不思議なものだ。だからそれを求めている人々によって発見される未知のものについて、誰が制限できようか)
ミイラが甦ったと信じる、あるいはそうあってほしいと願う者には、ミイラが復活しても不思議ではない。常識によって否定することはできない、と言っているのだ。ミイラ復活の可能性に含みを持たせていると考えていい。
この部分を、漢訳では、削除する。では、そのあとをどう処理したかといえば、著者ドイルを引っ張りだしてきて、解説させるのである。今までになかった漢訳者の創造なのだ。
柯南道利曰、屍怪之事、為真為偽、至今無人能窮其究竟。然此邪術也、朿[束]身自好之君子、當亦雅不欲聞其底蘊耳。(コナン・ドイルがいうには、ミイラ騒動は、その真偽について今にいたるまで真相をつきとめることのできる人はいない、だから、その邪術についても、自愛自制する君子は、詳細を聞きたがらないように、と)
ドイル原作の意図を、漢訳者自身が、ドイルを看板にして解説したことになる。しかも、ミイラ復活には、どちらかというと否定的な終わり方に思える。
たしかに、ミイラ騒動の真偽は、不明のままだ。だからといって、漢訳のように言い換えてしまってもいいものだろうか。なぜ、英文のままにできなかったのか、つまり、ドイルを出してくる意味は、どこにあるのか。
物語なのだからミイラが甦ってもかまわない。しかし、包天笑+張毅漢は、根がまじめなものだから、それに違和感をもったようだ。それが、原著者ドイルを持ってきてミイラ復活を否定的にさせたのではないか。
結末部分は、このまま冒頭部分につながっていく。
Of the dealings of Edward Bellingham with William Monkhouse Lee, and of the cause of the great terror of Abercrombie Smith, it may be that no absolute and final judgment will ever be delivered.(エドワード・ベリンガムがウィリアム・マンクハウス・リーといかなる取引をしたのか、またアバークロンビー・スミスの大きな恐怖の原因が何であるのか、絶対的かつ決定的な判断がなされることはないであろう)
哀滑徳貝令咸与恵廉孟克赫士之事、与夫愛保克勒比史密士所被之大恐怖、其事結局、乃無従判断其是非。(エドワード・ベリンガムとウィリアム・マンクハウスのこと、およびアバークロンビー・スミスが感じた大きな恐怖、それらの結末について、その善悪が判断されることはなかった)
恐怖をともなう怪奇物語として、冒頭と結末がつながった環の構造になっていることを言っておく。
3-12 第12章 医人述歴(医師の記録)|『小説大観』第14集 1919.9.1
095 A Medical Document | 1894 ――医療記録
漢訳は、英文原作の冒頭の順序をすこし変更している。
医者は忙しすぎて自分の異常な経験に関心をもつ暇などない、とはじまるのだが、漢訳では、それにつづく文章を、順序を逆にして冒頭に押し出す。
Thus it happens that the ablest chronicler of their experiences in our literature was a lawyer.(だから、わが文学において、それらの経験の最も有能な記録者は、弁護士だったりすることも生じるのだ)
世人能以文学意味、紀述其所業経歴之異聞陳迹者、當莫善於律士。律士受人之聘、以一己所知、為人左右辨護。人之勝敗、初無与己、且常能刺人隠秘。(すでに経験した奇妙な事跡を文学的な味わいをもって記述できる人は、弁護士よりまさるものはいない。弁護士は、人に招かれ自分の知っていることで、人のために弁護をする。その人の勝敗とは関係なく、人をそしったり秘密にすることができるのだ)
漢語では原因と結果を入れ替えることは、よくあることだ。別に珍しいことではない。ただし、英文原作には、暗示するものが実在しているのだが、漢訳者はそれに気づかなかった。弁護士一般の話に拡大するという誤解した漢訳のしかたをしているところから、それがわかる。
ドイルがいいたかったのは、医学に関連する興味深い文章を書いたのは、当事者である医者ではなく、医学の経験をもった弁護士・サミュエル・ウオレン(Samuel Warren, 1807-77)だったということだ。彼は、エディンバラで医学を修め、のちに弁護士、国会議員になった。ドイルが指している作品は、“Passages from the Diary of a Late Physician”1838 である*20。
文中で指しているのはウオレンである、と今私が書くことができるのは、先行研究が存在しているからだ。包天笑たちには、そんな便利なものはない。自らの英語力だけでドイルの原作を漢訳しようというのだ。勘違い、知識の不足部分があってもしかたはなかろう。私は、彼らの間違いを、(よほど常識的な部分を誤るのは別にして)基本的には批判する気になれない。
さて、この物語の登場人物は、英国医学協会のミッドランド支部 Midland Branch が開催した定例晩餐会が終わったのち、ホテルの居間でくつろぐ3名の医者とひとりの若者である。ミッドランドというのがイギリス中部という意味であるのなら、漢訳が「中部部会」とするのも許容範囲内におさまるだろう。
話はもっぱら3名の医者が自分たちの医学上の経験談をとりかわすことで終始する。つまり、この短篇小説はいくつものさらに小さな物語で構成されているということだ。別の言葉で言い換えれば、それぞれは直接関係しない小ネタ集といった趣である。
3人の医者が、それぞれに体験談を話しているから順序はバラバラだ。ここでは、登場順に名前をあげて話をまとめると下のようになる。
1.チャーリー・マンスン(Charley Manson 却利漫生)精神病院院長が語る2話
○GP(進行麻痺)の恐怖――梅毒
マンスンが愁えるのは、梅毒の蔓延である。梅毒 syphilis とは明記していないが、進行麻痺 general paralysis といえば梅毒による神経麻痺が一般的である。
ドイルの医学博士論文が、梅毒に関するものであったと述べたが、ここにもそれが出現したということだ。
「絶対に治らないというので有名だ。it has the distinction of being absolutely incurable」と書くのは、当時、治療法が発見されていなかったからである。それについては、すでに述べた。
漢訳は、 General paralysis を「人有忽(欲)改業」と音訳した。漢語として意味があるようにも見える、奇妙な訳語だ。これだけでは中国人読者にとっては皆目見当のつかない病気だから、「ジェネラル・パラリシスというのは、精神がかならず変化する。精神の変化は、あるいは神経混乱によるものかもしれない。蓋人有忽欲改業者、必心志移変。心志移変、或為神経紛乱所致」と説明をする。この説明は、英文原作には、ない。ということは、漢訳者は、病気の実態が梅毒だと察知しているとも考えられる。だが、あやふやで不明確のそしりをまぬかれない。梅毒だと知っているのならば、今までの漢訳の例として、読者にわかりやすく梅毒だと翻訳したはずだ。梅毒という単語を出せば、すぐに理解を得られただろうに、漢訳者は、そうしない。
「三代目」の場合でもそうだったが、漢訳者は、ドイルの原作に梅毒が登場していることを理解しているようには見えない。少なくとも、漢訳を読んだ限りでは、そうだ。別の作品「ホイランドの医者」「外科医の記録」にでてくる locomotor ataxia も、梅毒による運動失調という意味だが、別々の漢訳を当てており、これまた正解よりはずれている。
○最初の証明書――人物誤認
ある朝、クーパー夫人が訪問してきて、弁護士の夫が、軍隊で有名になったという妄想の症状を見せるようになったという。精神異常だという証明書を書いてもらえれば、夫を療養させることができる。
やってきたクーパーをみれば、たしかに妄想を抱いている。帰ったあとで夫人に夫の年齢を質問すると50歳との答えだ。まさか、医者が診察したのは30歳にならない若手将校だった。同名の別人で、本当のクーパーは診察にこなかったのだ。英文原作のこの告白は、次のようになっている。
My pen was wet to sign the paper when I discovered it,(それがわかったとき、証明書にサインをするためにペンをぬらしていたよ)
あやうく間違った証明書を発行しそうになって肝を冷やしたということだ。
漢訳は、ここに加筆して、「このことは私の職業をだいなしにしかねなかった。今でもそのことを考えるととても恐ろしくなるんだ。此挙幾敗吾業。至今思之尚自危不已」と説明せずにはいられない。
2.セオドア・フォスター(Theodore Foster 福史脱)一般開業医が語る5話
○出産――妻は、警官の夫に手錠をかけて出産に立ち会わせる
医者がその事実に気づいたのは、シーツが血で真っ赤になっていたからだ。妻が出産の苦しみで身体をねじったとき、手錠が夫の手首を半分ほど切り裂いている。
妻の次の言葉がきめセリフである。
He's got to take his share as well as me. Turn and turn,(夫なりの分担をしてもらいませんと。かわるがわるにね)
我之為此、使彼与我一分其痛楚。夫婦平等、則痛楚亦宜均之也。(私がそうしたのは、私と苦痛を分かちあうためなんです。夫婦平等ならば、苦痛も平等にしなければね)
漢訳は、原文にはない「苦痛(漢語:痛楚)」という言葉を使用している。そうしたのは、原作の表現はやや抽象的だ、との判断が漢訳者にはあったのだろう。読者によりわかりやすくするための工夫だと理解できる。
漢訳者の責任ではないが、挿絵の夫が左手をベッドのなかに差し入れているのは、間違い。原文は、夫の右手と妻の左手である。
○医者の内気――患者が信頼しない
性格が内気だと口がきけず、患者との会話が成り立たない。説明不足になれば、当然のように患者受けが悪くなる。解決するのは、ものに動じないふりを装うしかない。開業医の心得について述べるのである。
精神病医の発言のなかに、内気は一般開業医にとっては死活問題だ、という部分がある。
‘No joke that in general practice,’says the alienist.(「一般開業医にとって内気は冗談ごとではないね」と精神病医は言う)
漢訳者は、この alienist 精神病医 が理解できなかったらしい。alien とうけとり、外国人ならばその場に居合わせた医者を職業としない若者だろうと考えた。
非業医之少年応曰、吾聞業医者、毎多恐怖之遇、誠有足使人畏怯者。(「医者は、とても恐ろしい目にあうたびに、本当に人をおじけづかせるものがあるということらしいですね」と医者ではない若者が言う。)
「内気 shy」についての話題を恐怖にしてしまった。勘違いである。間違いではあるのだが、医者たちの話の中に、本当に恐ろしい体験が語られるものだから、漢訳者はその影響を受けた、あるいは先取りして思わず挿入してしまったと考えられる。
○背中のまがった三姉妹と美人の妹
往診に行った先で、一晩中口をきかない、障害をもった三姉妹に見守られながら、末の美人の妹の治療をした話である。明け方、激しい雷雨が襲う。稲妻のなかで三姉妹に見つめられながら病人の治療をする時の医者の心細さを強調する。
状況が凄みをおびているから、記録をしていた若者が、思わずくちばしるのだ。
That's the worst of these medical stories,(これまでの医者物語のなかで最悪ですね)
いうまでもなく「最悪」だというのは、ここで話されている体験談のなかで、医者の置かれた状況が最悪であるという意味だ。いろいろ恐ろしい経験をしているが、その中でも最悪の経験だと言い換えれば理解できる。
ところが、漢訳者は、この部分をなにか勘違いした。
〓後少年曰、惜哉。乃不得窮其究竟、此為医業故事中之至劣者。(テーブルの後ろの若者は言った。「惜しいですね。その結果がどうなったのかつきとめることができなくては、医者物語のなかでもっとも拙劣ですよ」)
医者の話を聞いている傍観者が、その話は最低だと批判してどうするか。
原作は、話が展開する可能性を秘めているといえないことはない。タネのひとつにはなろう。ただし、タネの段階でドイルは公表してしまった。
○小説のなかの病気――下半身の病気はない
小説のなかで死因となる病気を話題にする。小説によく使われるのは、腸チフス(typhoid 傷寒熱症)、心臓病(heart disease 心病)、脳炎(brain fever 脳炎――ただし、医学界では知られていない。一説に心因反応)など、上半身のものばかりだ。
小説に出てこない病気は、猩紅熱(scarlet fever 猩紅熱)、帯状疱疹(shingles 腰帯癬腮核炎)、扁桃腺炎(quinsy 咽喉病)、おたふくかぜ(mumps ×省略)など。「小説家は、ベルトから下はけっして殴らない。The novelist never strikes below the belt.」下半身の病気を死因にはしたがらない、という意味だ。この部分も漢訳では省略する。
梅毒が出現するこの「赤ランプ雑話」は、そうすると珍しい例になる。ただし、漢訳では下半身の病気は翻訳してもらえなかったが。
○病気の不条理――妻と夫
美男子の夫は運動をやりすぎて肺結核(phthisis 肺癆)をわずらいスイスの高山療養地ダヴォスに送られた。夫人はリューマチ(rheumatic fever 風湿熱症)にかかり心臓が弱る。夫は、4000フィートまでおりると症状が悪くなる。妻は2500フィートまで登ると心臓が張り裂けそうになる。というわけで直接会うことできず、毎朝、双眼鏡でお互いの姿を見るだけ。のちに、読者の予想を裏切って、ふたりともなおってしまった。
3.ハーグレーヴ(Hargrave 哈格雷夫)外科医が語る4話
○揺りかごのなかの少女――彼女は16歳
往診に行った家に揺りかごがある。赤ん坊が病気だとばかり思っていたのに、そこにいたのは16歳の少女であった。憎悪にみちた目でにらまれて、外科医はびっくりしたのだ。
I saw a face looking up at me which seemed to me to have more malignancy and wickedness than ever I had dreamed of in a nightmare.(悪夢のなかで見るのよりも激しい憎悪と悪意にみちた顔が私を見上げているのを私は見た)
目光〓然、視我若甚厭悪。(眼光は病み疲れ、反感をもっているかのように私を見た)
漢訳では、英文原作の憎悪の強さを感じることができない。これでは驚愕ではなく、憐憫しか生じないだろう。おまけに、揺りかごになぜ少女がいるのかの理由をかってにひねり出すのだ。「その家族は、ベッドを買うことができず、ゆえにちぢこまって、その手足は揺りかごのなかにまるまったのだ。其家不能為購床、故仍蜷其肢体屈伏於彼中也」このような描写は、原作にはない。ドイルは、娘がそうなった理由を説明もしなければ、その後娘がどうなったかも書かない。ただ外科医が驚いたというだけだ。ドイルには、ひとつの短篇に仕立て上げるだけの時間がなかったのか、それとも思いついたが、それ以後、枝葉をのばす興味を失ったのか。アイデアのタネを披露したのではないかと私が考える理由である。
○足の切断手術――度胸の問題
海軍に勤めていたとき、西アフリカ(漢訳では無視する)で旗艦に乗っていた。運悪く、軍医が海岸熱(coast fever 海防感冒)で死亡する。そこに足を切断しなければならない患者が出る。大尉は、クロロフォルム、メス、グレイの解剖学の本 Grey's Anatomy(Gray's が正しい。格雷氏之解剖学書一冊)をみつけ、図をたよりに手術をやってのけた。漢訳では、手術の過程は省略してしまった。そのかわり、「もし、副艦が神経鋭敏で事にのぞんで失敗でもしたら、危うくないことがあろうか。若副艦神経鋭敏、臨事失措者、寧不殆乎」と説明してしまう。原文の手術の描写を漢訳しないで、解説ですませてしまうのはいかがなものだろう。
○病気の船医――なおるという強い意思
軍艦で船医自身が病気にかかったら、これは冗談ではなくなる。水葬の練習をし始めたので、船医は、そうさせてはならない、なおってみせるという強い意思をもったとたんに、本当になおった。この話は、漢訳では全部を削除している。
○美女の皮膚病
美しい肌と肩を持つことで有名な美しい婦人がいた。それを見せる服装だったが、首まで隠す流行遅れの服を着はじめる。誰もがいぶかった。ある日、医者の診察室をおとずれると彼女の上半身には侵食性潰瘍(a rodent ulcer 癰疽)ができていた。それを隠すためには首までの衣裳を着ざるをえなかったのだ。
この作品は、雑誌に発表されていない。何度考えても、それぞれの医者が語る物語は、ドイルにとって、短篇作品に練り上げるまえのタネの段階、つまり創作ノートだった可能性もあるのではなかろうかと思う。タネという骨格に血肉を与える時間があれば、作品になることもあったであろう。なんらかの理由で、それができず、こういう小ネタ集になったと考えてみたりする。
3-13 第13章 電気長生(電気で長生き)|『小説大観』第14集 1919.9.1
070 The Los Amigos Fiasco | The Idler 1892.12 ――ロサミゴスの大失敗
滑稽SFである。死刑囚を電気で処刑しようとしたところ、電圧が高すぎて死亡させるに至らなかったのみか、長寿の人間に変えてしまったというのだ。
電気による処刑の発明がなされたのは、アメリカにおいてであった。最初の電気処刑は、1890年8月6日、ニューヨークのオーバーン Auburn 州立刑務所で行なわれたという。ウェスチングハウス社の発電機を設置して、交流電気が使用された。直流電気でない理由は、「電流の戦い」がその背後にあるためだ。すなわち、1880年代末に戦わされたエジソン電灯会社の直流システムと、後発の交流システム(代表はウェスチングハウス社)との競争である。
ハロルド・ブラウンという男が、トマス・エジソンの是認を得て、交流による電気処刑を提案した。ニューヨーク州議会は、絞首刑にかわる方法としてそれを採択する。上記のように電気処刑を実施したあと、死刑に使用された交流電気が、みなさんの家庭に入り込むのを望むのか、という宣伝が行なわれたという*21。露骨な反交流電気キャンペーンである。
電気処刑がアメリカ人による発明であるならば、表題に見えるロサミゴスという場所は、アメリカにあると考えていい。その地名は、ロサンゼルス Los Angeles の言い換えであるとすぐに推測できる。つまり、天使 Angeles を友人 Amigos に置き換えたのだ*22。
死刑囚は、ダンカン・ウォーナー(Duncan Warner 〓肯華那)である。殺人、列車強盗、追いはぎを重ねた。
He had deserved a dozen deaths, and the Los Amigos folk grudged him so gaudy a one as that. He seemed to feel himself to be unworthy of it, for he made two frenzied attempts at escape.(彼は、死刑を1ダース受ける価値があったから、彼がそれだけの回数はなやかであるのをロサミゴスの人々は、うらやんだ。彼もそれにふさわしくないと感じたのだろう、2回も逆上した脱走を試みた)
滑稽譚を地でいく文章であることが、すぐわかる。死刑を華やかなものと考えることが、すでにブラック・ジョークになっている。全体が、こういう調子である。これを漢訳では次のように翻訳する。
〓肯謀越獄者再。意若謂吾罪猶不當死、死我冤。故越獄求脱、然終弗能逃。(ダンカンが脱獄を試みたのは2度だった。もしも自分の罪が死にふさわしくないというのなら、不当な死である。ゆえに脱獄したが、ついに逃れることはできなかった)
滑稽さのかけらもなくなった。くりかえすが、もともとがまじめな包天笑と張毅漢なのである。
死刑執行を討議したのが、発電機の設計者、電力会社社長、開業医および電気技師の老ドイツ人の合計4名だった。
物語の伏線は、関係者たちのうち誰も電気処刑を実施した経験がないことだ。どれくらいの電気を流せばいいのか、知らない。ニューヨークでの処刑が即死にいたらなかったのは、2千ボルトの電圧では微弱にすぎたのだろうと想像しただけである。だからその6倍も電圧をかければ、6倍の効果が得られると考えた。ただし、老ドイツ人ひとりを除いて。老ドイツ人は、知っていた。だから、電圧をあげることに反対したが、3名の賛成により多数決で電気処刑が決定された。
処刑の当日、立ち会った人々――総勢11名(新聞記者3名を含む)にすぎなかった、はほとんど全員が落着かなかった。
for a mere hanging was one thing, and this blasting of flesh and blood a very different one.(単なる絞首刑はそれだけのことだったが、こちらの肉と血を爆発させるやり方はまったく違ったものだったからだ)
見慣れた絞首刑とは違うやり方だからこそ、誰しもが精神的に不安定な状態に陥っている。この部分を漢訳は省略してしまう。
例外がひとりいる。例の老ドイツ人だ。笑っている。なぜなら、電気では死なせることができないとわかっているからだというのだ。
‘If I were in the presence of death I should not jest,’said he,‘but since I am not I may do what I choose.’(「死人が出ようとしているのなら、私はふざけたりなんかしません。ですが、そうじゃないからしたいようにやっているというわけで」)
電圧をあげれば、それだけ死がはやく訪れる、という説に反対しているのがこの老ドイツ人である。電気のことをよく知っているからこその発言なのだ。電気処刑ができなければ、さて、どうなるのだろう、と好奇心を隠し切れず、笑みがこぼれて、そこら中をウロウロせずにはいられない。だが、まわりの者はなにも理解していない。老ドイツ人を不謹慎な人間だと非難している。こういう状況なのだが、漢訳を見れば、妙なことになっている。
徳人夷然応曰。若被刑者為我、或有所憂戚。既非我也、則其不戚。豈非人情歟。且人各有権、戚与楽固発自中心。他人何得横加干預也。(ドイツ人は平然とこたえて言った。もしも処刑されるのが自分だったら、あるいは憂い悲しむことがあるかもしれない。しかし私のことではないのだから悲しまない。それが人情ではないですか。悲しむことと楽しむことは心中からでてくるもので、人にはそれぞれ権利があるんです。他人がみだりに干渉できるものじゃないんですよ)
死刑囚を前にして、処刑されるのは自分じゃないんだから、などと身勝手な理屈をこねまわし、ヘラヘラと我が物顔にうろつくドイツ人にしてしまったのは、原文を取り違えたとしかいいようがない。そうではないのだ。老ドイツ人は、高圧電気では処刑できないことを知っている。ここをはずしては、いかに小説であろうとも読者に違和感だけを与えることになろう。
電流を通じたが、死亡するどころか、かえって囚人は元気になってしまった。まわりの人々は、困惑し、あわてる。数回の通電を試みたが、すべて失敗する。ますます元気になる囚人だった。
ついには縛り首にしてしまうが、それすらも無効である。拳銃の弾を打ち込んでもダメ。死なない。つまり、死刑囚は、高圧電気のために何世紀にもわたる不死身の身体に変化した、というのがこの物語のオチなのだ。ゆえに表題の「ロサミゴスの大失敗」ということになる。
「第11章 古楼屍怪(古塔のミイラ騒動)」には電気療法への言及がある。ドイルは、医療のひとつとして電気を利用することを知っていた。その電気をアメリカでは処刑の道具に使ったことを聞かされ、もの笑いのタネにすることをドイルが思いついたとしても不思議ではない。
3-14 第14章 荷蘭之医士(オランダの医者)|『小説大観』第14集 1919.9.1
088 The Doctors of Hoyland | The Idler 1894.4 ――ホイランドの医者たち
漢訳者は、原文の Hoyland を Holland と勘違いしたようだ。そうでなければオランダを意味する「荷蘭」という漢訳になるわけがない。たとえば「霍伊蘭」などと音訳していれば、疑惑は生じなかったはずだ。
物語のはじめに場所を明示して「ハンプシャーの北にあるホイランドの村 in the village of Hoyland, in the north of Hampshire」と書いてある。ところが、漢訳では、この部分を語順を変えて「オランダのハンプシャー北部の村。荷蘭海歇亜北部一村中」と誤訳した。オランダだと考えている証拠である。
これは、当時ではまだ珍しかった女性の医者と、彼女に片思いする医者の物語だ。
ジェイムズ・リプリ James Ripley 先生は、32歳、独身である。父親の病院をそのまま引き継いで安定した収入もある。研究に情熱をそそいで、結婚どころではない。
専門知識を吸収する方法は、書斎に閉じこもってフィルヒョーの『記録』Virchow's Archives などの専門誌を読むことだ。いま『記録』としておいたが、これは、フィルヒョーが1847年に発刊した専門誌を指す。漢訳は、固有名詞を省略して「医薬書報」と置き換えているが、中国の読者にフィルヒョーというドイツ人の名前までは必要ないという判断であろう。厳密な翻訳にはならないかもしれないが、これくらいは別にかまわない。
仕事を終えたのち、夜中まで起きて羊の目玉を解剖して勉学にいそしむ、と原文にはあるが、漢訳は省略する。
人当たりがよくて研究熱心だから、ホイランドで開業して7年間に競争相手が3人出現したが、3人ともに敗退していった。
Of these one had sickened and wasted, being, as it was said, himself the only patient whom he had treated during his eighteen months of ruralising.(そのなかのひとりは病気になって廃業した。18ヵ月の田舎生活のあいだに彼が治療した唯一の人間は、彼自身であったといわれた)
ほかの医者には患者がつかない。それくらいリプリ先生は土地の人々から好かれていたということだ。この部分を、漢訳では、「ひとりは病気になると、なんとリプリを招いて治療をしてもらった。病気が治るとついに去っていったのだった(有一人病、竟延列柏莱診治。病癒遂行)」とする。これでは、勝手に原文を書き換えたことになる。やりすぎだ。
ある朝、新しい表札が出ているのに気づいた。競争者の出現である。その名前をヴェリンダ・スミス医学博士 Verrinder Smith,M.D. という。超一流の学位を持ってもいる。専門研究についての意見交換もできそうなので、医者の習慣を破って先輩の方から新参者を訪問することにした。出てきたのは、女性の医者だった。
He had never seen a woman doctor before, and his whole conservative soul rose up in revolt at the idea. He could not recall any Biblical injunction that the man should remain ever the doctor and the woman the nurse, and yet he felt as if a blasphemy had been committed. His face betrayed his feelings only too clearly.(彼は、女医に会ったことがなかった。女医という考えそのものに彼の保守精神全体が不快感をもった。聖書のなかに男はずっと医者のまま、女は看護婦に、などという命令があったかどうかは思いだせなかったが、彼はやはり神への冒涜がなされたように感じたのだ。表情には、残念ながら彼の感情がはっきりと表われた)
リプリ先生は、女性に対する抜きがたい差別意識をもっていたということだ。しかし、それは当時の社会の風潮でもあった。ただし、これをとらえて著者ドイルに女性差別意識があった、と短絡してはならない。あくまでも小説である。「第9章 生理学家之妻(生理学者の妻)」に登場するグレイ教授が、女性差別者であったことを思い起こしてほしい。ドイルは、グレイ教授をそういう人物に設定した。そうでなければ、あの物語は成立しないからだ。女性差別者が、その女性に手ひどいあつかいをされてしまう。その逆転現象におかしみが生じる。本作品のリプリ先生も、同様なのだ。のちに弟ウイリアムが登場する。先生を上回るほどの女性差別者である。ただし、実際のドイルが女性をどのように考えていたかという問題は、また別に存在することだけを言っておく。
列柏莱従未見有女子而業医者。猶憶聖経中言医為男子之業、看護則婦人之職。此婦人乃大背倫常、竟操此業。意滋悪之、見於容色。(リプリ先生は、女性が医学に従事しているのを見たことがなかった。くわえて医学は男子の職業、看護は女性の職業だと聖書のなかにあることを思いだした。この女性は、医者という仕事に従事し、人の守るべき道に大いに背いている。ひどく憎む気持ちが表情に表われる)
聖書に関して取り違えているが、あとは、ほぼ原文通りだといっていいだろう。
つづく部分で、女性が自分の力で生活することの正当性を女医さんがいうセリフがある。
Why should a woman not earn her bread by her brains?(どうして女性は、自分の頭脳によって自らのパンをかせいではいけないのでしょうか?)
女子可恃其能以謀衣食、〓非分耶。(女性がその能力によって生活の道を講じるのは分不相応ということでしょうか)
リプリ先生は、ドクタ・スミスに反論できなかった。根っからの女性差別論者であれば、理屈抜きで反撃するはずだ。反論できないということは、女性の主張が正当なものだと考えるだけの論理的能力、理性がリプリ先生に残されていることを意味する。また、これが物語の進行上の伏線ともなるのだ。
ドクタ・スミスはリプリ先生の論文、すなわち「(梅毒による)運動失調 Locomotor Ataxia」についてのものを読んでいた。漢訳では、それを「愛脱西亜之運行」とする。半分が音訳である。「第15章 外科医士述歴(外科医の記録)」では、まったく同じ原語を「神経原動失調」と別の漢訳にしている。はたして包天笑たちが、正しい認識をもっていたのか疑問に思う箇所である。
リプリ先生は、その論文のなかでピトレ教授(Professor Pitres 辟屈里博士)の論文を引用している。ドクタ・スミスは、その意見はピトレ教授自身が撤回していると指摘する。リプリ先生が使用引用した論文は1890年のもの(漢訳では、どうしたわけか1891年と間違う。原文はアラビア数字を使用しているから、単なる誤植だろう)。ドクタ・スミスが指摘したのは1891年の論文だ。つまり、リプリ先生の論文は、調査が十分ではないこと、立論そのものが成立していないことを言っているのだ。リプリ先生の完敗である。
リプリ先生は、自分の専門分野で、女性の医者にやりこめられた。その日から先生の煩悶がはじまる。患者が、女医のほうに逃げはじめたのだ。長年の病気が、女医さんにかかれば治るのである。そのなかの1例は、女の子のアザだった。
Mrs. Crowder, who had always regarded the birthmark upon her second daughter Eliza as a sign of the indignation of the Creator at a third helping of raspberry tart which she had partaken of during a critical period, learned that, with the help of two galvanic needles, the mischief was not irreparable.(クラウダ夫人は、次女のエリザにアザがあるのは、きわどい時期にみっつめのキイチゴのタルトを食べため、創造主が怒ったしるしであるといつも考えていた。しかし、直流電気のふたつの針によってそれが治せないわけでもないと知ったのだった)
密昔司克洛特第二女児生而有胎毒。至長不治。女医以両鍼之力、数日即除之。(ミセス・クラウダの二番目の女の子には胎毒(皮膚病)があった。大きくなっても治らない。それを女医さんはふたつの鍼で、数日のうちに取り除いたのである)
英文原作は、子供のアザは親の責任であるかのような迷信があった時代の物語であることを示している。しかも、そういう時代の田舎の女医が、最新式の電気治療によってアザを除去する方法を知っていたことをも述べる(現在でいえば、レーザー治療に当たる)。田舎にはにあわないような最新式治療法を持ち込むほど、つまりリプリ先生ができなかった方法で治療をするほどに女医さんの技術が進んでいたことをも読者に知らせるのである。
ところが、漢訳では、アザを胎毒とする。胎毒とは母体内で受けた毒という意味だから、キイチゴのタルトが三つなどと説明しなくてもいいようなものの、やはり原文とは少しズレるのはしかたがない。もっと困るのは、直流電気に使用する針を、単に「鍼」と漢訳する部分だ。直流電気を翻訳しないならば、これでは、漢方の鍼治療だと勘違いされる恐れがあろう。漢訳者は、案外、そう誤解しているのかもしれない。
リプリ先生の患者は、どんどん女医に奪われる。しかも女医さんの手術の腕は、リプリ先生自ら認めざるをえないほどにうまい。だから、ますます女医さんを嫌った。嫌いだということは、俗な言い方をすれば、それだけ関心を抱いていたという意味でもあった。
物語の最後部分は簡単に述べる。リプリ先生は、金持ちの往診依頼に駆けつける途中で馬車が転覆し、足を複雑骨折してしまう(全治3ヵ月の原文を、漢訳では「三日」とする。「三月」の誤植だろう)。手術をしたのは、ドクタ・スミスである。みごとな処置がほどこされ、2ヵ月のあいだたっぷりと療養をした。その間、女性差別論者のリプリ先生は、考えを改めるにいたる。
I feel that I have been quite in the wrong.(私はまったく間違っていたと思っています)
曩者吾大謬也。(以前は、私はおおいに間違っていました)
リプリ先生のこの発言で、女性差別論が破綻したといってもいい。注目しておこう。
ついにはドクタ・スミスに結婚を申し込む。しかし、彼女からは、研究に一生を捧げたいといわれて断わられてしまう。ホイランドの医者は、またリプリ先生ひとりになった。
3-15 第15章 外科医士述歴(外科医の記録)|『小説大観』第14集 1919.9.1
096 The Surgeon Talks | 1894 ――外科医の話
外科医が自分の経験を話すという形式は、「第12章 医人述歴(医師の記録)」と同じである。ただし、これがほかの作品と異なるのは、冒頭に1ヵ所だけ作者の説明があるのを除いて、全篇が一人の人物、すなわち外科医の語りで構成されていることだ。その作者の説明というのは、「職業的な巧妙さと仕上げをみせて葉巻の端を切り取りながら、外科医はそう述べた。 remarked the surgeon, snipping off the end of a cigar with all his professional neatness and finish.」である。同じ箇所を漢訳は、「外科医は、葉巻の燃えさしの端を捨てて言った。外科医士擲其雪茄燼餘之端言」にする。葉巻を吸いはじめる時、端を切り取るということを知らなかったのかと思う。
外科医が語る話はいくつかに分かれる。
○自分の病症を記録するウォーカー
神経病の専門医ウォーカーは、「(梅毒による)運動失調 Locomotor Ataxia(漢訳:神経原動失調)」を講義中に自分がそれに感染していることを知る。死ぬまでの5年間、自分の症状を記録しつづけた。
すでに述べたように、ドイルの文章に「運動失調」が出てくれば梅毒にかかっていることを意味していると思ってよい。ただし、ドイルは直接的に「梅毒」という言葉は使わない。そのためなのか、漢訳者は気づいておらず、この病気については、翻訳にすくいあげていない。たとえば、つぎのようなほのめかしを漢訳では無視するのだ。
And then he enjoyed himself also. “De mortuis,”of course, but still it's an open secret among all who knew him.(それから、彼はまた楽しんでいたね。もちろん「死者を鞭打つことなかれ」だが、しかし、彼を知っている者にはこれは公然の秘密だった)
ウォーカーは、女遊びをしていた、という意味である。包天笑らは、ラテン語を理解しなかったためか、あるいはこの部分はそれほど重要ではないと考えたのか、翻訳していない。だが、ここにウォーカーの病気の原因が書かれていることに気づかなければならない。
○片耳のマクナマラ
夜、手術のため麻酔をかけられた患者が暴れだし、ロウソクを倒して暗がりになった。手術に参加していたマクナマラは、患者に引っ張り込まれて机の下にもぐりこむかたちになる。麻酔係は、患者をさがしてマクナマラにさわったからてっきり患者だと思い込んだ。ウォーカーは、患者と間違えてマクナマラの片耳を切除したという話だ。
○ガンの告知は明日
夫が特に悪性のガン(a peculiarly malignant case of cancer 漢訳:不救之急症)だと医者から告げられた夫人がいた。彼女は、その日に予定している彼と友人ふたりの晩餐をだいなしにしたくないために、夫に知らせるのは明日に延期する。それを知らない夫は、大喜びである。
結びの「その夜は、彼の人生のなかでもっとも明るいものであっただろうし、翌朝は、もっとも絶望的だったと思うよ。I dare bet that evening was one of the brightest, and the next morning the darkest, of his life.」は、苦いセリフだ。漢訳は、これを省略する。
○茫然自失の男
圧倒的な危機に耐えることができるのは、男よりも女である例を示す。
ある夫人の腕に結核性結節 tubercular nodule(漢訳:結核瘤)ができていた。診察すると、それは恐ろしい骨肉腫 a frightful sarcoma of the bone だった。漢訳は、「結核は、すでに深く骨にくいこんでいた。結核已根深入骨」とする。事実を付き添っていた夫につげると、衝撃のあまりに自分を見失ったまま立ち直ることができなかった。その一方、手術により腕が切断されるという結果を、夫人は明るく受け止めたのだ。
この例が男女の問題に一般化できるかどうかは、また別だと思う。だが、ドイルはそう考えなかった。話し手の外科医の口を借りて意見表明しているのだ。
○犬の安楽死
はじめての患者は忘れがたい。外科医の最初の患者は、ひどい介癬にかかった犬だった。青酸 prussic acid(漢訳:普路昔毒液)を数滴たらした牛乳を与えて仕事を終える。帰っていったあとにお礼の封筒が残されている。金持ちの婦人だったから50ポンドかなと考えて開ければ、4シリング6ペンスの郵便為替だけだった。大笑いしたのだ。その理由は、考えるに、犬の処理に、お金を、それも高額のものを期待した自分がおかしかったというところか。うしろの部分で、ちょっとした善行をするのは気持ちがいいのだから、金をもらうより払ってもいいくらいだ、とある。そうならば、これも理由だろう。
漢訳には、翻訳をしわすれた箇所がある。「ひどい介癬にかかったパグドッグ mangiest little pug dog」の病気を漢訳しないから、元気な犬を殺してほしいという依頼になってしまう。
最後の締めくくりが、原文と漢訳では異なる。直前の共通部分から示しておこう。
It is a noble, generous, kindly profession, and you youngsters have got to see that it remains so.(気高く、寛大で優しい職業なんだ。君たち若者はそうであるように心掛けていなくちゃいけないよ)
此為天下至尊高尚至誠直可楽之業。為此者尤當自愛自重。(世界でまことに尊く高尚で親切、楽しい職業だ。自愛自重しなくちゃいけないよ)
ここまで、といってこれが英文原作の最後部分だが、漢訳はほぼ原文通りだといってよい。だが、原文にはないはずの以下の部分が漢訳には存在する。
苛索人銭、或以偽言偽薬欺病者、或崖岸自高、無温和之徳音、是医界之罪人也。非所以為善之道也。(人に厳しく金を求める、あるいはウソ、偽薬で病人をだます、また傲岸尊大で、温和だというよい評判がないならば、それは医学界の罪人である。善の道だと考えるわけにはいかない)
英文原作は、医学の正の側面をうたうことで終了した。理想あるいは努力目標を掲げているのだから、美しいといえば、そうだ。ところが、漢訳では、それにつけくわえてわざわざ負の側面をあげる。包天笑らは、念をいれたかったのかもしれない。だが、余韻を残して物語を終えたければ、この書き加え部分は、余分であった。
「第5章 遺伝病(遺伝病)」および本作品は、単行本に収録される前には、雑誌などに掲載されていない。梅毒が話題になっていることと関係があるのかどうか、私は、そこまではしらない。
4 おわりに
「赤ランプ雑話」は、医学に関連する物語集とはいえ、それぞれに濃淡がある。笑い、滑稽、恐怖、哀愁など作品の雰囲気も異なる。だから、統一しているものを指摘することはできない。しいていえば、作品が書かれた時代、また雑誌に発表された1890年代の時代のありさまを濃く反映した作品であるとはいえよう。
ただ、そのなかのいくつかは男女問題を中心にしているのが注目される。とくに、そのうちの3作品は、女性が重要な役割を担っている点で特異だ。すなわち、「第3章 割唇(口唇手術)」では、女性の好色が問題になっている。また、「第9章 生理学家之妻(生理学者の妻)」と「第14章 荷蘭之医士(オランダの医者)」には、女性差別論者の男性が登場し、いずれも差別しているはずの女性から手ひどい復讐をされる。いわば、女性差別論の敗北なのである。
民国初期において、ホームズ物語の翻訳に並行するように、同時期に異色の「赤ランプ雑話」がまとまって漢訳されたのは、重視されてもよい。まさに、五四新文学の始まりの直前から、それに重なるような時期である。翻訳探偵小説だけではない多様な翻訳が試みられていたという実情を知る上でのひとつの資料とすることができると考えるからである。当時の翻訳小説の豊富さを無視しては、のちの文学の発生を正確に把握できないだろう。
残念ながら、いまのところ、「赤ランプ雑話」について同時代の人々がどのように評論したのかを知ることができない。女性差別論とその敗北が、中国人読者にどう読まれていたのか。それらは、当時の創作に影響を与えなかったのかどうか。同時代人の反応を知ることができれば、さらに興味深い事実が発見される可能性もあるのではないか。
「赤ランプ雑話」の漢訳について、中国の研究者が評論することは、私の知る限りまったく、ない。作品名をわずかにかかげるだけ、というのはある*23。それだけだ。ドイルといえば、シャーロック・ホームズ物語が有名であり、それ以外の作品にまで研究の手がまわらないという事情があるのかもしれない。翻訳の歴史についても概説が先行しているから、個別研究はこれからのことになるのだろう。
個別の翻訳作品を掘り起こす作業が、また翻訳状況の概説を修正することにつながる。全体の把握は、部分の発掘とたえず呼応しながら構築される、と言い換えてもいい。当然すぎる考え方だと思う。本稿は、その一連の作業のなかのひとつであると言い添えておこう。
【参考文献】
主として、以下の書籍を参照した。
A.CONAN DOYLE“ROUND THE RED LAMP, BEING FACTS AND FANCIES OF MEDICAL LIFE”D.APPLETON AND COMPANY, NEW YORK, 1894
Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”Krieger Publishg Company, Florida, 1992
水野一郎訳「紅き灯火を繞りて――医師生活の事実談と空想談――」『ドイル全集』第4巻 改造社1932.6.24
笹野史隆訳「ドクター――医学生活からの物語」市立釧路図書館『まちなみ』第96-107号 1993.4.1-1994.3.1
小林司、東山あかね「医学の光と影」『シャーロック・ホームズの醜聞』晶文社1999.7.30
白須清美訳「競売ナンバー二四九」北原尚彦、西崎恵編『ドイル傑作選U』ホラー・SF篇 翔泳社2000.2.10
北原尚彦訳「ロスアミゴスの大失策」北原尚彦、西崎恵編『ドイル傑作選U』ホラー・SF篇 翔泳社2000.2.10
以下の翻訳が出版されたというが未見。
桜井邦雄訳『赤ランプ』金剛社1925.11(万国怪奇・探偵叢書12)/一心社1933.9
吉田勝江訳『コナン・ドイルのドクトル夜話』創土社1978.8.20/9話
笹野史隆訳『赤い灯のまわりで』私家版1995.8
【注】
1)Richard Lancelyn Green and John Michael Gibson “A Bibliography of A.Conan Doyle”Hudson House 1983,2000.p.82
2)包天笑『釧影楼回憶録』香港・大華出版社1971.6。170-174頁に詳しい説明がある。
呉泰昌「包天笑与鴛鴦蝴蝶派」『藝文軼話』安徽人民出版社1981.5
鄭逸梅「瑣記包天笑」『清末民初文壇軼事』上海・学林出版社1987.2。205-216頁
厳芙孫「包天笑」『中国近代文学論文集』(1919-1949)小説巻 中国社会科学出版社1988.5
范伯群「包天笑及其流派帰属」『礼拝六的蝴蝶夢』北京・人民文学出版社1989.6
毛 策「包天笑著訳年表」『文教資料』1989年第4期 1989
魏紹昌「五虎将――包天笑」『我看鴛鴦蝴蝶派』香港・中華書局有限公司1990.8
毛 策「包天笑文学活動側影:編輯生涯述略」『清末小説』第15号 1992.12.1
范伯群「中国現代通俗文学無冕之王――包天笑」『通俗盟主――包天笑』台湾・業強出版社1993.3 民初都市通俗小説叢書2
范伯群「現代通俗文学的無冕之王――包天笑評伝」『現代通俗文学的無冕之王――包天笑』南京出版社1994.10 中国近現代通俗作家評伝叢書之2
楊 義「包天笑編輯的幾種小説期刊」楊義、中井政喜、張中良合著『二十世紀中国文学図志』上 台湾・業強出版社1995.1
毛 策「包天笑訳著編年目録」『清末小説』第18号 1995.12.1
范伯群「中国現代通俗文学無冕之王――包天笑」范伯群、范紫江主編『通俗盟主包天笑代表作』南京・江蘇文芸出版社1996.12 鴛鴦蝴蝶−礼拝六派経典小説文庫
裴效維「包天笑」梁淑安主編『中国文学家大字典(近代巻)』北京・中華書局1997.2。64頁
樽本照雄「包天笑翻訳原本を探求する」『清末小説から』第45号 1997.4.1
欒梅健「不応遺忘的優秀通俗長篇小説――論包天笑的《留芳記》和《上海春秋》」『蘇州大学学報』1999年第1期 1999
欒梅健 『通俗文学王包天笑』上海書店出版社1999.2 中国文化名人伝記叢書
范伯群「包天笑、周痩鵑、徐卓呆的文学翻訳対小説創作之促進」王宏志編『翻訳与創作――中国近代翻訳小説論』北京大学出版社2000.3
3)包天笑『釧影楼回憶録』173頁
4)冷血(陳景韓)戯作「(短篇小説)歇洛克来遊上海第一案」(『時報』1904.12.18)に啓文ママ社と記述されている。啓明社が正しい。
5)樽本照雄「贋作ホームズ失敗物語――陳景韓、包天笑から劉半農、陳小蝶へ」『大阪経大論集』第52巻第1号(通巻第261号)2001.5.15
6)『短篇小説十五種』上海・群学社 宣統2(1910) 説部叢書。初出未見/『中国近代文学評林』3期 1988.1 近代短篇小説選刊/『中国近代文学大系』2集9巻小説集七 上海書店1992.1/南昌・百花洲文芸出版社1996.12 中国近代小説大系78 短編小説巻(上)/于潤g主編『清末民初小説書系・偵探巻』北京・中国文聯出版公司1997.7.20
7)于潤g主編『清末民初小説書系・偵探巻』北京・中国文聯出版公司1997.7.20
8)于潤g主編『清末民初小説書系・滑稽巻』北京・中国文聯出版公司1997.7.20。于潤gは、其訊ママに誤る。
9)鄭逸梅「張毅漢提〓人昌}語体文」『清末民初文壇軼事』280-281頁
10)包天笑『釧影楼回憶録』359頁
11)鄭逸梅「瑣記包天笑」『清末民初文壇軼事』208頁
12)原作にほどこした数字は、藤元直樹編「コナン・ドイル小説作品邦訳書誌」(『未来趣味』第8号2000.5.3)の通し番号である。
13)Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”p.25, note 8
14)樽本照雄「漢訳ドイル「サノックス卿夫人事件」3種――李常覚、包天笑+張毅漢、周痩鵑らの訳業」『大阪経大論集』第52巻第3号(通巻第263号)2001.9.15
15)Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”p.62, note 8。出典は、ホーマー(ホメロス)ともある。
16)ブルドッグの子というのが本来の意味だ。「大きな犬」と訳すものもある(水野一郎)。銃としたのは、笹野史隆訳による。
17)笹野史隆「病気(梅毒)」小林司、東山あかね編『シャーロック・ホームズ大事典』東京堂出版2001.3.20。690頁
18)Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”p.121, note 5
19)Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”p.158, note 2
20)Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”p.214, note 1
21)T.P.ヒューズ著、市場泰男訳『電力の歴史』平凡社1996.9.20。158-160頁
22)Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”p.270, note 1
23)郭延礼『中国近代翻訳文学概論』漢口・湖北教育出版社1998.3。42頁