◆20020102ポー最初の漢訳小説
――周作人訳『玉虫縁』について
『大阪経大論集』第52巻第5号((通巻265号)2002.1.15)に掲載。
●1 周作人の初期翻訳
周作人が、南京の江南水師学堂で学んでいたころ、西洋小説を漢訳したことがあるのは周知の事実である。
千夜一夜物語、ドイル、ポー、ユゴーなど、それぞれに傾向が異なる。漢訳の内容は、まちまちで統一がない。
周作人が、自ら書籍を選択して漢訳したのであれば、共通する部分があってもいいようなものだ。それが、ない。もとづいた原文は、どうしたのか。南京の書店で購入したのか、などと想像してもあまり意味がない。なぜなら、周作人の場合は、当時、兄・周樹人(魯迅)の存在の方が大きかったからだ。つまり、魯迅が日本で購入した書籍を周作人に送った。それらのなかから、周作人は漢訳するための原文を選んだのである。
周作人が兄・魯迅から受け取った書籍雑誌には、魯迅が東京で入手した『浙江潮』『新小説』あるいは林訳小説などがあった。周作人が述べるところによると、そのほかに「『天方夜談』1冊、大型の『ユゴー』選集8冊、日本で編印した『英文小叢書』、その中のアラン・ポーの『黄金虫』、すなわち『玉虫縁』の底本、『侠女奴』すなわち『天方夜談』からのものなどを覚えているだけだ」*1ということになる。英語の書籍は、周作人が英語を学習するための助けになるよう、魯迅が選択購入送付したと考えられる。
『天方夜談』のなかのアリ・ババと四十人の盗賊は、女性の名前で漢訳され雑誌に掲載された。萍雲女士(周作人)述文「侠女奴」(『女子世界』8-12期 甲辰七月初一日(1904.8.11)-刊年不記)という。これは、のちに単行本になった。萍雲(周作人)訳述、初我(丁祖蔭)潤辞『侠女奴』(小説林総発行所 光緒乙巳(1905)初版未見/丙午(1906)年三月再版)がそれだ。
『女子世界』に「侠女奴」が発表されたあと、それが単行本になる前に、周作人は、コナン・ドイルの作品を同じく『女子世界』に掲載した。(英)陶爾、萍雲(周作人)訳述「(恋愛奇談)荒磯」(『女子世界』2年2-3期(14-15期)刊年不記[乙巳(1905)])という*2。
原作は、023“The Man from Archangel アーカンジェルからの男”(1885.1)だ。今ふうに翻訳すれば、「アルハンゲリスクからの男」ということになろう。世をすねた人嫌いの主人公が遭遇した、ひと組の男女の恋愛事件を主題とする。アルハンゲリスクからの男が、ひとりの少女に一方的な恋心を抱く。少女は、嫌だといっているのに、つきまとう。無理心中もどきに物語は終わる。一方的な愛情の注ぎ方は、見方によれば熱情の表われ、ということになるかもしれない。しかし、女性の側からすれば、迷惑以外のなにものでもない。ドイルの作品としては、それほど出来がいいというわけでもない小説である。女性の意思を無視した作品を周作人が翻訳した気持ちがわからない。よりにもよって、女性の権利を主張する『女子世界』雑誌に掲載されたのは、皮肉なことだ。
日本では、尾崎紅葉が、該作品に基づいて「心中船」(『新小説』3巻9-13号1898.8-12。初出未見)という題名で訳述している。当時、ある程度の注意は引いたのかもしれない。
●2 山縣五十雄訳註『英文学研究』
多数あるドイルの作品のなかから、周作人は、なぜ「荒磯」をわざわざ選んだのか。そちらの方が、不思議だろう。だが、理由は単純だ。回答は、周作人の上のことばのなかにある。「日本で編印した『英文小叢書』」である。
昔のことで、周作人の記憶はあやふやになっている。ここでいう「英文小叢書」とは、山縣五十雄訳註『英文学研究』シリーズのことだ。英語学習書である。6冊が出版された。各冊ともに、原文、訳注、作者紹介および本文の翻訳によって構成される。最初バラで発行され、のちに合冊本が出た。
日本語題名と原作を示す。数字は、各冊の発行年月日だ。
山縣五十雄訳註『英文学研究』全6冊合本 内外出版協会1905.6.10(バラ発行は、言文社と併記する)
第1冊 白梅嬢 1901.9.29 W.M.Thackeray“The Story of Mary Ancel”
★第2冊 荒磯 1901.11.29 A.Conan Doyle“The Man from Archangel”
第3冊 英米詩歌集 1902.3.25 “Simpler English Poems”
★第4冊 宝ほり 1902.7.3 Edgar Allan Poe“The Gold-Bug”
第5冊 婿選び 1903.5.3 Charles Dickens“Horatio Sparkins”
第6冊 該撤殺害 1903.5.18 Mark Twain“Killing of Julius Caesar‘Localized.’”
発行年月を見れば、魯迅が周作人に送ったのは、以上の6冊全部であってもよい。だが、ほかの書籍に言及がないから、全部ではなく、バラの単行本数冊だったようだ。少なくとも、6冊合本である可能性はないように思う。
ドイルの原作「アーカンジェルからの男」が、周作人が漢訳をしてなぜ「荒磯」になるかといえば、見ての通り上の山縣五十雄の翻訳題名が「荒磯」だからだ。
★印をつけたもうひとつの「宝ほり」が、ポーの「黄金虫」である。周作人は、「黄金虫」だけを記憶に残していて、ドイルの「荒磯」は忘れてしまったらしい。
周作人の別の回想録にも「黄金虫」に言及する箇所がある。
●3 ポー「黄金虫」――「山羊図」から「玉虫縁」へ
「玉虫縁」という作品の原文は、日本山縣五十雄の訳註本である。彼が編集した「英文学研究」の一冊で題名を「宝掘り(掘宝)」という*3。
以上のように述べる周作人の記憶は、正確である。もうひとつ、南京の学生時代に翻訳をしていたころを回想する箇所から引用しよう。日本から送ってきた『天方夜談』のなかからアリ・ババと四十人の盗賊を古文で翻訳して、どうしたか。
当時、私の同級生の陳君が蘇州ママで出版していた『女子世界』を定期購読していた。私は、翻訳原稿をそこに送って、「萍雲」という女性の名前を書いた。しばらくして掲載され、さらには単行本にまでなった。書名を『侠女奴』という。これが成功したため、私はうれしくなり、アメリカのアラン・ポー(E Allenママ Poe)の小説「黄金虫」を翻訳し、「山羊図」と改題して再び女子世界社の丁君に送った。彼は小説林から出版することを承知し、書名を「玉虫縁」とかえた。さらに訳者の名前を「碧羅女士」にしたのである。これは、たぶん1904年のことだ。*4
周作人の記憶では、1904年だったが、実際は、1905年のできごとだ。『女子世界』は、曾孟樸、丁初我らが主編をつとめていた。常熟で印刷していたという証言がある*5。ただし、雑誌には、編輯所として常熟女子世界社(寺前海虞図書館)を、発行所は上海・小説林を記載する。
周作人は記憶によっているから、あやふやなところがでてくるのもしかたがない。
上の記述では、アリ・ババすなわち「侠女奴」が単行本になってから、ポーの作品を翻訳したように読める。しかし、周作人日記を見れば、両者の翻訳は並行していたが、完成はポー訳稿の方が先だった。
ポー訳稿を終えたあとで、「侠女奴」を訳しおわり『女子世界』に連載した。ポーの漢訳が単行本で出たのに続いて『侠女奴』が出版されたようだ。
周作人日記*6に見える関連部分を抜き書きする。[]内は、樽本の注記である。
甲辰
十二月十五日(1905.1.20)終日訳侠女奴約得三千字
[「侠女奴」の翻訳に1日を費やして、約3千字である]
十二月十六日(1905.1.21)……抄訳稿約三千字腕力幾脱
[前日に引き続き、同じ調子で約3千字だから、これも終日翻訳にかかっていたことになる。腕の力も抜けようというもの]
乙巳
正月十四日(1905.2.17)訳山羊図(美人坡原著)竟約一万八千言
[ポーの「黄金虫」がなぜ「山羊図」という題名になるかといえば、本文中に山羊の図が出てくるからだ。人名のキッド Kidd と子山羊 kid のゴロあわせなのだ。周作人は、これを題名にした。この日に翻訳が終了している。『玉虫縁』の「附識」には「乙巳上元」の日付がある。正月十五日だから、この日記の翌日だ]
正月二十一日(1905.2.24)抄山羊図(短篇小説)竟
[書き終わるという意味は、清書したということ]
正月廿四日(1905.2.27)寄丁初我信又小説稿一捲
[『女子世界』の編集者丁初我に原稿を送付した]
二月初四日(1905.3.9)得初我復書允其五十部見酬
[「山羊図」の報酬は、翻訳料ではなく原物で50冊だった]
二月初拾日(1905.3.15)得丁初我函言侠女奴事云贈報一年(去冬即云以予堅辞中止然終不肯免云十五左右可到)*7
[こちらは「侠女奴」の報酬についてで、雑誌『女子世界』1年分の贈呈だ。丁初我は、「山羊図」と同じく「侠女奴」についても翻訳料を支払うつもりはないらしい]
二月十四日(1905.3.19)訳侠女奴竟即抄好約二千五百字全文統一万余言擬即寄此事已了如釈重矣快甚
[「侠女奴」を翻訳しおわる。肩の荷がおりたというのは、こちらの翻訳には骨がおれたということか]
三月廿九日(1905.5.3)接初我廿六日函云山羊図已付印易名玉虫縁又云侠女奴将印単行
[丁初我からの手紙によると「山羊図」は、印刷にまわった。訳者に相談なく「玉虫縁」に改題したらしい。一方、「侠女奴」も単行本にするという。『玉虫縁』に丁初我の「附叙」がありその日付は、乙巳暮春(三月)だ。発行の裏付けになる]
書名の突然の改題には、驚く。訳者にことわりなく「山羊図」から「玉虫縁」へと変更するのだ。
単行本『玉虫縁』の発行の方が、『侠女奴』よりも早かったというのは、どうでもいいようなものの、表紙との関係で気になるのだ。
『玉虫縁』の表紙は、帽子をかぶった男ふたりが描かれる。右側の男は中腰で植物にとまっている黄金虫(らしきもの)に右手を差し出している。左側の男は、地面から折り畳んだ紙のようなものに右手を伸ばす。物語のなかの一場面を描いたものだ。だが、ふたりのうちの一人は黒人(アフリカン・アメリカン)なのだが、表紙絵は、その区別がない。
これに対して、『侠女奴』の表紙は、山の上にいる2匹の山羊である。アリ・ババとは、なんの関係もない。これは、明らかに「山羊図」のために用意してあった表紙だ。「山羊図」を「玉虫縁」に改題したため、使えなくなった。そこで、「玉虫縁」には新しく表紙を描きなおし、アリ・ババには、山羊図をむりやり使用したというところだろう。
以上の推理通りだとは思うが、それでも何かチグハグな気がする。『玉虫縁』には、山羊の絵図でもよかったのではないか。本文に山羊の図が出てくるのだから、まったくの誤りというわけでもない。ただ、玉虫を書籍の題名とし、山羊では、合わないという意見もあったのかもしれない。それよりも、アリ・ババに山羊の図は、これこそ無関係である。アリ・ババのほうを、工夫すればよかったように思うが、そうはなっていない。どういう事情があったのか、それを述べる資料を知らない。
もうひとつだけ周作人の回想を引用しておきたい。似たりよったりではあるが、アリ・ババを翻訳して「侠女奴」と改題し『女子世界』に連載したあと、「私は、アラン・ポーの小説『金甲虫』をただうのみにして文言に翻訳し、これも丁初我を経由して小説林から出版した」*8。
「うのみにして文言に翻訳し」というのは、考えるに、山縣の日本語訳、それも註釈と本文の漢字表記を参考にしながら、という意味ではなかろうか。
●4 周作人訳『玉虫縁』
ここに紹介するのは、中国で最初に漢訳されたポーの小説作品である。
(美)安介坡著、会稽碧羅(周作人)訳述、常熟初我潤辞『玉虫縁』(上海・小説林社丙午年四月再版)だ。再版の年月だけがあって、初版の年月日は記載されていない*9。緒言2頁、例言2頁、本文79頁(80頁は文字なし。図のみ)、附識2頁、奥付、小説林広告など。
◎4-1 緒言
「世の中の物には、すべてその代価がある(天下之物、莫不各有其代価)」と書きはじめる。貧富には、その理由がある。ルグラン(小説の主人公)が百五十万の大金を入手したのも、知恵をしぼったから、その価値はある。何事にも代価が必要で、近道はないことを知れ、というのだ。原作が、暗号文を使用した広い意味で探偵小説であるにもかかわらず、なにかしら道徳的な意味を附加しなければ翻訳出版する価値がないかのように考えている。あるいは、そのように書くのが、普通だと思い込んでいたかもしれない。
署名は、「乙巳初春萍雲序於建業客次」とする。萍雲は、周作人の筆名。建業は、南京を指す。南京に学生として滞在しているわけだ。
本書の最後につけられた周作人の訳者「附識」にしても丁初我の「附叙」にしても、いずれもが努力しなければ財宝を手に入れることはできない、などと見当違いなことを書いていることを言っておく。丁初我は、西洋の哲学者の言葉を引用して「勤勉が黄金を造る」というのだから、勘違いも極まっている。
原作の内容とは無関係に、小説の功利的側面をむりやり強調する。そのように書かなければならなかった風潮があったということにしておく。
◎4-2 例言
はじめに著者の紹介がある。
「本書はアメリカ・バルチモアの人エドガー・ポーの著作である(是書為美国抜爾〓衣去}摩人安介坡所著)」
周作人の漢訳は、もともとが山縣五十雄訳註『宝ほり』(英文学研究第四冊 内外出版協会、言文社1902.7.3)に拠っている。この「例言」も山縣の書く「EDGAR ALLAN POE の小伝」から拾い上げているのは、明らかだ。
たとえば、本書の成り立ちを説明して以下のようにいう。山縣の解説文と並列する。
山縣:本冊収むる所の The Gold-Bug は Poe が Philadelphia の一新聞の懸賞小説に当選して三百弗の賞金を得たるもの
周作人:本書は、かつてフィラデルフィアの一新聞社の小説懸賞に応募し、当選して300ドルの賞金を得た。(此書曾応斐力代而夫一新聞社小説之懸賞、当選受三百弗之賞金)
『ダラー・ニューズペーパー The Dollar Newspaper』1843.6.28で賞金100ドルを獲得したのが本当だ。山縣が間違っているのだから、それに拠った周作人がそのままにしているのも、しかたがない。
ポーのほかの作品を紹介して、「大〓亜鳥}之詩」と「瀉梨(酒名)之酒桶」をあげる。前者は、山縣の解説には、原文で The Raven 、後者は、(The) Cask of Amontilado と表記されている。周作人は、それぞれを漢訳して、前者はそれでいい。だが、後者がなぜシェリー酒になるのか不明。
回想文にも触れているように、周作人は、拠った原文が山縣の本であることを、隠しているわけではない。
「例言」においても、説明する。
本書は、英文原本の題名で『金の甲虫(金之甲虫)』というのは、事のはじまりなのだ。日本山縣氏の訳本が題名を『宝ほり(掘宝)』というのは、事の結果である。訳者は、日本語を理解せず、英語は少しは研究しているから、原本によって抜き出しまとめた。題名を別に『黄金虫縁起(玉虫縁)』という。
原文の gold bug は、アメリカ語であり、gold beetle すなわち普通名詞「黄金虫」のことである。それを周作人は、金の甲虫(金之甲虫)とわざわざ説明しているところを見ると、もしかすると golden bug だと理解したのかとも思う。そこで間違ったとしても、結局のところ、「玉虫」は黄金虫だから正しいことにはなるのだが。
「緒言」のところで、道徳的なことを言っていると書いたが、周作人自身は、「例言」の中で、「その中には探偵小説の意味を含んでいる」と書いて、内容をきちんと把握していることを示す。
本文には、「語り手」、ルグランと黒人ジュピターが登場する。三人しか登場人物はいない。G中尉(Lieutenant G-- 漢訳はなぜだか大尉とする。当時の漢英、英日辞典は、ともに中尉を掲げているにもかかわらず)もいるが、会話の中だけの存在で、姿は現わさない。
山縣は、黒人のなまりについて、註釈で「94-97.黒奴の訛りの言なれば読み慣れざれば解し難く見ゆれども、よく注意して其訛りを正しき言に直して読み試むべし、次第に慣れて後には容易に解し得るに至らん」(77頁)と説明する。
山縣が、訛に慣れず困難を感じているのを、若松賎子より「御身は高尚なる英文学のみを読み給ふて、俗語の多き小説の類に慣れ給はざるが故に、読みづらしと思はるゝならん」と言われた。それより、俗語の多い小説を選んで読むようになったという。
山縣の説明は、なまりがあるというだけで、それ以上に意味をつけくわえない。
しかし、周作人には、黒人に対する差別意識があった。「書中において黒人の愚かであることを形容して尽くしている。その用語は誤りが多く、There を dar とし、it is not を taint とする。翻訳するとき、とても困難を感じた(書中形容黒人愚蠢、竭盡其致。其用語多誤、至以 There 為 dar 、it is not 為 taint。訳時頗覚困難)」
当時の風潮であり、周作人自身、黒人に対する差別意識があるなどと指摘されても、何のことか理解しないかもしれない。だが、引用を見れば、明らかであろう。
◎4-3 本文
漢訳は、冒頭から英文原作を離れる。(日本語翻訳は、山縣の訳文を使用する)
MANY years ago I contracted an intimacy with a Mr.William Legrand.(久しき前余はウイリアム、レグランドなる者と親しき交を結びたり)
一千八百四十年頃。予曾与一人締交。其人名威廉。姓莱格蘭氏。(1840年ころ、私はある人と友達になったことがあった。その人は名をウイリアム、姓をルグラン氏という)
1840年というのは、どこから出てくるのか。あとで“18−”という表記がでてきて、1800年代を暗示するところまではわかる。しかし、原文は、1840年と明確に述べているわけではない。
山縣の註釈を利用するのが、周作人が行なった漢訳の基本である。たとえば、ルグランの生まれをいうところだ。
He was of an ancient Huguenot family(此人はユーグノー宗派の一旧家に生れ)
為法国黒哥諾宗派(法国新教派、十六世紀中葉、大受政府之迫害、遂多寄居外国)之一旧家子(フランスのユグノー派(フランスの新教派で、16世紀中葉に政府の迫害をおおいに受け、多くは外国へ移住した)の一旧家の子であった)
漢訳の「ユグノー派」についての説明は、山縣の註釈に「2.仏国新教派の信者、第十六世紀の中頃大に仏国朝廷より迫害を受け、本国に住居する能はずして諸外国へ移住せり」とあるのをそのまま挿入した。本稿では、Legrand を山縣の書く「レグランド」とせず、ルグランを採用するのは、彼がユグノー派の出だとしているからだ。
周作人が独自につけくわえた註釈もある。
たとえば、物語の舞台である、南カロライナ州チャールストンの近くにある、サリヴァン島を説明するところだ。
he left New Orleans, the city of his forefathers, and took up his residence at Sullivan's Island, near Charleston, South Carolina.(先祖の時代より住み慣れしニユー、オルレアンスを去りて、南カロリナ州チヤーレストン府に近きサリヴアン島に閑居を卜したり)
乃去其居之紐堊林城(在墨西哥湾左近)、而卜居於大西洋海濱之蘇利樊島。(ニューオーリンズ(メキシコ湾の西)を去って、大西洋海岸のサリヴァン島に住んだ)
「メキシコ湾の西」とか「大西洋海岸」は、英文原作にも山縣の註釈にも出てはこない。周作人の工夫だとわかる。
◎4-4 発端――黄金虫
ルグランは、高等教育を受けていたが、人嫌いだった。珍しい貝殻昆虫などを採集し、彼には老黒人ジュピターが仕えている。
10月のある寒い日、「語り手」は、ルグランの家を訪問したが、二人とも留守にしている。暖炉で暖まっていると採取からもどってきた。新種類の貝殻と甲虫を発見したと喜んでいる。
He had found an unknown bivalve, forming a new genus, and, more than this, he had hunted down and secured, with Jupiter's assistance, a ▲斜体scarab〓ae}us▲ which he believed to be totally new,(人の未だ知らざる新種類の貝殻を発見したるが上に、一つの玉虫を狩り出し、ジユピタルの助けを得て捕へたるが、その玉虫は全く新らしきものなりと信ずといひ)
蓋彼於今日新発見一種不経見之貝殻、在二子殻属(有二殻之貝類、如蜆蛤等)中、可定其為一新種類。又発見一奇形之甲虫、藉迦別之助而捕得者、彼自信此玉虫(甲虫之別種)全属新種(さて彼は、今日、見たことのない貝殻、二子殻(蜆蛤のようにふたつの殻をもつ貝類)に属しているものを新発見したが、それは新種類だといえる。さらに奇形の甲虫をジュピターの助けをかりて捕らえた。この玉虫(甲虫の別種)はまったく新種であると彼は信じている)
bivalve を漢訳して「二子殻属(有二殻之貝類、如蜆蛤等)」としたのは、山縣の註釈に「72.二子殻(蜆蛤等の如く二つの殻を有したる貝類)」とあるからだ。それをそのまま漢訳に取り込んだ。
小説の題名にもなっている黄金虫の登場である。実物は、手元にはない。それを説明して、ルグランとジュピターの語りが続く。
ルグランが触角 ▲斜体antenn〓ae}▲と言ったとき、ジュピターが口をはさむ。
“Dey aint ▲斜体no▲ tin in him, Massa Will, I keep a tellin on you,”here interrupted Jupiter;“de bug is a goole bug, solid, ebery bit of him, inside and all, sep him wing−neber feel half so hebby a bug in my life.”
ナマリがきつい。山縣は、これを書きなおして以下のようにする。
“They is not nothing in it, Master Will, I keep on telling you, the bug is a gold bug, every bit ot it, inside and all, except his wing-never feel half so heavy a bug in my life.”(『旦那、さつきから言つてるんだ、ありや虫ぢや無いんでがすよ、ありやまるで金で出来てるんで、羽の他は純金の玉虫でがすよ。あんな重い玉虫は今迄見たことがねいんでがす』)
no tin を nothing の訛だと考えた。だから訳文が「ありや虫ぢや無いんでがすよ」となる。しかし、虫ではない玉虫とはどういう意味か。理解できない。参考までに、別人の日本語訳も示しておこう。
「錫なんかちっとも付いているんじゃありましねえとわしは言っているじゃありませんか」とジュピタアが口を出した。「そりゃ本当の黄金の虫でがす。中も外も、すっかり無垢で、羽根だけは別だがね。あんな重たい虫をわしは持ったことがねえ」*10
「錫(ルビ:ティン)なんてあいつにゃちっとも入っていねえんでがす、ウィル旦那。わっしは前から言ってるんでがすが」と、このときジュピターが口を出した。「あの虫はどこからどこまで、羽根だきゃあ別だが、外も中もすっかり、ほんとの黄金虫でさ。――生れてからあんな重てえ虫は持ったことがねえ」*11
佐々木直次郎が、注で「ルグランが antenn〓ae}(触角)と言いかけたのを、ジュピターは tin(錫)のことと思い違いをしたのであろう」(188頁)と書いているのが、いちばん納得のいく解釈だ。
虫とも思えないくらい、持ち重りのする、ルグランが新種だと興奮するくらいの黄金虫なのだ。
麦撒威而(麦撒即密司脱之訛、威而為威廉之親密称呼、如多馬氏之称湯姆。愛理査白士之称白士也)此虫空中無物、然甚重。除羽之外、殆皆為純金所成、純金之玉虫!予平生未見玉虫有如是之重者(ウィル旦那(マッサはミスタママのなまり。ウィルはウイリアムの親密な呼称である。たとえばトマスをトム、エリザベスをベスというように)あの虫は、中はカラでなにもないんですよ。だが、とても重い。羽根のほかは、ほとんど全部が純金でできていて、純金の黄金虫ですよ!黄金虫であんなに重いものをいままで見たことがない)
Massa Will を解説した箇所は、山縣の註釈46をそのまま利用する。ただし、せっかく正しく Master Will と解説しているにもかかわらず、周作人は、密司脱 Mister と勘違いした。英語原文のなまりは、漢語には反映できていない。
ついでに書いておくと、周作人は、本書において新しい工夫をする。会話部分は、全体を1字下げて組版して地の文章と区別しているのだ。
さて、肝心の「錫」である。周作人は、山縣が誤解して示した They is not nothing in it を漢訳したから「あの虫は、中はカラでなにもないんですよ」となった。そうなったのは、しかたがない。もともとの解釈が間違っているのだから*12。だが、山縣自身は、そう日本語に翻訳すると、あとで出てくる「あんな重い玉虫」と矛盾することに気づいている。だからこそ「ありや虫ぢや無いんでがすよ」とワザとぼやかして訳したのだ。
周作人は、山縣の示した原文通りに漢訳したから、「中はカラでなにもない」にもかかわらず「あんなに重い」という矛盾をそのままに放り出してしまうことになった。言語感覚を疑うし、工夫が足らないといわざるをえない。ただ、周作人は、当時二十一歳の学生だから、大目に見るか。
では、ジュピターが「あんな重い玉虫は今迄見たことがねいんでがす」と言ったのにつづくルグランの言葉はどうか。
“Well, suppose it is, Jup,”replied Legrand, somewhat more earnestly, it seemed to me, than the case demanded,“is that any reason for your letting the birds burn? The colour?”(『コラコラ、それにした所が、鳥を黒焼にしてかまはないでは困るぢやないか』とレグランドは答へしが、其様子は不相応に熱心と見受けられたり、彼は振り返りて余に向ひ、『色はいかにも……)
黄金虫が重いという点について、ジュピターの言葉はその通りだ、とルグランは同意する、という意味だ。そのことと、今彼が料理している鳥を焦がすことはないだろう。俗にいう冗談口だ。
漢訳は、この部分をずいぶんと省略する。
莱曰。/然然。予意亦如是。――其色誠可異。……ママ(ルグランがいう。「そうなんだ。私の考えもそうなんだ。――その色は全く異なっている。……」)
黒焦げになりそうな鳥は、「――」のなかに溶け込んで、いなくなってしまった。
以上、黄金虫について長々と見て来た。作品名になっているくらいだから、なにか重要な意味が込められていると読者は、思う。そう思っても、間違いではない。しかし、この場面での黄金虫は、実は、ルグランが羊皮紙を取りだすためのきっかけの役割を与えられているにすぎない。しかし、そのことがわかるのは、小説全体を読んでからだから、ポーの創作力がすぐれていることになるのだろう。
ルグランは、黄金虫を絵に描いて見せようと紙をさがすが、まわりにない。上着のポケットから紙を取りだし、その上に描いて手渡す。そこに大きなニュー・ファウンドランド犬(a large Newfoundland 紐枋蘭種大犬)がじゃれついてくる。犬とひと遊びしたあと、絵を見れば、黄金虫ではなく髑髏が描かれている。そう言うと、ルグランは、絵の腕をくさされたように思ったらしく、自尊心を傷つけられて大いに気分を害した。
黄金虫を描いたつもりが、髑髏にしか見えない。その前に、暖炉のそばで犬とじゃれあったなど、読者には、単なる情況説明にしか読めない。ところが、これらのすべてが意味をもった行為なのだ。ここらあたり、周作人の漢訳は、ほとんど逐語訳といっていいくらいだ。
絵を手渡すと、ルグランの態度は一変する。絵をくわしく調べはじめた。夜がふけるにつれて深く思いに沈みこむ。宿泊するつもりだった「語り手」は、相手にされないのでは帰宅するほかなかった。
ルグランがポケットから取りだしたのは、紙ではなくて羊皮紙だった。それが、暖炉の熱で暖められ、かくされた髑髏の絵が浮かび上がったというわけ。「語り手」が見ていたのは、ルグランが描いた黄金虫ではなく、浮きでてきた髑髏だから、話が食い違うのも無理はない。
見慣れぬ髑髏を調べるつもりになっていたルグランは、考え事で気もそぞろ、とても話し相手にならないというわけなのだ。
◎4-5 展開1――ルグランと黄金虫、謎の出現
それから1ヵ月が経過した。ジュピターがひとり、チャールストンに住む「語り手」を訪ねて来た。主人の様子が変だ、眠らない、考え事に熱中しているという。
And den he keep a syphon all de time――”/“Keeps a what, Jupiter?”/“Keeps a syphon wid de figgers on de slate(それからいつでも字書いて勘定して……』/『何してるつて?』/『石版の上へ字書いて勘定してるんでがす、今迄見た事もねい変テコな字を書いてでさあ)
彼方勘定一文字。終日……/予曰。/何物?彼勘定何物。/迦別曰。/彼於石板上勘定若干之暗号字書。(文字を勘定して、一日中……/なんだって。彼は何を勘定しているんだ/石板のうえでいくつかの暗号字を勘定して書いてます)
問題は、syphon という単語だ。山縣は、註釈で「213.a syphon. cipher 暗号文字,又は数字」と書いている。だが、日本語訳では「暗号文字」を使っていない。「字書いて勘定してる」と意訳する。これには、理由がある。この小説そのものが、暗号文字を主題にしているが、そのことをジュピターは、知らない。だからこそ cipher ではなくて a syphon とわざわざ勘違いさせなまらせているのだ。この段階では、読者に暗号文だと知られたくないからこその仕掛けである。だから、山縣も「暗号文」を使わないように注意している。原文を理解したうえでの処理だ。
周作人は、山縣の註釈をそのまま利用して漢訳した。原文のこまかい仕掛けがわからなかったことの証拠だ。
周作人が意図的に書き換えている部分もある。上のつづきで、ジュピターが主人を心配していう言葉だ。
I had a big stick ready cut for to gib him deuced good beating when he did come−but Ise sich a fool dat I hadn't de heart arter all−he look so berry poorly.(私は帰つて来たら、ひどくぶん擲つてやらうとでけい棒作らへて待つてたのでがすが、私はよつぽどの馬鹿でがすよ、たうとう打つ気が出ねいんで、どうも情ねい風してるんでがす)
本思於其帰時詰問之、〓辺台}後彼返、見其顔色異常、不覚令予憂(帰ってきたときには問い詰めようと思ってはいたんだが、もどってきて、その顔色の異常なのを見ると思わず心配になった)
使用人が主人を棍棒でなぐるなどとは、冗談にしても、周作人には容認できなかったものだと思われる。あるいは、中国では読者に受け入れられないという判断があったのかもしれない。これ以後、棍棒で主人をなぐるという表現は、原作には出てきても、漢訳では、すべて削除する。
ルグランは、黄金虫を捕獲した日から、様子が変になったとジュピターは心配するのだ。
原文では、黄金虫を指して、表現を変えているからそれを見ておきたい。ジュピターのセリフだ。
De bug−I'm berry sartain dat Massa Will bin bit somewhere about de head by dat goole-bug.(玉虫でさ、内の旦那はあの金の玉虫に何処か頭を噛まれたに違ひありましねい)
玉虫!麦撒威而已為所噛。(玉虫だよ!ウィル旦那はそいつに噛まれたんだ)
山縣は、bug を「玉虫」とし、gold-bug を「金の玉虫」と翻訳した。もうひとつ beetle が出てくるが、これも同じく「玉虫」に置き換えた。周作人も、ほぼそれにならう。ほぼ、と書いたのは、gold-bug を「金之甲虫」と漢訳する箇所もあるからだ。
黄金虫に噛まれたから主人は、気が変になってしまった。ジュピターは、そう信じている。黄金虫をつかまえたとき、そこにあった紙くずで包んだ。この紙くずこそが問題の羊皮紙なのだが、まことにさりげなく、拾った様子をジュピターに説明させている。あくまでも、黄金虫に読者の注意を引きつけておき、肝心の羊皮紙については、必要最小限の情報しか与えようとしない。ポーの誤誘導の技術である。
チャールストンは、ルグランの手紙をあずかって来た。その内容は、重大事件だからぜひともお目にかかりたいというものだ。周作人の漢訳も、原文とおりになっている。ただし、原文には書かれていない宛名が、漢訳には、ある。周作人が、つけくわえたのだ。
「安介愛兄」と書く。原文は、“My Dear”だ。すぐつづいて「愛兄」がもういちど出てくる。原文では you に相当する。周作人は、どこから「安介」を引っ張ってきたのだろうか。
思いつくのは、「例言」と本文冒頭に明記してある著者の名前・安介坡だ。安介がエドガーで、坡がポーならば、愛はなにか。
のちに、周作人は、同じくポーの作品“Silence--A Fable”1837を、独応名で漢訳したことがある(「寂漠」『河南』8期 光緒34.11.12(1908.12.5))。その時、ポーの名前を「(美)安介・愛稜・坡」と音訳した。愛を愛稜の省略形だと考えて、アランとするのはどうか。あまりに省略がすぎるような気がする。却下。
別の箇所で、「語り手」がルグランに呼びかけて「愛友」という。原文は、My dear Legrand だ。周作人は、dear を愛と漢訳していることがわかる。となれば、上の「安介愛兄」は、「親愛なるエドガー氏」という意味だ。
つまり、小説のなかの手紙は、エドガーにあてて書かれたことになる。
以上から理解することができるのは、周作人は、小説の「語り手」は、著者であるポーにほかならないと考えていた。原作では、名前なしの I で押し通しているが、漢訳では「予」だけでは、不安だったのかもしれない。周作人にとっては、原作にはありもしないエドガーを置く事によって物語としての座りがよくなるらしい。だが、そこには大きな誤解があった。
黄金虫と本当の黄金の関係について、作者は、伏線をはっている。
そのひとつは、ルグランの次の言葉だ。必要な部分だけを抜き出す。
Do you know that Jupiter is quite right about it? …… In supposing it to be a bug of ▲斜体real gold.▲(あれについてはジユピタルが全く尤もであつた。……純金の玉虫だといふ事がさ)
且汝亦知迦別所料之事為不謬乎。……伊謂此乃一純金之玉虫。今果然。(ほら、ジュピターが予想したことは誤りではなかったんだよ。……やつは純金の玉虫だといったんだが、はたしてその通りなんだ)
虫は虫だろう。どうして純金の甲虫ということがあろうか。ジュピターなら、そういう訳のわからないことを言ったとしてもおかしくはない。だが、教養あるルグランまでが、純金の甲虫などと口にするにおよんで、「語り手」は、てっきりルグランの精神状態がおかしくなったと考えた。まことにありそうなことだ。だからこそ、ここが後の宝掘りの伏線になる。周作人も物語のツボをはずすことなく漢訳している。
病気でもなさそうなルグランに請われて「語り手」とジュピターの三人に犬も連れて、黄金虫に関係する探険をしに本陸の小山に行くことになった。いよいよ、冒険のはじまりである。
◎4-6 展開2――宝掘り、謎の追求
周作人は、日本語は理解しないと書いている。しかし、山縣の日本語翻訳をまったく参照しなかったわけではない。日本語の文章は別にしても、漢字部分は読んでわかるから、自らの訳文にも大いに利用している。
例をあげておく。
原文 日訳 漢訳
negro 黒奴 黒奴、黒人
72.bivalve 二子殻 二子殻
74.▲斜体scarab〓ae}us▲甲虫(本文:玉虫) 甲虫
bug 玉虫 玉虫
92.▲斜体antenn〓ae}▲ 触角 触角
a goole bug 純金の玉虫 純金之玉虫
125.a skull 髑髏 髑髏
403.dark lanterns 遮眼灯(ルビ:がんどう) 遮眼灯
443.tulip-tree 欝金香樹 鬱金香樹
beetle 玉虫 玉虫
nigger 黒奴 黒奴(ジュピターが自分のことをこう言う)
607.tape-measure 紐尺(ひもものさし) 紐尺
a bug of real gold 純金の玉虫 純金玉虫
lanterns 提灯 提灯
762.mineralising process化石作用 化石作用
765-766.wrought iron 鍜鉄 鍜鉄
sliding bolts 繋金(ルビ:かきがね) 繋金
1037.Zaffre 不純酸化コバルト 不純酸化苛敗而脱
1037.aqua regia 即ち訳して王水といふ。硝酸と塩酸の混合液,以て黄金を溶解すべし
王水(硝酸与塩酸之混合液、其力甚猛、能化黄金)
1067.Captain Kidd 甲比丹(ルビ:カピテン)キツド 甲比丹渇特
east side, branch, seventh limb,
東側、主幹、第七の枝 東側、主幹、第七枝
本陸の小山に生える巨大なゆりの木(訳文の欝金香樹のこと)の下までたどりついた。ルグランの命令で黄金虫を持たされたジュピターは、それに登る。
ゆりの木のうえで、ジュピターがルグランの指示通りに動く様子が、こまごまと描写される。必要かと言えば、必要なのだ。「語り手」から見れば、これは、狂気の症状を表現しているとしか見えない。作業の途中で帰宅を勧めてもいる。しかし、ルグランは、耳をかそうとはしない。理由があるのだ。
七つめの枝のさきに釘付けになった髑髏、左眼からつりさげられた夕日に輝く黄金虫、物差しによって計られた場所、地面を掘り起こせというルグランの命令。あきらかに、ルグランは、南方に伝わる黄金埋蔵伝説にとりつかれているのである。そのキメテが黄金虫の発見だった。しかし、いくら掘っても何も出てこない。失敗だ。
三人とも帰途につきかけた。だが、ルグランは、あきらめない。ジュピターを問い詰めると、左眼と言いながら自分の右眼を指さす。左右を取り違えていた。
再度、木登りから前と同じことをくりかえし、得られた場所は、前回のところよりも数ヤード離れていた。
どうしてルグランは、そのように熱中するのか、読者は、疑問に感じる。だが、同時に、熱中の度合いが並外れていることにも好奇心をそそられるのである。「語り手」も、心変わりをして、熱心な掘り手になるのだった。その結果、埋蔵された財宝の発掘に成功するのだ。
まず、犬が人間二体の遺骨を掘り出した。スペイン製の小刀が出てくる。読みとばしてしまう箇所だ。
埋蔵された長方形の木箱には、黄金宝玉がつまっていた。二往復してすべての財宝を運びだす。
周作人の漢訳は、原文に忠実な翻訳である。加筆も省略もほとんどない。ただし、重要な箇所を誤訳している。
leaving the holes unfilled,(坑は埋めもせず)
次復将坑填満。(つづいて穴をふたたび埋めておき)
穴を埋めるか埋めないかは、大した問題ではなさそうに思われるかもしれない。だが、骸骨二体が穴にあったことと密接な関係があるのだ(後述)。
金貨、宝石、金時計、金の装飾品すべての概算は、約150万ドルである。周作人は、注を書いて「中国の300万両」とする。それでも低く見積もりすぎていたほどだった。
一段落ついたところで、ルグランにより謎解きがはじまる。
◎4-7 結末――暗号文、謎の解明
絵画には自信のあるルグランが描いた黄金虫は、「語り手」には髑髏にしか見えなかった。そのからくりは、あぶりだしなのだ。羊皮紙が熱せられことによって、隠されていた絵柄――髑髏がでてきた。
ルグランは、その事実に気づいて子細に羊皮紙を研究した。
羊皮紙を見つけたのは、黄金虫を捕獲しようとした時だった。場所は、難破船の残骸が近くにあるところだ。つまり、髑髏の図は、海賊キッドと関係していることをいうのである。
羊皮紙に熱を加えると子山羊 kid の図――すなわち海賊キッド Kidd を意味するものが出現した。
さらに火に近づけると数字と記号の羅列したものが浮き上がっている。暗号文だ。
「語り手」は、数字と記号を見ても、皆目わからない。ルグランは、簡単に解読したという。
I have solved others of an abstruseness ten thousand times greater.(僕は之より千倍も難しいのを解いたことがある)
如有艱難十倍於此者、予亦能解之。(これより10倍も難しいものでも、私は解くことができる)
大きな間違いではないが、周作人は ten thousand times を見誤ったようだ。
ルグランが暗号解読に至った手順は、きわめて明快である。
まず、使用言語が特定される。海賊キッドの文書だから、英語と考える。スペイン語、フランス語を想定する必要はない。分かち書きされていないから、一番多い字と一番少ない字を決める。一覧して得られるのは、数字の8が33例ある。
Now, in English, the letter which most frequently occurs is ▲斜体e▲. Afterwards, the succession runs thus: ▲斜体a o i d h n r s t u y c f g l m w b k p q x z. E▲ predominates so remarkably that an individual sentence of any length is rarely seen, in which it is not the prevailing character. (さて英語の中で一番沢山出て来る字は e である。これに次いで数の多い順序は……で、e は殊に多く、如何な長さの句でも、それが一番沢山ある字でない事は稀にない程である)
英文中當用之字母惟 e 字為最多。其餘用之多寡、大率如下列。如……是也。二十六文字中、最要者為 e 。無論若何長短之句中、無一 e 字者、殆甚希有。(英語のなかで用いる字母は e だけが一番多い。そのほかで用いる多寡は、おおよそ以下の通りだ。……26文字の中で、もっとも重要なのは e である。どれだけの長さの句のなかでも、e が一字もないというものは、ほとんどまれである)
周作人の漢訳は、ほとんど逐語訳だといってもいいくらいだ。正確でもある。
e が使われるのが一番多い、というポーによるこの指摘は、コナン・ドイル作157「踊る人形 The Adventure of the Dancing Men」(1903)のなかでも利用されている。あまりに有名なことだから、わざわざいうほどのことでもない。
8を e と仮定し、英語で一番普通の言葉が the であるから、この3文字のつながりを暗号文にさがす。
という具合に、論理的に推理が行なわれ、結局のところ暗号文は完全に解読された。
漢訳の組版には、苦労をしている。漢語では、当時使用する記号はせいぜいが「、」「。」くらいのものだ。そこに英語と記号を組み込まなくてはならないから、困難の度合いが増す。†(d)‡(o)には、わざわざ木版で造字してもいる。印刷工もなかなかに優秀な人を張り付けていることがわかるほどに、誤植は多くない。ただ、1ヵ所、数字6がアルファベットの i に相当するという部分で、i を植字するのを忘れている(69頁)。暗号文では、4文字の脱落と2ヵ所の誤植(天地逆)があるだけだ(70頁)。
周作人が、わずかな誤訳をしていることを指摘しておく。ジュピターが左眼と右眼を取り違えて黄金虫を落下させたという箇所だ。
you missed the spot, in the first attempt at digging through Jupiter's stupidity in letting the bug fall through the right instead of through the left eye of the skull.(初めに掘つた時に、君が場所を間違へたのは、ジユピタルが愚鈍で髑髏の左の眼から落すべき所を右の眼から玉虫を落したからだと思ふが)
當予等初掘土時、予幾疑君謬妄而不知誤定地点、由於迦別之愚蠢、弾丸之落、誤左眼為右眼所致也。(私たちがはじめに土を掘った時、君がでたらめで知らずに場所を間違えたのは、ジュピターが愚鈍で、弾丸を左眼から落すところを右眼に間違ったからだと思うが)
なぜだか、原文の the bug を「弾丸」に間違えた。暗号文では、「弾丸」を落すように書いてあるのに引かれたためか。しかし、実際に落したのは、黄金虫だったのだから、誤りようがないはずだ。
そのすぐあとに「語り手」が、ルグランに質問する。歩きながら黄金虫をふりまわしたりして変な行動をなぜとったのか。髑髏から、なぜ弾丸のかわりに黄金虫を落せと言い張ったのか。ルグランの回答は、からかってみただけだという。私は本当に理解できないのだが、この部分を、周作人は、なぜだか完全に省略してしまった。
だから、先の「弾丸」が間違いであることを本文で正すことができなくなったのである。
しめくくりは、正体不明の骸骨二体である。
ルグランの推測は、こうだ。キッドが宝を埋めた時、手伝う者がいた。秘密を守るために、手伝いの2名を殺してしまった。
Perhaps a couple of blows with a mattock were sufficient, while his coadjutors were busy in the pit; perhaps it required a dozen --who shall tell?(多分手伝の者が坑の中で仕事をして居る中に鶴嘴を以て二つも打撃を加へたので充分であつたか、又十も必要であつたかそれは誰にも分らない)
爾時渇特乗其在穴中作事時、以鶴嘴鋤(俗名両頭耜)撃殺之、未可知也。顧安得起死者而問之(そのときキッドは穴のなかで作業をしているのに乗じて、鶴嘴で彼らを殺したのかもしれない。ただ、死者を甦らせて聞くことができるわけでもない)
考えるだけでも恐ろしい推測だ。物語は、断ち切ったかのように、突然、ここで終了する。
原作が、この恐怖で終わっているのだから、それだけで充分ではないか。ところが、周作人は、余分な文章をつけくわえた。
「坡君!以為如何(ポー君。どう思うかね)」
これは、何であろうか。ルグランの「語り手」あて手紙の箇所でも余分な書き加えをしていた。「安介愛兄(親愛なるエドガー氏)」だった。
やはり、周作人にとって「語り手」は、エドガー・アラン・ポーでなければならなかった。
まことに余計な加筆である。余計というよりも、周作人が、小説というものを理解していない証拠となる。小説は、著者が語るものだ。ゆえに、「語り手」は、著者であるポーでなければならない。そう周作人は、考えた。現実と作品が緊密に結びついていると信じて疑わない。
この種の発想には、小説がすべての束縛から自由である、という基本的な理解が周作人にはないことを意味する。それだけ、小説の読みの可能性を否定してしまうのである。
●5 終わりに――周作人の失敗、出版の建て前と本音
原作で不思議なのは、「語り手」の存在である。だからこそ、巧妙だといってもいい。
彼は、チャールストンに一人で住んでいる。名前がない(周作人は、安介・坡エドガー・ポーと勝手に考えた)。経歴の一切は、不明である。説明がないのだ。どのような性格の人間かも、まったくわからない。
注意しなければならないのは、「語り手」の視点でのみ物語が進行していることだ。「語り手」の話を検証あるいは批判できる人間はいない。どこまでが本当で、どこまでが作り話なのかわからない。
ルグランは、「語り手」の意見と助力を必要として宝掘りの仲間に加わえた。私が思うに、原作の多様な可能性を保証する重要な箇所だ。「語り手」がルグランの仲間にならなければ、暗号文解読から宝掘りの実情を説明して書き残すことはできない。
三人称で書き、登場人物は、ルグランとジュピターのふたりだけでも作品を構成することはできるだろう。しかし、そうなれば、暗号文を解読することによりキッドの埋蔵金を手に入れました、めでたしメデタシ、で終わってしまう。これでは、単なる宝探し物語にしかならない。
「語り手」を加えることにより、物語の最後が、どうなったのか不明になる。つまり、謎の出現なのだ。ことに、骸骨二体について語ったところで、突然、断ち切るように終了するところが、印象的である。だからこそ謎になる。
ルグラン、ジュピターと「語り手」の三人で財宝を山分けしたのだろうか。その後、三人ともに安楽に暮らしたか。その可能性はある。
だが、もうひとつの可能性が残されている。
「語り手」は、事の顛末をこの文章に書いているから生き残ったとわかる。だが、あのルグランとジュピターのその後については、何も書かれてはいない。埋蔵品を掘り出す途中で二体の骸骨が出てきたと同じように、土の中に横たわっていることも考えられるのではないか。だから、財宝を掘り起こしたあと、ポーの原作では、穴は埋めもどさずにそのままにしてあった。「語り手」がルグランとジュピターを殺害したとしたならば、口をあけたままの穴は、まことに好都合である。ポーの原作は、その可能性を否定しない。ところが、その穴を埋めもどした、とわざわざ原作とは違って漢訳した周作人は、原作が持っている複数の読みの可能性を否定することになるのだ。
「語り手」をポーと決めつけたこと、穴を埋めなおしたこと、この2点において、周作人は、小説の読みの多様な可能性を奪ったといっても過言ではない。
最後に、漢訳者の周作人の意識と、出版社側の意識のずれについて、指摘しておきたい。出版の建て前と本音といってもいい。
訳者の周作人と編集者の丁初我は、「緒言」「附識」「附叙」で苦労、努力、勤勉、知識、細心、忍耐などを強調する。巨万の富を得るのは、簡単ではないといいたいのだ。いわば、小説の功利的側面を前面に押し出す。原作にはそぐわない扱いだと考える。
それが書籍を出版する時の建て前であると考えるのは、該書の出版広告では、違った側面を強調しているからだ。
『女子世界』第2年第1期(第13期)刊年不記[1905]
奇趣!小説玉虫縁 小説林発行
法国赤貧之夫因縁一玉虫一月獲百五十万金之鉅富其中如山羊図之変幻髑髏之怪誕暗号文之離奇巧妙非有精心耐力不足探索其一二尋常一記事之文而含有種種偵探小説之意味碧羅女士従英文〓辷多}訳初我為之潤辞文筆簡峭奇絶妙絶 ▲定価三角(フランスの極貧の男が、一匹の黄金虫によって一ヵ月で百五十万金の巨額の富を獲得する。そこには、山羊の絵の変幻、髑髏の怪奇、暗号文の奇妙巧妙なことなど、入念に忍耐強くなければそのなかの一二も探索することはできない。普通の文章が、種々の探偵小説の意味を含んでいる。碧羅女士が英語より翻訳し、初我が文をととのえた。文体は、簡潔厳格すばらしく絶妙である)
広告文で強調されるのは、一攫千金の方なのだ。文章の冒頭に百五十万金がでてくるくらいだ。変幻、怪奇、奇妙巧妙なことで読者の注目を集めるように工夫されている。申し訳程度に、入念に忍耐強くとあるだけで、結局のところ、探偵小説に重点をおいて広告していることが理解できよう。
【注】
1)周遐寿(作人)『魯迅的故家』(人民文学出版社1957重版の影印本)所収「魯迅在東京」の三十四補遺二。210頁。周作人「学校生活的一葉」(『雨天的書』香港・実用書局1967.11影印。據1933北新書局本)では、この8冊のアメリカ版ユゴー選集は、16元をつごうして自分で購入したことになっている(50頁)。
2)樽本照雄「漢訳ドイル「荒磯」物語――山縣五十雄、周作人、劉延陵らの訳業」『大阪経大論集』第52巻第2号(通巻262号)2001.7.15
3)周作人『知堂回想録』上冊 香港・聽涛出版社1970.7。140頁
4)周作人「学校生活的一葉」『雨天的書』香港・実用書局1967.11影印。據1933北新書局本。49頁
5)時萌「《女子世界》」常熟市図書館編『虞山文化紀事』太原・山西古籍出版社2001.1。196頁
6)魯迅博物館蔵『周作人日記(影印本)』鄭州・大衆出版社1996.12。404-412頁
「周作人日記(1905)」北京魯迅博物館魯迅研究室編『魯迅研究資料』(13)天津人民出版社1984.7。131-132頁
7)張菊香主編『周作人年譜』(天津・南開大学出版社1985.9。42頁)は、「得丁初我回信,答允因《侠女奴》刊《女子世界》贈刊一年」とする。
8)周作人『亦報』1951.3.3付。初出未見。『中国近代文学大系』第11集第27巻翻訳文学集2(施蟄存主編)上海書店1991.4。668頁
9)また、(美)愛倫浦著、常覚、覚迷、天虚我生(陳蝶仙)訳『(偵探小説)杜賓偵探案』(上海・中華書局1918.1/1928.9六版)に収録された作品、母女惨斃、黒少年、法官情簡、髑髏虫のうち最後の髑髏虫が「黄金虫」というが未見。
10)谷崎精二訳『エドガア・アラン・ポオ全集』第1巻 春秋社1969.10.20/1974.7.30第五刷。8頁
11)佐々木直次郎訳『黒猫・黄金虫』新潮文庫1951.8.15/2000.8.20九十六刷。131頁
12)別の箇所に、よくにた表現が出てくる。“taint noffin but a skull”について山縣は注で「563.It is nothing but a skull,髑髏の他何でもない」と解釈してみせる。noffin が nothing ならば、no tin は nothing になりようがない。山縣は、勘違いしたのだろうか。