◆20020501漢訳ホームズ『緋色の習作』


 『大阪経大論集』第53巻第1号((通巻267号)2002.5.15)に掲載。


●1 漢訳『緋色の習作』がいっぱい
 『緋色の研究』の日本語題名で知られる A Study in Scarlet は、コナン・ドイル Arthur Conan Doyle が書いた最初のシャーロック・ホームズ物語としても有名である。
 ドイルは、エディンバラ大学医学部を卒業した後、開業医をつとめながら創作をつづけていた。1886年に執筆した長篇「緋色の習作」の原稿をいくつかの出版社に送ったが、いずれも返却されてきた。ようやく雑誌『ビートンのクリスマス年刊 Beeton's Christmas Annual』に掲載された1887年までのあいだに、ドイルは、31本の短篇小説をすでにいろいろな雑誌に発表している。
 「緋色の習作」の原稿は、25ポンドという安さで版権が買い取られた。なぜ安いかといえば、のちに『ストランド・マガジン』にホームズ物語を連載したとき、1作平均30ポンドの原稿料だったからだ*1。しかも、発表後もほとんど反響はなかったという。
 清末において、『緋色の習作』の漢訳は、複数が刊行されている。阿英目録によって下に示す(*印は未見。所蔵をご教示いただけるとありがたい。[ ]内の数字は、阿英目録のページ数)。

1 恩讐血 柯南道爾著。陳彦訳。光緒甲辰(一九〇四)小説林社刊[阿英136]
2 *大復讐 英柯南道爾著。奚若黄人合訳。光緒甲辰(一九〇四)小説林社刊[阿英112]
3 *福爾摩斯偵探第一案 英柯南道爾著。佚名訳。光緒丙午(一九〇六)小説林社刊[阿英159]
4 歇洛克奇案開場 英柯南道爾著。林〓魏易同訳。光緒三十四年(一九〇八)商務印書館刊[阿英156]

 (民国以後現在まで20種類をこえる漢訳が出版されており、人気の高さがわかる。ここではいちいち挙げない。樽本照雄編「コナン・ドイル漢訳小説目録」『清末小説』第24号2001.12.1を参照されたい)
 郭延礼は、同じ作品が違う漢訳題名を用いて翻訳されている例のひとつとして上の4種類をあげた*2。
 彼は、近代翻訳研究のむつかしさのなかに同書異名があることを指摘する。「後記」では、おなじく以上のうちの『大復讐』『恩讐血』『歇洛克奇案開場』を特に取り上げて言及している。下に引用するが、日本語に翻訳するまでもなかろう。

 再如,柯南・道爾的一部偵探小説,奚若訳為《大復讐》(1904),陳彦訳為《血書ママ》(恩讐血の間違い。1904),林〓訳為《歇洛克奇案開場》(1908),其実這三種不同訳名的小説均是訳自 A Study in Scarlet,今通訳為《血字的研究》。但当時的訳者又不標出書名原文,査起来就頗傷脳筋。而這種情況在近代翻訳作品中並非是個別的。諸如此類的問題〓手高}得我疲憊不堪。写完這本小書,我総算松了一口気。*3

 郭延礼がここであげる漢訳『緋色の習作』(現在の漢訳名『血字的研究』)は、どういうわけか1種類少ない3種類だ。原作の題名を明示せず、そのうえ題名が異なるために、郭延礼は、頭を悩ませたという。複雑ではあるが、翻訳には、往々にしてよくある現象である。郭延礼は、原物を手にとっていたからこそ、同書異名であることがわかった。
 「ママ」とした漢訳の『血書』は、原作はおなじく『緋色の習作』であるが、周痩鵑の手になる漢訳だ(『福爾摩斯偵探案全集』第1冊 上海・中華書局1916.5)。郭延礼は、勘違いしたらしい。
 せっかく原物を目にしながら、それぞれの漢訳の質について、郭延礼は言及しない。さらに惜しいことに、それぞれの刊行関係を説明しない。知りたいところである。
 つまり、上の一覧を見て、疑問が生じるのは当然だからだ。発行がどうして小説林社に集中しているのか。同じ『緋色の習作』を訳者を変えて、なぜ、複数漢訳する必要があるのだろうか。奇妙である。
 『福爾摩斯偵探第一案』について、『小説林』第9期「小説林書目」には、奚若・金一、丙午七月(1906)再版と記している。『恩讐血』あるいは『大復讐』が、再版のおりに改題したものが『福爾摩斯偵探第一案』ではないか、などと想像してみたりする。だが、書誌について、想像で発言するのは危険である。上の版本のなかで、私が見ているのは、1と4にすぎない(『大復讐』は、原作の前半部を漢訳したもの。1984年、天津に長期滞在したとき見たが、今、原文が手元にないため未見あつかいとする)。原物を手にしない限り、それぞれの関連は明らかにはできないだろう。私は、予想師ではない。問題があることだけを指摘するにとどめたい。
 『恩讐血』と『歇洛克奇案開場』では発行年が、違う。だが、同じ原作だから、ここでは比較対照しながら紹介したい。比較対照することによって、それぞれの漢訳の特徴がわかるのではないかと考えるからだ。

●2 『恩讐の血(恩讐血)』と『シャーロック最初の怪奇事件(歇洛克奇案開場)』
 032 A Study in Scarlet | Beeton's Christmas Annual 1887.12
 『恩讐血』は、上海・小説林社より甲辰(1904)七月に出版された。日本・翔鸞社印刷。角書は統一されていない。上巻は「探偵小説」、下巻は「偵探小説」、奥付は「探偵小説」とする。本文題字下に「福爾摩斯偵探案之一」、奥付に「小説林偵探小説之一」との表示がある。全93頁。
 作者であるコナン・ドイル(柯南道爾)の名前が、ない。震沢陳彦訳意、呉江金一潤辞と書かれているだけだ。
 原作は、ホームズとワトスンが最初に登場するという意味で、記念すべき作品である。しかし、中国では、翻訳発表の順序が違うから、読者にとってふたりは、おなじみだ。
 すなわち、中国最初の翻訳ホームズ物語は、「英包探勘盗密約案」(張坤徳訳『時務報』第6-9冊 光緒二十二年八月二十一日1896.9.27−九月二十一日10.27、The Naval Treaty 1893.10)だった。それから数えれば、すでに八年が経過している。その間、多くのホームズ物語が漢訳された。というような書誌的説明には、訳者も出版社も、まったく興味がないらしい。該書には、それらしい説明もなければ、ふたたびいうが原作者の名前すら記そうとはしない。
 『恩讐血』が採用したホームズとワトスンの漢訳名をかかげておく。福爾摩斯と滑震である。
 かたや、『歇洛克奇案開場』の角書は、「偵探小説」となっている。英国科南達利著 〓門虫}県林〓、仁和魏易同訳。上海・商務印書館。戊申年六月八日(1908.7.6)初版発行/中華民国四年十月十三日(1915.10.13)三版発行。表紙に、説部叢書二集第9編の表示がある。「丁未冬月愚弟陳煕績謹識」と記す「序」と林〓の「序」が冒頭に置かれる。全99頁。
 林訳のホームズとワトスンの漢訳名は、歇洛克福爾摩司と華生である。
 あの有名な林〓の漢訳だ。
 よくいわれる。林〓は、外国語を理解しなかった翻訳者である。
 なぜこのように称せられるかといえば、その言葉通り、林〓自身は、外国語を知らなかったからだ。ゆえに、外国語を理解する者が原書をその場で翻訳口述し、それを林〓が文言に書き取るというやり方を採用した。
 イギリス、アメリカ、フランス、ロシア、ギリシア、ドイツ、日本などなど、全部で184種の作品を漢訳している。そのうち単行本は137種にのぼるという*4。
 「外国語を理解しなかった翻訳者」と書くこと自体が、いかにも林訳は信用ならないという侮蔑の語感をむきだしにした表現である。
 あるいは、180種をうわまわる作品のうち、40、50種がよい作品で、残りはすべて「二三流の作品」にすぎない、時間を浪費したものだ、という評価さえある。外国語ができなかったから、作品の選択は口訳者にゆだねられたのが原因だともいわれる。
 誤訳削除も多い、と聞かされれば、その印象は最低に位置づけられる。と同時に、別の感想が浮かんでくるのも事実だ。そんな漢訳をよくも137種類も単行本にしたものだ、とかえって不思議に感じる。林訳批判が、必然的に到達する矛盾点である。
 版元である商務印書館の翻訳についての品質管理は問われなかったのか、としごく当たり前の疑問が出てくる。
 たしかに、『繍像小説』第4-10期(癸卯閏五月十五日1903.7.9-八月十五日10.5)に連載した後、単行本になった『華生包探案』は、翻訳の質は上等とはいいかねる。
 当時の編訳所所長は、学識が豊かなことで有名な張元済である(所長在任は、1903年6月15日から1918年9月まで)。
 『繍像小説』の創刊が、同年5月27日だ。時期的にいえば、張元済が編訳所所長に就任する前になる。張元済が『繍像小説』の編集にどれくらい関与していたのかは、わからない。『繍像小説』は、李伯元が請け負って編集していたという説明があるから、その分、張元済の責任は軽くなる。
 しかし、商務印書館の「説部叢書」あるいは「林訳小説叢書」は、張元済の直接の管轄下にある。林訳の価値を貶める研究者は、張元済には、作品を見る目がなかったといっていることとかわりがない。
 外国語を知らない翻訳者という表現からは、もうひとつ、あたかも林〓が、外国語を知らないことを隠して漢訳を発表したかのような印象を受ける(事実は、必ず共訳者の名前を明らかにしている)。林訳の負の側面しか見ない論者は、商務印書館の「説部叢書」とは別に、林〓の漢訳だけを集めた「林訳小説叢書」が出版された理由を説明できないのではないか。
 翻訳の多くが「二三流の作品」だった、と軽蔑をあらわにして解説する論文があることには、すでに触れた。どうやらドイルとハガードの作品が、それに該当するらしい。
 林訳が当時の読者に歓迎された事実をみれば、若者にあたえた影響は小さくはなかったことが明白である。ならば、五四時期に出現した作家たちは、それら「二三流の作品」で育ったということになりかねない。暗澹たる気分におそわれる。林〓の漢訳を批判することが、林訳を好んで読んだ当時の中国人――これには新しい作家たちを含む――そのものを蔑視することにつながるのに気づかないのだろうか。
 私には、納得のいかない林〓批判である。
 はたして林〓の漢訳は、それほどひどいものなのか、自分の目で確認する必要がある。『歇洛克奇案開場』と『恩讐血』を対照しながら見ていく理由のひとつでもある*5。

Part 1 Being a Reprint from the Reminiscences of John H.Watson,M.D.,Late of the Army Medical Department.(もと陸軍軍医・医学士ジョン・H・ワトスンの回想録からの復刻)
○1 Mr.Sherlock Holmes(わが友シャーロック・ホームズ)
 ドイル原作の第1章には、まずワトスンが登場する。作品自体が、ワトスンが書いた記録という体裁をとるのは、周知のことだ。
 ワトスンは、軍医として参加した第二次アフガン戦争で肩を負傷し、帰国後、ロンドンで無為の生活をしていた。生活を変えるためホテルを引き払い、金のかからない住居をさがしはじめたところに友人と出会う。シャーロック・ホームズを知ることになるのは、その友人の紹介による。こうしてふたりは、家賃を折半してベーカー街221番地Bに同居することになった。
 ワトスンの経歴が手際よく紹介され、彼がシャーロック・ホームズとなぜ同居しているのか、という理由の解説がある。語り手であるワトスンと、物語の主人公が登場するから、それなりの説明が必要だと認識されている。
 英文原作と林〓の漢訳『歇洛克奇案開場』の冒頭部分を下に示す。

IN THE YEAR 1878 I took my degree of Doctor of Medicine of the University of London, and proceeded to Netley to go through the course prescribed for surgeons in the Army.(一八七八年にロンドン大学で医学士号*6を取得したわたしは、軍医になるためにネットリーの陸軍病院で研修を受けることにした)12頁
【歇洛克奇案開場】華生曰。当一千八百七十八年。余在倫敦大学校医学畢業。以国家欲設軍医。余遂至乃〓心弋}立試験所学。(ワトスンがいう。1878年、私はロンドン大学で医学を修め、国家が軍医を必要としていたので、ネットリー試験所で学んだ)1頁

 「華生曰」としたのは、ワトスンの筆記だからだ。この時点でも第一人称では書きはじめにくいらしい。軍医についての林〓の(このばあいは魏易か)解釈が、すこし異なる。あとは、ほぼ原文通りの漢訳であるといっていい。原文のネットリーは、地名だ。それが王立ヴィクトリア陸軍病院*7であることをいうのは、知識がなければ無理である。漢訳が前後の文脈から試験所と解釈したのは、よい判断だというべきだ。

Having completed my studies there, I was duly attached to the Fifth Northumberland Fusiliers as assistant surgeon. The regiment was stationed in India at the time, and before I could join it, the second Afghan war had broken out. On landing at Bombay, I learned that my corps had advaned through the passes, and was already deep in the enemy's country.(そこでの研修を修了すると、順当に第五ノーサンバーランド・フュージリア連隊に軍医補として配属された。その頃連隊はインドに駐留していたが、着任する前に第二アフガン戦争が勃発し、そのためわたしがポンベイに上陸した時、わたしの連隊は既に敵地の奥深く進軍してしまっていた)12頁
【歇洛克奇案開場】及試験所亦畢吾業。即奉檄赴悩聖白蘭砲隊中第五聯隊為副軍医。此第五聯隊。本駐印度。余未赴軍時。而吾英与阿富汗第二次宣戦。及余至孟買登岸。聞吾隊已過山峡。身与敵邇矣。(試験所で修了したのち、すぐさま任命されてノーサンバーランド砲兵隊第五連隊の軍医補として赴いた。この第五連隊は、もともとインドに駐留しており、私が任地に行くまえに、わが英国はアフガンに2回目の宣戦布告をしたのだ。私がボンベイに上陸すると、私の隊は、すでに山間をぬけ、敵に迫っていると聞かされた)1頁

 フュージリア Fusiliers を「砲兵隊(砲隊)」と漢訳したのは、間違いではないかと思われるかもしれない。だが、フュージリアとは、もともと火打ち石銃を用いた連隊のことを意味しているから、「砲兵隊」としてもかろうじて可というところか。魏易の英語力は、かなりなものだと言ってもよい。
 物語の出だしは、英文原作にかなり忠実な漢訳だという印象を受ける。
 ワトスンが肩に銃弾を受けて負傷をする場面を抜き出してみよう。

The campaign brought bonours and promotion to many, but for me it had nothing but misfortune and disaster. I was removed from my brigade and attached to the Berkshires, with whom I served at the fatal battle of Maiwand. There I was struck on the shoulder by a Jezail bullet, which shattered the bone and grazed the subclavian artery. I should have fallen into the hands of the murderous Ghazis had it not been for the devotion and courage shown by Murray, my orderly, who threw me across a pack-horse, and succeeded in bringing me safely to the British lines.(この戦争で多くの者は勲章を受け、昇進したが、わたしはひどい目にあっただけだった。まずわたしの連隊からバークシャ連隊付きに移され、あのマイワンドの激戦に参加することになったのだ。そこでジーザイル弾で肩を撃たれた。骨は砕け、鎖骨下動脈をかすめるという大けがだった。衛生兵のマレイの献身と勇気とかなかったら、わたしはあの残忍きわまるイスラム兵に捕まっていただろう。マレイはわたしを荷馬の背に乗せ、イギリス軍戦線まで運んでくれたのだ)12-13頁
【歇洛克奇案開場】戦時大勝。同業者咸得奨。而余独否。大帥調余赴伯克歇埃聯隊。与敵悪戦。余肩中弾。骨砕落。大血管亦破。此時非同人見抜。余為虜矣。其人曰穆雷。見余呻吟道側。遂挙而置之輜車。帰壁。(この戦争は大勝し、仲間はすべて報償をえたが、私だけが違った。総帥は、私をバークシャ連隊に移し、敵と激しく戦うことになった。私は肩に銃弾をうけ、骨が砕け、血管が破れた。この時、同志に助けられなかったら、私は捕虜になっていただろう。その人はマレイといった。私が道端に苦しんでいるのを見て、かかえて幌車に乗せ、砦にもどったのだ)1頁

 こまかな部分、特に固有名詞が、漢訳からこぼれる。マイワンド Maiwand、ジーザイル Jezail、ガージー Ghazis(イスラム兵)などだ。
 マレイについては、日本語訳でも、伝令兵、衛生兵、当番兵などに分かれる。原作では my orderly だ。林〓が「同人(日訳:同志)」としても、広い意味でかまわないだろう。pack-horse は、荷馬、駄馬だから、これを漢訳で輜車とするのは、はずれる。当時の英漢字典には、「負載貨物之馬」と説明されているから間違いようがない。ただし、話の大筋は、原文の通りだ。
 勘違いしている箇所も、ある。
 ワトスンが友人の紹介でホームズに会う場面だ。ワトスンが連れて行かれると、ホームズは、病院の実験室におり、ヘモグロビンの検出方法を新しく開発したと興奮している。

“The question now is about haemoglobin. No doubt you see the significance of this discovery of mine?”(「それよりヘモグロビンですよ。この発見の重要性はおわかりでしょう?」)17頁
【歇洛克奇案開場】吾今方辨種毒入血管之薬性。汝亦知是物宜発明之関係乎。(僕は、今、毒を注入された血管を見分ける薬を作ったのです。君も、これが発明にふさわしいということがおわかりでしょう)4頁

 ホームズが開発したのは、ヘモグロビンにのみ反応する試薬である。それは、血痕を検出する確かな方法となる。毒とは、直接、関係はない。小さな誤解があるにしても、血液についての記述だとは、漢訳者は理解したようだ。
 林訳には、誤解はある。だが、原文から外れる、勝手に話を作る、加筆する、といった勝手気ままな漢訳では、決してない。見ればわかる。いわば細部を切り落し、しぼりあげた、大筋で原文に忠実な漢訳だといっておこう。
 ベイカー街に同居しようというのだから、お互いの性格をありのままに知らせておいたほうがいい。タバコ、化学の実験、バイオリンについてホームズの習慣が披露されるのに対して、ワトスンが述べるのは、ブルドッグの小犬である。

“I keep a bull pup,”(「わたしは体内にブルドッグの小犬をかかえているような癇癪持ちです」)21頁
【歇洛克奇案開場】省略する

 原作では、あまりにも唐突に小犬が出現する。ホームズ研究家の格好の話題になっているらしい。銃身の短い拳銃とする日訳もある。上のようにたとえ話にしてしまうのも、ひとつの解釈だ*8。小犬が作品に姿を見せない理由が、あれこれ論じられているのを知れば、なるほど、ホームズ研究の楽しみはこういう部分にあるのだとわかる。
 漢訳は、あっさりと省略してしまった。意味不明だと判断したらしい。

○2 The Science of Deduction(推理の研究)
 第2章では、ワトスンが知ることになったホームズの奇妙な日常生活と仕事、またその人となりを描写する。
 たとえば、ホームズには、文学、哲学、天文学の知識などは皆無に等しい。しかし、化学の知識は、深い。犯罪事件については、主要なものすべてを詳細に知っている。法律の実用的知識をもっている、などである。そうそう、バイオリンも演奏する。
 林訳が原文に忠実であることを示すために、ホームズの容貌描写を例に引いてみる。

In height he was rather over six feet, and so excessively lean that he seemed to be considerably taller. His eyes were sharp and piercing, save during those intervals of torpor to which I have alluded; and his thin, hawk-like nose gave his whole expression an air of alertness and decision. His chin, too, had the prominence and squareness which mark the man of determination.(身長は六フィート(一八〇センチ)を超えている。非常に痩せているので、実際以上に背が高く見える。目は鋭く、視線は射るようだ。それも、前に話した無気力のときは別だが。肉の薄い、鷲鼻のおかげで、彼は俊敏で、決断力のある人間に見える。あごも角ばって、突き出て、意思の固い人間であることを示していた)24頁
【歇洛克奇案開場】身材在六英尺以上。痩損如枯樹。較諸魁人為高。平時眼光如利矢射人。鼻鋒鉤如鷹喙。望而即知其剛果。下頷突出。亦見其城府之深。(身長は6フィート以上ある。枯れ木のように痩せていて、大男よりもまだ背が高い。ふだんは眼光はするどく人を射るようだ。鼻は鷲のくちばしのようで、見ればその意思堅固であることがわかる。下あごは突き出ており、警戒心がつよいと見える)8頁

 一部、save during those intervals of torpor to which I have alluded という無気力の時という原文をとばすが、あとはほぼ忠実な漢訳だといっていい。
 ドイル原作にある細かな描写、一見、事件とは無関係に思われるような箇所を、漢訳が省略する例を今まで多く見てきた。事件の発生とその解決という粗筋にしか中国の翻訳者は、興味を示さないのか、と疑うほどである。そういう例にくらべれば、林訳は、はるかに原文の通りだということができる。林〓は、口訳者に原文に忠実に翻訳するよう命じていたのではないかと思うほどである。
 ホームズが、自分の職業をワトスンにつげるのもこの箇所だ。すなわち、世界でひとりだけの「a consulting detective 顧問包探」である。日本語では、諮問探偵、探偵コンサルタントなどと翻訳される。
 林〓は、警察官については、漢語「包探」を使っている。「government detective 官家包探」は、役所の警察官だし、「private detective 私家包探」は、私立探偵だ。角書は「偵探小説」だが、文中では「包探」が使われているとわかる。ホームズが自分を特別の探偵だというのは、警察官、私立探偵がもてあましている事件に関して、解決の手掛かりを教えてやる、つまり一段高みに立った位置に自分を置くからだ。
 勘違いは、ある。
 警部レストレイドが、八方塞がりでホームズに手助けを求めた事件は、原文では「ニセ金事件a forgery case」だが、林訳では、「近頃、ニセ署名で人の財産を盗む事件(近有一偽署名以取人財者)」とする。
 観察による推理の重要性が強調されるのも、この部分においてである。
 他人に会ったそのとたんに、その人の職業を当てる訓練により観察力をみがく。これに対して、ワトスンがたわごとだと叫ぶ。
 ホームズは、ワトスンとはじめて会ったとき、アフガニスタン帰りであると言い当てた。推理の根拠を述べる。

Here is a gentleman of a medical type, but with the air of a military man. Clearly an army doctor, then. He has just come from the tropics, for his face is dark, and that is not the natural tint of his skin, for his wrists are fair. He has undergone hardship and sickness, as his haggard face says clearly. His left arm has been injured. He holds it in a stiff and unnatural manner. Where in the tropics could an English army doctor have seen much hardship and got his arm wounded? Clearly in Afghanistan.(医師らしいが、軍人の雰囲気をもった男、といえば、軍医ということになる。顔は黒いが、手首は白いから、熱帯地方から帰ったのだろう。彼のやせこけた顔を見れば、苦労し、病気をしたのはすぐわかる。左手の動きがぎこちないところをみると、左腕にけがをしているな。英国の軍医がこんな目にあう熱帯地方といえばアフガニスタンしかない)32頁
【歇洛克奇案開場】吾見爾似習医。而有武容則必軍医矣。顧其来必自炎荒。故面色黝黒。蓋袖中之肉仍白晢。則面目之黒。決非天然。又似労乏而病。痩瘠莫堪。而左臂殊滞而不霊。必受重創。因計本国軍医。受傷當在何地。然今日方用兵於阿富汗。則汝之来必自阿富汗。(僕が見るところ、君は医学を学んでいるようだが、軍人らしい、となれば軍医にちがいない。南方荒遠の地から来たはずで、だから顔色が黒ずんでいるのだ。袖のなかは白いから、顔が黒いのは天然ではない。また、疲労して病気になったようだ。ひどく痩せこけている。しかも左腕はぎこちない。重傷を負ったにちがいない。本国の軍医で、どこで負傷するかといえば、現在、アフガニスタンで戦っているから、君はアフガニスタンから来たに違いないということさ)14頁

 なんともうまい漢訳だ。誤解もなければ訳し落しもない。推理の要素をひとつでも取り落せば、成立しない箇所だから、無傷となれば、これは見事な翻訳だ。
 この調子で、作品全体を漢訳していれば、林〓の漢訳に誤訳が多いなどという評判は立たなかったはずだ。しかし、原文にない語句に言い換えること、つまり誤解が、林訳にはある。
 エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe 愛徳葛愛倫)、またガボリオー(Gaboriau 加波利物)の作中人物がノロマだと批判する箇所である。

The question was how to identify an unknown prisoner. I could have done it in twenty-four hours. Lecoq took six months or so. It might be made a textbook for detective to teach them what to avoid.(要は、どうやって身元の知れぬ被告人の正体を割り出すかだが、ぼくなら二十四時間以内でできることに、ルコックは六ヶ月以上もかかっている。あの本は、探偵ならしてはいけないことを教える手引きにはなっているがね)33頁
【歇洛克奇案開場】彼書不言一疑案。索得罪人主名耶。勒可克以六月得。余僅二十四句鐘耳。吾若有六月之功。可以著書示天下包探以捷徑。勿行此紆曲之途。(あれは事件について言っていないよ。犯人の正体を探しだすのに、ルコックは6ヵ月もかかっている。僕ならわずかに24時間だよ。もし6ヵ月もあるのなら、本を書いて、世の探偵に近道を示してあんな回り道をするなというね)15頁

 林訳は、確かにドイルの原文をはずれる。が、べからず集を書いてやるというのも、話の前後からすれば、これはこれで筋のとおった文章にはなっているといえる。
 以上、この第1、2章においては、人物設定とともに探偵に必要な推理について興味深い説明がなされている。
 『歇洛克奇案開場』ばかりを紹介し、なぜ『恩讐血』を引用しないのか。読者は、そういぶかるであろう。
 『恩讐血』が登場しない理由は、ほかでもない、『恩讐血』は、冒頭の2章を無視し省略しているからである。
 つまり、訳者は、それら――私のいうところの生活史をきれいサッパリ削除する。中国の読者にとっては、ホームズとワトスンの経歴などは、必要ない、と考えているのだろうか。奇怪な事件を、ホームズが神業の推理でみごとに解決する。その粗筋だけを提供したい、また、読みたい。余分な説明はいらない。どうもそんな気がする。
 原作の章題と『恩讐血』とを対比させてみる。(『歇洛克奇案開場』は章題を省略する)

【恩讐血】上巻 Part 1 Being a Reprint from the Reminiscences of John H.Watson,M.D.,Late of the Army Medical Department.(もと陸軍軍医・医学士ジョン・H・ワトスンの回想録からの復刻)
× 1 Mr.Sherlock Holmes(わが友シャーロック・ホームズ君)
× 2 The Science of Deduction(推理の研究)
第1章 羅力斯頓園之死屍 3 The Lauriston Garden Mystery(ローリストン・ガーデンズ事件)
第2章 警吏之所見 4 What John Rance Had to Tell(ジョン・ランス巡査の証言)
第3章 指戒之受領 5 Our Advertisement Brings a Visitor(広告を見てやって来た人)
第4章 寓主之誤獲 6 Tobias Gregson Shows What He Can Do(グレグスン警部の大活躍)
第5章 同伴被殺与御者之発見 7 Light in the Darkness(暗闇にさす光)
【恩讐血】下巻 Part 2 The Country of the Saints[聖者たちの国]
第1章 沙漠之奇遇 1 On the Great Alkali Plain(アルカリ土壌の大平原にて)
第2章 途中之少年 2 The Flower of Utah(ユタに咲く花)
第3章 婚姻問題 3 John Ferrier Talks with the Prophet(ジョン・フェリアと預言者の話し合い)
第4章 出険 4 A Flight for Life(命がけの脱出)
第5章 父女之被害与復讐之原因 5 The Avenging Angels(復讐の天使)
第6章 暗殺之供状 6 A Continuation of the Reminiscences of John Watson,M.D.(ワトスン医師の回想録の続き)
第7章 帰結 7 The Conclusion(結末)

 見れば、冒頭2章が削除されているほかは、ほぼ原作の順序通りになっている。
 原作は、2部構成である。第1部でふたつの殺人事件が発生する。まぬけな警官をしりめに、ホームズは見事な推理をおこない、殺人犯が逮捕される。物語が奇特なのは、事件がおこり、犯人がつかまっただけで、その謎解きは、第2部にまわされていることだ。
 謎の発生→謎の追求→謎の解決、という探偵小説の定型によっていることがわかる。
 さて、いよいよ事件が、はじまる。

○3 The Lauriston Garden Mystery(ローリストン・ガーデンズ事件)
 『恩讐血』の書き出しを見てみよう。原作がワトスンの第一人称ではじまるのとは異なり、第三者の語りに変更されている。

【恩讐血】▲滑震▲曰。昨夜雨声大悪。余不成夢。晨起与▲福爾摩斯▲凭窗遠眺。吸新空気。▲福▲右手持煙巻。以左手疊膝上。笑謂余曰。数日内無人命案件。僕甚得享清閑之福。願一年三百六十五日如今日。余曰。恐能者多労。天不従人願。(「昨夜は雨の音がひどくて、寝られなかったよ」とワトスンがいった。朝おきてホームズと窓にもたれかけ遠くをながめて新しい空気を吸っている。ホームズは、右手に紙巻きタバコを持ち、左手は膝にかさねて私に微笑みかけて言った。「この数日は殺人事件がなくてね。僕は、静かであるというしあわせを満喫したよ。願わくば1年365日、今日のようだったらな」「有能な人ほどよく働くというからね。そうは問屋がおろさないさ」と私)

 書きはじめが「滑晨曰」であったものが、途中で「余曰」に変化する。物語る主体が不安定である。
 それよりも、ここに登場するホームズは、まるでホームズらしくない。だいいち、暇であることを憎悪することはあっても、ヒマを楽しむホームズなど考えられないからだ。省略した原文第2章には、つぎのように書いてある。

“There are no crimes and no criminals in these days,”he said, querulously.(「近頃は、やりがいのある犯罪事件もないし、犯罪者もいない」ホームズは愚痴っぽく言った)33頁

事件好き、それも奇怪であればあるほど彼の興味をかきたてる。『恩讐血』では、そんなホームズが浮かんでこない。また、ホームズはパイプ煙草を好んでいるから、紙巻きタバコというのもおかしい。ホームズの人物像を勝手に変更している訳者の感覚に、まず疑問を感じる。
 疑問を持つのは、そればかりではない。肝心のホームズの推理眼に関しても、ある。
 事件の発生を知らせる手紙を配達する人物についてだ。
 ホームズは、配達人は、海兵隊の退役兵曹 the retired sergeant of Marines だと判断した。その根拠は、こうだ。

Even across the street I could see a great blue anchor tattooed on the back of the fellow's hand. That smacked of the sea. He had a military carriage, however, and regulation side whiskers. There we have the marine.…… A steady, respectable, middle-aged man, too, on the face of him−all facts which led me to believe that he had benn a sergeant.(通りの向こう側にいた彼の手の甲には、こちらからでも見えるくらい大きな青いいかりのいれずみがあったのだ。そこからは海の匂がするね。彼は姿勢がぴんと正しくて、軍人らしい態度と、おきまりのほおひげをはやしていることから、海兵隊ということがわかる。……暮らしに困らない、まじめな中年の男であることはひと目で見て取れる。そこから彼は兵曹だったという結論になる)37頁

 手の甲のいれずみ、姿勢、態度、容貌などを細かく観察し、それをもとにして推理した結果の退役兵曹である。それが、『恩讐血』では、こうなる。

【恩讐血】余見彼形容躯幹。雖末被軍服。知彼必曾服警吏之職。(僕は彼の容貌体躯を見て、軍服を着てはいないが、彼が警官の職にあったにちがいないとわかったのだ)2頁

 大きな誤りは、警官にしてしまったことだ。その根拠が、容貌体躯のみである。これでは、あまりにも原作から遠ざかってしまう。根拠を説明しないから推理にもならない。ただの当てずっぽうにすぎないのだ。
 だが、同じ漢訳といっても、林〓は、違う。

【歇洛克奇案開場】適行次。吾已見其人手背捏一鉄錨。決其為海行之人矣。然腰膂勁直。常如進面長官。乃信其軍中趨走之弁。……故決之為曹長。(ちょうと通りかかったとき、僕は彼の手の甲にイカリがほってあるのを見たんだ。断然、海の男だよ。姿勢がぴんとしていて、いつも長官に面会しているようだったから、軍隊にいたと考えた。……だから曹長という結論なのだ)16-17頁

 かさねていうが、『恩讐血』の漢訳では、配達人を「警吏」つまり警察官にしてしまっているし、それを説明して、まるで推理のかたちになっていない。ホームズが得意とする推理に、その根拠と過程がなければ、ただの印象にしかならない。ドイルの原作とは、遠く関係のないものになっている。
 林訳は、すこし原文から離れる箇所があるにしても、『恩讐血』に比較すれば、はるかに原文に忠実であることがわかる。ただし、林訳は、上に加えて「其云退休者。則軍中人出必戎服。既舎戎服。已退休矣(なぜ退職かというと、軍人は外出するときは必ず軍服をつけるものだが、それを着ていないからには、すでに退職しているのだよ)」(17頁)という。これは、ドイルの原作にはない。しかし、そう林〓に説明されると、なるほどと思ってしまう。余計な加筆ではあるが、妙に納得する。
 『恩讐血』は、原文の冒頭2章分を削除するという暴挙を見せつけた。だから、林〓らの漢訳が、なおさらに輝くのである。
 林〓訳をほめた直後にその誤訳を指摘するのは、具合が悪い。しかし、事実だからしかたがない。本当に細かい部分である。
 いましがた届けられた事件を知らせる手紙の中身である。

There has been a bad business during the night at 3, Lauriston Gardens, off the Brixton Road.(昨晩、ブリクストン通り近くの、ローリストン・ガーデンズ三番で事件がありました)38頁
【恩讐血】昨夜▲白列克頓街▲第三号▲羅力斯頓園▲。有惨殺事。(昨夜、ブリクストン街三番ローリストン園で殺人事件がありました)2頁
【歇洛克奇案開場】白列斯敦街羅利斯敦花園中。在初三日。竟有奇案出焉。(ブリクストン街ローリストン花園において、三日、怪奇事件が発生しました)17頁

 原文の「離れた off」を漢訳ではふたつとも of に誤解しているようだ。それにしても『恩讐血』では三番を正しく番地と理解している(ただし、どこの番地かは誤解する)にもかかわらず、林訳はそれを三日と間違えている。
 魏易は、英語が堪能であったはずだが、番地と日付を取り違えるなどは不可解だ。すぐそのあとに手紙の差出人のクレグスンを説明して「スコットランド・ヤード」一番の切れ者とある。この「スコットランド・ヤード」を林訳は「蘇格蘭雅得(為官中包探聚会之公所)」(18頁)と割注をつける。つまり、「警察官の集まる役所」すなわち警視庁だと説明できている。ところが、『恩讐血』の方は、それを無視して「倫敦之名探也(ロンドンの名警官だ)」(3頁)と意訳する。この例を見ても林訳の実力は、知識の方面でも、『恩讐血』よりもはるかに上だと判断できる。
 だからこそ、番地の間違いは、不可解だ。さらに、原文では、事件現場にホームズとワトスンをみちびいて、番地を明らかにしている。

Number 3, Lauriston Gardens wore an ill-omened and minatory look.(ローリストン・ガーデンズ三番の家は、暗くて、不吉な感じだった)40頁
【恩讐血】省略する
【歇洛克奇案開場】労利斯敦第三号房。赫然已見。余観其状。似知其中大有凶徴者。(ローリストン三番の家は、突然にあらわれた。その様子を見れば、大いに不吉な兆があるように思えた)19頁

 林訳は、ここで正しく番地を示しているのだから、前の箇所も「三日」ではないと気づくべきであった。不注意である。
 『恩讐血』は、それにくらべれば、信じられないくらいの誤りを犯す。
 殺人事件のあった家の庭は、レンガ塀でかこまれ、巡査が見張りをして野次馬がとりかこんでいた。

The garden was bounded by a three-foot brick wall with a fringe of wood rails upon the top, and against this wall was leaning a stalwart police constable, surrounded by a small knot of loafers, who craned their necks and strained their eyes in the vain hope of catching some glimpse of the proceedings within.(木製のてすりが上についた三フィート(九〇センチ)ほどのレンガ塀で庭が囲まれていた。がっちりした体の巡査が塀によりかかり、その周りを野次馬が、中を覗こうと首を伸ばしたり、目を凝らしたりしていたが、無駄なようだった)40頁
【恩讐血】矮牆拱圍。高僅三尺。上列木柵一行。矮牆之前。見石楼高聳。気象万千。即▲白列克頓街▲警察署也。何物大〓敦シタ心}。竟敢試運動於肘腋之下。藐法玩紀如此。(低い塀が周りかこんでおり、高さは3フィートだった。その上には木製の柵がある。低い壁の前に石造りの建物がそびえており、じつに壮観だった。すなわちブリクストン街の警察署なのである。だれか大悪人が、こんな近くでよくもうごめいて、法律をないがしろにしたのだ)4頁

 巡査 constable が、漢訳で「警察署」になるのは、はなはだしい誤解である。まさに警察署の目の前で殺人事件が発生したことになって、野次馬も吹き飛んでしまった。その異常さに漢訳者も気づいているから、後ろを勝手にでっちあげ、大胆不敵な悪人にしてしまったのだ。
 ねんのために林訳もあげておこう。

【歇洛克奇案開場】園之四圍。有短牆。可三尺。其上加以木柵。余入時。有一憲兵。以背負牆。十余人環立其側。皆引頸向此空屋。瞭彼屍身。(庭の周りには低い塀があり、3フィートだった。その上には木製の柵がある。私が入っていくと、ひとりの憲兵が塀によりかかり、そのそばに十人あまりの人々がかこんで立って、空家にむかって首をのばして屍体をながめている)19頁

 家の外から部屋のなかの死体を見ることができるはずがない。その部分を除けば、林訳は、『恩讐血』に比較してはるかに原文に忠実な漢訳であることがわかる。
 部屋に横たわった死体には、外傷がないのに、周りに血が飛び散っている。さらに、壁に犯人が血のりで書き残した文字があった。ドイツ語で“RACHE 復讐(漢語:報仇)”という(ただし、この段階では、ドイツ語だというホームズの指摘は伏されている)。捜査撹乱のためであることは、明らかだ。レストレイド警部は、女性の名前 Rachel と書こうとして中断したのだと推理する。
 壁に“RACHE”としか書かれていないから、ドイツ語に考えのおよばない警部は、女性の名前だと考えた。
 ところが、『恩讐血』では、壁にかかれている血文字は、はじめから Rachel とローマ字で示す。英文原作が“RACHE”であることを無視する。最後まで女性の名前 Rachel だと押し通す。原作では第2章の終わりと第3章において、ホームズが、ドイツ語だと種明かしするが、『恩讐血』は、その時も Rachel のままにして、これを「復讐」という意味だと漢訳する(第2部第6章では Bachel と誤植する。86頁)。ここにいたっては、漢訳者の強情さ、あるいは頭の固さにあきれてしまう。
 死体を発見した巡査は、ジョン・ランスといった。ホームズは、自宅にたずねていく。

○4 What John Rance Had to Tell(ジョン・ランス巡査の証言)
 ランス巡査の家に行く馬車のなかで、ホームズは、犯人像を推理し根拠を説明する。『恩讐血』および林訳は、ほぼ原作通りに漢訳している。
 『恩讐血』が Rachel を堅持しているのは、あいかわらずだ。
 Rache についてのホームズの推理は、こうだ。

As to poor Lestrade's discovery, it was simply a blind intended to put the police upon a wrong track, by suggesting Socialism and secret societies.(レストレイドには気の毒だが、彼が発見した文字は警察の目をあざむいて、社会主義者とか秘密結社に目を向けさせるためのものなのだ)53頁
【恩讐血】彼誤以 Rachel 為最大之関鍵。疑及秘密党人。(彼は、Rachel が最大のカギだと誤認をしてしまい、秘密党員だと疑ってしまった)13頁
【歇洛克奇案開場】勒司〓心弋}雷得読血書。以我卜之尚兇手之詭謀。愚官中人以虚無党人語。(レストレイドが読んだ血文字については、僕はそれが犯人の謀略だと推測したが、愚かな警察官は虚無党員の言葉だと考えた)27頁

 原文には、Socialism と secret societies のふたつが使われている。だが、漢訳はいずれもその片方しか翻訳していない。
 『恩讐血』は、後者にあてはめて「秘密党人」としたようだ。Socialism は、無視する。
 『歇洛克奇案開場』は、前者を「虚無党人」と漢訳した。
 現在は、Socialism は「社会主義」という漢語を使用する。だが、『歇洛克奇案開場』初版は、1908年発行で、その頃には、「社会主義」という単語はなかったのだろうか。当時の英漢辞典にも、「公用、公用之理」と説明されるだけだから、無理もないような気もする(後述)。
 林訳が、原文に忠実であろうとしていることは、ホームズが扱う事件とは無関係の箇所も取りこぼさないようにしているところから理解できる。私のいうところの生活史を尊重している。
 音楽会に行きたいから仕事を早くかたずけようという。

I want to go to Halle's concert to hear Norman Neruda this afternoon.(今日の午後はノーマン・ネルーダ夫人のヴァイオリンを聴きにハレの演奏会へ行きたいので)54頁
【恩讐血】省略する
【歇洛克奇案開場】吾今日午後。尚欲至好而音楽会。聽脳門牛魯達調。(僕は今日の午後、ノーマン・ネルーダの演奏を聴きに音楽会に行きたいんだ)28頁

 中国の読者にしてみれば、注記のないノーマン・ネルーダといわれても誰のことやらわからない。ハレは、ドイツのピアニスト、指揮者。ネルーダはその夫人でヴァイオリン演奏者だという*9。この種の情報は、外国の読者にはことに理解しにくい。事件とはなんの関係もない演奏会だから、漢訳では省略したくなるのもわかる。だが、それこそホームズの生活史なのだ。大筋とはかかわりがないといっても血と肉の部分だから、削れば『恩讐血』は痩せた漢訳とならざるをえない。
 ランス巡査は、殺人事件のあった建物の近くに酔漢がいたことを証言した。
 「コロンバインの『最新流行の旗』かなんかを歌ってました。about Columbine's New-fangled Banner, or some such stuff」(58頁)というのは、「ヘイル・コロンビア」や「星条旗」というアメリカの愛国的な歌だそうで*10、犯人がアメリカ人である証拠にもなるという。この部分は、林〓は、「大呼科答布旗(コロンバインの旗を大声で叫んでいた)」(30頁)とし、『恩讐血』は、「高唱格論皮之歌(コロンバインの歌を大声で歌っていた)」(16頁)と漢訳する。ほぼ同じだ。
 ところが、林訳は、つづく酔漢のあつかいを誤る。

“He was an uncommon drunk sort o' man,”he said.“He'd ha' found hisself in the station if we hadn't been so took up.”(ごく普通の酔っ払いでしたよ*11。おれたちが忙しくなかったら、豚箱に入っているところだ)58頁
【歇洛克奇案開場】酔人耳。非我扶。将必且顛頓於火車之軌。碾砕其身矣。(酔っ払いでした。私がささえてやらなきゃ、きっと列車の線路にころがって砕かれていただろうよ)30頁

 漢訳で、「火車」が突然出現するのは、英文の station の意味を勘違いしたからだ。『恩讐血』が、ここを「不速行。且入警察署(はやく行かなかったら、警察署に入れていただろう)」(16頁)と原文に近く漢訳しているのを見れば、林〓たちは、先行の漢訳は参照するつもりがなかったらしいとわかる。さらにいえば、第2部第6章に「警察 police-station」(155頁)が使われている。林訳は、「巡所」(85頁。『恩讐血』は「警署」77頁)と正しく理解している。同じ station だと、なぜ、気づかなかったのか、不思議である。
 その酔漢こそ事件の犯人である。なぜ、現場にもどってきたのか。それは、現場に落した指輪を取りにもどったのだ。指輪が犯人捕縛のてがかりになる。
 ホームズは、ワトスンの存在に感謝する。なぜなら、ワトスンがいたおかげで事件に参加する気になったからだ。

I might not have gone but for you, and so have missed the finest study I ever came across: a study in scarlet, eh?(君がいなかったら、出かけなかったろうし、そうすればこれまでで最高の研究対象を逃すところだった。ちょっと芸術的な言い方をして、緋色で描いた習作とでも呼ぼうか)60頁
【恩讐血】省略する
【歇洛克奇案開場】吾懶不欲行。非爾策之。吾失之於眉睫之下矣。此案吾将名之曰読血書。(僕は不精で行きたくなかったのだが、君が勧めてくれなけりゃ、目前に迫っている機会を失うところだった。この事件を「血書を読む」と名付けることにしよう)31頁

 事件の名称「緋色の習作」が誕生する瞬間である。
 あらためて漢訳の題名を見れば、『恩讐血』は、事件の内容を少なからず暴露しているし、林訳は、象徴的成分を抜き取ってしまったものでしかない。
 ならば、『読血書』を漢訳題名にすればよかったか。「血書」だから、恋愛小説とは誤解されることはなかろう。だが、これでも読者にホームズを主人公とした探偵小説であることが伝わらないかもしれない。林〓が心配したのもその点だった。だからこその『歇洛克奇案開場』という命名だった。それにしても、本文のなかに書名が埋め込まれているのだから、なんらかの工夫があってもよかった。たとえば、『読血書――歇洛克奇案開場』とするのもひとつのやり方ではなかったか。

○5 Our Advertisement Brings a Visitor(広告を見てやって来た人)
 殺人現場にもどる危険を犯すほどに大事な指輪ならば、これを拾ったと広告を出せば、関係する人物が姿をあらわすだろう、というのがホームズの考えである。
 訪問者を待つあいだ、事件とは無関係なラテン語の本についてのおしゃべりがある。

This is a queer old book I picked up at a stall yesterday-▲De Jure inter Gentes▲斜体-published in Latin at Lie/}ge in the Lowlands, in 1642.(後略)(ところで、これは珍しい古本なんだ。昨夜露店で買ったものだけれど、『諸民族間の法規』*12といって、一六四二年にローランドのリエージュで出版されたラテン語の本なんだ。後略)65頁

【恩讐血】余得一旧書名『民族権利微言』。(後略)(僕は『民族権利微言』という古本を手にいれたんだ。後略)20頁
【歇洛克奇案開場】昨日買自小攤。署曰人与人之法律。此在一千六百四十二年。荷蘭利去城。以臘丁文印之。 (後略)(昨日露店で買ったんだ。『人と人の法律』といって、1642年にオランダのリエージュにおいてラテン語で印刷された。後略)34頁

 古本を話題にしている。事件とは、まったく関係がない。この部分は『恩讐血』では、はぶいてもいいようなものの、なぜか、漢訳している。ラテン語の書名もそれらしく翻訳しているのがおもしろい。林〓がローランドをオランダとするのは、誤り。ベルギーでなくてはならない。
 娘の結婚指輪だ、と取りにきたのは老婆だった。1年前に結婚し(as was married only this time twelvemonth)、昨晩サーカスに出かけて(she went to the circus last night)指輪をなくした、という。
 なんでもなさそうな原文だ。林訳は、彼女が嫁いでわずか1年(彼嫁僅一年)で、昨日、女友達とサーカス見物にでかけた(昨日与女友出観馬戯)と漢訳する(35頁)。そのままだ。
 ところが、『恩讐血』では、彼女は十二月に結婚式をすることになっており(彼将於十二月中挙行婚礼)、昨夜、サーカス街に行って(彼昨夜赴▲酸古斯▲)と解釈する(21頁)。時制も無視して、サーカスを地名に解釈する。原文を知らなければ、事件の運びには影響をおよぼさないとはいえ、やはり、外国語の理解について、すこし不安があるのは確かだろう。
 指輪を返すと、ホームズは、すぐさまそのあとをつけた。犯人の手掛かりにつながるはずだった。ところが、馬車に乗り込むのを確認したのだが、まんまとまかれてしまう。老婆は、若い男の変装だった。

○6 Tobias Gregson Shows What He Can Do(グレグスン警部の大活躍)
 翌日の各新聞は、「ブリクストンの怪事件 Brixton Mystery」と名付けられた事件の記事でいっぱいだった。
 いろいろな名詞が出てくる。新聞の紙名では『デイリー・テレグラフ』『スタンダード』とか、それらが事件を論評して、事件が政治的亡命者や革命家の仕業であること、アメリカには社会主義者の支部がたくさんあるから、組織から逃げたのであろう、とか書き立てるのだ。
 それらの名詞を、漢訳ではどのように処理しているのかを紹介しておこう。

【恩讐血】 【歇洛克奇案開場】
Daily Teregraph デイリー・テレグラフ 国民新聞 毎日電報
political refugees 政治的亡命者 政党亡命児 ×
revolutionists 革命家 × 虚無党人
the Socialists 社会主義者 社会党人 虚無党人
(the secret societies秘密結社 秘密社会 虚無党)

 新聞記事の内容を漢訳するのはせいぜいがこれくらいまでだ。
 原文でも言葉としてのみ引用される、Vehmgericht 秘密裁判制度、aqua tofana トファナ水、Carbonari 炭焼き党、the Marchioness de Brinvilliers ブランヴィリエ伯爵夫人、the Darwinian theory ダーウィンの進化論、the principles of Malthus マルサスの人口論、the Ratcliff Highway murders ラトクリフ街殺人事件などは、両漢訳ともに無視をする。単語だけをかかげても煩わしいだけだ、と判断されたのだろう。注釈がなければ理解がむつかしいし、しかも、事件とは直接の関係がないのだから、しかたがないといわれればそうか。
 新聞の報道で事件の概要を伝えるのは、ホームズ物語の定石である。いいかえれば『緋色の習作』が最初のホームズ物語だから、それ以後、便利な方法として定着する。
 被害者は、アメリカの紳士でドレッバーといい、連れは秘書のスタンガスンである。スタンガスンは、行方不明となっていた。
 上に the Socialists が見えているのに注目してほしい。『恩讐血』は「社会党人」とし、『歇洛克奇案開場』は「虚無党人」を使用している。
 第4章に、Socialism が出ていた。そのおり、「社会主義」という漢語はなかったのか、と疑問をだしておいた。ところが、あるのだ。『恩讐血』に、そのものズバリ「社会主義」が使われる。

The ▲Daily News▲斜体 observed that there was no doubt as to the crime being a political one. The despotism and hatred of Liberalism which animated the Continental governments had had the effect of driving to our shores a number of men ……(「デイリー・ニューズ」紙――この事件は政治的なものであることは間違いないと述べている。専政政治や自由主義に対する憎悪が大陸の国々の政治を動かしているため、多くの人々がわが国へ逃げてきている……)73頁
【恩讐血】日日新聞之言曰。/観此次之奇案。吾人可毅然断之曰。此非個人之交渉。而政治上之問題也。蓋政党亡命者。専以社会主義。鼓吹民間。彼大陸之政府。不能容此狂惑之輩。則相与疾駆而至各国。(デイリー・ニューズは、次のようにいっている。/この怪奇事件をみるに、われらは以下のように断言する。これは、個人が関係するものではない。政治上の問題である。政党亡命者が、社会主義を民間に鼓吹したため、大陸政府はその熱狂者たちを許すことができず、そのため各国に逃亡しているのである)25頁
【歇洛克奇案開場】毎日新聞則云。此案必繋属於政治。大陸各政府。均厳緝虚無党。故駆此頑梗。咸戻吾国。(デイリー・ニューズは、次のようにいっている。この事件は政治問題に違いない。大陸各政府は、いずれも虚無党を厳しく捕らえようとしている。ゆえにあれらの筋金入りたちを追いたてて、みんなわが国にもどってきているのだ)38頁

 漢訳のふたつとも、英文原作に忠実というわけにはいかない。とくに『恩讐血』は、原文の大意をすくいとっただけで、「政党亡命者が、社会主義を民間に鼓吹した」という箇所は、勝手な作文だといえる。新聞のヨタ記事である。何を書いてもいい箇所だから、自由に翻訳の筆をのばしたとでもいうのか。翻訳としては、やりすぎだと思う一方、当時のイギリスがアメリカをどのように見ていたのかの雰囲気は出ているような気もする。
 翻訳語の問題としてみれば、1904年に「社会主義」の用例があるのは、興味深い。
 刑事警察ベイカー街支隊 the Baker Street division of the detective police force が登場する。いわゆる少年探偵団だ。『恩讐血』は「▲匏瓜街▲之偵探巡捕軍」(26頁)と漢訳し、『歇洛克奇案開場』は「俾格爾街偵探隊」(38頁)と翻訳する。両者ともに妥当なところだろう。
 ホームズが、少年たちに捜査を継続するようにいったあと、クレグスン警部が犯人を逮捕したと報告にやってきた。
 間抜けな警察が、早とちりをして別人を誤認逮捕しただけの話だが、この描写に手を抜くと、作品自体が薄っぺらいものとなる。固有名詞を織りまぜながら、殺されたドレッバーの品行の悪さなどを含めて詳細に記述され、これで1章分を費やする。
 そこにレストレイドが来て、行方不明だったスタンガスンが、今朝ホテルで殺された、と告げる。

○7 Light in the Darkness(暗闇にさす光)
 スタンガスンの死体のうえにも、RACHE と血で書いてあった。
 これを聞けば、居合わせたホームズ、ワトスン、グレグスンは、ただちに理解する。第1被害者ドレッバーを殺害したのと同一人物が、スタンガスンをも手にかけた。だから、グレグスンが逮捕した人物は犯人ではない。以上のことは、原文には書かれていない。だが、読者ならば、それくらいの推理はする。それを期待して、ドイルもくどくは書かない。その前後の原文を下に示そう。林訳は、原文に忠実だが、『恩讐血』は、違う。

“……And now comes the strangest part of the affair. What do you suppose was above the murdered man?”
I felt a creeping of the flesh, and a presentiment of coming horror, even before Sherlock Holems answered.
“The word RACHE, written in letters of blood,”he said.
“That was it,”said Lestrade, in an awestruck voice; and we were all silent for a while.(「……さて、これからが、事件の不可解なところです。殺された男の体の上に、何があったと思いますか?」/私は体がぞくぞくっとした。ホームズが答える前に、恐怖の予感のようなもので震えがきた。/「RACHE と血で書いてあった」ホームズが言った。/「そのとおりです」レストレイドは、感心と恐れが入り交じったような声で答えた。そして、わたしたち四人は、しばらく黙ったままだった)88頁
【恩讐血】君意此凶手為誰歟。余聞▲莱斯屈来特▲語。毛髪復森戴。噤不能声。▲福▲曰。此無庸疑也。殺人者乃血書 Rachel 之人耳。▲莱▲曰。如。▲福▲君言。諸人復黙移時。(犯人は誰だと思いますか。私は、レストレイドの言葉を聞くと、毛髪は逆立ち、声が出なかった。疑うまでもない、殺人者は、血で Rachel と書いた人物だ、とホームズがいう。ホームズさんのおっしゃる通りです、とレストレイドは答える。みんなはしばし沈黙してしまった)35頁
【歇洛克奇案開場】其尤奇者。死人之身何物耶。歇洛克未答。余已毛戴不已。歇洛克曰。又有血書 Rache 乎。勒司〓心弋}雷得曰。然、於是衆皆無言。(とくに奇妙なのは、死体のうえに何があったと思いますか。シャーロックが答える前に、私の毛髪は逆立った。また血で Rache と書いてあった、とシャーロックは言う。そうです、ホームズさんのいうとおりです、とレストレイドが言った。皆は無言であった)47頁

 『恩讐血』では、 Rachel に書き換えたうえに、ホームズが勝手に、Rachel と書いた人間が犯人だ、と断定している。だが、ここで重要なのは、ホームズが死体に血文字が書かれていたと言い当てたことなのだ。ホームズの推理がどのようにして得られたのかわからない。だから、居合わせた人々は沈黙した。
 原文のままだと読者が理解しない、と訳者が考えたうえでの書き換えだろうか。もしそうであれば、中国の読者の理解力を信頼していない訳者ではなかろうか。
 もうひとつ、『恩讐血』のなかでほどこされた不可解な注釈を指摘しておこう。
 スタンガスンの遺体に残されたものの中に、1通の電報があった。クリーヴランドから発しており、その内容は、「J・Hはヨーロッパにいる。J.H.is in Europe.」という。
 『恩讐血』は、それを「J,H,現在欧州(案J,H,即Jefusonママ Hopesママ 人名之縮写見後自明)J.H.は今ヨーロッパにいる(J.H.とはすなわちJefusonママ Hopesママを省略した書き方である。のちに明らかとなる)」(36頁)と漢訳し注をつける。種明かしに近いことを平気で行なう。おまけに人名のつづりが違う(正しくは Jefferson Hope)。つづり間違いは誤植であるにしても、全体が余分な注であることにはかわりがない。探偵小説は、謎の追求過程を楽しむ小説だ。いってみれば、著者が読者に仕掛けたワナをいかに読み解くか、あるいはその仕掛けを読者がいかに楽しむかが主眼なのである。漢訳者が、その途中にしゃしゃり出てきて、あれこれ指示することは、じゃまな行為にほかならない。
 林訳では余計なことはせず、「J.h.其人已在欧羅巴矣(J.h.その人はすでにヨーロッパにいる)」(47頁)とだけ漢訳しているのは、当然だとはいえ、さすがというべきだ。
 ついでに、電報に関していえば、『恩讐血』では、ホームズが、犯人を知っている、それは「其為電報上所述者(電報に書かれている者だ)」(39頁)と書く。原文にはない事柄だ。こんなに早く犯人をバラしてしまってどうするのか。訳者は、探偵小説というものを理解していないのではないか、と疑う箇所である。
 馬車の御者を呼び込んで、ホームズは、あっと言う間に手錠をかけてしまった。これこそふたつの殺人事件の犯人――ジェファスン・ホープ Jefferson Hope である、と宣言する。御者の馬車がある、それで警視庁に連行しよう。一見落着である。
 『繍像小説』連載の漢訳のなかに、ロンドン警視庁 Scotland Yard をそのままスコットランド(蘇格蘭)にしている例があった。『恩讐血』が、同じ間違いを犯す。「▲斯楷脱蘭特場▲」(41頁)と書いているところから、そうと知れる。林訳は、「警察所」としているから、これでいい。
 ドイルの原作は、全書の後半を使って、殺人事件の背景を説明し種明かしを行なう。

Part 2 The Country of the Saints[聖者たちの国]
○1 On the Great Alkali Plain(アルカリ土壌の大平原にて)
 舞台はアメリカ大陸だ。ワトスンが登場しないから、語り手は第三者となる。
 砂漠で死に瀕していた男と女の子がいた。
 砂漠で仲間がつぎつぎに死んでいったといえば、飢え渇きと疲労が原因であろうと容易に想像がつく。人名が出てくる部分を下に示そう。

No, nor drink. And Mr.Bender, he was the fust to go, and then Indian Pete, and then Mrs.McGregor, and then Johnny Hones, and then, dearie, your mother.(そうさ、飲む水もないんだからね。最初にベンダーさんが死んで、次にインディアンのピート。そして、マクレゴーの奥さんだ。それから、ジョニー・ホーンズ、そしておまえのお母さんもだ)104頁
【恩讐血】▲彼得▲去最早。▲麦克▲随之。▲哈痕▲従之。其四則及汝母矣。(ピートが最初に死んだ。マクレゴー、ホーンズが続いて、4番目がおまえのお母さんだ)45頁
【歇洛克奇案開場】汝知船破時。死者幾人。板得先亡。第二即印度紅人斐得。次則密昔司麦格洛閣。又次則約翰洪司。又次則爾母矣。(船が難破したとき何人死んだかお前は知っているね。ピートが最初に死んで、つぎがインディアンのピート。そして、ミセス・マクレゴーさん。それから、ジョニー・ホーンズ。そしておまえのお母さんだ)

 名前の数では、林訳の方が『恩讐血』よりも正確だが、「船が難破」とはどういうことだろうか。溺死したと思い込んでいる。英文原作にそのような記述は、存在しない。林〓たちの勘違いだ。男ジョン・フェリアは、のちに、仲間21人のうち自分と女の子のふたりを除いた残りは、全員が飢えと渇きのために死んだ、と自分で言っている。林〓は、訳文を読みなおして、つじつまが合わないと気づかなかったのか、と不思議に思う。また、林〓たちには校閲者がついていた(後述)。彼も見逃したらしい。たよりない。
 ふたりは、そこに通りかかった大幌馬車隊に救われる。彼らは、モルモン教徒 the Mormons(恩讐血:摩孟教徒、歇洛克奇案開場:莫門教人)であった。救出の条件は、モルモン教に入信することだ。男と少女は、集団の四大長老のひとりスタンガスンが世話をすることになった。もうひとりの長老は、ドレッパーという。いずれも、物語第1部に出てきている名前だ。ここで被害者にむすびつく。勘のよい読者は、イギリスにおける殺人事件は、どうやらアメリカ大陸のモルモン教が関係していると気づくはずだ。
 大集団は、移動をはじめる。号令がかかる。「進め!神の国を目指して出発だ! Forward! On, on to Zion!」(112頁)。『恩讐血』が、「可以行矣。(行くがよい)」(50頁)と省略して漢訳するのにたいして、林訳は、「向〓句那}山。(シオン山へ)」(60頁)と正確に翻訳している。エルサレムにある丘だとよく理解していると感心した。だが、当時の英漢辞典に「Zion, n.〓句那}山,聖会,天堂,天国」と載っている。

○2 The Flower of Utah(ユタに咲く花)
 ユタに到着したモルモン教徒の大集団は、こここそが約束の土地であると考えた。
 救助された少女(ルーシー・フェリア Lucy Ferrier と命名された)は、美しい女性に育ち、ジェファソン・ホープと知り合う。どこかで目にした名前だと気づかれたことだろう。彼も、物語の第1部最後部分に登場する。ホームズに手錠をかけられ、犯人だと名指しされた男だ。
 本稿は、論文だから、原作ではさりげなく触れているだけの要点をわざわざ明らかにして指摘している。文章の性質上、犯人も明らかにせざるをえない。
 だが、漢訳が、当時においてそれを行なうとすれば、やりすぎだ。あくまでも探偵小説の翻訳であることを忘れてはならない。必要最低限の注が必要なばあいは、あるだろう。だが、余計な注釈にならないよう、注意をはらうのは当然だ。
 林訳が、教団の四大長老の名前をあげて(といっても3名だけだが)、そのなかのドレッバー Drebber について「特来伯氏(即空屋中死人之姓)」空家のなかの死人の名前、と書くのは、その余計な一例となる。ただし、このような例は、林訳には珍しい。『恩讐血』に省略と誤訳が多いのに比較すれば、林訳は、ほぼ原文に忠実な漢訳になっているからだ。
 鉱山関係の仕事をしていたホープは、ルーシーと結婚の約束をして、2ヵ月後に迎えにくると言い残して旅立っていった。

○3 John Ferrier Talks with the Prophet(ジョン・フェリアと預言者の話し合い)
 ドイルが理解した当時のモルモン教の婚姻について、紹介がある。ジョン・フェリアの口を借りて、ルーシーをモルモン教徒に嫁がせたくない理由を述べながらの説明だ。

He had always determined, deep down in his resolute heart, that nothing would ever induce him to allow his daughter to wed a Mormon. Such marriage he regarded as no marriage at all, but as a shame and a disgrace.(つねづね彼は、娘をモルモン教徒とだけは結婚させまいと深く心に決めていた。あのような多妻婚は結婚と言えるようなものではなく、恥辱と屈辱以外の何物でもないと、思っていた)123頁

 日本語訳が原文にはない「多妻婚」という言葉を採用したのは、その方が理解されやすいという判断なのだろう。原文のままだと「あのような結婚」となり、なにが「あのような」のか、わかりにくいからだ。

【恩讐血】▲福聯▲因自誓決不以愛女字▲摩孟▲教徒。彼教中所謂娶婦。直以婦女為玩具。与野蛮人種何異。安得謂娶。(フェリアは、かわいい娘をモルモン教徒には決して嫁がせないと誓っていた。その教えの中の結婚とは、婦女をおもちゃにし野蛮人となんら違うところがない。どうして結婚などといえるだろうか)56頁

 「野蛮人種」が出てきて、「恥辱」「屈辱」がひっこむが、ほぼ、原文と同じ漢訳になっているといってもいいだろう。

【歇洛克奇案開場】仏里爾之心。決不嫁其女与莫門教中人。以彼教中人娶妻。非復匹〓耒禺}。直多畜群雌。非婚姻大義応爾也。(フェリアは、その娘をモルモン教徒には決して嫁がせないつもりだった。その教えのなかの人が妻を娶るのは、夫婦になるのではなく、多数のメスを養うことにほかならない。婚姻の大義のあるべきすがたではないのだ)66頁

 林〓たちは、当時のモルモン教についての知識をもっているとわかる。林訳は、原文からすこし離れる。だが、離れることによって中国の読者が読んですぐに理解できる翻訳になった。その分、すぐれた漢訳になっていると考える。これくらいの距離は、認めるべきだ。
 ここにいう、いわゆる一夫多妻は、別の箇所にも出ている。
 第2章に、次のようにあるのがそれだ。

No argument or persuasion could ever induce him to set up a female establishment after the manner of his companions.(どんなに議論し、説得を重ねても、モルモン教徒の掟に従って何人もの女性と結婚するということをしなかったのだ)115頁

 上と同じく、日本語は、少し意訳している。原文では、単に仲間のやり方に従って女性と身を固めないと述べているだけだ。結婚するとは、モルモン教では複数の女性と、という慣習を知っていれば、意訳した方がわかりやすい。

【恩讐血】▲福聯▲有特性。不悦女色。絶不效其同教友所為。(フェリアには特別な性癖があり、色香を悦ばなかった。決してモルモン教の仲間の行為をまねなかったのだ)51頁
【歇洛克奇案開場】惟有一事。為同教中所弗容。雖力勧其人。乃終不娶。(モルモン教のなかで、ただひとつ聞き入れないことがあった。いくら勧めても娶ろうとはしなかったのである)62頁

 両者ともに、英文原作に忠実であることが理解できる。ただし、読者のためをいえば、ここは少し意訳したほうがもっとよかった。
 第3章では、そのものズバリの単語「polygamy 一夫多妻」が使われる。
 『恩讐血』は、その周囲のかなりの部分を省略した。ゆえに、該当する漢語は、ない。林訳は、「多娶之風」(67頁)と翻訳している。
 娘ルーシーが好きになった青年ホープは、キリスト教徒だった。それを知った教団の指導者は、フェリアに教えに背いていることを告げ、スタンガスン、ドレッパーの息子のいずれかを娘の婿として選ぶよう迫った。
 これが、フェリアとルーシーがユタを脱出する原因となる。

○4 A Flight for Life(命がけの脱出)
 翌日、フェリアが、ソルトレーク・シティへ出かけ、ホープあてに助けをもとめる手紙をことづけている間に、スタンガスンとドレッパーの息子が、もう家に来ていた。
 ルーシーが自分の妻にふさわしい理由を、スタンガスンはつぎのように述べる。

As I have but four wives and Brother Drebber here has seven, it appears to me that my claim is the stronger one.(ぼくの妻はまだ四人ですが、ドレッバーさんにはもう七人もいます。ですから、ぼくのほうがふさわしいでしょう)132頁
【恩讐血】然余只有妻四人、而▲直雷畔▲兄有妻已七人矣。以多少論。則女公子似応帰吾。(ですが僕には妻は4人だけですが、しかしドレッバーさんにはもう7人もいます。数からいえば、娘さんは僕のものです)61頁
【歇洛克奇案開場】惟特来伯兄弟。有七妻。我但有四。以理卜之。宜帰我。(ドレッバーさんには妻が7人います。僕は4人だけですから、理屈からいっても僕のものです)71頁

 漢訳はふたつともに、原文をよくうつしている。ただ、林訳の方がより簡潔であることが、見れば理解できる。
 林訳で、簡潔にすぎる箇所もないわけではない。
 ふたりの息子を追い返したあと、指導者から日ごとに脅迫を受けることになった。猶予の1ヵ月を1日ずつ減じた数をつきつけられるのだ。

On it was printed, in bold, straggling letters:-
“Twenty-nine days are given you for amendment, and then --”(紙切れには、太く乱暴な字でこう書かれていた。/「改心のため、二十九日を与える。その後は……」)134-135頁
【恩讐血】観之。則上書字両行曰『以二十九限汝改悔。其後則。――』(見れば、2行にわけて書いてある。「お前が悔い改めるのにあと29日。その後は……」)63頁
【歇洛克奇案開場】上有小紙以針縫之。書曰。猶有二十九日生也。(上には小さな紙が止めてあり、まだ29日生きられる、と書いてある)73頁

 『恩讐血』が、引用記号にカッコを使用しているのが新しい工夫となっている。この部分についていえば『恩讐血』の方が、『歇洛克奇案開場』よりも原文に近い。
 陰湿な脅迫がつづき、精神的にまいってしまったあと残り1日の夜に、ようやくホープがもどってきた*13。
 ちいさなところだが、漢訳者による加筆があるので見ておきたい。
 寝ていたルーシーを起こして旅支度をさせる。恋人たちふたりが顔をあわせる。

The greeting between the lovers was warm, but brief,(恋人たちは、愛情のこもった、短い挨拶を交わした)139頁
【歇洛克奇案開場】此両情人相見。情〓リッシン素}極濃。顧為期甚蹙。乃不能〓口禺}〓口禺}作私語。(恋人たちは顔をあわせた。気持ちはとても盛り上がっていたが、時期が時期だけに、ひそひそと私語することもできない)76頁

 林訳も、微妙に原文とは異なるが、『恩讐血』は、もう少し離れる。

【恩讐血】慵髻半梳。睡衣未褪。両人相見。愛情頓露。恋恋若不勝情。(だらしのない髪はまだとき終わっておらず、ネマキも脱いでいない。ふたりは顔をあわせると、愛情はにわかにあふれ、想いはつのるのだった)67頁

 旅支度をすませたルーシーであるはずなのに、『恩讐血』に出てくる彼女は、ネマキも脱いでいないとなると、緊張感が欠落しているといわれてもしかたがない。こまかな部分ではあるが、全体の緊迫した雰囲気をぶち壊す可能性すら生じる。翻訳する際には、細心の注意が必要とされる理由である。
 その細心の注意が忘れられる箇所が、こんどは『歇洛克奇案開場』に出現する。
 密かに家を出た3人が途中で見張りの会話を耳にした。仲間であるという確認のために合い言葉を使っている。
 「九と七!Nine to seven!」「七と五!Seven to five!」(141頁)。これを漢訳し忘れる。関門を抜けるためには欠かすことのできない言葉であるにもかかわらずだ。あとで出てくる合い言葉が必要となる場面において、林訳はどうしたかというと、それには知らん顔をした。「ジェファスンは、庭先で「9と7」にたいして「7と5」と答えたのを聞いたから(約仏森適聞草間行人曾曰九至七。答者七至五)」(77頁)とやった。伏線がないから唐突の感をまぬかれない。『恩讐血』は、原文通りに漢訳する。
 こうして、見張りに正体がばれることなく、3人はユタの地を脱出した。
 第2部のやまばは、つぎの章に設定されている。

○5 The Avenging Angels(復讐の天使)
 悲劇は、ホープが食糧の獲物を入手するため狩りに出かけたあいだに起こった。
 持参した食糧は、もともと少なかった。追っ手を大きく引き離したと判断したから、ホープは、当面の食糧を得る目的でルーシーらふたりを置いて、出かけた。獲物を仕留めるのに、思わぬ時間がかかったうえに、道に迷った。ふたりのいる場所に、ようやくもどったホープが目にしたのは、フェリアの墓だ。あとでわかったことだが、フェリアを殺害したのはスタンガスンで、連れもどされたルーシーは、ドレッバーと結婚させられた。しかもルーシーは、心労のあまり床についたまま1ヵ月もしないうちに死んでしまった。
 通夜の席に姿をあらわしたホープは、遺体から結婚指輪を抜き取る。その時の、セリフは、こうだ。

She shall not be buried in that,(こんな指輪をはめたまま、埋葬されてたまるか!)151頁
【歇洛克奇案開場】彼即葬也。此物不能同〓疔夾土}。(彼女は埋葬されるのに、これをいっしょに埋めさせるものか)82頁

 林訳は、「此物」で指輪を示す。ホープがルーシーに贈ったものとわかる。だから、第1部で死体のそばで見失った指輪を取り戻すのに、危険を犯して現場にもどってきたり、新聞広告を見てホームズたちの部屋に人をやって指輪を取りに行かせた。それほど重要だった。その謎解きがここでなされている。
 片方の漢訳を示そう。遺体から指輪を抜き取るのは、原文と同じだ。

【恩讐血】不可使塵土汚我愛卿。香質此物不当殉葬於此。(私の愛する人をチリで汚してはならない。これを一緒に埋めさせてなるものか)74頁

 銀鉱探し、毛皮取り、牧童などさまざまな経験をしているホープの人物像からいえば、「愛卿」という単語は、すこしそぐわない気がする。遺体をとりまいて女性たちがいる場面だからなおさらだ。原文のように、ぶっきらぼうに、「she 彼」と呼ぶくらいがにあっていると思う。それくらいのことは、当然、ドイルは計算している。
 もうひとつ、『恩讐血』が、原文にない説明をしている部分を紹介しておこう。
 モルモン教会の内部で分裂騒ぎがあって、ドレッバーとスタンガスンも教会を離れてユタを去った。

Rumour reported that Drebber had managed to convert a large part of his property into money, and that he had departed a wealthy man, while his companion , Stangerson, was comparatively poor.(噂では、ドレッバーは財産のかなりの部分を換金して裕福だったが、スタンガスンのほうはどちらかといえば貧しいままだったという)153頁
【恩讐血】伝聞▲直雷畔▲已盡変其産。加以▲福聯▲之遺金。擁貲巨万。而▲斯旦及孫▲日就貧窶。(聞くところによると、ドレッバーは財産のすべてを換金し、加えてフェリアの残した金があったから、巨万の資金を持っていた。だが、スタンガスンは、貧しいままだった)76頁

 ドレッバーたちは、たしかに脱出したフェリアらを追っていた。見つけだして殺害したから、その時持っていた彼らの金(ホープの金も含まれる)も奪った。さらに、形だけとはいえルーシーと結婚したから、その財産も自分のものになった。こう訳者は考えたのではないか。だから「加えてフェリアの残した金があった」という漢訳になったと思われる。
 だが、脱走者の所持金、財産がそのままルーシーの所有になっていたとは考えられない。教会に「寄付」されたと考えるのが普通だ。では、なぜ、原文にないフェリアの財産が漢訳に出現するのか。原文の「he had departed a wealthy man(裕福な男として去っていった)」というのを、裕福な男=フェリアから奪った、と勘違いしたからではないだろうか。どのみち、早とちりである。
 ホープは、復讐の鬼となっていた。逃げ回るドレッバーたちをしつこく追い回す。ついに、ロンドンに追い詰めた。
 『緋色の習作』は、前述のように第1部と第2部のふたつで構成されている。第1部は、ワトスンの記述だ。ところが、第2部のアメリカ大陸における事の顛末を語るのは、誰か。これは原作について生じる疑問である。
 その疑問が出てくるのは、第5章の最後に次のような説明があるからだ。

As to what occurred there, we cannot do better than quote the old hunter's own account, as duly recorded in Dr.Watson's Journal, to which we are already under such obligations.(そこでの出来事については、年老いた猟師その人の口から聞くのがよいだろう。彼の言葉は、わたしたちがすでに深く恩義を感じているワトスン医師の手記に逐一記録されている)154頁
【恩讐血】省略する
【歇洛克奇案開場】以約仏森所言。均在華生大夫日記中。吾書均取材於彼日記中也。(ジェファスンの話は、すべてワトスン医師の日記に書かれている。私の本は、彼の日記に取材しているのだ)84頁

 『恩讐血』のように関係部分を省略してしまったのでは、出てくる疑問も出てこない。林訳が、原文に忠実であるのを見るにつけ、『恩讐血』の訳者の翻訳姿勢には、ものたらないものを感じるのが正直なところだ。

○6 A Continuation of the Reminiscences of John Watson,M.D.(ワトスン医師の回想録の続き)
 本第6章が、第1部第7章の内容をひきつぐ。ホープ逮捕から彼自身による供述である。といっても、ワトスンの筆記という形をとるから、第1部の方法にもどったことになる。
 第6章では、ホープの復讐物語が細部にわたるまで明らかにされる。
 1.動脈瘤――ホープの持病
 ホープが、ワトスンらに裁判を受けることはない、と言ったのは、持病をかかえていたからだ。「an aortic aneurism 大動脈瘤」(157頁)である。いずれ血管が破裂して死ぬだろうから、裁判までもたないという意味だ。また、この持病があるから鼻血を出して、それが死体のまわりにとびちっていた、という理由付けにもなっている。
 『恩讐血』は、「大動脈」(79頁)とだけ訳している。動脈瘤を無視するのは、当時の辞典には、「aorta,n.総脈管,大動脈」としか掲載されていなかったからかと想像する。だが、大動脈だけでは、病名にはならない。前後関係から見て、それに気づかなかったのか。
 こういう専門用語は、翻訳者によほどの知識がなければ、漢訳はむつかしい。というよりも、工具書の問題になる。
 林訳は、「汝病乃為血沸(君の病気は血がたぎっていることだよ)」(86頁)としているが、言葉足らずだ。動脈瘤という単語をしらなかったためにそうなったのだろう。
 2.日常生活のための資金――馬車屋
 かたきを追跡するにしても、長期間にわたれば(20年間である)、生活するための金が必要になる。

I applied at a cab-owner's office, and soon got employment.(馬車屋に頼んだら、すぐに雇ってくれました)159頁
【恩讐血】余乃赴一馬車行。主人一見。即得録用。(馬車屋へ行くと、主人はすぐに雇ってくれました)80頁
【歇洛克奇案開場】自造車棧。賃車自贍其生。(車屋へ行って、車を借り生活費をかせぐことにしました)87頁

 こういう日常生活の基礎となる部分にも目を配っているのが、ドイル原作のうまいところだ。ふたつの漢訳も、その重要さを理解している。省略していないところがよい。
 3.かたきの居場所――キャンバウェルの宿
 ホープは、かたきふたりがロンドンに滞在していることをようやくつきとめた。

They were at a boarding-house at Camberwell, over on the toher side of the river.(奴らは川向こうのキャンバウェルに宿をとっていました)159頁
【恩讐血】彼於▲康伯衛児▲某家賃屋(やつらはキャンバウェルのある宿に部屋を借りていました)80頁
【歇洛克奇案開場】在対河岸上孀婦家。(川向こうのやもめの家にいました)87頁

 林訳は、「キャンバウェル」を省略したうえに、「やもめの家」とする。 a boarding-house は、賄いつきの下宿屋だ。寡婦が営んでいることが多いということかも知れないが、すこし訳しすぎの感がある。
 4.空家の鍵――犯行現場の設定
 ホープが婚約者の恨みをはらす場所は、事前に決めていた。乗った客が、空家の鍵を馬車に落したことがあり、その合鍵を作っておいた。

It chanced that some days before a gentleman who had been engaged in looking over some houses in the Brixton Road had dropped the key of one of them in my carriage. It was claimed that same eveing, and returned; but in the interval I had taken a moulding of it, and had a duplicate constructed.(何日か前に、たまたま、ブリグストン通りに空き家を見に行った紳士が、わたしの馬車に鍵を落したのです。鍵は、その人がその晩取りに来たので返しましたが、その間に、私は型を取って、合鍵を作らせました)161頁
【恩讐血】一礼拝前。某先生雇吾車往▲白列克頓▲看察空屋一所。急忙中堕鑰匙一枚於車中。是夜雇吾車。然余得閑即〓人方}此匙〓莫手}製一枚。(1週間前、あるひとが私の馬車に乗ってブリクストン通りに空家を見に行きました。急いでいて鍵を馬車のなかに落したのですが、その夜、また私の馬車に乗ったのです。私はその間に、その鍵と同じものを作らせました)82頁
【歇洛克奇案開場】適前数日有趁車之人。至白列斯敦視彼空屋。遺其鑰匙車茵之上。及其未索之先。吾已如式別搆一具。(数日前、ちょうと馬車に乗る人がいて、ブリクストン通りに彼の空家を見に行ったのですが、鍵を車のなかに忘れたのです。その人が取りにくるまえに、私は同じものを作らせました)89頁

 『恩讐血』が、鍵の落とし主が、ホープの馬車にまた乗ったように解するのは原文とは異なる。それ以外は、原文のままだ。林訳については、文句をつける箇所は、ない。
 5.毒物――アルカロイド
 ホープが使ったのは、アメリカのヨーク大学の実験室で入手したアルカロイドだった。

One day the professor was lecturing on poisons, and he showed his students some alkaloid, as he called it, which he had extracted from some South American arrow poison,(ある日、教授が毒物についての講義のとき、学生たちに、アルカロイドとかいうものを見せていました。南アメリカの現地人の毒矢から採ったもので)163頁
【恩讐血】一日赴化学試験室。見教習講義中。偶述毒薬一門。出一種亜爾加里。為▲南美洲▲箭毒之一種。(ある日、化学実験室へいくと、教師が講義中でした。たまたま毒薬について説明していて、アルカリというものを見せていました。南アメリカの矢の毒の一種で)83頁
【歇洛克奇案開場】一時教師辨毒薬性質。即語学生以南亜美利加野人箭鋒之傅毒薬。(あるとき教師が毒薬の性質につて説明していて、南アメリカの野蛮人が矢尻に塗る毒薬という)90頁

 アルカロイドには、漢訳両者ともにてこずっている。『恩讐血』は、アルカリと誤解するし、林訳は、単語自体を省略してしまった。さらに、林訳では、「南アメリカの野蛮人(野人)」と差別意識を丸出しにしているのが目を引く。原文に、そのような表現は存在していないから、林〓らの考えが、直接、出てしまったのだ。
 6.血文字―― RACHE
 興奮のあまり鼻血の流れるままにしていたホープは、思いつきから壁に血文字を書いた。

I don't know what it was that put it into my head to write upon the wall with it. Perhaps it was some mischievous idea of setting the police upon a wrong track,(なぜそのとき、その血で壁に文字を書こうと思いついたのか、今もってわかりません。たぶん、警察をからかってやろうといういたずら心からだったんでしょう)167頁
【恩讐血】余故以指染血択牆而書之。冀以乱偵探之計。(ですから私が血で壁に文字を書いたのは、警官を混乱させようと考えたからです)86頁
【歇洛克奇案開場】作書於壁間。以愚巡警。(壁に文字を書いたのは、警官をばかにしようとしたのです)92頁

 『恩讐血』が、ここでも誤植のうえに Bachel とつづることはすでに述べた。『歇洛克奇案開場』は、ローマ字そのものは省略する。こまかい違いはあるが、意味のうえからすれば、ほぼ原文通りといってもいいだろう。
 『恩讐血』『歇洛克奇案開場』ともに、以上の重要箇所は省略していないことがわかる。ここで手を抜くと、本小説そのものが成立しにくくなるから、特に点検してみた。
 そのほかでいえば、ベーカー街221号が『恩讐血』では、なぜか「匏瓜街三百廿一号」(87頁)と番号が違う。単なる誤植だろう。

○7 The Conclusion(結末)
 前の第6章が、犯人ホープによる説明であったが、本第7章は、ホームズが自らの推理の過程を解説するものだ。
 まず、ホープが動脈瘤破裂 the aneurism burst で死亡したことが明らかにされる。
 『恩讐血』は、「大動脈爆裂(大動脈破裂)」(89頁)と漢訳していて、ほぼ正確だ。ところが、林訳の方は、「肺立炸(肺がただちに破裂して)」(94頁)とする。
 原文の前章では、ホープが動脈瘤を持っていると説明していた。しかし、林訳はそれを「血沸病(血が沸き返る病気)」と考えたために、この箇所については、最後まで正解に近づくことができなかった。まあ、細かい部分には違いない。
 比較的大きな部分を示して漢訳の違いをいわなければ、林訳にとっては不公平になるだろう。
 ドイルの原作では、ホームズが、この事件そのものは単純であること、さかのぼる推理が大事であること、結果を聞いてその経過を論理的に推理できる人は少ないことなどなど、推理についての彼独特の思考法を紹介する。
 読者は、探偵推理術についての知識をこれによって得る。今まで聞いたことのない話だ。ドイルもその効果があることがわかっているから、わざわざ記述している。そのような考え方があることを、説明されてはじめて知るから、興味をもつ読者にとっては、はずすことのできない部分であるといってもいい。
 林訳は、ほぼ原文に忠実に漢訳する。しかし、『恩讐血』は、この部分をあっさり削除する。すぐさま、殺人現場の実地調査に説明をつなげている。ここでも、私のいういわゆる生活史を無視することになった。作品がいくらか痩せ細るのは、当然の結果だろう。
 強調されるのは、足跡鑑定技術 the art of tracing footsteps(173頁)だ。『恩讐血』は、「査審足印」(89頁)に、林訳は、「辨足印」(96頁)と漢訳していて、正しい。
 足跡を観察することにより、ふたりの男が空家に侵入したこと、ひとりは背の高い男であることなどを推理する。さらに、死人の口の匂いをかいで毒殺であることを知る。ここまでは、ふたつの漢訳ともに、原文に忠実だ。
 毒殺事件の例としてホームズは、オデッサのドルスキー事件 the cases of Dolsky in Odessa、モンペリエのルトリエ事件 the cases of Leturier in Montpellier の名前をあげる。『恩讐血』は、省略した。林訳は、前者を「倭地〓レンガsha}中度而司基之陳案」(96頁)に、後者を「孟〓心弋}迫里而中之勒都里爾」(同前)と音訳する。いわゆる生活史も無視してはならない、という立場にたてば、林訳のやり方が好ましい。
 殺人の動機は、手のこんだ殺し方を見れば、女性関係であること。それは、指輪が見つかって確証となった。
 犯人像についても、ホームズは、推測した根拠をこまごまと説明する。両漢訳とも、この部分は、原文のままになっている。
 最後に、事件を報道する新聞記事をみよう。
 記事は、有名なふたりの警部 the well-known Scotland Yard officials, Messrs.Lestrade and Gregson の功績であることをいう。
 まず、単語の問題だが、『恩讐血』と林訳を並べておく。

【恩讐血】 【歇洛克奇案開場】
officials 偵探家 包探
Lestrade 格蘭孫 格来格森
Gregson 莱斯屈来特 勒司〓心弋}雷得

 固有名詞が両者で異なるのは、しかたがない。警部を漢訳して「包探」とするのは、時間的に林訳の方が遅いのにもかかわらず、ややふるい訳語のように思う。訳語の流れからすれば、まず「包探」があって、のちには「偵探」が多く用いられているからだ。
 両漢訳の違いは、この新聞記事のなかのホームズのあつかいだ。
 ドイルの原文では、犯人は、「シャーロック・ホームズ氏なる人物の部屋で in the rooms of a certain Mr.Sherlock Holmes」(178頁)逮捕されたとある。
 林訳は、原文通りに「密司〓心弋}歇洛克福爾摩司家(シャーロック・ホームズ氏の家)」(99頁)とする。だが、『恩讐血』は、そこを「復得▲福爾摩斯▲先生之参助(また、ホームズ氏の協力を得て)」(93頁)と書き換えた。
 ホームズが警部ふたりに協力して犯人を逮捕した、という方が、読者にはわかりやすいはず、という思い込みが訳者にあったのではないか。
 だが、原文は、ロンドン警視庁の警部と私立探偵の微妙な関係を描いていることに気づかなければならない。推理調査能力ともに警部たちをはるかに超えているホームズ、という設定だ。警察が手掛かりすらつかめず、ホームズに相談しにやってくる事実を思いだしてほしい。しかし、新聞あるいは社会一般は、事件解決の実力は、ホームズよりも警部たちの方にあると勘違いしている。小説は、この事実の乖離を辛辣に暴露してもいるのだ。
 『恩讐血』が、ホームズを警察に協力する仲良しクラブのように書き換えたのは、ドイル原作の基本的人間関係を把握しそこねている証拠となろう。

●3 読者の反響
 漢訳「緋色の習作」に関する同時代人の評論は、多くない。
 郭延礼が『中国近代翻訳文学概論』(163-164頁)で引用するのは、陳煕績の文章だ。といっても、林〓、魏易同訳『歇洛克奇案開場』につけられた前出の「序」にほかならない*14。
 翻訳原稿ができた段階で、陳煕績は頼まれて校閲訂正、句読点の附加を行なった。その読後の感想が「序」というわけだ。
 陳煕績の「序」には、ふたつの注目すべき点がある。
 ひとつは、林〓が西洋の小説を翻訳するのは、社会を改良し、人心を奮い立たせる意図があると指摘していることだ。
 具体例として挙げられるのは、次の作品である。
 『巴黎茶花女遺事』(LA DAME AUX CAMELISA)は、男女の情は正しくあるべきことを、『黒奴〓天録』(UNCLE TOM'S CABIN)は、階級の平等であることを、『滑鉄廬戦血余腥記』(WATERLOO: SUITE DE CONSCRIT DE 1813)は、軍国の主義を、『愛国二童子伝』(LE TOUR DE LA FRANCE PAR DEUX ENFANTS)は、実業を興すべきことを人々に示しているという。
 では、『歇洛克奇案開場』は、なにを意図しているのか。
 陳煕績は、ホームズではなく犯人ジェファスン・ホープに注目する。ホープが、各地を転々とし、長年にわたり、飢えと渇きに耐えながら、最後には復讐をはたすという堅忍不抜、不撓不屈の精神を賞賛する。
 「嗟乎約仏森者西国之越勾践伍子胥也(ああ、ジェファスンは、西洋の越王勾践、伍子胥である)」とまでいう。前者は、越王勾践が、呉王夫差に敗れたあと、苦い肝をなめて自分の心をふるいたたせた故事をいう。後者は、楚の人伍子胥が、父兄を楚王に殺されたため、呉王を助けて楚を討ったことを背景にしている。いずれも、強い決意をもって復讐を誓い、その意思をまげなかった例で有名だ。
 というわけで、陳煕績は、太史公(司馬遷『史記』)の「越(王勾践)世家(第十一)」「伍員(子胥)列伝(第六)」をかかげ、これらとあわせて読むことを勧める。
 探偵ホームズにではなく、犯人の方に重点をおいた評価は、めずらしい。ホープが、もしもホームズに出会わなかったならば、かならずアメリカに帰国していただろう、とまで陳煕績は述べる。
 探偵小説のもつ謎解きのおもしろさよりも、艱難辛苦をものともしない犯人の信念の強さに、作品自体の価値を置いている。普通には見られない特異な評価だといえよう。
 陳煕績の読み方は、作品をなにかの目的に利用しようとする、小説功利論の応用である。
 そのばあい、翻訳小説であれば、外国の事物、制度、組織、人情などを理解するのに役立つとしかいいようがない。探偵小説にまで小説功利論を応用するのは、かなり無理が生じる。だが、それをいわなければならない時代の風潮があった。
 もうひとつの注目点は、さきほど述べた、陳煕績が依頼された校閲訂正の作業だ。林訳には、口訳者と筆述者・林〓のほかに、翻訳作品を校閲する人物がいたという事実には目をむけておいてもいい。
 林訳のすべてにわたって校閲者がいたかどうかは不明だ。だが、すくなくとも『歇洛克奇案開場』のばあいは、翻訳作業が、点検を含んで組織されていたことを意味する。いいかげんに訳しとばしたわけではないことが理解できる。ただし、校閲者がいても誤訳が生じるのは、しかたのないことだ。

●4 結論――林〓らの漢訳
 外国語を理解しなかった、と林〓を批判する論文には、ある固有の考えが前提としてあるように感じる。すなわち、外国小説の翻訳には、ひとりの外国語がわかる人間が、最初から最後まで、独力で従事しなくてはならない。
 しかし、これは、思い込みではないのか。複数の人が、それぞれ得意な分野を分担しながら共同作業で翻訳することは、悪いのか、と反論したくなる。
 結局のところ、読者にとって、よい翻訳はなにか、という問題になる。
 原文に忠実で、誤訳、省略がすくなく、訳者の加筆はひかえた、漢語として読みやすいものがいいにきまっている。文化の違いで、どうしても漢訳できない事物については、必要最低限の注釈をほどこすことによって説明することができる。どのようにも工夫できよう。
 ただし、その時代の情況と要請に応じて、場合によっては、翻案、書き換えもありうる。翻訳を受ける側の問題だといってもいい。文言から口語へと変化するのも、その一例だ。簡単に決めつけることのできる課題ではない。
 ただし、翻訳の過程で、ひとりで実務をこなしたとしても、その結果出てきた漢訳作品が、誤訳、省略だらけの、勝手な加筆が多く原文とは離れたものであるならば、それは悪い翻訳作品である。
 翻訳は、その過程が重要なのではない。作品としての結果こそが最重要でなくてはならない。当然のことである。いまさらわざわざ書くのも恥かしいくらいだ。
 翻訳作品そのものを評価の基準にするとどうなるか。
 外国語に堪能な人物を得て、原文に忠実な翻訳をしてもらう。それを外国語はできないが文章のうまい林〓が聞きながら文言になおす。これで、いいではないか。
 外国語は理解するが、堪能というほどではなく、誤訳、省略をまじえながら、なんとか原文の筋を追う程度の漢訳でしかない。弱点が重なる可能性もある。翻訳そのものがすぐれていなければ、それだけのことだ。
 林〓が、魏易と共同で漢訳した『歇洛克奇案開場』は、すこしの誤訳はある。だが、基本的に原作に忠実な漢訳であることは、上に例をあげたから理解してもらえると思う。
 陳彦と金一が翻訳した『恩讐血』が、大きな省略とこまかな誤りを多く持っているのに比較すれば、林訳は質的にはるかにすぐれた翻訳作品である、と私は自信をもって断言する。

【注】
1)「訳者あとがき」小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』河出書房新社1997.9.10/10.20二刷。362頁
2)郭延礼『中国近代翻訳文学概論』漢口・湖北教育出版社1998.3。354頁。ただし、《福爾摩斯偵探案ママ第一案》とする。
3)郭延礼『中国近代翻訳文学概論』604頁
4)馬泰来「林〓翻訳作品全目」銭鍾書等著『林〓的翻訳』北京・商務印書館1981.11。103頁
5)日本語訳は、前出の小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』を使用する。
6)医学博士と訳さないのは、小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』184-185頁の注3に説明がある。
7)小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』185頁の注4
8)小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』207-208頁の注67
9)小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』248-249頁の注177
10)小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』251頁の注185
11)小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』58頁。「普通の酔っ払い」と訳するのはおかしい。 uncommon なのだから、異常に酔っ払っていた、くらいに訳してほしい。
12)小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』255頁の注197ではラテン語の書名の一部を June と表記するが、誤植ではなかろうか。
13)小林司、東山あかね訳 シャーロック・ホームズ全集第1巻『緋色の習作』137頁は、「この四日、飲まず食わずでした」と訳す。原文は、“I have had no time for bite or sup for eight-and-forty hours.”明らかに48時間だ。四日ではない。誤訳だろう。【恩讐血】故不食已四十八点鐘矣。【歇洛克奇案開場】吾於道中両日両夜。未嘗得杯水之飲。
14)阿英編「晩清文学叢鈔」小説戯曲研究巻 北京・中華書局1960.3上海第1次印刷(台湾・文豊出版公司(1989.4)の影印本がある)。289-290頁。また、陳平原、夏暁虹編『二十世紀中国小説理論資料』(1897年-1916年)北京大学出版社1989.3。327-328頁。両書ともに表題を「《歇洛克奇案開場》叙」とする。「叙」は、「序」が正しい。阿英が収録した文章は、原文とは3ヵ所の文字の異同があり、陳平原、夏暁虹のものもそれを踏襲する。