あとがき


 南亭新著『搨濠ッ場現形記』(世界繁華報館)を「清末小説研究資料叢書」の1冊として刊行するのは、版本としてきわめて珍しいからだ。
 どこが珍しいかといえば、重ねていうが、世界繁華報館が出版した搨獄{である点だ。強調しすぎることはない。世界繁華報館と搨獄{系石印本をつなぐ、まさに失われた環として『搨濠ッ場現形記』は存在する。
 『新編清末民初小説目録』を作成した経験からいえば、『官場現形記』の版本は、たしかに多い。
 特に中華民国以後は、多くの出版社から復刻本が刊行されている。
 ただし、版本の系統については、すっきりと説明した文章がない。
 版本問題にかかわるものとして、多くの課題が残されているのが現状だ。最大の問題は、初出紙である『世界繁華報』の全揃いが存在していないことだろう。だから、連載情況の詳細がわからない。
 もうひとつ問題を複雑にしているのが、単行本化に際しての、発行年月の記述だ。最初の版本にのみ発行年月を記載し、のちに刊行したものには、その記載がない。奥付という近代的な考え方が、まだ定着する以前のことだから、しかたがない。
 さらに、海賊版の出現もある。出版社の名前を記録しないもの、別の出版社名を使用するものなどがある。
 複雑な発行形態が存在しているから、そのなかに搨獄{が埋もれてしまっている可能性がある。
 本書に影印した『搨濠ッ場現形記』は、日本で発掘したことは説明した。日本にあるものならば、中国に所蔵されていないわけがない(と考える)。
 中国の図書館に所蔵されている世界繁華報館本のなかに、搨獄{がまぎれこんでいるのではなかろうか。目録だけではその区別がつかない。研究者が原本を手にして判別する以外に方法がないのだ。
 まぎれこんでいる可能性があることを私は推測しておく。
 影印本の発行が、『官場現形記』版本研究の一助になればさいわいである。

樽本照雄