あとがき




 『中国近現代通俗文学史』が発行される前、私は次のような紹介文を書いた。

 蘇州大学の范伯群氏より、「中国近現代通俗文学史・目録」をいただいた。范伯群氏を中心とした蘇州大学の研究者によって執筆され、本年中には発行されるかもしれない大型文学史であるという。その目録を見れば、確かに類を見ない文学史のように思われる。
 緒論において強調されるのは、従来の文学史が犯してきた通俗文学否定の誤りだ。たどりついて、中国小説の正統は、ほかならぬ鴛鴦蝴蝶派小説だという。革命派文学中心の従来の観点を、完全にひっくり返しているのが画期的だ。ついに出るべくして出てきた、という思いが生じる。
 清末から民国を一体のものとして把握する。これが大きな編集方針で、以下のような内容分類によって記述される。
 第一編社会言情編は、愛情、譴責、黒幕小説をあつかう。第二編武侠党会編は、武侠小説を中心に置く。第三編偵探推理編は、翻訳を含んだ探偵小説を論じる。第四編歴史演義編は、歴史小説を、第五編滑稽幽黙編は、遊戯文章から滑稽文学をまとめる。第六編通俗戯劇編では、演劇を、第七編通俗期刊編は、1872-1949年に発行された雑誌などについて説明する。第八編大事記編は、年表だ。
 今まで、ほとんど論じられ言及されてこなかったような作品を含めて配置しているのが特徴だとわかる。細目を見てもらえば理解するのが簡単だろう。
 賈植芳がその序で紹介しているのは、次のような考え方だ。すなわち、従来の文学史が不完全なものであって、半分しか研究していないその理由は、俗文学を逆流として排除してきた誤解と偏見による。その偏見と無知を打破するのが『中国近現代通俗文学史』であり、中国現代文学史の失われた片方の翼を取り戻す作業であった。
 本文学史が出版されれば、日本における民国通俗文学研究にも刺激になるかもしれない。
 以上、期待を込めて紹介し、その発行を待ちたい。
 (「『中国近現代通俗文学史』の出版予告」『清末小説』第22号1999.12.1。沢本香子名を使用)

 実際に出版されてみると、期待通りのものだった。
 巨冊といっていい。本文が、上巻は900頁、下巻は846頁もある。
 まったく新しい編集方針によるこの新しい中国近現代文学史は、その質と量において私を圧倒した。第三届中国高校人文社会科学研究優秀成果奨(2002年)の中国文学一等奨を獲得したのは、当然だといえよう。また、受賞の事実によって中国の研究界における変化も、同時に、知ることになったのだ。
 ただ、残念なことに索引がない。該書のような学術書に索引がついていないのは、利用するうえで不便である。
 人名、作品、論文、雑誌などを中心に単語を採取することにして、個人電脳に入力をはじめた。最終的には、全部で約2万件近くになる。
 索引を作ったことのある私の経験からいうと、採取条件にもよるが、1冊の研究書で普通は多くて6千件くらいのものだ。『中国近現代通俗文学史』のばあい、採取対象を限定しても約2万件というのは、多い。2冊合計で1,800頁ちかくの分量があるとはいえ、多いことに違いない。それだけの情報が書き込まれている証拠だと考えていいだろう。
 本索引がお役に立つことを願っている。

樽本照雄