統計表から商務印書館を見る(下)


樽 本 照 雄


6.統計表から商務印書館を見る

 まず全体の流れをながめたうえで、次に分野別の動向に話を進める。

6−1全体の流れ
 商務印書館の発行種類の推移(図1)から見てみよう。全体の流れが現われているはずだ。
 波はあるものの、1900年代より10年代、20年代を通じて、発行種類は全体として増加傾向にあると見てよい。
 1903年より1914年までの金港堂との合弁時期は、順調に業績をあげているとえいるだろう。1911年の辛亥革命前後に見られる少しの停滞は、政治的、社会的にあわただしい時期だっただけにやむをえない現象だ。この合弁時期は、李沢彰のいう革新運動時期とほぼ重なる。
 商務印書館の業績が着実にのびていった背景に金港堂があるとすれば、他の書店の怨嗟の的となるのは必定だ。しかし、その非難に応じて金港堂との合弁を解消したのちも発行種類は、それほど大きく落ち込むことはなかった。この事実は、商務印書館が、独りで歩むことのできる実力をすでに身につけていたことを物語

図2●分野別の構成比動向

っている。新文化運動時期に当る。
 李沢彰は、図書館運動時期を1925年以降のこととする。図書館には書物が必要だということになる。だが、視点をかえて20年代の流れとしてとらえるならば、書物の収め場所として図書館の設置が推進された、と逆の見方も成り立つのではないか。1925年の直前に多種の書籍が発行されている事実に注目してほしい。

6−2分野別の動向
 1902年から1930年まで、各年を100パーセントとしてそれぞれの分類がいくらの割合を占めるのかという構成比グラフを見る(図2)。
 総類が1920、21年と1929、30年に突出しているのが目を引く。上の図書館運動時期と重ねあわせると、叢書などの大規模な出版が求められていたと考えることができよう。
 全体の流れとしては、社会科学および文学の比率が多くを占めているのがわかる。
 革新運動時期には、確かに自然科学、応用技術関係の書籍がある程度の比率で発行されている。しかし、1931年以降、そのままこの二分野の書籍が継続して増加するかどうかは、この時点ではっきりしない。
 この図2を見る限り、商務印書館は、1930年までは社会科学と文学の二分野に主力をそそぎつつ事業を展開していたととらえることができる。また、総類のある時期における突出と史地の漸減が対照的であることにも注目しておこう。


7.その後

 1931年以降の商務印書館の出版動向を

        表2■

補足的に見ておきたい。ただし、1930年以前の統計である「商務出版分類統計表」のような詳細な数字が発表されているのかどうか私は知らない。かろうじて、『商務五十年』からとったという「商務印書館歴年出版物分類総計」(前出『商務印書館図書目録(1897-1949)』所収。表2)が手元にあるだけだ。これには、1902年から1950年までほぼ10年毎に区切って種類と冊数の数字が掲げられている。この1902-1930年分は、「商務出版分類統計表」の数字とまったく同一である。
 これをもとに年代別発行種類の動向をグラフにした(図3)。
 1902年以来、順調に種類を増加させていたが、1940年代は大きな落ち込みを示している。ついでにいうと、全体として種類数の多寡は、冊数の多少と基本的に連動していることを、ねんのため言い添えておく。
 各年代の分野別構成比動向を示す(図4)。
 商務印書館にとって社会科学関係の書籍が大きな柱となっていることは、この図4から明らかだ。30、40年代は、文学の割合が、やや、減少しているが、これも大きな柱であるといってもいいだろう。1930年まで、増加の様子を見せていた総類は、反対に減少している。それと対照的なのが史地の分野だ。
 応用技術の増加を考慮にいれると、30、40年代では各分野の平均化の傾向を認め

図3●商務印書館年代別発行種類の推移
図4●年代別分野別の構成比動向

ることができる。
つまり、1902年から1950年までの全体の動きをまとめて言えば、社会科学、文学の二本柱から出発し、その二本柱を堅持しつつも他分野の種類を増やしながら、全体の平衡をはかっていた、ということになる。
 以上が、統計表の中から浮かび上がってきた商務印書館の姿である。

【参考】
莊兪、賀聖編『最近三十五年之中国教育』(上海・商務印書館1931.9)

目次
編者敬啓
王雲五 導言(転載→王雲五『商務印書館与新教育年譜』台湾商務印書館1973.3所収。301-305頁))
巻上
呉研因、翁之達 三十五年来中国之小学教育
廖世承 三十五年来中国之中学教育
何炳松 三十五年来中国之大学教育
黄炎培 三十五年来中国之職業教育
高践四 三十五年来中国之民衆教育
兪慶棠 三十五年来中国之女子教育
汪亜塵 三十五年来中国之芸術教育
呉蘊瑞 三十五年来中国之体育
朱経農 三十五年来中国之教育行政

巻下
蔡元培 三十五年来中国之新文化
呉敬恒 三十五年来中国之音符運動
黎錦煕 三十五年来中国之国語運動
賀聖 三十五年来中国之印刷術(転載→張静廬輯註『中国近代出版史料初編』上海・上雑出版社1953.10所収。257-285頁)
頼彦于 三十五年来欧美之印刷術
李沢彰 三十五年来中国之出版業
商務印書館創立三十五年紀念刊
莊 兪 三十五年来之商務印書館(転載→王雲五『商務印書館与新教育年譜』台湾商務印書館1973.3所収。305-329頁。ただし、文章と表の一部を削除する)

凸版印刷/平板印刷/凹版印刷(注:印刷見本)