贋作漢訳ホームズ2
――『黄金骨』の場合

樽 本 照 雄


1 『深浅印』のこと
 シャーロック・ホームズとワトスンが登場する中国語作品のひとつに、華生筆記、鴛水不因人訳述『深浅印』(上海・小説林総発行所 丙午年五月(1906))がある。しかし、コナン・ドイルの著作とは、なんの関係もない。贋作であった*1。
 阿英は、該書を「晩清小説目」(1954)に収録した時、原書にはない「英柯南道爾著」を補足して記述している。つまり、彼は、ドイル作ホームズものの漢訳だと考えたのだ。
 阿英は、なぜ誤ったのか。
 該書には「華生筆記 鴛水不因人訳述」としか書かれていない。推測するに、阿英は、以下のように考えたのではないか。
 「訳述」とあるのだから翻訳だ。「華生」は、ワトスンである。ワトスンが記録したホームズものにちがいない。ホームズとくれば、ドイルの原作である。
 事実、ホームズとワトスンが活躍する探偵小説なのだ。確認を怠ったという点で軽率のそしりをまぬかれない。しかし、無理はない気もする。
 出版元である小説林社が、当時、新聞に掲げた出版広告は、巧妙である。原文を示す。資料としての価値があると考えるからだ。

○新聞広告『時報』光緒三十二年五月二十六日(1906.7.17)
小説林社出版 福爾摩斯偵探案深浅印
 福爾摩斯探案不独我国閲小説者所歓迎即西洋諸国一出版銷售数万冊一星期而尽其価値之貴如是本社又覓得華生筆記深浅印一案急付手民行世事跡之変幻筆墨之簡潔想閲者自有真評無煩贅述矣 定価二角半

 ホームズものが中国ばかりでなく、西洋諸国でも数万冊が1週間で売れきれるほど読者に歓迎されていることをいう。それは事実だ。ドイルの原作が公表されるや、すぐさま中国で漢訳本が出ることもあった。そこで、小説林社は、ワトスン筆記の「深浅印」事件を急いで印刷した、とのべる。
 私が、この広告が巧妙であるという理由は、ホームズものとはいっているが、ドイルの原作であるとは書いていないからだ。読者が、勝手にドイル原作だと想像するようにできている。ドイルの作品ではない、と読者から指摘されたとき、小説林社は、本のどこにもドイル原作とは表示していないと言い逃れることができる。
 普通、そこまでは考えない。なにしろドイルのホームズものは、イギリスにおいて現在進行形で発表されている最中なのだ。新作かもしれないし、まだ漢訳されていない作品である可能性もある。贋作であると確実にいうことができる読者は、当時の中国には、ほとんどいなかった。
 だが、阿英の「晩清小説目」は、ホームズもの全60作が発行されてよりはるかのちの出版物なのだ。『深浅印』が贋作であることに気がつかなかったという事実は、阿英の手元には判断するための資料がなかったことを教えてくれる。
 ホームズものならば、ドイル原作でないわけがない。小説愛好家の常識である。わざわざ説明するほどのことではない。清末のころは、原著者名を出さない翻訳書が多く出版されている。のちのち目録を利用する研究者の便宜を考え、阿英は、実物にはない原著者名をおぎなって「英柯南道爾著」をつけ加えたと理解できる。ただし、それが推測であることを示す表記上の工夫が足らなかった。あたかも原物に記載があるかのような書き方をしているのがまぎらわしい。
 阿英の「晩清小説目」は、単行本、雑誌の実物を手元において作成した目録だ。だからこそ、のちの研究者はその記述を信頼している。だが、『深浅印』についていえば、誤記をする結果になった。実物を手にしていながら、その内容がドイルのホームズものに存在していないことまでは確認しなかった。これが誤りの原因だ。
 同じく阿英の「晩清小説目」に、似たような例を見つけている。
 「黄金骨 英柯南道爾著。馬汝賢訳。光緒丙午(一九〇六)小説林社刊」(148頁)とある作品が、あやしい。

2 迷う理由――記述不一致
 記述によれば、『黄金骨』の出版社は『深浅印』と同じ小説林社である。『深浅印』と同様に贋作ホームズものではないか、と想像したとしても不思議ではなかろう。
 『黄金骨』についても新聞広告がある。こちらも原文を示す。

○新聞広告『時報』光緒三十二年十一月初二日(1906.12.17)
福爾摩斯偵探案黄金骨 華生筆記於福案被詳以前散佚尚多本社覓得未曾訳印之本陸読ママ[続]付印此其一焉以慰海内之有嗜痴者○定価二角
 翻訳されていない作品というのが売り文句である。誰もがドイルの作品だと考えるだろう。
 『黄金骨』については、すこし複雑な事情があるらしく、各種書目の記述が一致していない。だからこそ迷う。
 たとえば、上海図書館編『中国近代現代叢書目録』(香港・商務印書館1980.2)にある「小説林」の項目には、次のように書かれている。
 「黄金骨 華爾金剛石――福爾摩斯偵探案(英)華生筆記 馬汝賢訳 1906年8月初版 66頁」(134頁)
 これをみると、書名は『黄金骨』だけではおさまっていない。「華爾金剛石」というのは、なにか。おまけに、「福爾摩斯偵探案」がつけくわわっており、この書き方は副題を示している。
 「66頁」は、総ページ数だ。原物で確認しているからこそ書くことのできる数字にちがいない。
 阿英「晩清小説目」を調べれば、奇妙なことに「華爾金剛石」そのものを収録していない。阿英は『黄金骨』の原物を見ているはずだ。「華爾金剛石」はどこにいったのか。叢書目録との記述不一致が気になる。
 たとえば、『小説林』第9期(戊申(1908)年正月)に掲載された自社出版物の広告「小説林書目」がある。
 自社出版物についての広告だ。だからこそ、その記述は信頼できそうに思う。
 こちらには、「福爾摩斯偵探案黄金骨 一 丙午十月 馬汝賢 ・二」と掲げられる。
 「一」は冊数を、発行年の「丙午」は1906年を意味する。「・二」は定価2角だ。
 書名にしては長すぎる。「福爾摩斯偵探案」が角書ならば、理解できる。
 この直前行に『深浅印』の名前が出ており、「福爾摩斯偵探案深浅印 一 丙午五月 鴛水不因人 ・二五」とある。
 ホームズものといいながら『深浅印』がよくできた贋作だった。同じく書名にホームズを組み込んだ『黄金骨』が偽物だとしてもおかしくない。
 原物を見るまでは贋作うんぬんは、ひとまずおくとしよう。
 それにしても、「華爾金剛石」が出たり入ったり、各種書目に見る記述が一致していないのが奇妙だ。どれが正しいのかわからない。原物だけが問題を解決してくれる。
 こうして長い時間が経過し、『黄金骨』がホームズものの贋作かどうか不明のままにしておくほかなかった。
 このたびようやく「黄金骨」と「華爾金剛石」を読むことができた。
 本文は、わずかに66頁(ただし、第66頁は空白)の小冊子である。
 なるほど、原物を手にしても書名をただちに判断することができない。説明しようとすると、一筋縄でいかないことがわかる。

3 『黄金骨』のこと
 なにが複雑かというと、表紙、扉、本文にわたって題名の記述がバラバラなのである。
 表紙絵は、柳に燕が1羽描かれている。柳の枝にそうように斜めに大きく「黄金骨」と3文字が置かれる。筆書きである。その下にそれよりは小さく「福爾摩斯/偵探案」と2行に分かち書きされる。探偵小説らしい雰囲気は、まるでない。
 表紙だけを見れば、阿英の記述したように『黄金骨』で不都合はなさそうだ。
 ところが、扉には「福爾摩斯偵探案」と縦書きされる。
 さらに本文になると、冒頭に「福爾摩斯偵探案」を示す。改行して「華生筆記 元和馬汝賢訳述」が著者と訳者のつもりだ。つづいて、ようやく「黄金骨」となる。
 ページを追う。1-49頁(50頁は空白)が「黄金骨」、51-65頁(66頁は空白)が「華爾金剛石」だとわかる。
 柱は「福爾摩斯偵探案」で統一し、作品にそって「黄金骨」と「華爾金剛石」を配置する。
 奥付に書名は記録されていない。
 該書全体の題名の使い方を見れば、以下のようにいうことが可能だ。
 すなわち、「福爾摩斯偵探案」という全体の書名のなかに、「黄金骨」と「華爾金剛石」のふたつの作品が収録されている。
 小説林社の出版方針を私が勝手に推測すれば、「福爾摩斯偵探案」シリーズとして「深浅印」「黄金骨」「華爾金剛石」が存在する。ほかの作品も継続して発行されてもよかったが、この3作品で中断したらしい。
 「深浅印」は、たまたま1冊で発行された。書名は『深浅印』である。
 「黄金骨」と「華爾金剛石」は合冊になっている。『深浅印』の例にならうと、書名を『黄金骨 華爾金剛石』とすることができる。叢書目録は、この方法を採択した。
 書名を『福爾摩斯偵探案』とすることも、扉に記載があるから間違いではないはずだ。そうしたほうがいいかもしれないと思わないわけではない。しかし、その書名はおおまかすぎて、「黄金骨」と「華爾金剛石」が見えにくい。だいいち、ドイル作ホームズの本物と区別がつかなくなる。
 2作品を収録した作品集だと考えれば、そのなかのひとつを選んで書名を代表させることは普通に見られる。という理由によって、今後、該書を『(福爾摩斯偵探案)黄金骨』とよぶことにする。「福爾摩斯偵探案」は副題、あるいは角書である。まわりまわって阿英が目録に記録したのと同じ表記『黄金骨』に落ち着いた。
 以下において、それぞれを紹介する。

3-1 「黄金骨」について――趙萃甫毒殺事件
 ホームズとワトスンのいる部屋へ来客があった。
 客は、自己紹介して名前は趙萃甫という。彼は、セキをしながら、自分は病気で死ぬ、わからないことがあり死にきれない、と訴えるのだ。
 ところが、ホームズは、その訴えを無視するかのように、客の様子を観察して、彼が結婚をしており、夫婦仲が円満で、しかもその妻がスコットランド人であることを言い当てる。おまけに、ワトスンにむかって自信たっぷりに種明かしまでする。
 その間に趙萃甫は眠ってしまうのだ。病気であるのはわかるが、不思議な筋のはこびかただと感じる。
 物語の冒頭において観察して推理するのは、ホームズもののお定まりではある。しかし、このばあい、死ぬといっている客を無視しているのは不自然だろう。強引さが目立つ。また、趙萃甫という名前は中国人を連想させる。あまりうまいすべりだしとはいいかねる。
 趙萃甫は、印刷所を経営しており裕福だ。妻の曼莱とは結婚して13ヵ月になる。彼に身よりはいない。
 夫婦仲はよい。だが、結婚の夜に人にいえない病気(闇疾)にかかった。おまけに肺病がひどくなって、息もたえだえの状態だ。愛する従順な妻曼莱を疑わざるをえない。
 つまり、妻が自分の殺害をはかっているのではないか、という夫からの訴えである。
 中国語の「闇疾」は、普通、性病を示す。だが、のちに明かされたところによると、ここはインポテンツ(陽痿症)を意味している。毒殺事件の前ぶれのつもりらしい。著者は、話の筋を通そうとしてはいる。だが、初対面のホームズに、客はそこまで説明するかと疑問が生じないわけではない。
 ワトスンは、テムズ川の国会議事堂西にある趙萃甫の経営する印刷所へひとりで調査に出かける。道すがら自分のことを第2のホームズだと自慢するのはご愛嬌だ。聞き取りの結果、趙萃甫に愛人がいたことがわかる。
 趙萃甫は死亡した。ホームズが乗り出してきて趙萃甫の愛人(外好)は愛烈芬であることを明らかにする。ワトスンの調査が事実だと裏付けられた。
 趙萃甫と愛烈芬のふたりは2年ごしのつきあいで、結婚の約束があったらしい。しかし、曼莱と結婚した。つまり、愛烈芬は恨みを抱いており、趙萃甫の死亡に関係があるかのように見える。この線をさぐれば、実は無関係だとわかる。
 というように試行錯誤をかさねながら、ベイカー街遊撃隊(福爾摩斯偵探先鋒隊)も使って得られた情報というのが、曼莱の経歴と人間関係であった。
 かいつまんで説明する。
 趙萃甫が曼莱と出会ったのは、パリ旅行の途中だった。曼莱には兄亜倫がいて、弁護士だ。ところが、兄といいながら、実は、曼莱の前夫匡克であり、改名して亜倫と称していた。結局のところ、匡克が首謀する財産目当ての毒殺事件なのである。
 問題は、使った毒物の特定になる。
 趙萃甫の家から持ち帰った資料(厨房の缶に棄てられていた汚物)をもとにしてホームズが化学的に抽出したのは、顕微鏡でなければ見ることができない「黄金自由顆粒」である。中国語原文のままに記したが、黄金の屑(金屑)という意味で使用している。
 ホームズが推理した趙萃甫の死因とは、微量の金を毎日朝夕食べさせられ、胃腸で消化されずに全身にまわったというものだ。
 ホームズは、レストレイド(莱斯屈)らの警察関係者、医者、新聞記者にかこまれて趙萃甫の死体をみずからが解剖する。毒物による殺人事件であることを証明するためだ。
 白骨を洗い、熱を加えることにより化学反応をおこして白骨は金色に輝いた。これが、作品名「黄金骨」の由来である。
 匡克は裁判にかけられ、死刑となった。
 その内容を検討することにしよう。
 「黄金骨」というホームズものがドイルの作品にない以上、贋作である。著者は、馬汝賢であると考えてよい。
 馬汝賢は、英語ができる。
 たとえば、客を部屋に入れるとき、中国語で「克明(請進也)」(1頁)と書く。Come in, を「克明」と音訳し、その意味を割り注にする。ごく初歩的な英語であるとはいえ、また、わざわざ示す必要のない部分であるとはいえ、いかにも翻訳物だという雰囲気をかもしだしている。演出のひとつだと考えれば、いかにもそれらしい。
 ロンドンの地名、近郊の村名なども、強引に中国風の地名に置き直してはいない。だからこそ贋作である理由にもなる。
 馬汝賢は、ドイルのホームズものをよく研究している。
 たとえば、ベイカー街遊撃隊 Baker Street Irregulars を「福爾摩斯偵探先鋒隊」と表記する。その首領格のウィギンズ(衛肯)も出てくる。また、レストレイド(莱斯屈)も登場していることは、すでに述べた。
 漢訳の前例を学習しており、うまく取り込んでいる例を示そう。
 来客が多く、「ドアの外の帽子かけには、左側に隙間がなくなってしまった(門外帽フ。更無左隙)」という箇所だ。ここに割り注をつけて「西洋の礼儀では、客は入室するときにドアの外の帽子かけに脱帽する(西礼客入室脱帽於門外帽フ)」(31頁)と説明する。
 先行するドイルの漢訳ホームズものの「曲がった男復讐事件(記傴者復讐事)」*2に、次のようにある。
 「今晩は客がいないはずだ。帽子かけがそう私に教えているよ(今晩当無客。帽フ已告我矣)」。ここに注がついて「西洋の風俗では、客は玄関を入ると脱帽し、帽子かけに置く。……(西俗客入大門則脱帽置帽フ上。……)」と説明する。
 字句が、ほとんどそのままなのだ。この説明を馬汝賢は「黄金骨」に取り込んだといえるだろう。
 馬汝賢は、よく研究はしている。しかし、不合理な部分がないわけではない。
 最大の疑問は、殺人に使用した毒物である。
 ホームズは、いくつかの薬品を使い分けて化学実験をおこない、黄金の屑を毒物だと特定した。
 だからこそ題名が「黄金骨」であることは理解できる。しかし、黄金は毒物になるのか。毒物であれば、金歯など恐ろしくて装着することなどできないだろう。黄金の屑は、微量であれば体外に排泄されるはずだ。素人でさえそれくらいの想像はできる。
 毒物は、南方に採取される未知の薬物でもよかったのではないか。体内に吸収され、しかも遅効性であることにする。症状は肺病と区別がつかない。最終的に骨に吸収され、残留する。熱を加えると黄金色に光り輝く。このような薬物を設定すれば、それほど不自然な印象も生じない。いまひとつの詰めが甘い。
 ただし、物語全体を見れば、ホームズの贋作としては、よくできていると判断する。一応、筋の通った本格的ホームズであることに間違いはない。ただ、薬物についての疑問が生じる点において、「深浅印」には及ばない、といったところか。

3-2 「華爾金剛石」について――偽ダイヤモンド事件
 「黄金骨」に1ヵ所だけ「華爾金剛石」という言葉がでてくる。本作品「華爾金剛石」と無関係ではない。
 1900年のこと、ロンドンではダイヤモンドを身につけることが人々のあいだに流行した。それにつれて偽ダイヤもあふれることになる。偽物をつかまされて財産を略奪されたとの告発が急増するのも当然だ。
 ロンドンには、最初、華爾をいれてわずか4、5社のダイヤ業者があるだけだった。ところが昨年冬に、同業者が15社も増加して偽ダイヤの増加に拍車をかける。
 華爾という会社があつかうダイヤというのが作品の題名となっている。
 偽ダイヤが正規の会社から流出するという情況は、考えにくい。大手の会社名をかたった偽物という設定であれば理解できる。だが、華爾の社長がいうところによると、しばらく売買を停止して来源を途絶させようとしているという(56頁)。そうであれば、ダイヤ会社自身に偽物を判別する能力がないことを告白しているのとかわらない。物語設定が充分ではないように思われる。それとも、当時のロンドンはそういう情況だったのだ、と主張するのなら、それでもいい。
 事件というのは、こうだ。
 華爾にダイヤを見に来た婦人がいた。会社の若者が本物のダイヤを手渡すと、偽物にすり替わって戻されてきたという。婦人は、最初から偽ダイヤだったと主張する。
 ホームズが提案したというのが、インドで行なわれたという犯人判別方法だ。生米を咀嚼し、吐き出したとき乾いている者が犯人だ。犯人は恐怖で唾が少なくなっている証拠だという。
 社長を含めた3人ともに嘔吐する。婦人は本物のダイヤを吐き出した。つまり、婦人と会社の若者がグルで、ふたりとも秘密結社の成員なのであった。結社員はノドに物を隠す技術を身につけているから、吐瀉薬を生米に仕込んだというわけ。
 偽ダイヤ事件では、ホームズは、ほとんど行動しない。最初から犯人が判明している。
 秘密結社(秘密会党)のしわざなのだ。その名称は、「率利蘇〓」(55、57頁)、「三千会党」(62頁)という。ホームズものにでてくる秘密結社は、赤い輪、クー・クラックス・クラウン、スコウラーズ、ダナイト団、マフィアなどだが、それらとは別の組織らしい。成員は名前を使わず、加入時の数字でお互いを呼びあう。名前を手がかりに逮捕されることを恐れてのことだ。
 華爾のダイヤに関連するふたりは逮捕されたが、警察が急襲したアジトは爆破されて逃げられてしまった。これが「華爾金剛石」の結末である。
 秘密結社をあつかった物語なのだから規模が大きくてもいいはずだ。しかし、枚数の制限があったためか、ほとんど粗筋だけの展開になっているのが残念だ。
 『深浅印』がよくできた贋作であるのにくらべれば、『黄金骨』に収録された2作品は、その内容が質的にやや劣る。

4 作者のこと
 『深浅印』の著者鴛水不因人については、詳細が不明である。
 鴛水不因人の翻訳には、(英)享利美士著『険中険』(科学会社 光緒丙午(1906)。未見)があるという。
 また、不因人という名前を使用した小作品が発表されている。「(短篇小説)青羊褂」*3である。
 鴛水不因人と不因人なのだ。その筆名を見ればいかにも同じ人物のように思える。
 また、『深浅印』の発行元が小説林総発行所であり、「青羊褂」が雑誌『小説林』に掲載されている。なにかの関連があるかもしれない。
 おもしろく思うのは、「青羊褂」が懸賞応募作品のひとつであることだ。「短篇小説」の丙等に入選しており、日本の花瓶1個と懸賞金3元5角を獲得している。
 『小説林』第9期の出版広告を見れば『深浅印』がすでに掲載されていることがわかる。鴛水不因人と不因人が同一人物だとすれば、職業作家でありながら懸賞募集に応募したということになろうか。
 『黄金骨』の馬汝賢についても、同様に不明とせざるをえない。馬汝賢という名前は、この作品にしか使用されていない。
 贋作「福爾摩斯偵探案」シリーズで「深浅印」「黄金骨」「華爾金剛石」がならんでいる。同じ著者の手になるものであれば、同一筆名であってもいいように思う。鴛水不因人と馬汝賢を使い分ける必要はない。一方で、片方が筆名で片方が本名(字、別名など)という可能性も否定はできないと考える。
 残念ながら、鴛水不因人と馬汝賢を結びつけるなにものも、今のところ、探し当ててはいない。
 馬汝賢は、鴛水不因人という筆名をもっているのか、あるいはまったくの別人なのか。今後の課題として残すほかなさそうだ。

【注】
1)樽本「贋作漢訳ホームズ」『清末小説論集』所収
2)『時務報』10-12冊 光緒22.10.1-10.21(1896.11.5-25)。後、『包探案(又名新訳包探案)』(素隠書屋 光緒己亥(1899)未見/文明書局 光緒29(1903).12初出未見/31(1905).7再版)所収
3)不因人「青羊褂」『小説林』第9期 戊申年正月(1908)。南昌・百花洲文藝出版社1996.12 中国近代小説大系78短編小説巻(上)に収録する。