『唐〓蔵書目録』について
――清末小説の方面から


樽 本 照 雄



 唐〓(1913-1992 原名端毅)が豊富な書籍を所蔵していることは、彼の生前から広く知られていたという。
 巴金は、はやくに注目していた。中国現代文学館で保存したいと希望していたのは、唐〓の蔵書で資料の半分はまかなえると考えたからだ。
 中国現代文学館は、五四運動以降の新文学に関する資料を中心に収集研究展示する機関として有名だ。その設立を提言した巴金が注目していた唐〓の蔵書である。それだけ充実している証拠だというのもうなずける。
 唐〓の死後、蔵書の保管先として6ヵ所の機関が名のりをあげた。遺族は、それらのなかから中国現代文学館を選択し、唐〓の名前を冠した文庫が成立する。
 所蔵品は、全体で4.3万件あり、そのうち雑誌は1.67万件、図書は2.63万件だと書いてある。個人の蔵書としては、たしかに多量だ。
 蔵書を整理してこのたび発行されたのが、中国現代文学館編『唐〓蔵書目録』(内部交流資料 刊年不記(2003)。以下、唐〓目録と称する)である。
 舒乙は「序言」において唐〓文庫の特徴を以下のいくつかにまとめている。
 その1、雑誌が貴重。
 中国20世紀前半の新文学専門雑誌は、一般の大図書館でも収蔵するのはせいぜいが600、700種にすぎず、総計しても1千余種だ。しかし、唐〓はひとりで1千種近くを所蔵する。
 その2、初版本が相当そろっている。
 その3、「毛辺本」(用紙の断面を化粧断ちしていない本をいう)が多い。30、40年代の「毛辺本」は1千種ある。
 その4、孤本、稀覯本、絶版本が相当の分量をしめる。
 さらに、編者は、「1級品」すなわち「国宝」級の図書は全部で141種あるとまで書いている。
 なにを指して「1級品」とか「国宝」級というのか、説明があるわけではない。目録にそうとわかるような注釈もついていない。具体的に書名が掲げられているわけでもない。私には理解しがたいが、それでも141種という数字が、妙に生々しい。
 以上を総合して私がまとめれば、中国現代文学研究にとっての貴重本が多数あるということにほかならない。
 中国現代文学研究に参考とすべき貴重な書籍が多く集めてあります、というだけならば私の興味を引かなかっただろう。
 だが、目録を一覧して、私は喜びを感じた。清末民初時期の作品、雑誌が多く含まれていたからだ。
 蔵書目録は、今まで、それこそ数知れず出版されている。各大学図書館などの目録は、原物が保存されているという点で、頼りになるということはいえる。しかし、これは一般論であって、清末小説について当てはまるわけではない。
 清末小説をある程度の量収録する目録から、その所蔵を考えてみよう([]のなかに、私の『清末民初小説目録』に採録した数を入れて示す。創作と翻訳の合計数だ。採択数と略す)。
 日本では実藤恵秀の実藤文庫[47](東京中央図書館)、増田渉文庫[50](関西大学)くらいのものだろう。両者ともに目録が発行されているからその概要を知ることができる。
 このふたつがあれば、ほとんどすべてをまかなえる、という状況では、残念ながら、まったくない。清末小説を含んでいるだけだ。主眼はそれぞれ別のところにあるのだから、無理もない。採択数が、両者ともにほぼ50件であるところにその実態がうかがえる。
 中国では、孫楷第の『中国通俗小説書目』*1[120]が清末小説をいくつか収録している。しかし、原本がまとまってどこかに所蔵されているとは聞かない。
 阿英「晩清小説目」*2[1295]は、原物にもとづいて編集された、と私は推測している。ただし、現在、それらがすべて保存されているかどうかは不明だ。彼の故郷に建設されたという記念館に保管されているのだろうか。はっきりはわからない。いくら採択数が1295という多量であろうとも、画餅である。
 趙景深の蔵書[120]が復旦大学に収められているというが、私はそれを見る機会にめぐまれない。
 江蘇省社会科学院明清小説研究中心編『中国通俗小説総目提要』*3[851]は、内容提要だから原物がなければ書くことができない。その所蔵場所が注記されているものもある。結局のところ、まとまって保管されているわけではない。
 賈植芳、兪元桂主編『中国現代文学総書目』*4[1250]に収録された「附録二 1882-1916年間翻訳文学書目」がある。清末民初の翻訳作品だけを特に集めて異彩を放っている。だから、採択数が1250という多さに表われている。が、それらの原本がどこに保存されているかまで明示してはいない。
 陳大康『中国近代小説編年』*5[3239]は、1840-1911年間の小説年表だ。旧暦新暦の月日まで記入して詳細である。雑誌連載作品は、その初出と途中、完結を示す。単行本は、再版なども記述する。作家、刊行物に関連する説明もある。翻訳作品も収録しているのが特徴のひとつだといえる。「近代小説作者及其作品一覧表」「近代小説出版状況一覧表」「近代小説篇名索引」があって便利だ。
 ただ、残念ながら、翻訳の原作、原著者を明らかにしない。
 採択数は、3239だ。他を圧する数字にはねあがっている。その理由は、『清末民初小説目録』と収録対象の時期がほぼ半分ほど重複するからだ。また、該書がよった資料のなかに『清末民初小説目録』そのものが含まれていることも原因のひとつとなろう。いくら採択数が最大であろうとも、原物がまとまってどこかに存在しているわけではない。該書を手がかりに、研究者自身がさがさなくてはならないのだ。
 ついでだ。樽本照雄編『新編増補清末民初小説目録』*6に触れておこう。
 清末民初小説の創作と翻訳を収録して、従来の目録類のなかで最多数を記録する。できるだけ原本に当たる努力はしたが、全部を見ているわけではない。阿英の「晩清小説目」など、上に列挙したような各種目録をも資料にしているから、収録数が最大であるのは、当然なのだ。
 何度もいっているように、日本でこの種の目録を編集すること自体が奇妙なことである。実物の書籍を手にとり、必要事項を記録してこそ信頼性の高い目録が成立すると期待できる。しかし、日本においては、それを実行することは不可能だ。しかたなく、各種目録を利用するという編集方針を定めた。該目録は、とりあえずの応急処置的なものとして存在している。原物に到達する手がかりにしてほしい、と強調しているのはそのためだ。
 清末小説に限っての話だが、中国で所蔵がはっきりしており、さらに目録が編纂された個人の蔵書というと、この唐〓目録がほとんど最初である。
 表紙には、唐〓の頭部彫像が写真で掲げられる。普通の装丁という印象だ。だが、無地の表紙に見えるが白色のインクで文字が印刷してある。光の加減で、それが古書を好む唐〓自作の詩(1986年)であることがわかる。凝った印刷なのだ。
 この目録は、書籍の形態によって大きく3分類する。平装本(1966年以前)、線装本、雑誌(1949年以前)である。
 所蔵番号を単純にたどると、平装本が10,595件、線装本が418件、雑誌が1,452件という数字が得られる。
 上に示したように雑誌は1.67万件あるはずだが、目録には、その1割にも満たない件数しか収録されていない。数の上で差がでている。図書のばあいも同様であるのは、目録に採用したのが、平装本は1966年(すなわち「文化大革命」)以前、雑誌は新中国建国の1949年以前のものに限ったからだと理解できる。
 ただし、平装本について、その年限が守られているというわけでもない。1970年代、80年代の書籍も含まれていることは、見ればわかる。
 筆画数の順に書名を羅列する。
 内容によって細かく分類していない。書名を見ただけではそれが創作か翻訳か、判別できない。また、文学作品以外の書籍も含まれる。
 外国の書籍は、日本語のみが掲載されている。日本語以外の原本は所蔵されていないのか、あっても未整理なのか、説明がないからわからない。
 印象をいえば、近現代の中国文学と翻訳文学を中心にした一大蔵書ということになる。
 書名は、表紙に掲げられた題名を採用する。扉の題名はとらない。
 清末小説で珍しいと思われるいくつかを紹介しよう。

番号3784 老残遊記 劉鶚 1907.5 日報館 32開

 『老残遊記』の初期版本のひとつだ。出版社は、神州日報館のはずだが、唐〓目録では上のように「日報館」と記述されている。
 孟晋書社が最初の単行本『老残遊記』を発行した。この神州日報館本は、それに次ぐ版本である。厳薇青が、以前に紹介している。

番号8380 域外小説集 王爾徳 1909 訳者刊 32開

 著者の欄にワイルドの名前があがっているが、これが魯迅と周作人のふたりが日本で翻訳して刊行した自家本だ。初版のはずだから、めったに見ることはできない。

番号10513 〓海花 曾樸 1905.1 小説林社 32開

 上の記述を見る限り、初版本である。これも貴重本のひとつだ。私は、今にいたるまで初版本は手にしたことがない。そういえば、以前、魏紹昌から初版本をさがしていると聞いた。『〓海花資料』(1962)を編集したことのある氏にして、手にすることがむつかしい初版本なのかと思ったものだ。
 つづく番号10514、番号10515も『〓海花』だ。発行年月が、それぞれ1907.5、1907.1となっている。後刷りらしいが、注記がないため判断がつかない。

番号8087 聶格〓脱探案(1-7) 華子才    1907.9-1908  小説林 32開
番号10498 聶格〓脱探案 1-6  華子才呉子才 1908.6-1918.6 小説林 32開

 番号が離れたところに配置されている。筆画順だから「聶」の簡体字を使った前者がまえの方にいってしまった。
 ただし、両者の冊数と発行年月が異なる。後刷りかもしれない。推測する手がかりがない。原物を見ない限り、詳細はわからないだろう。
 雑誌は、1900年の『訳書彙編』からはじまって、『新小説』全24号、『繍像小説』全72期、『新新小説』第1号、『月月小説』全24期、『小説林』第2-6、12期などなど、そのほかも多数を所蔵して充実している。これらは、記述からしても影印本ではありえない。
 ならば、『繍像小説』創刊号に、いわゆる発刊辞を印刷した別紙があるかどうか興味のあるところだ。この別紙があれば初版であるし、なければ後刷りのものとなる。原物といっても、重版問題がからむから、簡単ではない。
 簡単に紹介したが、目録を見るといろいろと考える。清末関係だけでも分量がある。新文学となれば、もっと興味深い書籍があるのだろうが、それは本稿の範囲をこえる。
 たいした問題ではないが、注釈が必要だろうと思われる箇所もある。

番号4737 滬游雑記 茂苑惜秋生 1903 [不明] 32開

 これでは、あたかも欧陽鉅源が書いた『滬游雑記』という作品だと理解されるだろう。
 だが、じつは、『官場現形記』なのだ。茂苑惜秋生は「序」の筆者であり、出版時間欄にある1903というのは、その「序」につけられた光緒癸卯を西暦に換算したものにすぎない。
 該当書籍の表記のままであるから間違いではない。ないが、すこし親切であってもいいような気もする。
 ただし、『滬游雑記』という書名を見て『官場現形記』だと理解しない研究者は該目録を使用する資格はない、といわれるのであれば、そうと了解はする。
 それでは、書籍の表記のままを厳守しているかといえば、そうでもない箇所をいくつか見かける。
 1例をあげれば、著者訳者編者の欄に見える表記だ。

番号9823 歇洛克奇案開場 柯南道爾 1908 商務印書館 32開

 本書の原作は、いうまでもなくコナン・ドイル ARTHUR CONAN DOYLE の『緋色の習作』(“A STUDY IN SCARLET”1887.12)である。
 唐〓目録は、叢書名を記載していない。上記の書籍は、はたして「説部叢書」、あるいは「林訳小説叢書」のなかの1冊なのか。それとも叢書に入る前の形態なのか、はっきりしない。
 1908年という発行年から推測すると、叢書に入れられる以前に単独で発行されたものだろう。
 手元にある複写には、以下のように記してある。以前に私が論じた「説部叢書」本ではなく、単行本だ。

英国科南達利著、林〓、魏易同訳『(欧美名家小説)歇洛克奇案開場』商務印書館 光緒三十四年三月(1908)

 唐〓目録にある原著者名の漢訳表記が異なる。
 科南達利と柯南道爾は、同一人物ではある。しかし、原書にない表記を唐〓目録は、なぜ、採用するのか。阿英の「晩清小説目」が柯南道爾と記しているからといって、それを踏襲することはなかろう。
 『歇洛克奇案開場』についてもうひとついうと、唐〓目録には、訳者の記載がない。なぜ省略するのか、わからない。
 訳者名を書かないから、創作と翻訳の区別がつかない。区別をつけることのできない利用者は相手にしない、というのであれば、これまた素直に了解してしまう。
 特に、署名の有無と「毛口書」(前出の「毛辺本」)であるかないかを注記する。興味ある人には有効な注記なのだろう。
 さっそく、『清末民初小説目録』と照合する。
 注記欄に[唐〓平][唐〓線]という記号を使用して追加記録した。前者は、平装を、後者は線装を意味する。結果として628件の作品について注記することができた(創作197件。翻訳431件)。そのうち、新規に増加した作品は123件(創作100件。翻訳23件)である。
 唐〓目録の平装本と線装本を合計すると、11,013件だった。清末民初小説で関係するのは、そのうちのわずか5.7%にすぎない。逆にいえば、現代部分がいかに充実しているかということだ。
 いうまでもないことだが、本稿でいくつか指摘した箇所は、瑕瑾にすぎない。問題にならないといってもいい。細かく見ましたという証拠にあげただけのことだ。貶めている、と誤解しないでいただきたい。
 唐〓目録は、清末民初小説に集書の焦点を絞っているわけではない。しかし、それらを収集の範囲内におさめているから、ほかに類を見ないほど多数の清末民初小説が集まる結果となった。
 原物が確実に保存されている。しかも、目録が発行されて検索に便利だ。貴重な資料といえる。私が注目する理由である。

【追記】本稿を書いたあとに次の文章を目にした。謝其章「《唐〓蔵書目録》先睹印象記」(『出版史料』2003年第3期(新総第7期)2003.9.25)である。この文章によって知ったいくつかのことを記しておきたい。
 1.阿英の蔵書目録が出ていないことを出版界の失策であり「現代文学」学術上の損失だと表現している。どうやら阿英の蔵書は四散したらしい。そうでないことを祈る。
 2.『繍像小説』第4期の書影が掲げてある。その図柄は孔雀だ。ということは、これは重版であって初版ではない。創刊号も同様なのかどうか、実物を見ない限り判断はできない。
 3.唐〓は、雑誌を琉璃廠の松〓閣書店から購入していたという。解放後、その主人劉殿文は、中国書店の雑誌小売り部の主任になった。そういえば、以前の中国書店には、古雑誌をいくつも見かけた。今は、ない。店の奥にあるのかもしれないが、店頭にはほとんど出てこない。

1)孫楷第『中国通俗小説書目』北平・中国大辞典編纂処、国立北平図書館1933.3/北京・作家出版社1957.7北京第1版未見、1958.1北京第2次印刷/北京・人民文学出版社1982.12訂正重版
2)阿英「晩清小説目」『晩清戯曲小説目』上海文藝聯合出版社1954.8/増補版 上海・古典文学出版社1957.9、北京・中華書局1959.5
3)江蘇省社会科学院明清小説研究中心編『中国通俗小説総目提要』北京・中国文聯出版公司1990.2/1991.9再版
4)賈植芳、兪元桂主編『中国現代文学総書目』福州・福建教育出版社1993.12
5)陳大康『中国近代小説編年』上海・華東師範大学出版社2002.12
6)樽本照雄編『新編増補清末民初小説目録』済南・斉魯書社2002.4