漢訳ドイル「サノックス卿夫人事件」3種
――李常覚、包天笑+張毅漢、周痩鵑らの訳業
樽本照雄
コナン・ドイルの「サノックス卿夫人事件」(086 The Case of Lady Sannox /The Kiss of Blood | The Idler 1893.11)は、イギリスの雑誌と4種類のアメリカの新聞に掲載された。
のちに“Round the Red Lamp”(1894)に収録されている。医学を主題とした作品を集めたものだ。『赤ランプをめぐって』と題するのは、当時のイギリスでは「赤ランプ」が開業医を意味するからである。
該作品の主人公のひとりは、たしかに医者だ。しかし、医学が話題の中心ではない。ここでくりひろげられているのは、嫉妬に起因する復讐譚であると同時に、恐怖小説にもなっている。
「サノックス卿夫人事件」は、ドイルの作品のなかでも、比較的よく知られる。日本でも大正10年代に翻訳が発表されているところを見ると、かなり早くから注目をあつめていた。だが、中国では、それよりももっと以前に漢訳がある。しかも、複数の人によって複数の漢訳が公表されているのだ。早い順に並べる。
1.柯南達爾著、常覚訳「(短篇名著)桜唇」『礼拝六』6-8期 1914.7.11-7.25
2.科南達利著、其〓言刃}、天笑同訳「割唇」「(医学小説)紅燈談屑」シリーズ『小説大観』第11集 1917.9.30
3.柯南道爾著、(周)痩鵑訳「香桜小劫(英国名小説家柯南道爾紅燈瑣談之一)」『小説月報』9巻6号 1918.6.25
ひとつの作品について、5年間に漢訳が3点も発表されている。しかも掲載誌は、当時においていずれも有名な小説専門雑誌である。こういう例は珍しい。よほど好まれたとわかる。
3点の漢訳に「桜」「唇」が使われているのは、内容を反映している。美人の唇が重要な意味を持っているから、そうしたに違いない。「割唇」以外は、題名で内容を暴露しているわけではないから、ぎりぎりのところで可といえよう。
『礼拝六』掲載の翻訳者は、李常覚だ。呉覚迷あるいは陳小蝶と共同で翻訳した作品が、約70点ある。ただし略歴などは、はっきりしていない。
『小説大観』掲載の翻訳には、張其〓と包天笑の名前が見える。張其〓は、張毅漢のこと(樽本照雄「漢訳ドイル医者物語」を参照されたい)。ふたりは、約50点の作品を共同で発表している。「医学小説」シリーズのなかの1篇だから、題名は日本語になおせば「口唇手術」を意味する漢訳にした。作品内容に踏み込んでいるから、訳しすぎといってもいい。
周痩鵑といえば、『欧美名家短篇小説叢刊』全3冊(上海・中華書局1917.2 懐蘭室叢書)が有名だ。しかし、この大部な著作に上記の翻訳は、収められていない。彼の翻訳で同じくドイル原著である「纏綿 Sweethearts,1894.7」)『礼拝六』第57期1915.7.3)は、該書に収録している。考えるに、初出雑誌の違いによるのかもしれない。「香桜小劫」の掲載誌は『小説月報』で、出版元は商務印書館だ。ところが『欧美名家短篇小説叢刊』は、中華書局の発行である。両出版社は、基本的に敵対関係にあったから、叢刊には収録できなかったのではないか。
「サノックス卿夫人事件」は、その恐怖を効果的に演出するために多くの工夫がなされている。考えぬかれた伏線が、いくつもはられているのだ。これらの伏線は、作品の構成上どれひとつとして欠くことができない。重要な意味をもっている。翻訳に際しては、伏線があることを理解していなければならない。翻訳の善し悪しは、これらの伏線のあつかいにかかっている。漢訳3種類が、それらの伏線を取りこぼしていないかどうかを検討してみよう。
伏線を見る前に、冒頭部分の英文原作と漢訳のそれぞれを掲げる。漢訳の雰囲気を理解するためだ。
The relations between Douglas Stone and the notorious Lady Sannox were very well known both among the fashionable circles of which she was a brilliant member, and the scientific bodies which numbered him among their most illustrious ▲confre/res.▲斜体 There was naturally, therefore, a very widespread interest when it was announced one morning that the lady had absolutely and for ever taken the veil, and that the world would see her no more.(ダグラス・ストーンと悪名高いサノックス卿夫人との関係は、彼女が輝かしい一員である社交界でも、そして彼がもっとも輝かしい会員に数えられている科学団体においても、とてもよく知られていた。だから、ある朝、夫人が一生修道女となり、世界は彼女の姿を二度と見ることはないと告知されたとき、当然のことながらきわめて広範囲の興味をかきたてたのだった)
この物語の主人公であるサノックス卿夫人とその愛人のストーン医師が、紹介される。夫人がなぜ「悪名高い」のか、なぜ修道女になった(take the veil)のか、まず、謎が提出されるのだ。「ヴェールをつける」は、そのままの意味と、もうひとつ修道女になるという二重の意味をもつ。サノックス卿夫人が、実際にヴェールをつけなくてはならない理由があるのだが、ドイルは当然のことながら、それは説明しない。ヴェールをつける、あるいは修道女になる、のどちらでも解釈可能なようにドイルは書いている。
原作では、このすぐ後にストーン医師が、精神に異常をきたしていることが述べられ、ますます謎の度合いを深める。ドイルは、時間の順序を転換して、結末から物語をはじめるのだ。
【礼拝六】看官。照倫敦的繁華而論、那些男女曖昧的情事、原是題中応有之義、算不得什麼。只是那桑諾克伯爵夫人和這陶斯東医学博士的事、却要当別論的。他們二人一個是交際場中的班頭、一個是医学界的泰斗。一個是素著艶名的閥閲貴婦、一個是万人景仰的手術専家。論他二人的才貌自是不消説得、正合着我們小説家所常道佳人才子的両個徽号。要知這両個徽号却狠不易当。当了才子佳人便須履行名才子佳人的職務。什麼吟風〓口阿}、弄月〓口阿}、什麼恋愛〓口阿}、殉情〓口阿}、都是才子佳人応尽的責任、応守的約法、絲毫不容仮借的。列位看的小説也多了。大約総信得過在下這幾句話、不是址ママ(〓手止})〓言荒}哩。閑話少説。単表那桑諾克夫人和陶斯東博士既有了説部中才子佳人的資格、便也未能免俗。……(さて皆さま。ロンドンのにぎやかさに照らしていえば、男女の恋愛沙汰は、もともとがあってしかるべきもので、どうということはない。ただ、あのサノックス伯爵夫人とダグラス・ストーン医学博士の場合は、別に論じなければならない。ひとりは社交界の旗頭であり、ひとりは医学界の第一人者である。かたやかねてから艶聞で著名な、名門の貴婦人であり、かたや万人が敬慕する手術の専門家である。彼らふたりの才能と容貌は言うにおよばず、われわれ小説家がいつもいっている才子佳人という愛称にちょうど合致するのである。だが、この愛称は、担うのはそれほど簡単ではないことを知る必要があろう。才子佳人となれば、よき才子佳人の職務を履行しなければならない。風月を吟じ、詩をつくり、恋愛、殉死などと、すべては才子佳人が尽くさなくてはならない責任であり、守るべき決まりで、少しも容赦してはならないものなのだ。皆さまがご覧の小説は多いはずで、小生の言葉がでたらめでないことは、おおよそ信じられるものと考える。閑話休題。あのサノックス夫人とダグラス・ストーン博士が、小説中の才子佳人の資格を持つからには、略式ですますこともできない。……)
まだまだ続く。だらだら続く。ロンドンの暇人たちが、ふたりのことを噂しあい、ひとりが十人に伝え、十人が百人に話し、というわけでロンドン中の人が議論をはじめるのだ。
サノックス卿夫人とストーン医師の関係がロンドンの関係者に知られていたことをいうのに、これほどの文字を費やしなければならないのか。中国における「才子佳人」が果たすべき役割についても、ながながと書き加えており、いやはや、漢訳者の書き放題だと言ってもいい。英文原作の簡潔さは、中国人にはそっけなさを感じさせると心配したのかもしれない。ここ『礼拝六』に見られる加筆の傾向は、ほかの部分にも存在する。
と、そこにひとつのニュースが伝えられる。サノックス卿夫人が修道院に入る、とは書かないで、「突然、厭世主義を抱いて、今後永遠に人に姿を見せない」ということにしてしまう。それどころか、ストーン医師は、自宅でピストル自殺をしている。ベッドに横たわり、光のない目は開けたまま、笑いを含んた表情で、右の額には弾丸があけた大きな穴があり、などと原文にない詳しい描写までしているのだ。原作ではストーン医師は、精神異常を示しているのを、漢訳では死者にしてしまった。その方がより劇的だ、と漢訳者は判断したのだろう。これではほとんど改作に近くなる。
【小説大観】陶格拉司医生与山諾爵夫人有情愛上之関係、凡彼二人之友党、無不知之。一日忽盛傳夫人将従此永御絶厚之面羃、外人将永不能更仰玉容、於是聞者紛紛驚異。(ダグラス医師とサノックス卿夫人が愛情関係にあるということは、彼らふたりの友人仲間内で知らないものはなかった。ある日、突然、夫人が永遠に厚いヴェールをつけ、他人は二度とその美貌を見ることができないだろうと広く伝えられたため、聞いたものは驚きいぶかるのだった)
「厚いヴェールをつけ」としたのは、「修道女になる」という意味の英語の慣用句が理解できなかったかどうかはわからない。そのままにしたのは、間違いではない。原文は、ふたつの意味を兼ねているから、その片方の翻訳であると考えればかまわない。冒頭部分は、簡潔に漢訳されているということができる。
【小説月報】倫敦之人、殆無不知道格拉司史冬及薩諾克司爵夫人事者。夫人為交際社会中之明星、凡金迷紙酔之場、輒見夫人亭亭倩影、点綴其間。而道格拉司史冬亦為科学界唯一之人物、儕輩争拝下風、仰之若日星。一日之晨、斗有奇聞四〓人布}、謂薩諾克司爵夫人已遁入空門、不復以色相示人。今而後将不能見其瓊花璧月之姿矣。社会中乍聞此耗、無不驚異。(ロンドンの人で、ダグラス・ストーンとサノックス卿夫人のことを知らないものはほとんどいなかった。夫人は社交界のスターで、豪奢な場所ではどこでも夫人のほっそりとした美しい姿がその場にあっているのを見るのだった。また、ダグラス・ストーンは科学界の第一人者で、同輩は争って後塵を拝して太陽星のように仰ぐのだった。ある朝、奇妙なニュースが広まった。サノックス卿夫人は出家してしまい、ふたたび姿を人に見せないという。今後、その美しい姿を見ることができない。社会では、このニュースを聞いて驚きいぶからない人はいなかった)
修道女になるのが中国人読者に理解できないと判断されれば、「遁入空門」出家する、仏門に入るとなるのもしかたがない。ほぼ原作通りだ、といっていいだろう。ただし、これもストーン医師がピストルで自殺したことにしている。物語冒頭の漢訳がしっかりしているだけに、その誤解が不可解である。
さて、ストーン医師とサノックス卿の人となりを紹介することが、物語の伏線になる。
伏線1:外科手術の腕が抜群1 →下唇をメスふた振りで切り取る
In surgery none could follow him.(外科手術では、彼にかなうものは誰もいなかった)
【礼拝六】于他解剖一門、直是前無古人、後無来者。(彼の解剖については、まさに空前絶後だった)
【小説大観】其外科医学、亦非群医所敢望其項背。(その外科医学も、多くの医者のおよびもつかないものだった)
【小説月報】擅手術(手術はうまい)
この物語においては、なによりも外科手術の技術が重要である。躊躇なく、あっという間に手術をやってのける医者でなくてはならない。だからこそ、その外科手術の腕が強調される必要がある。『小説月報』は、やや、簡単すぎる。
伏線2:快楽追求の浪費による金欠 →大金を見せられると手術に赴く気になる
Large as was his income, and it was the third largest of all professional men in London, it was far beneath the luxury of his living.(彼の収入は莫大で、ロンドンの医者のなかでは3番目であったが、それでも贅沢なくらしぶりによってはるかに不足した)
【礼拝六】所以他雖是個倫敦第一流的医士、診務極広、進款極豊。然而出入相較、猶是時虞不足、日處窘郷。(彼はロンドン第一の医者で、診察業務は手広くて収入も豊富だった。しかし、出入りを較べてみると時に不足することがあり、窮状に直面するのだ)
【小説大観】所入至豊。為全国有学位者第三人。而揮霍無度、恒不能敷。(収入は豊富で、全国の医者のなかで3番目であったが、並外れた浪費によりいつも不足していた)
【小説月報】所入亦豊。綜其毎月入款、在倫敦為第三人。而其自奉之侈、乃不亜於王公貴人。(収入は豊富だった。その毎月の収入は、ロンドンでは3番目であったが、その生活に贅沢をして王侯貴族に負けてはいなかった)
医者に限らずどんな分野でも成功するだけの才能がストーン医師にはあった。だが、多くの美点をうわまわる欠点を持っていた。快楽追求嗜好のひとつの好色である。湯水のように金を使えば、いくら膨大な収入があるとはいえ手元不如意になる。だから、のどから手が出るほどに金が欲しい。大金を見せられると、手術に出かける気になるのだ。浪費のために金欠であることをここで示しておかなくてはならない。『小説月報』では、この部分がすこし弱い。
ストーン医師が出会ったサノックス卿夫人というのが、彼に劣らぬ好色だった(だから「悪名高い」)。ストーン医師は、情熱を燃え上がらせる。
原作では、説明して簡潔に述べている。「そこへサノックス卿夫人への突然の狂気じみた熱情が彼にやってきた。一度の会見で、ふたつの挑むような視線とささやきが、彼を燃え立たせたのだった。And then there came his sudden mad passion for Lady Sannox, when a single interview with two challenging glances and a whispered word set him ablaze.」
それが『礼拝六』では、つぎのようになる。
「彼と伯爵夫人についていえば、前世のくされ縁だった。ある夜、友人のところで宴会をしていて、はじめて伯爵夫人と面会した。伯爵夫人の送ってくるたっぷりとした秋波とささやきによって、彼は体内に火がついたように熱くなってきた。草木骨董を愛でていた心は、すべて伯爵夫人の身の上に注がれることになった。夫人が心配したり喜んだりすれば、この世にこれほどのあでやかさはなく、夫人がものを言い動けば、この世にこれほどの優しさはない。夫人が歩み走れば、この世にこれほど軽やかで美しいものはなく、夫人の肌髪は、世の中にこれほどなまめかしく美しいものはない。……(説起他与那伯爵、也算得前世的〓縁。一夕他在友人處飲宴、初次和伯爵夫人相晤。経那伯爵夫人的横波漫送、温語低施、他便心児火也似的、熱了起来。登時把愛草木古玩的心、都移注在伯爵夫人的身上。夫人一顰一笑、挙世没得這般的〓女無}媚。夫人一言一動、挙世没得這般的温柔。夫人一歩一趨、挙世没得這般的軽〓人肖}。夫人一肌一髪、挙世没得這般的艶麗。……)
描写は、まだまだ続く。李常覚の翻訳は、基本的には翻訳なのだが、忠実なものにはなっていない。訳者の判断で、原文にない事柄を大きく補う。話の筋を変更しないだけマシといったところだ。
夫人の行状が原因なのか、あるいはその逆なのか、サノックス卿はまだ36歳だったが、見た目はすでに50歳だった。サノックス卿は、夫人と医師の関係については知らん顔をする。
伏線3:サノックス卿は目立たない →変装してもストーン医師に気づかれない
He was a quiet, silent, neutral-tinted man this lord,(卿は物静かで、無口で、どちらともなく目立たない人物で)
【礼拝六】偏偏是個面目可憎。喜静而不喜動的厭物。(意外にも顔つきは憎らしかった。静かなことが好きで動くことが嫌いないやなやつだった)
【小説大観】男爵者世襲也。為人沈黙寡言。(男爵は世襲である。その性格は物静かで寡黙だった)
【小説月報】貴族之為人、耽静而悪動。(貴族の性格は、物静かで動くことが嫌いだった)
英文 lord を漢訳では、男爵とか伯爵とかしているが、これだけでは特定できないことを言っておく。『礼拝六』が、サノックス卿をいやなやつだと決めつけるのは、原文から離れてしまう。
伏線4:サノックス卿は演劇好き →変装がうまい
He had at one time been fond of acting, had even rented a theatre in London, and on its boards had first seen Miss Marion Dawson,(かつて演じることを好んでいたことがあり、ロンドンに劇場を借りてすらいた。その舞台ではじめてマリオン・ドースン嬢と知り合ったのだ)
【礼拝六】小時候耽情歌楽、也曾中過那戯迷的熱狂。居然賃租了一所小小劇院、招致了一班男女俳優、自己便也和在裏辺、粉墨登場起来。這後来的伯爵夫人就是当時班中的梅琳姑娘、彼此厮混了許久。(若い頃、快楽にふけったが、あの演劇の熱狂にかかったこともあった。なんと小さな劇場を借りると男女の俳優を招き、自分もそれにまじり、扮装して舞台に出たりもした。のちの伯爵夫人は、当時そのなかにいたマリオン嬢であって、長い間ふざけあっていたのだ)
【小説大観】曩日酷好観劇、嘗在倫敦自賃劇場。識一女伶曰媚里痕者。(かつて観劇をとても好んでいたことがあった。ロンドンに自ら劇場を借り、マリオンというひとりの女優と知り合った)
【小説月報】先是頗喜歌舞戯劇、嘗於倫敦賃一梨園。嘯傲其中、興之所至、間亦結束登場。後即在此梨園中結識名女優梅麗痕道生女士。(かつて歌舞演劇が大好きでロンドンに劇場を借りていたことがあった。そこで奔放にふるまい、興味がわけば時たま衣裳をつけて舞台にあがったりもした。のちに、この劇場で女優のマリオン・ドースン嬢と知り合った)
ここで重要なふたつの事実が、明らかにされる。
ひとつは、サノックス卿が演技することを好んでいたことだ。現在の物静かな様子からは、想像ができないかもしれない。この落差があることも、物語の結末の意外さに結びつく。
もうひとつは、劇場を借りていたこと。だからサノックス卿は、劇場で女優マリオンと知り合い、結婚することになった。
李常覚が『礼拝六』で漢訳しているのを見れば、筆がまわりすぎている感がある。サノックス卿が舞台にあがったことがあるのは事実だ。しかし、この段階では、あくまでもほのめかし程度でなくてはならない。注意深く読めば、舞台にあがって演じたことがあると気がつくくらいの書き方をドイルはしている。あからさまに書けば、伏線としての役割は、かえって弱くなる。
『小説大観』で、卿が好んでいたのは観劇だったとするのは、見当はずれだ。これでは伏線にならない。
くりかえすが、原文はわずかな言葉で、このふたつの事実を説明する。説明しすぎてはならない。サノックス卿が舞台に立つことがあったことは、ほのめかすだけでよい。くれぐれも、変装するのは得意だとわからないようにしなければならない。
周痩鵑が『小説月報』で、卿が舞台にあがったと補足説明するのは、李常覚と同じく書きすぎである。
伏線5:サノックス卿は見かけによらず大胆 →結末がいかに悲劇になろうともやり通す意思を持っている
He had seen him break in a horse at the University, and it seemed to have left an impression upon his mind.(この人物は、卿が大学で荒馬を仕込んでいるのを見たことがあり、強い印象を受けたらしい)
【礼拝六】省略する。
【小説大観】省略する。
【小説月報】省略する。
サノックス卿の妻が医者と関係をもっていることが、広く知られることになった。だが、卿はそれを知らないのか、知っていて知らぬ振りを装っているのか、とかくのウワサになる。サノックス卿への非難が集中する。そのなかでひとりの男だけが卿を弁護した。サノックス卿が、荒馬を仕込んでいたのを見たというのだ。この事実も、ドイルによって用心深く、何事でもないように書き加えられている。
目立たない風貌で物静かなサノックス卿と、荒馬を仕込む行為との意外性だ。だから、記憶された。卿の性格には、表面の静けさからうかがうことのできない、荒々しいもの、大胆なものがあるのではないかと匂わせている箇所である。物語の展開、意外な結末に導くための、ドイルの細心な工夫なのだ。詳しく説明しすぎては、読者に気づかれる。かといって、まったく説明しないならば、最後に読者に衝撃を与えることができない。ギリギリの計算に基づいているといってもいい。
3種の漢訳は、ここを省略してしまった。この物語の伏線のはりかたについての理解が不十分ではないかと疑う。
40ギニー(【礼拝六】50枚の金【小説大観】40ポンド【小説月報】40ポンド)もする腕輪(【礼拝六】花冠)をストーンは、夫人に捧げた。
そうして運命の結末にむかって、ストーンはその足を踏み入れるのだ。その際、『礼拝六』は、講談口調が抜けない。「皆さま、慌てぬように。小生、一口お茶を飲んでのどを潤し、詳しくお話し申しましょう(列位不要着慌。待小可喝口茶児、潤潤〓口桑}喉、再和列位細細的講来)」
伏線6:外科手術の腕が抜群2
against the advice of six colleagues, he had performed an operation that day of which only two cases were on record, and the result had been brilliant beyond all expectation.(その日、6名の同僚の忠告にさからって、過去にわずか2例しか記録のない手術を実行し、その結果は予想をはるかにうわまわる輝かしいものだった)
【礼拝六】原来他於日間在王家医院中、曾冒着六個同儕的抗議、施了一件極危険極困難的手術。效果非常円満。(その日、彼は王家病院において、6人の同僚の抗議にかまわず、きわめて危険できわめて困難な手術を行なったのだった。その結果は、非常によかった)
【小説大観】蓋是日嘗有両解剖之症、諸医束手、陶格拉司自信能為、其同僚六人勧阻不聽、毅然赴之。竟安然了其事。(その日、ふたつの解剖があったが、医者たちは手をこまねいていた。ダグラスにはできるという自信があったから、同僚6名が止めるのもきかず、果敢に赴いた。結局、無事にやりおえたのだった)
【小説月報】蓋以是日力排六名医之抗議、施行一絶険之手術、卒獲成功。(その日、6名の医師の抗議をはねのけて、まことに危険な手術を行ない、ついに成功したのだった)
『小説大観』の漢訳は、「過去にわずか2例しか記録のない手術」について、誤解している。
『礼拝六』『小説月報』は、「2例しかない……」部分は省略する。あとは、ほぼ原文通りだ。
ストーン医師は、大きな成功をおさめてホッしている。ブドウ酒を飲みながら文字通り成功の美酒を楽しんでいる。しかも、サノックス卿夫人との密会の時間も近づいている。
大きな成功があったからこそ、あとに待ち受けている悲劇がより絶望的な色合いを濃くするわけだ。明暗のつけかたが、ドイルならではのものだ
そこへ、往診を依頼してくるトルコ人がいる。
この小柄で老いぼれたトルコ人こそは、サノックス卿の変装である。たくらみがあるのは、いうまでもない。ストーンは、密会の時間を気にするが、見せられた金貨百ポンド(one hundred pounds。【礼拝六】一百磅【小説大観】「数百〓金旁}」と金額が増える。また後で出てくるが、そこでは「百金」とする【小説月報】一百〓金旁})に心を動かされる。日常的な浪費で手元不如意という伏線が、ここでいきてくる。
骨董商のトルコ人の説明によると、その妻が短剣で唇を傷つけた。おまけに短剣の先には毒が塗られていたという。その毒の治療法は、ない。昏睡状態になって30時間後には死亡する。ただしその毒は、回り方が遅く傷口にとどまっている。
「それじゃ、患部の切除はどうです。 Excision of the wound, then?」とストーン医師自身の口から言わせるのが、残酷である。そう発言するように、あのトルコ人は明らかに誘導しているのだ。その部分を切除すれば、命は助かる。「「手術をするか死ぬかですな」彼はぶっきらぼうに言った。「命を落すよりは唇をひとつ失う方がいいでしょう」‘It appears to be that or nothing,’said he brusquely.‘It is better to lose a lip than a life.’」
ストーン医師による念押しの発言である。ドイルによる用意周到な描写だとわかる。
口唇を手術するくらいは、ストーンにとってみれば簡単なことだし、時間もかからない。サノックス卿夫人に会う前の一仕事にするか、という軽い気持ちで出かけることにした。
伏線7:トルコ人はイスラム教徒で酒は禁じられている →クロロフォルムの使用禁止
雨の降る寒い外に出るのだからワインを1杯(【礼拝六】ただの酒【小説大観】ブランデーに変える【小説月報】ただの酒)飲んで身体を暖めたらと勧めたが、トルコ人は宗教を理由に断わる。ストーン医師が手術用にクロロフォルムを用意すると、その使用も禁止する。麻酔薬なしで口唇の切除手術を行なわせようとのたくらみだ。
ストーン医師とトルコ人を乗せた馬車は、雨のなかを走りぬけみすぼらしい家に到着する。部屋の寝椅子には女性が横たわっていた。
on which lay a woman dressed in the Turkish fashion, with yashmak and veil. The lower part of the face was exposed,(そこにはトルコ衣裳にヤシュマクとヴェールをつけた婦人が横たわっていた。顔の下の方は出ている)
【礼拝六】榻上直挺挺的睡着個土耳其装束的婦人、臉上密密的罩着一個土耳其式的面羃、只露出一張桜桃小口来。(ベッドにはトルコ衣裳の婦人がまっすぐに寝ており、顔には厚くトルコ式のヴェールが覆われ、美しい小さな口が露になっているだけだった)
【小説大観】一婦人服土耳其服臥其上。面羃厚網及絲巾、僅露其唇以下。(ひとりの婦人がトルコ衣裳を着て寝ている。顔は厚いヴェールと絹のハンカチで覆われており、わずかにその唇以下が出ている)
【小説月報】室隅有榻、一婦人僵臥其上。蒙面幕、作土耳其装。面目盡掩、惟露其口。桜脣作嬌紅、絶肖桜実。(部屋のすみにはベッドがあり、婦人がひとりこわばって横になっている。ヴェールに覆われ、トルコ衣裳だ。顔は全体が覆われて、その口だけが出ている。唇は鮮やかな紅色で、まるでサクランボのようだ)
ヤシュマクについては、説明が必要だろう。イスラム教の婦人がつける二重ヴェールを意味する。ここでは、ヤシュマクとヴェールがでてくる。書き間違いではない。婦人の顔全体をストーン医師に見られないようにするための特別な工夫だ。目の下方を隠すのがヤシュマクで、顔全体をヴェールで覆っている考えれば矛盾しない。唇を露出させているのだから、ヤシュマクを折りたたんでいるとわかる。
『礼拝六』は、ヴェールは1種類にしてしまった。
『小説大観』は、2種類のヴェールだとは理解せず、片方をハンカチに変えた。その方がわかりやすいと判断したのだろう。
『小説月報』は、ヴェールが2種類あるかどうかぼやかして漢訳した。そのかわり、唇についての描写を補足する。
婦人の傷口を診断してストーン医師は、手術は急がないでよろしいと判断した。それを聞いたトルコ人は、強く反論する。
伏線8:メスだけが救うことができる →二重の意味
‘Oh! sir, sir,’he cried.‘Do not trifle. You do not know. It is deadly. I know, and I give you my assurance that an operation is absolutely necessary. Only the knife can save her.’(「ああ、先生、先生」彼は叫んだ。「時間をムダにしないでください。先生はわかっていない。命取りなのです。私にはわかっているんです。私が保証します。手術は、絶対に必要なのです。メスだけが彼女を救うことができるのです)
【礼拝六】先生、〓不要軽視了他。〓不知道那毒薬的利害。小可是知道的。除了解割而外、没得別的法子、足以保全他的生命的。(先生、それを軽視してはなりません。その毒のすさまじさをご存じないのだ。小生は知っているのです。切除する以外に、命を救う方法はほかにはないのです)
【小説大観】土耳其人怒曰。先生休矣。多延一分鐘、其毒散〓人布}逾広。如沈舟於海、救護不可須臾緩。緩則沈淪逾下。至不可救。嗟夫。吾何忍坐視吾妻之沈淪乎。[此言深意](トルコ人は怒った言った。先生、やめてください。一分のばせば、それだけその毒はまわるんです。舟が海に沈むように、助けるには少しものばすことはできません。のばせばますます沈んでしまいます。ついには救えなくなるんです。ああ。妻の沈んでいくのをどうして座視できましょうか[この言葉は意味深長である])
【小説月報】先生、幸勿軽忽視之。此毒薬力甚猛、殺人如殺蟲豸。非刀匕不足以救吾婦。(先生、なにとぞ軽視なさらないでください。この毒は猛烈で、虫けらを殺すように人間を殺します。メスでなければ私の妻を救うことはできないのです)
まわるのが遅いから、毒は唇の附近でとまっている。婦人の命を救うには、メスで唇を切除するほかに方法が残されていない。読者は、そう理解している。これは、当然のことながら、そう読むように著者が書いているのだ。まさか、唇を切除する行為に別の意味がこめられているとは、誰も気づくはずがない。
漢訳3種ともに、この重要な言葉を省略するようなことは、ない。ここは、英文原作のままに漢訳することが大事だ。
『小説大観』では、補足説明をしている。毒がまわるのを舟が沈没することにたとえる。「沈淪」は二重の意味を持つ。沈むこと、および堕落することだ。妻が死ぬのを座視できない、あるいは妻の堕落を座視できない。割注をほどこして読者の注意を喚起する。念押しである。やりすぎのような気がする。もっとあっさりとしたままでいいのだ。
結末は、悲惨のひとことに尽きる。
ストーン医師は、外科手術の名人という評判通りに、メスを2回だけ動かして手術を終えた。婦人の下唇は、V字型に切除された。その瞬間、悲鳴を聞く。寝椅子からとびおきた婦人は、誰あろう、あのサノックス卿夫人にほかならなかった。
トルコ人は、カツラとつけ髭をとって笑っている。そして言う。
結末:口唇切除の意味
‘It was really very necessary for Marion, this operation,’said he,‘not physically, but morally, you know, morally.’(「マリオンには、この手術が本当に必要だった」とサノックス卿は言う。「肉体的にではなく、道徳的にね。いいかね、道徳的にだよ」)
【礼拝六】這個手術対於梅琳確是不可少的。他那徳性上的積毒、経這麼一割、可以永保不再発作了。(マリオンには、この手術が不可欠だった。彼女の道徳上の積もりつもった毒は、この手術で永遠にふたたび表われることはなかろう)
【小説大観】足下勿怪此挙之無益。非此無以療吾妻之病。其病非在生理之不善、乃道徳之不良也。(この行ないが無益だと責めないでくれたまえ。こうしなければ妻の病を治すことができないのだ。この病は生理的によくないというところにあるのではなく、道徳的によくないことなのだ」
【小説月報】吾家梅麗痕固當受此手術。此一割者、雖無渉於肉体、実大有造於道徳。(我が家のマリオンは、この手術を受けなければならなかった。この手術は、肉体には無関係ではあるが、実は道徳を大いに養成するのじゃよ)
もともと毒など存在しなかったのだ。サノックス卿は、アヘンを大量に与えて夫人の意識をモウロウとさせておいた。昔、舞台に立っていたころの手慣れた変装をしてトルコ人になりすまし、妻の愛人であるストーン医師を訪問する。作り話と金に目がくらんだストーンは、毒に当たった唇は切除しなければならないと思い込む。手術は、成功した。
サノックス卿夫人は、切り取られた唇、よりによって愛人によって切除された唇を隠すためにヴェールをつけなくてはならなくなった。マリオンは、かつて女優だった。彼女にとっては、大切な顔だったことはいうまでもない。人前にでることなど、不可能になった。夫人にしてみれば修道女になるのと変わらない。「メスだけが救うことができる」というのは、そういう意味なのだ。
サノックス卿が妻に対してほどこした「ちょっとした見せしめ a little example」だった。肉体に施したと同時に道徳上の手術なのである。
夫人の顔のなかで、唇以外ではどこか適当な部分がないか、と考えてみる。耳ならば、頭髪でいかようにも隠すことができよう。目、鼻ならばどうか。いずれにしても「ちょっとした」程度をこえるのではないか。ましてや命を奪ってしまっては、「見せしめ」にはならない。やはり、唇に落着く。ああ、恐ろしい。
サノックス卿夫人への「ちょっとした見せしめ」は、ほかならぬ愛人のストーン医師によってもたれされたところに、真の恐ろしさが存在する。復讐譚が、同時に恐怖小説である理由である。
『礼拝六』と『小説月報』のふたつは、ストーン医師を自殺させてしまうという改変を加えた。自殺させたのでは、サノックス卿にとって復讐の成功をいつまでも楽しむことができない。精神に異常をきたしたまま、生かしておく方が、もっと残酷だ。原作は、そうなっている。比較すれば、『小説大観』の漢訳が、ましだということはできよう。
特に、『礼拝六』は、原文にないことも大幅に書き加え、中国風の描写を多くしているところに特徴がある。締めくくりに、最終行にも加筆があるから、それを示しておく。
【礼拝六】列位。博士是死了。伯爵是走了。伯爵夫人従此匿跡銷声了。説書的説完了書、也要告辞了。(皆さま。博士は死にました。伯爵は出かけてしまいました。伯爵夫人は行方をくらませ声をひそめてしまいました。私は語り終えましたので、失礼いたします)
【参考文献】
Alvin E.Rodin and Jack D.Key“Conan Doyle's tales of medical humanism and values : Round the Red Lamp”Krieger Publishg Company, Florida, 1992
笹野史隆訳「ドクター――医学生活からの物語」市立釧路図書館『まちなみ』第96-107号 1993.4.1-1994.3.1