『中国近代小説目録』の出現


沢本香子



1 研究水準の反映
 いやはや大変な小説目録が、中国大陸に出現したものだ。
 その規模の大きさに、まず、目が行く。たっぷり541頁もある。全ページが、小説の題名で埋められていて壮観だ。ちょっと見ただけで、記載がくわしく、その詳細さが普通でないように思われる。だから驚くのだ。
 本書は、王継権、夏生元編著『中国近代小説目録』(1998)*1という。
 「中国近代小説大系」は、1988年から出版を始めた大型叢書のひとつだ。約10年の年月を費やして、このたびようやく全80冊の刊行を終えた*2。関係者が空前の規模を誇るのも理由のないことではない。その言葉通りの出版物だということができる。
 『中国近代小説目録』は、該叢書の第80巻*3に割り当てられて発行された文字通りの小説目録にほかならない。
 阿英「晩清小説目」(1954)*4以来の、本格的小説目録の出現だといってもいいように思う。数えれば、阿英からほとんど半世紀を経て出版された。約50年の蓄積が541頁に凝縮した成果だと考えることも可能だろう。
 私が小説目録という二次資料に注目するのは、こういう目録類にこそ学界の研究成果が注入されているはずだと思うからだ。
 研究の最先端が小説目録などの二次資料に反映され、また、その小説目録を足場にしてさらに研究が進展する、という相互補助関係が成立していると見ている。両者が無関係であるはずがない。
 あの大型叢書である『中国近代文学大系』全30巻(上海書店1991-1996)でさえ小説目録を編纂することができなかった。重要な作業ではあるが、いざ実現しようとすれば大きな困難がともなう種類の仕事であるということが理解できるだろう。
 研究の基礎となるべき資料収集と整理が、ややもすれば軽視されがちな傾向があることを耳にするにつけ、『中国近代小説目録』の編集発行には、最大級の讃辞を送るべきだと考える。
 まず、関係者各位のご努力に対して敬意を表するとともに、はるか遠くの日本から称賛の言葉を謹んで捧げたい。

2 内容紹介
 『中国近代小説目録』の構成を簡単に紹介しておく。
 章培恒「序」および凡例は、本叢書全体についてのもので、つづいて「本巻説明」、目録、筆画目録がある。
 本文は、筆画順に小説を配列して本文が541頁にのぼることは前述のとおり。
 巻末に附録(附録1「《中国近代小説大系》1-80巻目録」、附録2「《中国近代小説大系》1-80巻所収作品篇目索引」)および周榕芳「《中国近代小説大系》編後記」を収録する。
 上の「本巻説明」が、いわば編集方針にあたる。おおよそを紹介した方が理解しやすいだろう。

1)1840-1919年に発表された近代小説の書目である。長編、中編、短編を問わない。
2)書名、作者、出版年月、出版社、版本などを掲げる。
3)筆画数順に配列する。
4)参考文献:阿英「晩清小説目」(1954)、孫楷第『中国通俗小説書目』(1933)、樽本照雄『清末民初小説目録』(1988)、江蘇省社会科学院明清小説研究中心欧陽健、蕭相ト等編著『中国通俗小説総目提要』(1990)などの書目。復旦大学図書館、上海図書館、北京図書館、首都図書館、浙江図書館、天津図書館、中国社会科学院文学研究所図書館、安徽省蕪湖市図書館などの書籍と関連書目。(注:参考文献の初版発行年は、筆者が補った)

 あっさりしたものだ。編集方針など、詳しく書こうと思えば、もう少し立ち入ることもできるだろう。たとえば、近代小説と一言ですませているが、どう定義するのか、とか、長中短編を問わないといっても採録対象をどこらあたりにしぼったとか、などなど。図書館所蔵の原本を中心にしたのか、それとも書目に掲載された作品はすべて採取したのかとか、書きようはあるかもしれない。が、詳しく書かずとも、『中国近代小説目録』そのものを見れば、だいたいのことは理解できるだろうという編者の判断かもしれない。
 参考文献に掲げられた書目類は、普通に入手できるものだ。それよりも、復旦大学図書館をはじめとする複数の図書館の蔵書を実際に参照したらしいのがなんとも心強い。つまり、雑誌あるいは単行本の現物を手にして、資料を確認して作成された目録ではないか、と想像できる。そうでなければ、わざわざ各図書館の名前を列挙しないだろう。
 日本にいてほとんど二次資料のみに頼らざるをえない身になってみれば、これほどうらやましいことは、ない。記述が詳細になるのは当然だと思うのだ。
 「本巻説明」と本書全体をながめてすぐ理解できたのは、本書は、阿英「晩清小説目」を基本的に引き継いでいるということだ。ただ、阿英の小説目が創作と翻訳を合わせて民国成立以前を対象としているのにたいして、『中国近代小説目録』が創作のみで1919年まで範囲を延長しているのが違う。
 もうひとついえば、阿英小説目が単行本を主体とする単行本主義から完全には自由ではなかったが、『中国近代小説目録』の方は雑誌初出を重視するところが異なる。
 私は、541頁にわたってかかげられた小説の全項目を点検した。ここでいう「点検した」とは、樽本照雄編『新編清末民初小説目録』(1997)*5と照合したという意味である。その過程で気づいた感想のいくつかを述べたいと思う。

3 内容検討あるいは特徴
 本目録は、基本的に創作小説のみを収録対象としている。
 中国近代小説には、翻訳小説は含まれないのか。編者がどう考えているのか、説明がないから分からない。「中国近代小説大系」シリーズそのものが、創作作品の叢書だ。ゆえに、その1巻を構成する小説目録も創作のみに限ったのかもしれない。
3-1 特徴1:収録作品の多さ
 ざっと数えると6,252種の創作作品を収録している。
 これがどれくらいの規模であるかを理解するためには、ほかの小説目録と比較する以外にはないだろう。
 こまかな数字をあげるのはひかえる。発行年を明示したものだけを抜き出し、阿英「晩清小説目」が収録する創作作品、当然、こちらも発行年を記載する作品を抽出して、1911年以前に年限をあわせて比較してみた。『中国近代小説目録』は、阿英「晩清小説目」の約3倍の作品を記録している。
 約3倍とひとことでいうことは簡単だ。しかし、実際に編纂作業を実行してみれば、これがいかに努力を要する種類のものであるかがわかる。
 1911年以前(私はこれを清末と呼んでいる)よりも1912-1919年間(民初という)に発行された作品の方が多い。民初も、清末の約3倍をこえる作品を数える。というわけで発行年不記のものなど全てを含んで全体が6,252種という数にのぼる。
 樽本編『新編清末民初小説目録』と照合した結果、『中国近代小説目録』によって補充すべき作品が約200件あることが判明した。発行年不記の小説を含んで主として民国年間に発行された作品である。それらは各図書館の所蔵なのだろう。
3-2 特徴2:採取範囲
 1840-1919年に発表された小説を収録するのが、本目録の編集方針だ。雑誌に発表された作品が後に単行本化されることもある。その場合、1919年までに出版された単行本に限って掲載するのが方針らしい。ただし、わずかだが例外もあることに気づいた。
 参考までにいくつかを以下に示す。

●111頁 呉〓人『電術奇談』24回 世界書局1923.3
●533頁 東亜病夫(曾孟樸)『〓海花』20回 上海・真美善書店1928.1.10/3.21再版、1931.1
●133頁 洪ママ都百錬生(劉鉄雲)『老残遊記二集』『人間世』6-14期 1934.6.20-10.20
●62頁 世次郎(黄小配)『五日風声』11章 中国社会科学院文学研究所『近代文学史料』中国社会科学出版社1985.12/華南師範大学近代文学研究室『中国近代文学評林』第2輯 1986.7

 呉〓人『電術奇談』は、翻訳作品だ。既定の編集方針によれば、収録の対象外となるはずだ。「再創作」という中国学界のおおかたの判断に従ったのだろう。
 現在にいたるまでに発行された版本をすべて列挙しはじめると、規模が大きくなりすぎる懸念がある。1919年までに区切ったのもひとつの方法だと思う。ただし、利用する側からいえば、過去に出版された版本をすべて掲げられたほうが便利だとすることもできよう。編集方針であるならばしかたのないことだが。

3-3 特徴3:雑誌の重視
 初出の雑誌を重視しているのが明らかだ。掲載雑誌と期数、発行年月日が詳しく記載されているところからそう判断した。
 清末民初がそれ以前の時代と大きく異なるのは、小説専門雑誌あるいは文芸雑誌の出現とその繁栄である。小説目録も時代を反映するものならば、単行本を主体とする目録から、雑誌掲載の作品を採取対象とするものに変化させなければならない*6。
 阿英の小説目は、同じ雑誌に掲載されている小説を採取したりしなかったりで、不徹底さを露呈している。これにくらべると、『中国近代小説目録』は、雑誌主義を徹底しているということができる。大きな特徴である。
3-4 特徴4:旧暦新暦の併記
 作品の掲載された雑誌、あるいは単行本の発行年月日について、基本的に旧暦新暦を併記する。
 清末は、旧暦を使用し、中華民国から新暦に切り替わった。旧暦を新暦に変換するのは、簡単だ。しかし、作品のひとつひとつについて変換しようとすれば手間がかかる。これを忠実に実行した目録は、中国大陸においてはそれほど多くない。神経質に見えるくらい細かく手間をかけているのが珍しい。正確さの点で他を圧倒しているということができる。
 中国大陸では、この目録は、近代小説研究の基礎、規範となるべき存在となるであろう。旧暦新暦問題があることを広く知らしめるきっかけになるのではなかろうか。
3-5 特徴5:読みやすさの工夫
 作品名を羅列しただけの目録だと思われるかもしれない。だからこそ読みやすさの工夫が必要となる。本小説目録は、作品名を太字で印字し、作品の前後を1行空けることによって見やすくなっている。組み版について指摘する人は少ないだろうから、私が、すばらしいと言っておく。

4 改善の余地あるいは次の目標
 6千をうわまわる小説目録だ。誤りが生じるのは避けがたい。いくつかの誤植を見つけた。ただし、私は、小説の原物で確認する方法を持たない。疑問としか表現のしようがないが、約500件を数えた。私のほうが間違っている可能性があることを正直に言っておきたい。それにしても疑問箇所が多いように思う。
 雑誌、単行本の原物を確認したうえでの記述とばかり考えていた。しかし、これらの疑問箇所を見ると、はたして全作品にわたって原物を手にしているのかどうかが分からなくなってきた。既出の目録を引き写し間違ったのではないかと思われる箇所もある。利用の際は、『新編清末民初小説目録』を参照するのがよかろう。
 出版されているのだから手遅れだが、人名索引は必要だったろう。本目録は、書名による配列だ。書名が間違っていると検索の方法が失われてしまう。人名索引があれば、その補完作用を果たしていただろう。残念でならない。
 今後の期待を述べて終わりにする。
 書誌の詳細さを維持したまま翻訳小説目録を是非とも作成してもらいたい。清末民初時期において、翻訳小説のはたした役割を軽視することはできない。中国近代小説は、翻訳小説を無視しては成立しないといっても過言ではなかろう。
 翻訳小説目録が作成されることにより、阿英「晩清小説目」を継承する真の意味での『中国近代小説目録』となるであろう。           

【注】
1)王継権、夏生元編著『中国近代小説目録』南昌・百花洲文芸出版社1998.5 中国近代小説大系80
2)「中国近代小説大系」南昌・江西人民出版社1988.10-1989.12、南昌・百花洲文芸出版社1991.3-10、1996.1-1998.5
3)突然、第80巻といっても理解しにくいだろう。どういうことかというと、各冊には巻数の表示が、もともと、なかった。80冊にものぼる大型企画である。3度に分けて出版せざるをえないくらいだから、途中で出版が中止になる可能性もなくはなかった。そう勝手に想像する。だから、巻数は、はじめから明示しなかったのではないか。完結したから全体に巻数を振りなおし、80巻全冊の巻数を明らかにした、ということか。表紙カバーに巻数を手書きすれば、閲覧に便利になる。
4)阿英「晩清小説目」『晩清戯曲小説目』上海文芸聯合出版社1954.8/増補版 上海・古典文学出版社1957.9
5)樽本照雄編『新編清末民初小説目録』清末小説研究会1997.10.10
6)樽本照雄「時代を反映する小説目録――『新編清末民初小説目録』のこと」『中国文芸研究会会報』第190号1997.8.31
樽本照雄「阿英「晩清小説目」の構造」『大阪経大論集』第48巻第4号(通巻240号)1997.11.15

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