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蔡之国『晩清譴責小説伝播研究』
北京・社会科学文献出版社2012.9 人文伝承与区域社会発展研究叢書

2012.12.29
 目次は、以下のとおりです。

 総序
 緒論、
 第1章 晩清譴責小説的伝播環境研究、
 第2章 晩清譴責小説的伝播主体研究、
 第3章 晩清譴責小説的伝播信息“内容”研究、
 第4章 晩清譴責小説的伝播信息“話語”研究、
 第5章 晩清譴責小説的伝播信息“叙述”研究、
 第6章 晩清譴責小説的伝播方式研究、
 第7章 晩清譴責小説的伝播受衆与伝播効果研究、
 余論、
 主要参考文献、
 後記



2012.12.12
 『清末小説から』第108号の予定目次です(2013.1.1公開予定)。
===============
商務印書館の名称と日中合弁問題2………樽本照雄
《宵人一夕》の原作………渡辺浩司
思綺斎的身〓………魏愛蓮著 趙穎之翻訳
楊味西及其《時新小説》略釈――傅蘭雅“時新小説”征文参賽作者考(四)………姚 達兌




『福建工程学院学報』《林紓研究専刊》
第10巻第5期(総第58期)2012.10.8

2012.11.24
 林紓(林琴南)特集です。お送りくださった蘇建新氏に感謝します。
 目次は、以下のとおりです。

 伝承林紓文化思想 打造林紓研究重鎮――《林紓研究専刊》代序……呉仁華
 民国初年林紓政治傾向変遷之考察……張俊才
 林訳小説序跋与中国伝統文化論綱……付建舟
 近三十年林紓形象的演進及文化解読……蘇建新
 訳林与出版双絶唱――張元済与林紓……盧仁龍
 林紓“白話道情”考論……胡全章
 《杭州白話報》上林紓的白話道情……郭道平
 林紓翻訳思想……林農
 跨文化伝播視野下的林紓及其翻訳活動……羅妍、洪長暉
 林紓翻訳思想与“福建精神”……胡萍英
 論林紓的莎士比亜翻訳……彭建華
 従詞彙角度考察林訳《茶花女》……施彦
 以《吟辺燕語》為例探究林訳之“訛”……魏策策
 従《黒奴〓天録》探析林紓的翻訳観……余学勇
 林紓翻訳愛国思想研究綜述……丁ケ藻
 試論林紓的戯曲創作……鄒自振
 林紓的題画藝術……〓任界
 林紓論古文的審美形態……張勝璋
 論林紓的韓柳文批評――以林紓三部理論著作為中心……劉城
 身世原非杜拾遺,凄涼偏読拾遺詩――試析杜甫対林紓詩歌創作的影響……徐瑛
 論林訳《不如帰》与外交偵探小説在晩清的接受……李艶麗




湯克勤『近代転型視閾下的晩清小説家――従伝統的士到近代知識分子』
北京・中国社会科学出版社2012.5

2012.11.15
 目次は、以下のとおりです。

 序(陳文新)、
 前言、
 第1章 士、知識分子与小説家、
 第2章 晩清士大夫出身的小説家、
 第3章 晩清以法人身〓為主的職業、半職業小説家、
 第4章 晩清留学生小説家和小説中的留学生形象、
 結語、
 附録1晩清科挙革廃与士的転型――論晩清小説《学究新談》、
   2“成也蕭何,敗也蕭何”――論梁啓超小説創作受康有為的影響、
   3論呉〓人的小説生涯対其小説創作的影響、
   4《大馬扁》:“假小説以施誣蔑”的巓峰之作、
 参考文献、
 跋




賀昌盛『晩清民初『文学』学科的学術譜系』
北京・中国社会科学出版社2012.4

2012.11.14
 目次は、以下のとおりです。

 導論 “文学”研究的知識論転向、
 第1章 中国伝統学術的整体概貌、
 第2章 従“文体論”到“詞章学”、
 第3章 作為一般範疇的“詩学”、
 第4章 詞章・美術・美学――“文学”之審美品質的確立、
 第5章 清季学人対“文学”基本学術品質塑造、
 第6章 清季的“文学”著述及其学術取向、
 第7章 近代大学体制的変革与“文学”学科的初歩建構、
 第8章 民初的“文学”研究(1)、
 第9章 民初的“文学”研究(2)、
 第10章 民初的“文学”研究(3)、
 第11章 現代中国文論確立過程中的日本因素、
 第12章 民初西方“文学”的理論訳介及其対現代中国“文学”基本範疇的影響、
 第13章 20世紀“主義”話語的分流及其対“文学”学科的影響、
 参考文献、
 後記




鄒振環『疎通知訳史』
上海・世紀出版集団、上海人民出版社2012.8

2012.10.29
 奥付には「中国近代的翻訳出版」と副題がつけられています。ほぼ以下の通りです。
 自序、
 第1編訳史通述に晩清留日学生与日文西書的漢訳活動、民国初期東西訳書簡論など、
 第2編訳局専論に創〓初期的商務印書館与《華英初階》及《華英進階》など、
 第3編訳家訳著に中国近代翻訳史上的厳復与伍光建など、
 第4編訳林或問に接受環境対翻訳原本選択的影響――林訳哈葛徳小説的一個分析など、
 跋。




厳民、莫非編著『泉魂:紀念厳薇青先生誕辰100周年』
済南出版社2012.3

2012.10.20
 厳民氏よりいただきました。
 基本的には厳薇青氏生誕百周年を記念する文集です。
 鄒衛平「序」、求学篇、執教篇、学術篇、済南篇、思念篇、後継篇で構成されています。
 学術篇に同氏の「関於《老残遊記》的作者劉鶚」「劉鶚和太谷学派」が含まれていることをお知らせします。




胡全章『晩清小説与文学転型』
北京・中国社会科学出版社2012.1

2012.10.14
 目次は、以下のとおりです。

 劉増傑「序」、
 第1章 文学転型:1897-1904、
 第2章 晩清小説:理論与類型、
 第3章 呉〓人:叙事与文体、
 第4章 学術史:従胡適到任訪秋、
 附録古典与現代之間的探詢――関愛和先生《中国近代文学論集》読後、
 主要参考文献、
 後記




楊霞『清末民初的『中国意識』与文学中的『国家想像』』
南京師範大学出版社2012.5 青年学者文叢

2012.9.12
 目次は、以下のとおりです。

 緒論、
 第1章 清末民初的“中国意識”与文学書写、
 第2章 “中国意識”対清末民初文学想像力的影響、
 第3章 清末民初文学主体建構中的“中国意識”情結、
 第4章 清末民初文学叙事中的“中国意識”、
 第5章 20世紀中国文学建構中的新伝統因素
 結語
 参考文献




盧前『近代中国文学講話・散曲史――盧冀野論著両種』
台湾・新鋭文創2012.3

2012.9.8
 その前半は、盧冀野先生講『近代中国文学講話』(上海会文堂新記書局1930.5)です。同光以来之小説家に清末作家を含めて説明があります。



2012.9.7

 『清末小説から』第107号姚達兌論文の訂正を掲げました。



2012.9.4

 『清末小説から』第107号を掲げました。




唐宏峰『旅行的現代性――晩清小説旅行叙事研究』
北京師範大学出版社2011.7 現代文藝与文化転型叢書

2012.8.26
 目次は、以下のとおりです。

 導 論 通向晩清小説旅行叙事
 第1章 絵制空間与想像国族
 第2章 新式交通工具:日常生活、視覚経験与文学叙事
 第3章 怪熟的遭遇
 第4章 旅行者与現代人
 第5章 旅行叙事与晩清小説文体
 結語、参考文献



2012.8.12
 『清末小説』第35号は、印刷中です。
 該誌に掲載する清末小説研究会関係の広告をさきに公開します。
 こちらへどうぞ。




韓洪挙『浙江近現代小説史』杭州出版社2011.12

2012.7.26
 目次は、以下のとおりです。

 浙江文化研究工程成果文庫総序(習近平)
 浙江文化研究工程成果文庫序(趙洪祝)
 導論
 第1章 浙江近代小説的転型
 第2章 浙江近代小説理論的繁栄
 第3章 浙江近代小説近代翻訳小説
 第4章 浙江現代小説的高峰
 第5章 現代其他浙籍作家
 第6章 浙江現代小説理論
 第7章 浙江現代翻訳小説
 参考文献



2012.7.19
 『清末小説から』第107号の予定目次です(2012.10.1公開予定)。
===============
商務印書館の名称と日中合弁問題1………樽本照雄
《劍光蝶影》の原作………渡辺浩司
張声和略考――傅蘭雅“時新小説”征文参賽作者考(三)………姚 達兌



2012.7.10
 『清末小説』第35号の予定目次です。
===============
ヘプバーン、マティーア兄弟と美華書館……………樽本照雄
Bruno Lessing の中国語訳………………渡辺浩司
商務印書館『涵芬楼新書分類総目』について………沢本郁馬
民国第一小説 民国第一劇本……………郭 長海
徐劍膽考論續篇……………………………胡 全章
陳冷血両篇翻訳小説的日語底本…………張  艶
《盧梭魂》作者考辨………………………宋 慶陽
《劉鶚年譜長編》后記……………………劉 コ隆




鄭文恵、顔健富主編『革命・啓蒙・抒情――中国近現代文学与文化研究学思録』
台湾・允晨文化実業股〓有限公司2011.9
2012.6.17

 中国近現代文学研究者31名の研究情況を報告しています。




胡全章『清末民初白話報刊研究』北京・中国社会科学出版社2011.12

2012.6.16
 目次は、以下のとおりです。

 序(王飆)
 引言
 第1章 清末白話文運動的興起
 第2章 清末民初白話報刊的歴史形態
 第3章 清末民初白話報刊的主題透視
 第4章 清末民初報刊白話語言面貌及流変
 第5章 白話報人的文化姿勢与審美欲求
 第6章 清末民初報刊白話文文体管窺
 第7章 清末民初白話報刊小説
 第8章 白話報刊与近代戯曲改良運動
 第9章 白話報刊与近代歌詩
 第10章 白話文運動:清末之五四
 結語。
 附録1 清末民初白話報刊簡目
 附録2 清末民初兼刊白話之報刊簡目
 附録3 清末民初白話報刊年〓、数量、地域一覧表
 附録4 清末民初白話報刊年度数量曲線図。
 主要参考文献。
 後記




習斌『晩清稀見小説経眼録』上海世紀出版股〓有限公司遠東出版社2012.3

2012.6.11
 著者が所蔵する清末の小説(単行本)60種について主として説明しています。ただし、翻訳小説は除く。



2012.6.9
 前稿「アメリカ人宣教師の暦」について訂正と補足をすこし。
 人名が出てきて複雑です。
 父ラウリー(Walter Lowrie,1784-1868)と宣教師になった3人の息子たちがいます。
 長男ジョン(John Cameron Lowrie,1808-1900)
 三男ウォルター(Walter Macon Lowrie,1819-1847)
 五男ルーベン(Reuben Post Lowrie,1827-1860)。
 『ヘボン書簡集』の44頁注2では、ルーベン(Ruebenと誤る)について「北米長老ミッション本部の総主事ラウリー博士の弟ママでもある」とあります。
 ここのラウリー博士が父W・ラウリーならば、「弟」は間違いでしょう。長男J・C・ラウリーであれば「弟」でかまいません。説明がまぎらわしい。
 『ヘボン在日書簡全集』51頁では、この注釈2は全文が削除されている。そう思ったのです。しかし、全集をよく見ると、削除したと書くのは正しくないことがわかりました。ルーベンに関するこの『ヘボン書簡集』44頁注2は、全集37頁注1にそのまま移動しています。




己未歳浙寧華花印書局新鐫

2012.5.4
 アメリカ長老派教会の印刷所は、中国人向けの漢字名称をもっています。しかも、場所によって改称されます。1844年中国マカオにおいて開設された当時は華英校書房でした。寧波に移転し華花聖経書房、上海では主として美華書館と呼ばれました。
 この寧波時代には別に「華花印書局」と称していた。これは、今まで研究論文では言及されていません。
 居密(Mi CHU)、楊文信(Man Shun YUENG)合編『CHIRISIANITY IN CHINA 基督教在中国』(The Library of Congress,U.S.A.、台湾・漢世紀數位文化股〓有限公司2009.9。電字版。75頁)より書影を引用して掲げます。




陸士諤像

2012.5.3
 郭長海氏よりいただきました。孫の陸貞雄氏御提供だそうです。



2012.4.14
 『清末小説から』第106号の予告です(2012.7.1公開予定)
===============
アメリカ人宣教師の暦………樽本照雄
《愛國小説 鴿》の原作/《拊髀記》の原作(補)………渡辺浩司
傅蘭雅“時新小説”征文参賽作者考(二)………姚達兌



  
劉永文編著『民国小説目録(1912-1920)』 表紙と扉
上海世紀出版股〓有限公司、上海古籍出版社2011.12

2012.3.30
 表紙だけでははっきり見えません。扉を追加しました。2012.3.31(補)
 『晩清小説目録』と同じ構成です。
 3分割して期刊小説、日報小説、単行本小説の目録。さらに、広告、および索引も3つに分けています。




2012.3.29

 渡辺浩司氏より目録についてご教示をいただきました。
 ありがとうございます。




張俊才、王勇著『頑固非尽守旧也:晩年林紓的困惑与堅守』
太原・山西出版伝媒集団、山西人民出版社2012.1

2012.3.28
 目次は以下のとおりです。

 引言 晩年林紓:一個複雑的存在
 第1章 “五四”林紓的“滑鉄盧”
 第2章 晩年林紓的政治絶望
 第3章 晩年林紓的文化憂思
 第4章 晩年林紓的文学焦慮
 第5章 重評五四新旧思潮之争
 結語 晩年林紓:一個文化保守主義者
 参考文献、後記




2012.3.21
 ご覧のとおりです。
 『涵芬楼新書分類総目』の複写を入手しました。目次の巻頭に掲げてあるのが書名です。
 阿英が『晩清小説史』(1937)で言及しているのが最初ですか。それを読んで以来、気になっていました。
 涵芬楼は、商務印書館の図書室(図書館)をさします。編訳所で編集をするとき必要になる書籍を所蔵しました。
 書目ですし、現在は存在しませんから利用する研究者は多くありません。紹介する人が少ない理由でしょうか。
 汪家熔輯集「五清末西学出版社概覧」(汪家熔輯注『中国出版史料・近代部分』補巻下冊 武漢・湖北教育出版社2011.2)に『涵芬楼地字号目録』があげられています。
 この『涵芬楼地字号目録』と写真で示した『涵芬楼新書分類総目』は、似ているようです。
 両者をならべて点検すれば(点検しました)、興味深いことがわかるでしょう(後日に発表予定)。




陳思和、王徳威主編『建構中国現代文学多元共生体系的新思考』
上海・復旦大学出版社有限公司出版2012.1
慶祝范伯群教授80年誕曁学術生涯60周年

2012.3.17
 目次は以下のとおりです。

 陳思和、王徳威「縁起」
 1通俗文学的本体研究
     王徳威「粉墨中国――性別、表演与国族認同」
     梅家玲「包天笑与清末民初的教育小説」
     許俊雅「日治時期台湾小説的生成与発展」
     樽本照雄「李伯元和呉〓人的経済特科」
     陳建華「格里菲斯与中国電影的興起――1920年代通俗文学与電影的整合及其文化政治」
     范伯群「在文学語言古今演変的臨界点上」
     呉義勤「雅俗共賞:許〓的遺産」
     張兵「通俗文学的文化定位」
     徐徳明「感傷“鴛蝴”和“才子”人文――旧派小説家的風格与人格」
     張元卿「還珠楼主論綱」
     李勇「論通俗文学的通俗性」
     方忠「以小説重現歴史――論高陽的歴史小説」
     季進、余夏雲「海外漢学界的晩清書写――以韓南、王徳威為個案」
     朱志栄「現代通俗文学研究方法論」
     王進荘「20世紀一二十年代旧派文人的転型和現代性」
     陳子平「中国現代通俗文学史研究的再反思」
     石娟「20世紀30年代通俗文学商業運作的文本選択――以《新聞報》(1929-1937)為核心」
     李国平「保守主義:現代上海小報文人的文化選択――以1920年代的《晶報》文人群体為例」
     禹玲「澄清李定夷対《楽人揚珂》的抄襲公案」
 2通俗文学与中国近、現代文学之関係
     厳家炎「“五四”文学思潮探源」
     范伯群「1921-1923:中国雅俗文壇的“分道揚〓”与“各得其所”」
     陳思和「先鋒与常態――現代文学史的両種基本形態」
     郭延礼「雅俗之辨与通俗文学的泛化――評范伯群教授的両部《通俗文学史》」
     陳国恩「中国現代文学的学科独立与“双翼”舞動」
     湯哲声「“五四”新文学与“鴛鴦蝴蝶派”文学究竟是什麼関係」
     劉祥安「《繍帯銀〓》与《駱駝祥子》的関聯討論」
     李玲「張恨水《春明外史》的情愛意識建構」
     張蕾「阿英与魯迅、胡適関於晩清小説的“対話”」
     馮鴿「関於中国通俗文学的“泛化”与“分期”問題――与郭延礼教授商〓」
 3范伯群先生学術思想研究
     陳思和「范伯群教授的新追求和新貢献」
     徐斯年「従“史観”到“体制”――読《中国現代通俗文学史(挿図本)》」
     欒梅健「為了生態平衡的文学家園――范伯群的通俗文学研究述評」
     袁勇麟、陳舒劼「通俗的意義――范伯群著《多元共生的中国文学的現代化歴程》」
     楊洪承「史家心態与文学史理論之建構――兼談范伯群《中国現代通俗文学史(挿図本)》的学術意義」
     傅光明「范師風范――兼談文学如何“史”之浅見」
     馮鴿「填平鴻溝 開疆拓土――評范伯群教授学術研究的開創性歴程」
     張濤甫「漸進、協商的文学史“革命”」
     章俊弟、范伯群「《中国近現代通俗文学史》艱難成書」
     蔡小容「長篇小説体的文学史――《中国現代通俗文学史(挿図本)》賞析」
     張蕾「論多元共生新体系成型的歴程――范伯群教授対中国現代文学史“史識”的新突破」
     李楠「願生命与学術之樹常青(代編後記)」




2012.3.6

 『清末小説から』第105号を掲げました。




王志松『小説翻訳与文化建構――以中日比較文学研究為視角』北京・清華大学出版社2011.9


2012.3.1
 王志松『小説翻訳与文化建構――以中日比較文学研究為視角』北京・清華大学出版社2011.9
 一部分の目次を掲げます。
 近代報刊与日本政治小説的伝播――以《清議報》、《新民叢報》為考察対象
 文体的選択与創造――論梁啓超的小説翻訳文体対晩清翻訳界的影響
 析《十五小豪傑》的“豪傑訳”――兼論章回白話小説体与晩清翻訳小説的連載問題
 李伯元和《前本経国美談新戯》など




遠山景直、大谷藤治郎編『蘇浙小観』江漢書屋1903.6.9より


2012.2.28
 アメリカ長老派教会の上海印刷所、すなわち美華書館はどこにあったのか。
 私は商務印書館の移動を追跡する途中で、その美華書館を地図でしめしたことがあります。あくまでも商務印書館を中心としたものですが。
 美華書館の西側に創業したばかりの商務印書館が存在していたのです。
 その『重修上海県城廟租界地理全図』(1893年)を引用したのは、樽本「初期商務印書館をもとめて」(『清末小説から』第9号1988.4.1)でした。今から24年前のことです。
 その後、その地図は、樽本『初期商務印書館研究』2000年(37頁)、また該書「増補版」2004年(42頁)に掲載しましたから美華書館の所在は北京路清遠里で解決していたとばかり思っていたのでした。
 アメリカ長老派宣教師のマティーアについて調べる機会がありました。
 そのマティーア兄弟は美華書館の責任者をつとめていたことを知ったのです。
 それで、あらためて美華書館についての関係論文を読むことになりました。
 所在地について中国では論争めいたものが2003年におこっています。日本人研究者は、あさっての方角を探っていたのでした。批判をしているのではありません。ご了解下さい。
 私の方が驚きました。すでに24年前に解決していた問題でしたから。
 上に掲げたのは、日本の旅行案内書に附録としてついていたものです。美華書館の位置がはっきりわかるでしょう。
 樽本「マティーア兄弟と美華書館」は『清末小説』第35号に掲載予定。たぶん本年10月には発行できるでしょう。



2012.1.27
 『清末小説から』第105号の予告です(2012.4.1公開予定)
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マティーアと『釦子記』………樽本照雄
《拊髀記》の原作………渡辺浩司
傅蘭雅“時新小説”征文参賽作者考(一)………姚達兌



2012.1.25
 少し考えればわかったはず。
 アメリカの宣教師が使っていたのは新暦(グレゴリオ暦)です。
 清末であろうと日本の幕末から明治5年までであろうと関係がない。基本的に彼らは新暦にもとづいて宗教行事を行なっていた。そういうことですか。
 上海の美華書館で印刷された日本語の辞書がいくつかあります。そのなかの俗にいう薩摩辞書は、「明治二歳己巳正月」と表示し、同時に英語で「January,1869」と書いています。
 それを見ると、当時の日本人が使っていたのは、明らかに旧暦でした。先日紹介しました商務印書館の英漢辞典も旧暦を単純に英語に置き換えただけです。
 暦の使用法が、その国の人々とアメリカの宣教師とでは異なっていた。そういう結論になりました。



2012.1.13
■旧暦から新暦へ
 清末小説の発行年月は、どうなっているのか。それは、旧暦新暦混用です。普通に見られます。
 たとえば、1903年3月と表示されているとき、1903年は新暦であって「3月」は旧暦です。それを区別するために私は「1903年三月」と書いています。
 上海の商務印書館が刊行した辞典に「宣統三年五月十四日」とあります。これは旧暦です。ところが、奥付の英語も「May,14,1911」です。旧暦をアラビア数字で示しただけ。商務印書館でも旧暦新暦の区別をつけていません。
 ちなみに、日本では、明治五年十二月二日(1872.12.31)までが旧暦でした。新暦は、明治6(1873)年1月1日からとなります。
 中国では、宣統三年十一月十二日(1911.12.31)までが旧暦。翌日から中華民国元(1912)年1月1日です。
 旧暦の時代ならすべて旧暦で表記されるかというと、そうでもありません。旧暦の時期にもかかわらず新暦の月日を使う。そういう、私から見れば変則的な実例があるのです。
 アメリカ人宣教師の記録から。
 高谷道男編訳『ヘボン書簡集』(岩波書店1959.10.30/1977.10.20二刷)
 (1872年)七月二十二日横浜で書かれた書簡です。上海で辞書第2版を印刷し、横浜に帰ってきた日付を「二十日の土曜日」(243頁)としている。
 日本は旧暦であるにもかかわらず、この「二十日の土曜日」は新暦の表記です。
 新暦に変更されたあとの1例。これもヘプバーン書簡から。
 (1874年)一月三日につぎのような箇所があります。「御指示によりわたしどもは本月ママ二十三日、去る火曜日、江戸に集まり……」(253頁)
 「去る火曜日」と書いていますから「本月」は「先(十二)月」の誤りでしょう。
 たしかに12月23日は、新暦で火曜日にあたります。
 同じアメリカ人宣教師が当時の中国を旅行した記録から。
 “Memoirs of the Rev.Walter M.Lowrie,Missionary to China”(1854)は、ラウリーの書簡集です。中国で若死にした息子を悲しみ記憶するために父親が編集刊行したもの。
 ラウリーが1845年にマカオから北へ船旅をした報告があります。それには日付と曜日をそえている。
 1845年4月1日火曜日、2日水曜日などなど。
 曜日を手がかりに調べれば、こちらは明らかに新暦です。中国では旧暦を使用している時期ですが、アメリカ人宣教師は新暦を採用している。
 このような問題は、私の知らないとこでは、すでに解決されているのかもしれません。
 細かいところに引っぱられているこの頃です。







2012.1.1
 本年もよろしくお願いいたします。

 『清末小説から』第104号を掲げました。




はじめに

 中国の清末小説(しんまつ しょうせつ)を専門に研究している会です。清末とは、清朝末期のことを指します。厳密にいえば、「中国の」と付ける必要はありません。清末は、中国にしか存在しませんから。まあ、丁寧に言っております、くらいのことですのでご了承ください。
 年代でいえば1900年代から1911年の辛亥革命をへて五四文学前です。
 日本ならば、明治30年代から大正初期にあたります。
 というわけで、清末小説を専門にしているといっても、中華民国初期の小説も含んでおりますので、誤解のないようにお願いいたします。
 それならば、いっそのこと「清末民初小説研究」と称してもいいようなものの、長くなるでしょう。
 研究会と称していますが、組織はありません。
 定期刊行物として年刊の『清末小説(しんまつしょうせつ)』と季刊の『清末小説から』(ウェブでの公開のみ)を発行することが研究会の目的です。
 『清末小説』『清末小説から』の最新号所収の論文は、いくつかを本ホームページで読むことができます。
 なお、『清末小説』のバックナンバーは、中国書籍専門店で購入することができるかもしれません。『清末小説から』は、本ホームページのものを印刷してください。紙媒体では、基本的に発行しておりません。どうしても、という人は、国立国会図書館で読むことが可能です。
 清末小説研究会の出版物は、中国書籍専門店(東方書店、燎原書店、福岡中国書店など)で購入できます。ご注文ください。
 これまでの研究会活動を紹介するかわりに雑誌『清末小説(研究)』の編集ノートをあつめた編集ノート集をかかげます。おおよその活動が理解できるでしょう。
 研究をめざす人を対象に『清末小説研究ガイド2008』を発行しています。清末小説研究資料叢書は、該ガイドを含めて11まで発行したことになります。発行部数そのものが少ないので、短期間で在庫がなくなる可能性が高いのです。